第360話 覇王の疑問



 ここ数日、エインヘリアへと視察に訪れていたパールディア皇国の皇王さんやシャラザ首長国のエッダ首長の相手をしていた俺だったが、今日は二人がルフェロン聖王国の視察に向かったのでフリーとなった。


 いや、フリーというか……溜まっている通常業務を片付ける日というのが正しいか。


 まぁ溜まっていると言っても、スティンプラーフに遠征していた時に比べれば遥かにマシな量だ。


 そもそも毎日の仕事量が大したことないから、多少溜まってもパパっと片付けられる程度だ。


 まぁ、書類仕事はという但し書きがつくけどね。


 いつも通り手早く書類仕事を終わらせた俺は、レブラントや現アーグル商会の会長ルシオと輸出に関する話をして……内容はあまり理解していない……バークスの管理している諜報機関から、いくつか気になる情報があったと聞かされ……大体理解した……オスカーから鉄道についての進捗を聞き……毎日爆発しているそうだ……バンガゴンガから国営農場や漁業ゴブリン村や各妖精族についてやその他諸々の報告を聞き……帝国のアプルソン男爵が今度陞爵するらしい……そんな感じであれやこれやとやっている間に、あっという間に時刻は夕方になってしまった。


 うん……良く働いた気がする。


 基本的に覇王に休日はない……会社員でもあるまいし、休日なんてあるわけないんだけど。まぁ、この世界の人は、基本的に休日って概念がないよね。


 仕事とは生きることそのものって人が多いし、国で雇っている公務員系……役所とか治安維持部隊とか代官周りの人達は定期的に休みがあるし、国営農場とかは休みをローテで回しているけど、それ以外の自営業の人達は決まった休みなんてほとんどないようだ。


 まぁ、俺の記憶にある世界とは、そもそも社会の仕組みが違うしね……。


 何にせよ、一日しっかり働いたとはいっても、フェルズの身体スペックのおかげか疲労は全く感じていない。


 なので夕食前のお風呂……の前に軽く汗を流そうと、俺は訓練所へとやって来た。


 相変わらずここに来れば誰かしらが身体を動かしているのだけど、今日は珍しい奴が訓練所にいた。


「ラフジャス?久しぶりだな」


「フェルズ……様。息抜きといってこいつらに連れてこられたんだ」


 そう言って、近くにいるリオとロッズを顎で指すラフジャス。


 因みに、ラフジャスが俺に様付けするようになったのは、先日この訓練所で会った時……ぽろっと俺の事を呼び捨てにしたラフジャスが、その時訓練所にいた皆に一対一でぼっこぼこにされ続けた結果だ。


 いや、俺は別に気にしていなかったんだが……うちの子達は許せなかったようだ。


 十人くらいにボコられた後……最終的にエイシャに杖でぶっ飛ばされて気絶したんだったかな?


 まぁ、エイシャは完全に幼女だけど……武力がカンストしているうちの主力メンバーだからね。


 見た目がアレなので、マリーと同様戦争とかには連れて行ってないんだけど。


 医療現場の最前線には送り込んでいるので、今更な感じはするんだけどね……。


 それはさて置き、ラフジャスがリオとロッズと一緒にいるのは、スティンプラーフの各部族との話し合いを三人でやってもらっているからだ。


 今の所大きな問題はなく、順調に進んでいるそうだが……各地に点在する蛮族たちの部族は多く、まだ半数ほどしか交渉が出来ていないらしい。


 といっても、移動には飛行船を使っているし、話し合いはとてもスムーズに進んでいる様なので、そう遠くない内に蛮族達はエインヘリアかシャラザ首長国かパールディア皇国のいずれかで過ごす事となるだろう。


 まぁ、当面はエインヘリアで過ごすことにはなるんだけどね。


 文化的生活というか、略奪以外の生き方と言うものを学ばせる必要があるし、法の下で暮らし、法を犯せば処罰されるという事をしっかりと理解してもらわなくてはならない。


 無論、彼等にも部族の掟的な物はあったし、倫理観と言うものはちゃんとある。


 ただ、彼らの常識と周辺国の常識が乖離している為、その事をしっかり学んでもらわなければ、こちらとしても労働力として彼らを使うに使えないのだ。


 といっても、その辺りはそこまで心配はしていない。


 人は順応する生物だからね。


 環境が与えられれば、基本的にはそれを消化して適応出来る……無論全員が全員適応出来るわけではないけど、別に彼らはそこまで無茶苦茶な人外という訳ではないので問題はない筈だ。


