第359話 娘と皇王



View of リサラ=アルアレア=パールディア パールディア皇国第二皇女






 私がエインヘリアへと訪れ、エインヘリア王陛下に拝謁賜り……その後、あっという間に話が進み、我がパールディア皇国はエインヘリアの支援を受けることになりました。


 しかもその支援の内容は、失礼ながら常軌を逸した物と言わざるを得ないものです。


 食糧、医療品、衣類、日用品の支給支援。


 病気や怪我の治療にインフラ整備……本来であれば我が国がしなければならない全ての事柄において、十分過ぎる程の支援をしていただきました。


 小国とはいえ、一国の民全てを数か月持たせるだけの食糧支援……それがいったいどれほどの量、どれほどの金額になるか、いち皇女に過ぎない私には分りかねますが……それが凄まじいものである事は想像に難くありません。


 しかもエインヘリアは、それと同等の支援をもう一国……シャラザ首長国にもしているのです。


 もはや、大国だから等と簡単に言えるようなものではありません。


 それだけの物資を送っておきながら、対価は必要ないとエインヘリア王は事も無げにおっしゃられるのですから……その御力もさることながら器の大きさに敬服するばかりです。


 そして……最初にお約束して頂いた通り、エインヘリアは蛮族を倒すために援軍を送ってくださいました。


 戦場にてどのような事があったか詳しい事は分かりませんが、戦に参加した将兵は口々に、エインヘリアのおかげで勝利することが出来たと、誇らしげに語るのです。


 自国の働きを誇らしく語るというのであれば理解出来るのですが、エインヘリアは他国です。


 轡を並べ共に戦った事で親近感を覚えたにしても、誇らしげに語るというのは少し違うような気もします。


 アレは何というか……エインヘリアに憧れ、共に戦えたことこそが誉である……そのように感じているように見えました。


 彼等がエインヘリアに向ける目は……どことなく、私の侍女であるミアを彷彿とさせるのです。


 ミアは非常に優秀な侍女で、私の事を第一に考えてくれて……正に滅私奉公という言葉が服を着て歩いているような人物……でした。


 いえ、今も私の事を考え誰よりも親身になってサポートしてくれてはいるのですが……このエインヘリアに来てから、様子がおかしいと言いますか。


 原因は分かっているのです。


 そしてその原因が何ひとつ悪くないことも。


 ですが……ミアのあの目……あれは、狂信者のそれです。


 プリン……アレを前にしたミアは、なんかもう怖いです。


 ……ミアの事はさて置き、この遠征によってパールディア皇国は救われ、今後蛮族に怯えることはなくなりました。


 長年我等を苦しめて来た蛮族の脅威、それがたった一度の遠征で払拭されたのです。


 しかもそれを成し得たのは、これ以上ない程の支援をしてくださったエインヘリア……民の全てがエインヘリアに感謝し、祈りをささげる程だというのも頷けます。


 そう考えれば、遠征を共にした将兵達が、誇らしげにエインヘリアの活躍について語るのも分かる気がしますね……ミアと一緒にしてしまってごめんなさい。


 勿論私もエインヘリアにはこれ以上ない程感謝しております。


 お姉様が御健在であればと思わなくもありませんが……それは今更考えても仕方のない事。


 大事な人を失ったのはパールディア皇国に暮らす全ての者……私と同じようにもっと早ければと考える人は、決して少なくないでしょう。


 ですが、それは意味のない事ですし、自分を不幸にするだけの思考でしょう。


 下を向こうと上を向こうと、後ろを向こうと前を向こうと……私達は明日に向かって生きていかなければなりません。


 であるならば、悲しみに暮れる日々よりも、小さな楽しみと幸せを噛みしめながら生きる方が建設的と言うものでしょう。


 お姉様は、とてもお優しい方でしたし……何より、自分の事を想いだした時に悲しく想われるよりも楽しく想われた方が、少なくとも私は嬉しいですし安心できます。


 少しだけしんみりしてしまいましたが、そんな風に考えた私は気を取り直して小さく笑みを浮かべる。


「リサラ様、皇王陛下が部屋に来たいとおっしゃられていますが」


「……それは色々と問題がありますね。私の方からすぐに伺うと伝えて下さい」


「畏まりました。すぐに準備致します」


 ミアに頷いた私は、座っていた椅子から立ち上がり鏡の前へと移動します。


 お父様……年頃の娘の部屋に来るのもどうかと思いますが、そもそも皇王である御父様が自ら足を運んでどうするのですか……。


 いえ、ここが皇城であるなら周囲の者達もいつもの事だと思うだけでしょうが、ここは他国……エインヘリア城なのですよ?


