第358話 覇王と皇王と首長
「エインヘリア王陛下、此度はお招きいただき感謝いたします」
「よく来てくれた、パールディア皇王殿。長旅疲れただろう?ここでは堅苦しい挨拶などは不要、ゆっくりくつろいでくれ」
エインヘリア城内にあるサロンへとやって来たパールディア皇王さんを、俺は椅子に座ったまま迎え入れる。
「御厚情感謝いたします、エインヘリア王陛下。ですが、飛行船での移動は快適な上にとても短い時間で済むので、疲労は縁遠く感じますね」
「パールディア皇王殿のおっしゃる通り、あれ程の乗り物で送迎をして貰い、疲れたなどとはと口が裂けても言えますまい」
そう言って笑うのは、俺と同じ卓についているシャラザ首長国のエッダ首長。
今日は二人をエインヘリア城に招いて、色々と歓待することになっているのだ。
遠征からそれなりに時間が経ち、国内もようやく安定して来たとのことで、ようやくこうして二人をエインヘリアに招くことが出来た。
エインヘリアまでの距離的にはパールディア皇国の方が近いのだが、エッダ首長の方が一足先に到着していたのだが、予定は合わせていたので三十分程度の違いでしかない。
勿論日帰りなどではなく数日はエインヘリアに滞在し、色々と視察してみたいとのことだったので明日からは各地を巡る事になっている。
まぁ、各地を巡ると言っても魔力収集装置の転移を使って巡るから、移動時間は皆無という素敵仕様だ。
「俺はどうしても移動時間と言うものが嫌いでな。特に馬車が苦手だ。二人は、普段馬車で移動しているのだろう?」
俺がパールディア皇王さんに席を勧めながら尋ねると、パールディア皇王さんは座りながら苦笑する。
「えぇ、私は視察や巡行は馬車移動が主となります。半日近く馬車に乗り続けることも少なくないので、非常に辛くはありますね」
「私は若いころから馬での移動になれているので、あまり馬車に乗る事はありませんね。ですが、最近は流石に年齢からか、昔ほど長時間馬に乗っていられなくなっています」
そう言って自分の腰をトントンと軽く叩いて見せるエッダ首長は、にかっと晴れやかな笑みを見せる。
「俺は馬も馬車も苦手だな」
俺が肩をすくめてみせると、二人は驚いたような表情を見せる。
「エインヘリア王陛下は戦場に出られるので、馬は得意なのかと思っていましたが……」
「あぁ、我がエインヘリアには騎兵という兵種は存在しなくてな。将であっても徒歩なのだ」
「そういえば、エインヘリア軍は、歩兵であっても騎兵以上の速度で戦場を駆けるとファザ将軍から報告を受けておりましたな。いや、最初に聞いた時はどんな冗談かと思ったものでしたが……」
「私も同様の報告をヘイゼル将軍からされていますね。まぁ、私も信じられなかったのですが……そんな冗談を言う人物ではないので、隠語か何かかと考えてしまいました」
「くくっ……それは両将軍……いや、両国には悪い事をしてしまったかな」
うちの非常識さを切実な様子で語る両将軍と、その報告を聞いて微妙な顔をする両国の人達を想像して苦笑してしまう。
「いえ、我等の見識の甘さ故のこと。確かに英雄と呼ばれる存在であれば、馬より早く駆けたところでおかしくはありませんからね。まぁ、一兵卒に至るまでそのような強さを持つというのは、驚愕するほかありませんが……」
エッダ首長の言葉に同意というように、うんうんとパールディア皇王も頷く。
「流石に、兵卒までが英雄と伍することが出来るとは言わないがな。英雄は個としての力が抜きんでているが、兵卒たちはあくまで集団としての強さ。突出した個が相手だと鎧袖一触といった感じに薙ぎ払われるであろう」