 野盗なんかに比べればよっぽどマシと言える。


 野盗連中は、理由は色々あれど悪い事だと分かっていて略奪をしているが、スティンプラーフの人達はそれが当たり前のことだと思ってやっている訳だからね。


 人道的とは言えないけど、文化の違いと言ってしまえばそれまでだろう。


 そんな彼らにも掟があり、守らなければいけない法があるのだから、これからは常識をすり合わせ、その上で生きていく術を与えれば良いだけだ。


 実際、話し合いが上手くいった部族からは数名が先行してエインヘリアに来て、色々な事を学んでもらっているが、皆真剣に取り組んでいると報告が来ている。


「息抜きか。今日は座学だったのか?」


 先行してエインヘリアに来ている者達と同様に、ラフジャスも話し合いの合間にエインヘリアで勉強に励んでいるらしい。


 いや……息抜きはおかしいか?


 以前此処でトラウマ級にぼっこぼこにされてたわけだし、息抜きの場所としては適切ではない気がする。


「あぁ、経済とか言う物についてな」


「……経済?」


 え?もうそんな難しそうな事勉強してんの?


 ついこの前まで蛮族王とか呼ばれてたのに、あっという間に覇王を置いてきぼりにしちゃうの?


「中々面白い話だった。俺達には無い考え方だったし、アレならガキや年寄り連中であってもすぐに受け入れられるだろう」


 マジか……蛮族、マジか……。


 そんな俺の驚愕が伝わったのか、ラフジャスの傍にいたリオが一歩前に出て口を開く。


「フェルズ様、今日ラフジャス達が学んだのは貨幣制度についてです」


「……なるほど、そういう事か」


 貨幣制度……略奪品を物々交換してきたラフジャス達にとっては新しい概念だ。


 貨幣制度自体、俺の記憶では当たり前すぎる制度ではあるけど、経済の発展には欠かせない考え方だし、非常に大事なことだ。


 うん……拍子抜けした……と言ってはラフジャス達にも経済を担っている人達にも申し訳ないな。


 恐らくラフジャス達が学んだのは、労働して、それに見合った対価を得る。


 そうやって得た金を、今度は買い物に使う……そういう基本的な部分の話だろう。


「金を稼ぐために働く……そうして手に入れた金で食料や必要な物を交換……いや、買うんだな。年寄り連中でも出来る、金を稼ぐ仕事ってのはあるんだろ?」


「あぁ、国が出している仕事もあるし、民同士のやり取りで給金を出すような仕事もある。狩猟や農業で得た収穫物を売ることも出来るし、お前達で商売を始めるのも良いだろう。まぁ、商売に関しては、もっと勉強してから手を出したほうが良いと思うがな」


「ふむ……」


「当面、お前達は自由には動けないがな。暫くはエインヘリアの下で公共事業に従事してもらうことになる。パールディア皇国やシャラザ首長国、それからスティンプラーフの復興開拓作業だな。給料は出るが、あまり多くは出ないからな?」


 スティンプラーフの者達の戦後賠償は、労働力という事で決まっている。


 勿論、不眠不休の無給で働かせるような事はせず、正当な報酬は支払う。


「その給料ってのは、どのくらい貰えるんだ?」


「食うには困らんし、あまり派手にやらなければ酒も結構呑めるんじゃないか?」


「当面は十分だな。勉強は継続してやってくれるのだろう?」


「その予定だ。お前達にはある程度俺達の考え方に合わせてもらう必要があるからな」


「ならば問題ない。今までの俺達のやり方では、先が無い事は十分理解しているしな。今後の為にも、お前達の教えてくれる知識、考え方は重要だ。特にガキ共にはしっかり学ばせてやって欲しい」


「あぁ、任せておけ」


 子供達に教育を、か……やはりラフジャスは上に立つ者としてしっかり考えているよな。


 しかし……少し違和感があるな。


 蛮族たちは確かに略奪を繰り返し、物資や人を周辺の国々から奪い続けて来た。


 その行為は野蛮なものだし、残虐な者も少なからずいた……だが、パールディア皇国につけた言いがかり……宣戦布告の内容は非常にラフジャスらしくない気がするのだ。


 リサラ皇女さんのお姉さん……結婚が決まっている相手を寄越せといって、それを拒否されたから宣戦布告……あり得るか?


