第364話 アホの会話
「領土拡大おめでとう!なのじゃ」
「……」
顔を合わせて早々、にやにやと厭らしい笑みを浮かべながらフィオが煽って来た。
いや、落ち着け覇王フェルズ、お前は大人だ。
ちょっと年齢行っているだけの、精神年齢塩な魔王の煽りなんかに、心を揺さぶられたりはしない。
「新品未開封の癖に言ってくれるのう?」
フィオの奴が俺の下腹部辺りを睥睨しながらとんでもない暴言を吐く。
「どどどどうていちゃうわ!」
「ちゃうことないじゃろ」
「……」
「それと、誰の年齢がいっておるじゃと?」
「それは紛れもない事実だろうが」
剣呑な様子で言うフィオに対し、俺はせせら笑う様に返すが……そんな俺に対し、フィオが鼻で笑って見せる。
「五千年前に生きていたからと言って五千歳という訳では無かろう?あ、お主には難しい計算じゃったかのう?」
「はぁ?何処かの魔王みたいに脳の代わりに塩とか詰めてないんで余裕ですけどぉ?その上で、お前が五千年の時を過ごしたのは紛れもない真実ですよねぇ?あれ?おばあちゃんには難しかったですかねぇ?」
のっけからお互いを罵り合う覇王と魔王のやり取りは、三十分ほど続いた。
「しかしアレじゃな」
「ん?」
一通り相手を馬鹿にしあった俺達は、のんびりと夜空の下お茶を飲んでいたのだが、ふと思いついたようにフィオが口を開いた。
「現在のエインヘリアと帝国、そして大陸南西部に魔力収集装置の設置が可能となったということは、残るは北方と大陸東部だけということじゃな」
「まぁ、そうだな。二年足らずで広げたにしては、随分な広さだと思う」
エインヘリアの戦力やキリク達の優秀さを考えれば……いや、それにしたって早すぎるし広すぎるよな。
それに……。
「人材不足じゃな」
「あぁ。ゲームの頃とは段違いな量の魔石を得ることは出来るようになったが、新規雇用するのに五億から魔石がかかるとなってはな……流石に厳しいぜ」
「不足しておるのは開発部の者だと思うんじゃが、お主は内政要員を増やそうとしておるのじゃろ?」
「あぁ。確かに開発部にも人は欲しいんだが……今はキリクやイルミットが処理しなければならない仕事が多すぎるからな。あの二人ならばなんとか出来ると無責任に押し付けているが、いい加減サポート要員をつけるべきだろう。二人がパンクしてしまってからでは遅い……というかパンクされたらエインヘリアが崩壊する」
覇王では二人の代わりにはならないしね……。
それでいて、俺から仕事を振られたら二つ返事で引き受けるのは間違いない。
「あの二人であればまだまだ大丈夫そうな気もするが……じゃが、お主の懸念通り、口が裂けても自分達からこれ以上は無理とは言わんじゃろうな」
「だろ?だから今のうちに……まだ十分回せている内に人材を用意しておきたくてな。出来ればそれぞれに四、五人はつけたい所だが……」
「メイドを十人も一気に減らすのは、それはそれできついじゃろうな。あの馬鹿でかい城の管理……よくもまぁ百にも満たぬ人数で維持しておるものじゃ」
それは俺も激しく同意するよ……。
俺はメイドの子達が掃除とかをしている姿を一度も目にしたことはないけど、うちの城内は塵一つ許さないといったレベルで徹底的に清掃が行き届いているからね。
俺が自室から一歩でも外に出たら……次の瞬間、ルミナの毛一本残さない勢いで清掃されてますし……城自体に自浄機能でもついてるのかと疑ったくらいですよ。
いや、この場合ついていた方が安心出来たんだけど……残念ながら手作業で清掃している事は確認済みだ。
「代わりのメイドを新規雇用するだけで五十億……帝国と商協連盟側の設置が完了したとしても、貯めるのに半年……内政に使う分を考えればもっとかかるな」
「一気に呼び出さず段階的に入れ替えていく方が良いじゃろうな。基礎能力は持っているにしても経験はない訳じゃし、仕事の効率化には慣れも大事な要素じゃ」
「とりあえず二人新たに呼び出しメイドとして働いて貰って、その後で元からいるメイドの子から希望者を募って文官に。キリク達のサポートに必要なアビリティを覚えさせてサポートに回ってもらう。それを繰り返す感じだな」
「ジョウセンの妹やリーンフェリアの姉はどうするんじゃ?」
「ジョウセンの妹はメイド枠で呼び出そうと考えている。リーンフェリアの姉は……もう少し待ってもらう感じになりそうだな。聞いた話ではかなり優秀な人物のようだし、齟齬があってはマズい」
リーンフェリアの姉は、最低限の能力値とアビリティは持たせた状態で呼び出す必要があるだろう。
そうなると、魔石がそこそこ必要になるしね……。
「妥当な所じゃな。じゃが、ジョウセンの妹を呼んでやるのであれば、リーンフェリアの姉も早めに呼んでやる方が良いじゃろう。彼女等の忠義に報いてやるのも王の務めであろうよ」
「あぁ。そこを忘れるつもりはない」
俺の言葉にフィオは満足気に頷いた後、ゆっくりとカップを口元に運ぶ。
「暫くはそういった方面に力を入れたいんだが……なんか北の方がキナ臭い感じなんだよな」
「あぁ、教会勢力じゃな?」
「ほんと宗教とは関わりたくないわ……」
教会が幅を利かせているのは大陸北部。
エインヘリアと大陸北部の間にはスラージアン帝国ががっつり存在しているから、今までほとんど接触はなかったんだけど……キリクが言うのだから、そろそろ本格的に動き出すのだろう。
いや、一応エインヘリアの支配圏にもちょこちょこ教会はあるよ?