 これ以上ない程御父様らしい言動に、鏡に映った私は若干呆れつつも笑みを浮かべています。


 私の髪を整え始めたミアも無表情ではありますが、内心苦笑している事でしょう。


 ミアのすまし顔を鏡で見ながら、私は手早く準備を整え御父様のおられる客室へと向かいました。






「わざわざ部屋まで来てもらって、すまなかったね」


「御父様、御無沙汰しております。ですが、ここは皇城ではないのですから、もう少し気を付けて下さい」


「あ、あぁ、そうだったな。いや、本当にすまない」


 部屋に入った私に対し一分も経たず二回も謝る御父様の姿に、私は苦笑するとともに安堵を覚えます。


 このご時世、これ程までに頼りない王は大陸広しといえど、御父様以外いないでしょう。


 ですが、御父様程、臣にも民にも愛されている王もいない筈です。


 まぁ……放っておけないというか、支えてあげないといけない……そう言った愛され方ですが。


 ですが、御父様も全てを任せきりという訳ではなく、しっかり御自分でも多くの事を考えて判断されています。


 特に、今回エインヘリアに救援を求めたのは御父様の発案による物でしたしね。


 当初、多くの重鎮はスティンプラーフ以上にエインヘリアという国を恐れていました。


 我々が北の情報をあまり持っていなかったことを差し引いても、隣国が併呑されたということを知らなかった……それほどの速度でベイルーラ王国を飲み込んだエインヘリアの次の標的が、我々パールディア皇国ではないと誰が言えましょう。


 ですが、ベイルーラ王国に向かった使者から併呑されたことを伝えられ、判断を求められた御父様はエインヘリアに救援を求めることを即断しました。


 周りの意見をよく聞き、取り入れる御父様にしては非常に珍しい決断ではありましたが、状況がひっ迫していたこともあり、すぐに御父様の決断に従いエインヘリアに向かう使節団が派遣されたのです。


 その結果は……語る必要もありませんね。


「気を付けて下されば良いのです。エインヘリア王陛下であれば気にされないでしょうが、ここは他国ですので」


「その通りだね。ふぅ……」


「国はどんな感じですか?」


 少し疲れの見える御父様にそう尋ねると、御父様は嬉しそうに顔をほころばす。


「エインヘリアのおかげで、皆しっかりと栄養を取ることが出来、国全体が元気になっておる。今はまだ復興途中ではあるが、どこもここ数年見ることが出来なかったほどの活気だ」


