第371話 社会科見学 in 漁業村
海鮮丼うまいわー。
やばいわー。
俺はいつものように食堂で食事をとりながら、新鮮な海鮮に舌鼓を打っていた。
いや、元々食堂には何故か新鮮な魚が常備されていたんだけど、バンガゴンガに漁業村を任せてから種類や質が格段に向上したからな。
レア度の高い食材は、当然ながら基本食材の中には含まれていないし……海を手に入れた事で注文できる料理の種類もかなり増えた。
能力値の上昇効果もかなり良いんだけど、まぁ、正直現実となった今そこはそこまで気にしていない。
いや、少しでも強くあった方が良い状況であれば、躍起になって効果の高い料理を食べるんだけど……今の所、そこまでストイックに強さを求める必要がないからな。
英雄の中でも最上位と思われるリカルドやリズバーンが、ジョウセンやシュヴァルツに完封されてたからな。
ならばバフ効果よりも普通に美味しさを追求するべきだろう。
うちの料理はエファリアやフィリアにも好評だし、レシピもいくつか渡してはいる。
その内色々と各国で発展させて、その国独自の料理みたいなものが生まれてくるかもしれない。
料理なんかは数年もせずに新しいものが生まれる可能性はあるし、将来が実に楽しみだね。
そんなことを考えながら海鮮丼を食べていたんだけど……ぐほっ!?
わ、わさびの塊だとぅ!?
突然の衝撃に覇王はゆっくりと目を閉じた。
慌てず平常心を保ったまま口内に残っている海鮮ウィズわさびを嚥下した俺は、じんわりと浮かび上がって来る涙を閉じた瞼によって抑える。
「フェルズ様?どうかされましたか?」
俺の向かいに座って同じく海鮮丼を食べているのは、ルフェロン聖王国の聖王であるエファリア。
因みにさびぬきである。
「いや、少しこの新鮮な味わいを噛み締めたくてな。漁業が出来るようになって、同じメニューであっても確実にグレードが上がっていることが分かるからな」
「確かに、フェルズ様のおっしゃる通り、以前とは一味違うというか……臭みが無くて濃厚という感じでしょうか?」
俺が涙をこぼさぬように薄目を開けると、俺と同じように目を閉じながらもぐもぐと口を動かしているエファリアが見えた。
若干罪悪感を覚えないでもないが、今は外面を取り繕うので精一杯……覇王対わさびの世紀の一戦中だからな……。
だが、大分落ち着いて来た……これはもう覇王の勝利と言っても過言ではないと思う。
人心地ついた俺は、緑茶に手を伸ばし慌てることなくゆっくりと啜る。
んあーツンとしたぁ……。
「それにしても……漁業ですか……。やはり海産資源と言うものは一味違いますわ。私、エインヘリアにお邪魔するまでは、新鮮な魚というものを見たことすらありませんでしたし」
「この辺りは内陸だからな。干物か塩漬けか……まぁ、それすらも珍しいといった感じだろう?」
「フェルズ様のおっしゃる通りですわ。特にこの……生で魚を食べられるという事には衝撃を受けましたわ……」
そう言って海鮮丼に盛られている刺身を箸でつまみ、口に運ぶエファリア。
すっかり箸の扱いにも慣れて全く違和感がなく、寧ろ洗練された箸の扱いだ。
俺より上手いかもしれん。
「刺身は鮮度が大事だし、寄生虫の心配もあるからな。うちの城以外で生魚は食べない方が良いだろうな」
「そうなのですね……」
刺身を食べている時の話題ではなかったかもしれないが……エファリアは気にせずにぱくぱくと海鮮丼を食べる。
正直エファリアは度胸があり過ぎると思う。
「ルフェロン聖王国では絶対に不可能ですが、漁業というものがどんな物なのか気になりますわ」
淀みなく海鮮丼を食べ終えたエファリアが、目を輝かせながら言う。
そもそも海自体も見たこと無いかもしれないし……連れて行ってやるか?