あまり民達も熱心な信者って感じではないけど、少なからず信者はいるみたいだし。
「お主が宗教を毛嫌いしておるのは、元になった記憶のせいじゃろ?まぁ、私も別に良い印象はないが、そこまで警戒せんでも良いのではないかの?」
「だといいんだがな」
「キリクから渡された資料を見る限り、過激な狂信者って感じではなかったじゃろ?」
「それはどうだろうな?少なくとも教会勢力には聖騎士団ってのがいるみたいだし。兵力を必要としている宗教だぞ?絶対碌なもんじゃないだろ」
聖とかつけちゃってるし……異教徒を誅滅する聖戦とか言い出しかねん。
「そう言ってやるでない。力無き国が存在できぬように、力無き思想も淘汰されるだけよ。独自の武力を用意するのは、いち勢力として当然の事じゃろ」
「……まぁ、そうだな」
「警戒する気持ちは分かるのじゃ。じゃが、エインヘリアという大国の王として、正しい目で相手を見る必要がある……先入観は目を曇らせるのじゃ」
「……そうだな。その通りだ」
諭す様に、柔らかい笑みを浮かべながら発せられるフィオの言葉に、俺は素直に頷く。
確かに、今俺が教会勢力に対して抱いている感情は……この世界とは関係ない、全く異なる世界での宗教に対するイメージから来るものだ。
この世界において宗教がどのような立ち位置で、どのような働きをしているかはまだ詳しくは知らない。
あくまで、キリクが用意してくれた資料をざっと流し見しただけ……それだけで教会を疎んじるというのは、国のトップとして正しい態度とは言えないだろう。
「自分が理解出来ないからと、知りもせずに嫌厭するのは愚昧だな。嫌うにせよ受け入れるにせよ、まずは相手を知る所からだな」
「うむ。知った上で気に入らないならぶっ飛ばせば良いだけじゃし、上手くやっていけそうなら手を取れば良い。お主はそれが出来る立場じゃからな」
普通は国王という立場であっても、上層部の意向や民意と言うものを無視して好き勝手は出来ない。
だけどエインヘリアにおいては、俺がこうだと決めた事は絶対だ。
勿論民達がそれに納得しているわけではないけど、少なくとも上層部……うちの子達は、それがどんな内容であろうと二つ返事だし、全力でその考えを叶えるために動いてくれる。
恐ろしい話だという事は分かっているつもりだったけど……今回フィオに注意されるまで、自分の感情を優先していたことを考えても、まだまだ認識が甘かったと思う。
エインヘリアごとスッ転ばない為にも、俺はもっと冷静に平等な視点を持たなければならない。
「ほほほ、お主のそういう素直さは好ましい限りじゃな。まぁ人の言葉を鵜吞みにしすぎとも言えるがの?」
「話を聞く相手は選んでいる。誰もかれもというわけじゃない」
俺が反論するも、フィオは意地の悪い笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「ふむ、そうかのう?お主は一度懐に入れた相手には殊更甘いところがあるからのう」
「……そうか?」
……そうなのだろうか?
俺が首をかしげていると、フィオは大きくため息をつきながら、手にしていたカップをソーサーに戻してから口を開く。
「ルフェロン聖王国の聖王、スラージアン帝国の皇帝……他にも、今まで併呑した国の王や重臣たちとかじゃな」
「……全員味方なんだから、話を聞くのは当然だろ?」
「だから甘いと言っておるのじゃ。それぞれとの付き合いは長くても一年程度の物じゃぞ?相手の内の内まで知るというには短すぎる時間じゃ。違うかの?」
「……」
「それに全員味方といったが、今挙げた者達は本当に味方かの?属国の王である聖王はお主に従う他なく、併呑された王や重臣たちも同様じゃ。じゃが、自らの利を追求しお主に不利益を押し付ける可能性は十分あるじゃろ?そして皇帝はエインヘリアの力に屈したものの隙あらばエインヘリアの力を削ぎ、覇権を狙ってもおかしくない立場じゃ」
「……」
確かにフィオの言う通りだが……それでも例に出された連中が俺を嵌めたりするとは思えない……いや、違うか。
フィオはそいつらがどうこうって言っているわけじゃない。
彼ら個人がどうこうではなく、立場がある以上、最善を尽くす上で必ずしも俺の味方であるとは限らないと言っているのだ。
「お主の人の良さは美徳であり欠点でもある。一呼吸分で良いから、相手の言葉とその真意について考えを巡らせるのじゃ」
「あぁ、分かった」
「個人的には、聖王も皇帝も良い奴等じゃとは思うがの。話すことが出来たなら仲良くやれそうじゃ」
「あー、確かにな」
フィオが彼女達と話すことが出来たら……うん、中々面白そうだな。
そんなことを考えた瞬間、俺は一つの考えを思いつく。
「「……」」
俺の考えが読めるフィオが、その思考を読み取り目を丸くしている。
「……可能だと思うか?」
「……どうじゃろうな」
俺の問いかけに真剣な表情になったフィオが考え込む。
俺が考え付いたのは、新規雇用契約書によるフィオの召喚……いや蘇生、になるのか?
