第367話 帝国の人々・参
View of ヘルミナーデ=アプルソン スラージアン帝国子爵
「あぁ、本題だ。いや、そんなに身構える必要はないぞ?ヘルミナーデ」
う……完全に警戒が表に出てしまったみたいですわ。
陛下が苦笑しながら手を振っておられます。
そのお姿を見て……ハタと気付いてしまいました。
陛下は今日ここにわたくしを呼ばれてから、ずっと気を使ってくださっています。
少し内容のおかしいお歴々の紹介や、セイバスをこの場に呼んで下さっている事。
全てわたくしの肩の力を抜く為にあのような……いえ、ラヴェルナ様だけは本気で怒っていらしたような気もしますが、目を瞑ることにしますわ。
「申し訳ございません、陛下。ようやく落ち着いて来たようです」
わたくしが微笑みながらそう答えると、陛下は満足気な表情を浮かべられます。
「では話を進めるとしよう。まずはお前の領地の話だが……アプルソン領の周りの領地が現在直轄地となっている経緯は知っているか?」
「はい。なんでもあの戦争……エインヘリアとの戦争の切っ掛けとなったとか?」
「あぁ。とんでもない事をしでかしてくれてな。まぁ、あの者達が自らの考えだけであのような暴挙に出たかどうかは微妙ではあったが……いや、それはよい。お前の言う通りエインヘリアにとんでもない要求を中央の頭越しにしてくれたのでな、一族郎党責任を取ってもらった。廃した家は五つ……その内一つは伯爵家だ。知ってはいると思うが、かなりの広さなんだが……今回の陞爵にあたり、この直轄地をアプルソン家に割譲しようと思っているのだが、どうだ?」
領地を……増やす!?
「へ、陛下。それは……」
「男爵領三つと子爵領一つ、それから伯爵領一つだな。特に伯爵領は流石に派閥の長を務めていただけあって税収はかなり良い。アプルソン領を豊かにしてくれることだろう。広すぎるというのであれば、伯爵領だけでも構わんぞ?」
「へ、陛下、お待ちください。我がアプルソン領に他領の管理をする程の人材は居りません」
というか管理職なんて、わたくしかセイバスくらいしか出来ません。
御父様はアレですし……他の皆さんも肉体労働専門ですわ!
「ならば、現在直轄地を管理している者は中央の人間だから、そのままアプルソン領で引き取ってもらって構わん。ヘルミナーデが直臣となってくれたからな、官吏をそのまま派遣しても問題ないぞ」
「陛下。格別のご配慮痛み入りますが、先程お話した通り我が領は機密を抱えております。わたくしの力不足で大変お恥ずかしいのですが、アプルソン領が拡大した場合……管理がどっちつかずとなってしまう可能性が高いと存じます」
と言いますか……きっぱりと他の領の管理なんて無理ですわ!
勿論、国から派遣されている官吏の皆さんはとても優秀なのでしょうが……そんな人たちの上に立つ自信なんてこれっぽっちもありませんわ!
「ふむ。であれば、伯爵領の管理はこちらで受け持とう。名称をアプルソン子爵領へと変更し、税収だけそちらに回せば問題なかろう?」
一瞬陛下の言葉の意味が理解出来ず首を傾げましたが、すぐにおっしゃった意味を理解したわたくしはかぶりを振ってみせます。
「いえ、それは道理が通りません。領民の皆さんから徴収した税は、その土地の為に使わなければなりません。こちらで領地の管理をしない以上、税を回して頂いても使い様がありません。今のアプルソン領は、農場の農作物を帝城が買い取って下さっているので随分と豊かになっております。どうか伯爵領の税収は伯爵領に住む領民の皆さんの為にお使いください」
「ふむ?では管理も出来ぬ領地は必要ない。そういうことだな?」
「はい。陛下のご厚情に応えられず情けない限りではございますが……」
「ふふっ……いや、心地良い回答だ、ヘルミナーデ。そこまで当然のように税は民の為に徴収している物だと、飾らずに本心から言える貴族は多くないぞ?」
陛下が嬉しそうに笑い声を上げながらそう言います。
そんな特別な事を言ったつもりはないのですが……何かおかしかったでしょうか?
「その意外そうな顔も本当に好ましいな。キルロイどうだ?満足か?」
陛下はひとしきり笑ったあと、宰相閣下の方に顔を向けながら声をかけます。
「そうですね。申し分ないかと」
問われた宰相閣下は極めて落ち着いた様子で陛下にそう答えました。
どういう意味でしょうか?
「すまないな、ヘルミナーデ。そこの陰険な男がどうしても確認したいと言ってな」
「えっと……」
宰相閣下は一体何を確認したのでしょうか……?
わたくしが領地を増やすことを断るかどうか……ですか?
ですが、それを確認してどうなるのでしょうか?