「……英雄とはやはりとんでもない存在ですな」
「蛮族王……いえ、ラフジャスも、我々がまともにぶつかれば勝ち目はなかったのでしょうな」
「それは間違いないだろうな。付け入る隙があるとすれば、ラフジャスは大規模な戦争の経験が無かったというところだが……それでも、ラフジャス一人が暴れるだけで、同盟軍は大損害を出していただろう。こう言っては何だが、もしエインヘリアが援軍を出していなければ、同盟軍はラフジャスに破れていただろうな」
俺がそう言うと、パールディア皇王は神妙な面持ちで頷き、エッダ首長は苦笑しながらかぶりを振った。
「いえ。もし、エインヘリアが援軍に来て下さっていなかったとしたら、同盟軍は初戦で壊滅していたでしょう。ヤギン王がその気であったのなら、あの王太子よりももっと上手く我々を嵌めた筈です」
なるほど……確かにそれはそうか。
俺達が参戦していなかった場合、ラフジャスすら出る幕がなかったかもね。
そのくらいヤギン王国の策は完遂間近って状態だったし……それをあっさり捨ててうちの軍門に降ろうとしたヤギン王は、やっぱり先を見る力に秀でていたのだろうね。
足元がしっかり見えていなかったのは、最大にして致命的な失敗だけど。
「ヤギン王か……色々と問題のある人物であったことは間違いないが、その能力は惜しかった。いや、二人の前で言う事ではなかったか」
ヤギン王の策略に苦しめられていた二国のトップの前で言うべきじゃなかったね。
「いえ、煮え湯を飲まされていたとはいえ、ヤギン王が策略という点で私よりも優れていたことは紛れもない事実。その在り方も王としては間違っている物ではないと思います」
自国の幸福の為ならば他国を踏みにじっても構わない……確かに、王として間違った考え方ではないだろう。
いや、自国の王としては頼もしいとさえ言える。
エッダ首長に続くように皇王さんも口を開く。
「私も思うところが無いとは言えませんが、たとえ重臣や子……王太子からさえも反対されようと、国を想い、最善の行動をとろうとしたその信念は見事と言う他有りません。周りに助けられてばかりの私では、とても真似できそうにありません」
「王として、何が正しく何が間違っているかなぞ、死ぬまで……いや、死した後でも分からんことよ。後の歴史にどう刻まれ、どう評価されようと関係ない。それぞれがそれぞれの信念を抱いて国を、民を導いていくしかないのだ。当然、そのやり方も千差万別。そして、パールディア皇国の臣下の姿を見る限り、皇王殿の治世が間違っているとは欠片も思わんがな」
「エインヘリア王陛下のおっしゃる通りですな。確かに我等の国は存亡の危機にありましたが、それを救ったのは間違いなくパールディア皇王である貴方です。貴方がエインヘリアに助けを求めなければ、我等の国は遠からず地図から消えていたことでしょう」
パールディア皇王の苦笑するような、自嘲するような言葉に、俺とエッダ首長は首を横に振る。
「お二方からそうおっしゃっていただけると、少しは自信が持てます」
嬉しそうな、むず痒そうな……そんな微妙な笑みを浮かべるパールディア皇王。
「人を頼り、人を上手く使い育てるというのもトップとしては大事な能力だ。それはヤギン王に最も足りなかった資質で、皇王殿が我等の中で一番優れている資質であろう」
とか言ってみるけど……人を頼るという一点においては俺も負けていないけどね!