「ふむ……ならば、今度視察に行くか?」
「よろしいのですか?」
「あぁ。漁業用の村は国営農場みたいなものだからな。バンガゴンガが管理しているゴブリン達の村だが、警備は完璧だ。今突然行っても安全は確保できる」
勿論、迷惑になるからアポなしで突撃したりはしないけど。
「だが、今行ったところで肝心の水揚げは見られないからな。村には朝方に行く必要がある、日の出付近だな。大丈夫か?」
「問題ありませんわ。聖王国は海も大きな川や湖もありませんし、漁業と呼べるようなものは出来ませんが、後学の為に視察しておくのは大事だと思います」
エファリアのそんな言葉を聞いて、ふと……人工池とかにうちの生簀を作ったら、魚獲れるのかな?とか考えてしまったが……どうだろうか?
ちょっと、色々怖い気もするが……まぁ、今更か?
実験するくらいだったら別に構わないだろうし、今度試してみるか。
海に生簀を作ったって……鮎とか獲れちゃうのがうちの生簀だしね。
人工池に生簀を作って、マグロが獲れたっておかしくはない。
……いや、何もかもおかしいけど、気にしたら負けだ。
そんなことを考えつつ、俺はエファリアと視察の日程について相談した。
まだ日が昇る前……いつもだったら確実に夢の中にいる時間だが、俺はエファリアと共にバンガゴンガの管理する漁業村へとやって来ていた。
国営農場のやり方を踏襲しているので、三日に一回水揚げが出来るように生簀の育成状況はローテーションが組まれており、今日は一番から三番生簀が水揚げされるらしい。
まだ水揚げが始まるには少し時間が早く、その前にという事で十五番生簀を俺達は見学していた。
「この囲いの中に魚がいるんですよね?」
「そうだな。まぁ上から覗き込んでも何も見えないが」
エファリアの質問に俺は頷くが、残念ながら真っ暗な海は覗き込んでも何も見えない。
浮き桟橋には十分な明かりが灯っているけど、海の中は真っ暗だし……ちょっと怖いよな。
それと、詳しく教えるつもりはないが……この生簀の中に本当に魚がいるかどうかは、微妙なラインだ。
バンガゴンガの報告では、三十日目に突然魚が現れるらしいし……。
「この生簀一つから、どのくらいの量の魚が獲れるのですか?」
そう質問して来たのは、エファリアの叔父でルフェロン聖王国の摂政でもあるグリエルだ。
漁業の視察ということで、自分もぜひ参加させて欲しいと申し出があったのだ。
まぁ、どれだけ遠かろうと俺達には一瞬で移動出来る場所だし、安全も確保出来ているので断る理由はない。
「その日によって違いますが、少ない日でも五十は下りません。小魚が中心だと数百にも上る事もありますね」
その質問に答えたのは、視察団の案内役であるバンガゴンガ。
色々と忙しい所申し訳ないが、バンガゴンガ以上に案内に適した人物はいないからな……。
「漁獲量はまちまちなのですね」
「えぇ。獲れる魚もその日によって違いますので……食べたい魚が必ずしも手に入るとは限りません。これに関しては生簀を増やすことである程度対応出来ますが……今はこの入り江に納まる数で回しているので限界はあります」
「なるほど。因みに……」
グリエルの質問にバンガゴンガは丁寧に答えてくれる。
生簀なのに収穫物がランダムなのは……普通に考えればおかしいのだろうけど、その辺りは気にしていないようだ。
彼の対応はバンガゴンガに任せておけば良さそうだな。
そう考えた俺は、生簀を覗き込もうとしているエファリアに声をかける。
「あまり身を乗り出すと危険だぞ?桟橋は揺れるし、滑りやすいからな」
「あ、はい、すみません」
「あと一時間もして日が昇れば、綺麗な海が見られる。それまでは辛抱してくれ」
「は、はい……」
少し照れたようにエファリアが頷く。
初めて海が見られると喜んでいたエファリアに、いきなり夜の海を見せるというのは悪い気もしたが、まぁ漁業の視察という事で勘弁して貰おう。
海から朝日が上がって来る……のも見られないか、海は西側だからな。
視察は朝だけだから、夕日が海に沈んでいくところも見られないし……今度程よい時間帯にまた連れて来てやろう。
そんなことを考えていると、少し離れた位置にある桟橋の辺りが騒がしくなって来た。