うーん、お偉方の考えることは分かりませんわね。
「ヘルミナーデ。実はお前に頼みたい仕事がある。だがキルロイが、お前の本質がまだ見えない段階では軽々に決めるべきではないと反対していたのでな。面倒ではあったが先程のような話をさせて貰ったという訳だ」
「新参であるわたくしを宰相閣下が信用できないのは当然だと思いますが……任せたい仕事とは何でしょうか?」
こ、個人的には現在の農場管理だけでいっぱいいっぱいなんですが……流石にこの状況で陛下から申し付けられる仕事を断るという選択肢は……ありえませんわよね?
わたくしは平然とした態度でお茶を飲んでいるセイバスの方にちらりと視線を向けます。
……こいつ、何処まで豪胆ですの!?
なんでこの方々に囲まれて、品定めされているというのに……普段通り太々しい態度をとれますの?
他人事だからとでも思っているのですの!?
わたくしが失敗したらあなたも道連れですわよ!?
人として大事な何かがすっぽり抜けているのではなくって!?
「あぁ。実はエインヘリアに留学生として赴いて欲しくてな」
「りゅ、留学生?それは一体どういう?」
セイバスへの呪詛を中断して、わたくしは陛下のお話に集中します。
「エインヘリアでは現在学校制度と言うものを始めていてな。今はまだ子供達に基礎教育と言うものを行っている段階なのだが、将来的に高等教育を施していくつもりらしい。そのテストケースとして帝国とエインヘリア、そしてエインヘリアの属国から成人付近の年頃の人材を留学生として受け入れたいという話でな」
「私はあまり勉学に明るいとは言い難いのですが……」
あまり、というか寧ろ全然駄目ですわ!
「ヘルミナーデは、英雄育成機関の招集を蹴っていたな?」
わたくしは、陛下の一言に凍り付きます。
「は……はい」
や、やべーですわ……十年近く前にアプルソン家の跡取りという事で育成機関の招集から逃れていたんでしたわ。
正直、人より遠くが良く見えると言った程度の能力なので、狩りをする時くらいしか役に立たないですし、招集されるような能力だとはとてもではないが思えません。
多少遠くが見えるだけって……英雄の持つ力としてはしょぼいにも程がありますし、何よりまだ子供だったとは言え、アプルソン領では大事な働き手……家から離れる訳にはいかなかったのです。
故に、御父様に頼み込んで、貴族家跡取りとして招集を免除して頂いたのです。
せ、正当な理由でありますし……大丈夫ですわよね?
わたくしのそんな内心に気付いた様子はなく、陛下は言葉を続けられます。
「帝国における最高峰の教育は英雄育成機関で行われる。エインヘリアがどの程度のレベルで教育を考えているかは分からないが、ヘルミナーデには一般的な貴族としてエインヘリアに向かって欲しい」
「一般的……でしょうか?」
土いじり男爵と呼ばれている私なのですが……そんな私が貴族というのは……帝国の威信的にかなり問題があるように感じるのですが……。
「……一応学力や体力のテストは受けてからエインヘリアに行ってもらう。セイバスから聞く限り問題ないとは思っているがな。お前を留学生の一人として送るのはやはり、既にエインヘリアとの繋がりを持っているからというのが一番の理由だ。それに、残念ながら直臣の家系に現在丁度良い年頃の子供がいなくてな……是非ヘルミナーデに頼みたいのだ」
「農場の管理をしながら学生として勉学に勤しむというのは……少々難しくありますね」
「農場の管理は基本的にセイバスでも出来るという話だったが、相違ないか?」
確かにセイバスであれば何の問題もありません。
わたくしは陛下のご質問に頷きます。
「行く先はエインヘリアだから、何かあればすぐにアプルソン領に戻ることが出来る。勿論ヘルミナーデが抜ける分のサポートは我々の方で行わせてもらうつもりだ。ヘルミナーデはエインヘリアで教育を受けた上で、その知識や技術、そして制度自体に関しての報告書を作成してもらいたい。頼めるか?」
「畏まりました。全力で事に当たらせて頂きたく存じます」
ここまでおぜん立てをして貰っておいて否やはありませんわ。
「よろしく頼む、ヘルミナーデ。お前の他に英雄育成機関の者と一般的な平民からも若干名留学生を送るつもりだが、帝国の留学生の代表はお前となる」
だ、代表!?
「テストは留学生の選定が全て終わってからになるが……いや、代表が早々に決まって良かったな。ヘルミナーデなら安心だ」
「あ、あの、陛下?何故わたくしが……代表、なのでしょうか?」
「私の直臣で貴族家当主だぞ?お前以上の地位の者が、同年代にいると思うか?」
「そ、それは……確かにそうですね」
今まで同年代の方と接する機会がありませんでしたし、すっかり失念していましたが……貴族家当主としてはわたくしは少々年若と言えます。
御父様が腰を痛めたので継いだ爵位ですが……普通の貴族が、腰痛を理由に当主を交代するでしょうか……?
テストには、貴族としての一般常識も入れて貰った方が良いかもしれません。
勿論陛下からの勅命である以上、身命を賭してでも成し遂げるつもりではありますが……べ、勉学は……ちょっとセイバスに相談してみますか。
そう思いセイバスの方をちらりと見ると、こちらを見下す様な笑みを浮かべているセイバスと目が合いました。
……帰ったら戦争ですわね。
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