「……え、エインヘリア王陛下、どうかその辺で。先程から身悶えするのを堪えるのが辛くなってきました」
「くくっ……ならば、ここまでにしておくか」
「はははっ、そうですな。まぁ友誼を深めるという意味では悪くない時間だったと思いますが」
俺とエッダ首長がそう言って笑うと、皇王さんは居づらそうにしながら苦笑する。
「ところで、エインヘリア王陛下……娘はしっかり励んでおりますか?」
皇王さんが咳払いをしながら話題を変える。
「あぁ、こちらに戻って来てからは、我が国について色々と学んでいるようだ。後で色々と話を聞いてみると良い」
「感謝いたします」
「……エインヘリア王陛下。もし良ければ、我が国からもエインヘリアで学ぶ者を派遣させて貰えないでしょうか?」
小さく頭を下げる皇王さんを見ながら、エッダ首長が俺に尋ねて来る。
今まで交流が無かった大国について学ぶというのは、今後の両国の為にも必要だろうし、断る理由はないね。
「それならば、留学という形で何名か受け入れよう。パールディア皇国からも数名どうだ?」
「よろしいので……?」
「あぁ。我が国では学校という制度を始めていてな。今はまだ基礎教育を教えている段階だが、いずれは高等教育機関も作る予定だ。その先駆けとして年若い文官やその見習いを中心に教育を施そうと思っていてな。良ければパールディア皇国やシャラザ首長国からも、そういった者達を留学という名目で送ってくれると嬉しいのだが」
「教育機関……ですか」
「文官の仕事を学ぶのでしょうか?」
「いや、そういう訳ではない。いずれは専門性の強い教育をと思ってはいるが、今は多くの学問や知識を学んでもらい、今後制度化するにあたっての参考にさせてもらうという感じだな。実験的な物ではあるが、そこで教える知識は当然本物だし、我が国の事だけではなく、帝国やルフェロン聖王国の事も学べるようになっている」
俺の話を興味深げに聞いていた二人だったが、帝国の名前が出た事で首を傾げる。
「帝国……ですか?」
「あぁ。我が国に留学してくるのは、ルフェロン聖王国の者、それから帝国からも数名が予定されているからな。勿論講師としても両国の者を招いている。他国の講師が教えるのはその国の文化についてだ」
「かの大帝国とは槍を交えた間柄と聞いておりましたが、まさかそこまで友好関係を深めていたとは驚きです」
「私も帝国と争ったという噂は少し聞いていましたが……最近の話でしたよね?」
流石に、遥か離れた位置にある帝国の情報までは二人とも詳しくないようで、うちと帝国の関係が良好であることに驚いているようだ。
まぁ、二人の国から帝国は、小国にして十カ国分くらいは離れているし、情報に疎いのも仕方ないだろう。
「エインヘリアと帝国は、確かに槍を交えることになったが、憎しみあっての事ではないしな。戦い自体も犠牲者は殆ど出ていないものだし、禍根もほとんど残っていない。以前ヤギン王国でちらっと話したと思うが、今では良き隣人であるよ」
厳密には、隣人といっても国境は接してないけどね。
俺が肩を竦めながらそう言うと、二人は感心したような様子で納得する。
「可能であれば二人の国からも、それぞれの国の文化を教える講師を送ってくれるとありがたい」
「講師を送ることに異論はありませんが……留学する者の基準はありますか?」
俺の要請を受けてエッダ首長が留学生について質問して来た。
「年齢的には十四くらいから十八くらいまでの者で考えている。同年代の者の繋がりは今後長く国政を担うであろう人材にとって、金を払ってでも欲しいものだろうしな。人数は……一国辺り五名程度を予定している」
義務教育と違って、目的のはっきりしている留学生であれば学習意欲も意識も高い。
今後高等教育機関を作るにあたって、良いサンプルとなってくれることだろう。
「畏まりました。シャラザ首長国としては、エインヘリア王陛下のご提案、ありがたく受けさせていただきたいと思います」
「我が国も是非、よろしくお願いいたします」
留学の件を二人は快諾する。
よし、これでいけるな……。
「時に、リサラ皇女殿だが……彼女も留学生として参加してもらうのはどうだろうか?我々としては援軍の派遣も終わったことだし、今後の付き合い的にも今の形ではなく、新しい形で友好関係を築いて行きたいと思うのだ」
「えっと……それは……」
「我が国の事を学び、友好関係を築くという目的は十分果たせるはずだ。留学は一年から二年を考えているが、その後は自国の為に働けばよい」
「……娘の件については、彼女と一度相談させて貰ってもよろしいでしょうか?」
「無論構わないとも」
俺が頷くと、皇王さんは少し考えるようにしながら頭を下げた。
よし……これで、人質がどうこうって話は有耶無耶に出来るだろう。
留学生なら世間体的にも悪くないだろうし、皇女さんの将来的にも面倒な事にはならない筈。
そんなことを考えつつ、俺はしばしの間皇王さん達と歓談を続けた。
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