「以前帰った時は皇都の様子しか見られませんでしたが、国全体があのような感じなのですね」


「あぁ。エインヘリア王陛下には感謝してもしきれぬよ。それは私だけでなく国全体の総意であろうな」


「安心しました」


 エインヘリアの援助があれば問題はないと思っていましたが、こうして直接話を聞くと本当に状況が良くなっていることが伝わってきますね。


「ところでリサラ、お前の方はどうだ?」


「……エインヘリアの事を色々と学ばせて頂いておりますが、エインヘリア王陛下とは……その……」


「上手くいっていないのか?」


 少し心配そうな表情になる御父様……上手くいっていないというのは少し語弊があると言いますか……。


「えっと……エインヘリア王陛下はとても紳士的でいらっしゃいますし、邪険にされているという訳でもないのですが……気を使われていると言いますか……」


「ふむ……お手付きにはなっていない。そういう事だな?」


「……あ、有り体に言ってしまえば……そうなります」


 御父様の歯に布を着せぬ物言いに、私は俯いてしまう。


 確かにパールディア皇国はエインヘリアに救われましたが……私自身ちゃんとお役目をはたしているとは言い難い状況です。


「……言い訳となってしまいますが、恐らくエインヘリア王陛下が私を行儀見習いとして受け入れて下さったのは、我が国への配慮からではないかと」


 人質を受け入れることで国を安心させたかった……その為に私の申し出を受け入れて下さったのだと思います。


 だからこそ、私から少し距離を取りながらも真摯な対応をしてくださっているのでしょう。


「……やはり、お前もそう思うか」


「やはり、ということは御父様も?」


「実は、先程ご挨拶させて頂いた折に、お前の話も少し出てな。行儀見習いという立場から留学生という立場に変えてはどうかと」


「留学生……ですか?それは一体?」


 御父様がエインヘリア王陛下からお聞きした留学生、それから学校制度について説明してくださいました。


 それは、エインヘリアという国の在り方を非常によく体現された制度のように思えましたが……。


「エインヘリア王陛下のお傍に侍るには、私では足りないという事ですね……」


「い、いや、そうは申されていなかったぞ?ただ、エインヘリア王陛下は行儀見習いという立場が、今後の友好関係の為にもあまり良くないとお考えのようだ。あくまで友好的に、同等の存在として我々を見て下さっている」


「……エインヘリア王陛下の寛大なお心は嬉しく思いますが、やはり対等というには……」


 何もかもが違い過ぎます……エインヘリア王陛下は我々に多くの物を与えてくれますが、我々がエインヘリア王陛下の為に何かを出来るとは、とてもではありませんが……。


「そのことについては……国でも、そしてシャラザ首長国とも話はついている。エインヘリアに支援して頂いた物資全てを返還するのには数年……いや、現在の国力から考えれば十数年と言わずにかかるだろう。エインヘリア王陛下は今後も継続的な支援を約束して下さった……これはもう、私の代で全てを返済することは不可能だな」


「返さなければならないのは物資だけではありません。エインヘリア王陛下から頂いたご恩は子々孫々に至る時代まで受け継ぎ、返すべきかと存じます」


「うむ。その為にも、お前には行儀見習いという立場ではなく、新たな立場でエインヘリア王陛下と関係を築いて欲しいのだ」


「……畏まりました。しかし、私といたしましては、このままエインヘリアへと滞在させて頂きたいのですが、その辺りはどうなっているのでしょうか?」


 行儀見習いでなくなるということは、このままエインヘリア城に滞在することが難しくなります。


 といいますか……留学生、そして学校という制度の話が進むまで国に戻るのが妥当と言えましょう。


 しかし、そうなってしまうと……エインヘリア王陛下のお傍にいられないと言いますか……こう、エファリア様に水をあけられると言いますか……出来ればお傍にいたいと言いますか……そんなことを考えていると、御父様が珍しい表情をしながら私を見ていました。


「どうかされましたか?」


「……いや、私が思っていた以上に、リサラがエインヘリア王陛下に心を奪われているようで、少々驚いた」


「なっ!?」


 御父様は何をおっしゃっているのでしょうか!?


 私がエインヘリア王陛下に御寵愛いただきたいのは、パールディア皇国の未来の為……決して私自身が惚れた腫れたという話ではなく、ましてや誰かのプリンの為ではありません。


「そうか……リサラがなぁ……いや、あれ程の御仁、心を奪われるのも仕方のない事だとは思うが……」


「そうではありません!私はパールディア皇国の皇女としてお役目を全うしたいだけです!」


「う、うむ?ま、まぁ、応援はするが……少々私では後押しをするには力不足だな」


「だから御父様!そうではないと言っているではありませんか!」


「い、いや、どういう意図にせよ、リサラが目指すところは変わらぬのだから良いではないか」


「そ、それはそうですが……」


 御父様の言葉に私は言葉を失います。


 確かに、その通りです……私がどう思おうと、御父様がどう勘違いしようと関係ありません。


 い、いえ……エインヘリア王陛下の御心を癒して差し上げたいという思いは最初から変わりませんし、何の問題もありません。


 エインヘリア王陛下の御心を思えば、行儀見習いという立場よりも一人の皇女として動くことが可能な立場の方が良い気もしますし。


 何というか……非常に悶々としながらも、私は御父様と国や今後の事……それからエインヘリア王陛下の事について多くを話しました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る