閑章

第365話 帝国の人達・壱



View of ヘルミナーデ=アプルソン スラージアン帝国男爵 西方貴族派閥末端






「今日も良い天気ですわ。絶好の収穫日よりといったところですわね」


「そうですね。まるでお嬢様のような天気……とでも申しましょうか」


 セイバスの言葉にわたくしは空を見上げます。


 何処までも広く雲一つない、澄み渡った青空。


 セイバスにしては随分と素敵な表現を……。


「本当に、暑くてうんざりするような天気です。作業をするうえで鬱陶しいことこの上ない、そんな天気ですね」


「わたくしとお天道様に謝りなさいな!」


 わたくしは振り向きざまにセイバスの頬に張り手を叩き込もうとしましたが、あっさりと交わされてしまいました。


「お嬢様、そんなどうでも良い話はさて置き……よろしいので?」


「相変わらず会話の切り替えが強引過ぎて苛立ちが止められませんが……なんですの?」


「聞き返さずとも分かっておいででしょう?それとも、この状況で私が何を尋ねているか理解出来ていない程、頭に堆肥がおつまりで?」


「とんでもねー暴言ですわ!当主……いえ、そもそもレディに向かって無茶苦茶言いますわね!」


「……レディ」


 この野郎、鼻で笑いやがりましたわ!


 やっぱりぶっ殺したほうが良いのではなくって!?


 そう考えましたが……わたくしは明日の事思い出させられて、テンションが一気に下がりましたわ。


「あぁ、現実逃避をされていらっしゃったのですね」


「……分かっていて思い出させたのでしょう?」


「はい」


「はいじゃねーですわ!少しは気遣いと言うものを身に着けてはどうかしら!?」


「きづ……かい?」


「初めて聞いた単語みたいなリアクション取らないで下さいまし!?」


 こ・の・し・つ・じ・は!


 わたくしは、地団駄を踏みながら頭を掻きむしりそうな手を必死に押さえます。


「お嬢様、そろそろ現実逃避されるのはお止めになるべきかと」


「うぐ……」


 こればっかりはセイバスの言う通りですわね……。


 わたくしは大きくため息をついて足を止めます。


「どこの世界に、陞爵をそれほどまでに嫌がる貴族がいらっしゃるというのですか」


「ここにおりますわ!でも……子爵ですわよ!?」


 そう……先日わたくしの所に帝都から一つの知らせが届いたのです。


 そこには皇帝陛下の署名と……アプルソン男爵家の陞爵の知らせが書かれておりました。


 とりあえず、それを見た瞬間ぶっ倒れましたわ。


「喜ばしい事ではないですか。これで派閥の集まりでも、土いじり男爵なんて呼ばれなくなると言うものです」


「それは別にどうでも……」


「これからは土いじり子爵ですね」


「全然変わってねーですわ!」


 いえ、別に派閥内でどう呼ばれようと、本当にどうでもいいのですけど……こいつに言われるのだけは本気で腹が立ちますわ。


「いえ、でも正直な所……子爵って鍬とか鎌とか鋤とか使っていいんですの?陞爵して下さった陛下に無礼になったりしませんの?」


「今回の陞爵は、エインヘリアとの共同農地管理の功績による物です。陛下御自身は、お嬢様が率先して農業に従事している事は知っておられますし、問題はないかと。ですが、それ以外の……高貴な方々にはあまり受け入れられないかと」


「これからは、あまり公の場でそういった仕事をしていると言わない方が良いのかしら?」


「その辺りは……可能であれば陛下にご相談されるのがよろしいかと」


「出来る訳有りませんわ!」


 何処の世界にそんな事を皇帝陛下に相談する臣がいるというのですか!


「いえ、私見ではありますが……恐らくお嬢様が今回登城された際、陛下と一対一で話をすることになるかと」


「……嘘……ですわよね?」


 嘘だと言ってくださいまし……。


「マジにございます」


「……登城するだけで死にそうなんですけど?」


 ここ最近、謁見の間のど真ん中で派手に転ぶ夢しか見ていませんのに……こ、ここ、皇帝陛下と一対一で……?


 それ一体どこ情報ですの!?


「私見ではありますが、ほぼ間違いないかと。もしお嬢様が帝城で色々やらかして首が飛んだとしても、アプルソン領に累が及ばぬようによろしくお願いします」


「貴方一人であれば死なば諸共と言いたい所ですが……領民の皆さんに迷惑が掛かる事だけは絶対に避けてみせますわ」


「その意気です、お嬢様。お嬢様の事は、三日くらいは忘れません」


「貴方だけは絶っ対に道連れにしてみせますわ!」


「さて、そろそろ屋敷に戻りましょう」


 私の言葉を意にも介さず、今来た道を戻ろうと踵を返すセイバス。


「ちょ、ちょっと……」


「お嬢様、帝都に向かうのは明日とはいえ、いい加減準備を進めるべきです。お戯れはこの辺に」


「せ、せめて収穫だけでも……」


「数日に一回は何かしらの作物を収穫しているのですし、別に良いではありませんか。領民の方々ももう作業には慣れたものですし」


「で、ですが……」


 分かってはいるのですよ?しっかりと準備をして謁見に望む必要がある事は。


 ですが……その……。


「仕方ありませんね……。準備をするのはアプルソン家の為……などではなく、皇帝陛下の御威光に傷をつけない為です。皇帝陛下自ら陞爵をおっしゃって下さった以上、お嬢様の傷は皇帝陛下の傷になります」


「うぐっ……」


 そ、その通りですわ!


 私自身はどれだけ侮られようと構いませんが、皇帝陛下の御威光に傷がつくのは許されませんわ!


「ご安心ください。見た目だけは私が完璧に仕上げてみせます。所作や作法については……頑張って思い出してください」


「……仕方ありませんわね。大人しく戻って準備をしましょう」


 流石に皇帝陛下の事を言われてしまっては、尻込みしているわけには参りません。


 セイバスのいう完璧とやらに仕上げて貰いましょう。


 作法については……多分大丈夫なはずですわ……多分……大丈夫……ですわよね?


「ご安心ください。見た目だけは私が完璧に仕上げてみせます」


「……なんで二回も見た目だけはと強調するのかしら?」


「中身は手遅れですので」


「誰の中身が手遅れですか!」


「お嬢様ですが?」


「……」


 先行してスタスタと歩き出すセイバスの後頭部目掛けて、道端に落ちていた握り拳大の石を無言で思いっきり投げつけます!


 しかしセイバスは後頭部に向かって投げつけられた石をあっさりとつかみ取り、おもいっきりわたくしの顔面目掛けて投げ返してきました!


「毎度毎度、殺す気ですの!?」


「それはこちらのセリフですが……」


「貴方は石が頭に当たったくらいじゃ死なないでしょうに」


「いえ、普通に死にますが」


 そんな冗談を聞きながらセイバスと共に家に戻り、私は明日の準備に取り掛かりました。


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