「そろそろ水揚げの時間ですので移動します。足元に気を付けてください」
バンガゴンガの言葉に従い、俺達は生簀から離れ、水揚げの準備でゴブリン達が忙しそうに動き回っている方へと移動する。
作業の邪魔にならない様に見学用のスペースは作っているので、彼らに迷惑はかけないとは思うが……お偉いさんに見学されている時点で緊張とかはしそうだよな。
そんなことを考えながら作業を見ていたのだが、ゴブリン達は慣れた手つきで作業を進めていき、そこには緊張は見られなかった。
まだ半年かそこいらしか漁業に従事していないはずだけど、プロフェッショナルだね。
「あのクレーンは動かせるのですね……」
「えぇ。桟橋にレールという鉄の道を敷いてまして、その上を自由に動かすことが出来ます。生簀には予め網が沈められていまして、クレーンでその網を引き揚げて魚を獲ります」
「……」
グリエルは漁業そのものよりも、移動式のクレーンの方に興味が行ったようだ。
このクレーンとレールは、漁業に使っていない通常の港にも設置が進められている。
船の荷下ろしとかに大型のクレーンがあると非常に楽だからね。
まだ設置台数は多くないけど、商人や船員、港の職員からはかなり好評らしい。
「第一生簀が揚がりましたね。あの感じではかなり大漁かと」
「おぉ……あんな感じなのですね」
「クレーンで吊ったまま移動させられるのですね。漁業以外にも色々と使えそうですわ。それにあのレールという道……単純に荷を運ぶという使い方も……」
魚が大量に入った網を吊ったままこちらへと戻って来るクレーンを見て、エファリア達が興味深げに言う。
漁業自体はルフェロン聖王国には関係ないが、クレーンやレールに注目して色々と使い道を考えているようだ。
二人ともめっちゃ真面目だし……頭の回転が早すぎる。
俺がアレを初めて見たとしたら……おぉ、すげぇ……くらいしか思いつかんわ。
「おや?あれは……木箱?ゴミが混ざっているのですか?」
クレーンから降ろされた網が広げられ、水揚げされた魚やら海藻やらが作業場に広がったのを見ていたグリエルが、目ざとく三十センチほどの木箱を発見した。
おぉ、当たりだな。
「あれは……明太子ですね」
「ゴミ……ではないのですか?」
「いえ、アレも収穫物です。なかなか獲れるものではないので運が良かったようです」
「……木箱」
物凄く腑に落ちない顔をしているグリエルから視線を外し、俺は広げられた魚や貝を眺める。
マグロがいるな……後はぶり……かな?お、あれはサンマだな。よし今日はサンマを食べよう。
「フェルズ様、アレは何でしょうか?」
俺が今日の朝ごはんのメニューに想いを馳せていると、エファリアが声をかけて来た。
「どれだ?」
「あの……木のような……」
魚に交じって、明らかに茶色い物体が混ざっているのが俺にも見えた。
「あぁ、アレは鰹節だ」
「鰹節?」
「確か……カツオという魚を煮て、それから干して乾燥させたもの……だったかな?」
「乾燥させたのにまた海に?」
「そのようだな」
「そういう物なのですか?」
「そういう物だな。以前たこ焼きやお好み焼きを食べただろう?あの時、上にかけてあったひらひら動いていた奴があれだ」
「あぁ!あれが鰹節ですか!アレを削るのですか?」
「そうだ」
「あんな風に獲れるのですねぇ……加工したもの海に戻すのは何か理由が?」
「詳しくは俺も知らんが……そういう物だ」
そういう物……だろうか?
いや、そういう物じゃないって言ったところで、目の前で鰹節が海から収穫出来ちゃってるしな……。
「……あら?あちらの瓶に入っているのは……」
「あれはいくらだな。この前食べた海鮮丼にも盛られていただろう?」
「あぁ、やはりそうなのですね。瓶詰の状態で海に沈めておくのですか?」
「そういう物だ」
「なるほど……興味深いですわ」
エファリアの顔を正面から見ることが出来ない。
物凄く間違った事を教えまくっている気がするけど……訂正するべきなのか否か……すくなくともうちの漁業ではこうやって獲れるものだしな……。
その後も色々とエファリアから質問された俺は、大体そういう物だという一言で纏め続けた。
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