ゲーム時代のエインヘリアに住んでいたとされる人物……ケインを生み出す事には成功した。
勿論ケインなんてキャラは、ゲームで作成したことも設定としてあった訳でもない。それでもゲーム時代のエインヘリアの記憶を持った状態で生み出すことが出来た。
もう少し新規の子を呼び出したら、次は設定としては存在していた……ジョウセンの妹やリーンフェリアの姉を生みだしてみる予定だ。
その次に……ゲーム時代のエインヘリア、いやレギオンズとは何の関係もないキャラを新たに設定し、生み出してみてはどうだろうか?
いや、それはあまり意味がないか?
新規雇用契約書はレギオンズ産のアイテムではあるが、その元となっているのは魔王の魔力であり、フィオの儀式だ。
そしてフィオは、その儀式に存在ごと取り込まれてしまっている訳で……新規雇用契約書を使えば、フィオ自身を蘇生というか、再誕させることが可能なのではないだろうか?
もしこれが可能なのであれば、俺は……。
「フェルズ。もう少し考えさせてくれるかの?それと、先程考えた条件で新規雇用契約書を使ってみて貰えるかの?特に最後の……レギオンズとは何の関係もない設定を持った人物を生み出せるのかどうかというのが気になるのじゃ」
「分かった。ならレギオンズとは関係ない銃器……いや、騎兵か飛行能力を持った者が生み出せるか試してみよう」
下手に銃器使いを生み出して、デフォルトで銃とか持ってたりしたら厄介なことになりかねないしね。
現状、俺達はほぼ無敵って感じなのに、わざわざ自分達を殺せるかもしれない武器をこの世界に持ち込む必要性は皆無だ。
「よろしく頼むのじゃ。今後はお主が新規雇用契約書を使う際に、儀式がどのように動いて生命を創造しているのか、しっかりと観察しておくのじゃ」
真剣な表情を変えることなく言うフィオに俺は頷いて見せる。
……なんかよく分からないけど、微妙に浮かれているというか、テンションが上がっているというか……不思議な感情が俺の中で渦巻いている。
微妙にもやもやして来た俺は、とりあえず軽口を叩いて気分を紛らわすことにした。
「もしフィオを呼び出せるとしたら……知略は3もあれば十分だよな?」
「はぁ!?カンストに決まっておるじゃろうが!馬鹿なのかの?」
真剣な表情で考え込んでいたフィオだったが、俺の言葉に即座に反応してくる。
「お前こそ馬鹿な事言うな!カンストするのに魔石がどれだけ必要だと思ってやがる!」
80台の能力値を1上げるだけで一千万だぞ!?
90台だと三千万、100からは五千万だ。
そして確認はしていないけど110から七千五百万、120からは一億のはず……パッと計算出来ないけど、お前一人に何十億かけりゃいいんだよ!
「私に能力値をつけるなら、全ての能力カンストが妥当な所じゃな!」
「あー、そっかー、コイツ、アホだったわー」
「アホとは何じゃ!」
「お前なんか能力全部3で十分だわ!アビリティもスキルもスッカスカでな!」
「あー、分かったのじゃ!お主そうやって私を抵抗できないくらいよわよわにしておいて、手籠めにするつもりなんじゃろ!ちっさい上に卑劣!さいっていじゃな!」
「はぁ!?ありえねーし!?うわぁ……自惚れてるわ……こいつ、自分が可愛いと勘違いちゃってる系だわ……はっず!恥ずかしい奴だわこれ!」
フィオのアホとぎゃんぎゃん言い合いながらも、どこか浮足立つというか……なんかとにかくむずむずする。
だが、悪くない気分だ。
この先どうなるか分からないが、微妙に楽しみが増えたような気がする……いや、気のせいかもしれんけど。
やる事も、やりたい事も、やらなければならない事も山積みだ。
国の事、魔王の魔力の事、そしてフィオの事。
どれも一筋縄ではいかない難問だ。
しかし、俺達なら……エインヘリアであれば、なんだかんだで全てを綺麗に片付けていくことが出来ると思う。
俺はフェルズ……覇王フェルズだ。
何の因果か極力領土を増やさない様に立ち回った筈なのに、終わってみれば領土や属国が増え、悩みは尽きないけれど何とかやってこれている覇王だ。
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