 まず、他国のお姫様の情報をラフジャスが手に入れることが出来るかというの疑問だし、そもそも、本当に欲しけりゃ略奪するだろう。


 そして何より……わざわざ宣戦布告するというのが謎だ。


 スティンプラーフがパールディア皇国とやる前に二国を滅ぼしているから、そこまで違和感はなかったのだが、こうしてラフジャスと話をしてみれば違和感だらけだ。


「ラフジャス。一つ聞きたいのだが、お前、パールディア皇国に宣戦布告をしたか?」


「宣戦布告?なんだそれは?」


 俺の質問にラフジャスは首を傾げる。


「戦う前に、これからお前らの事を攻めるぞって相手に通知することだ」


「なんでそんなことをする必要がある?警戒されるだけだろう?」


「まぁ、そうだな。だが国同士の戦いというのはそういう物だ。その辺りについては、今後学ぶこともあるだろうが……とりあえず、お前達からパールディア皇国にそういった事をしたことはないのだな?」


「ないな。略奪するというのに、わざわざ事前に知らせてどうする」


 俺の確認に、心底意味が分からないという様に鼻を鳴らすラフジャス。


「ならば、パールディア皇国の姫を寄越せと言ったのは?」


「姫?女を寄越せってことか?なんでわざわざそんなことを言う必要がある。そもそも女は勝手に寄って来るだろう?わざわざ寄越せという必要があるとは思えんが?」


 ……全く別の意味でとんでもねーこと言い出したんだが?


 いや……ラフジャスも英雄だしな。


 特に強さが物を言う文化だし……そりゃモテるでしょうよ。


 くそ……こいつもオスカー系か……毟るか?


 よくよく見てみると、コイツもワイルド系のイケメンだしな……よし、毟ろう。


 まぁ、それは後でやるとして……こいつがこういう嘘をつくとは思えないし、やはりパールディア皇国への宣戦布告にコイツは関わって無さそうだな。


 というか、やり方が陰湿というか……蛮族の連中がやりそうにない感じだし、恐らくだけどこれもヤギン王国の策略だろうな。


 現在ヤギン王国の上層部は、王太子を含めて全員戦犯として幽閉中……もう少ししたら、まるっと処刑される予定だ。


 ……そうだな。この事も皇王さんやエッダ首長に伝えて、ヤギン王国の罪の一つとしてしまうか。


 多分、これは今いる連中が企んだことじゃなくって、ヤギン王の策略だろうけど……ヤギン王を悪者にする訳にはいかないしね。王太子か大臣か……まぁその辺りに引き受けてもらうとしよう。


 可哀想と思わなくもないけど、敗者とはそういう物だし、仮に彼らの策が上手くいっていれば死んでいたのは皇王さんやエッダ首長だしね。


 同情の余地はない。


 俺がそんな風に算段をつけていると、ラフジャスが声をかけて来る。


「おい、フェルズ……様。俺と一戦やってくれねぇか?」


「ん?」


「お前の所の戦士達が無茶苦茶強いのは十分過ぎる程理解したが、俺はお前の強さが知りたい」


「俺はあまり手加減が得意じゃないんだがな……」


 まぁ、この訓練所なら手加減に失敗しても死にはしないけどね。


「構わん。お前が凄まじく強いという事は分かっているが、どの程度差があるか知りたいだけだし、その結果死んだとしてもそれまでの話だ」


「いや、今お前に死なれたら俺が困るんだが?」


 ラフジャスには、今後もスティンプラーフの住民を纏めて貰わなければならない。非常に大事にしなければならない人材だ。


 これからラフジャスはすんごい忙しくなるだろうけど……そこは頑張ってもらいたい。


 しかし……そう考えると、ラフジャスの希望くらい叶えてやっても良いか。


 手加減……出来るかなぁ。


 俺は一度だけと約束して、ラフジャスと手合わせすることを了承し……数秒後、ラフジャスは訓練所の端まで吹き飛んで行った。


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