第357話 行儀見習いとは……
「行儀見習い?」
俺の質問にフィリアが首を傾げる。
「行儀見習いというと、自家よりも高位の貴族や王城に子女を送る事ですね。その目的は高位貴族への面通し、コネ作り、箔付けといったところですわ。勿論、本当に行儀見習いに行った先で何かを習う訳ではなく、礼儀作法に関しては行儀見習いに出される前にみっちりと躾けられます。基本的には婚約者のまだ決まっていない年頃の女性が出されますわ」
う……うん、そうだよね?本当に行儀を習いに来るわけないよね?俺知ってた。
いや、少し時間はかかったけどその辺りは俺も読めてたよ?
「これは何も送り込んだ先で婚約者を探すという事ではないわ。下位の貴族令嬢が高位貴族の正妻となれることはほぼ無いしね。側室だったら可能でしょうけど。因みに表向きには行儀見習いは使用人という形で奉公することになるわ」
エファリアの説明にフィリアが補足するように続ける。
しかし……なるほど、結婚狙いって感じではないのか。
それと使用人としてちゃんと仕事をするのか……。
「下位の貴族令嬢が奉公先で正室になれないというのは……行儀見習いに向かう先とはかなり高位の貴族になるということか?」
「そうね。帝国では基本的に伯爵以上が受け入れ先となるけど……行儀見習いが正妻となったという話はあまり聞かないわね。基本的にどの家でも、行儀見習いに来た令嬢は年ごろの子供達に近づけさせないようにしているわね」
「……何故だ?」
「え?」
「ん?」
俺が聞き返すと、何故か意外そうな表情をするフィリア。
あれ?そんなに変な質問だったか?
「フェルズ様、貴族という者は自尊心が高く、それでいてその面子を何よりも重んじます」
「ふむ?」
「え、エファリア待って!私が話すわ」
エファリアは俺の疑問に答えてくれようと説明を始めたのだろうが……何故かそれをフィリアが止める。
止められたエファリアは何故かにっこりと微笑み、止めたフィリアは何とも言い難い微妙な表情を見せながら咳払いをした。
「あー、つまりね?えっと……接触するチャンスを与えてしまうと、傷ものにされたと令嬢が騒ぐ可能性があるのよ。その身体に一切触れていなかったとしてもね」
「くだらん……と言いたい所だが、実際そういう事があって責任を取る羽目になった高位貴族がいたという事か」
ヤっちまった事の証明は出来ても、ヤってない事の証明は難しいからな……正に悪魔の証明だ。
絶対関わりたくない。
「そう。だから年頃の子息と行儀見習いに来た者は絶対に一緒にしない。帝国だと、行儀見習い用に別館を作っている貴族も少なくないわね」
隔離するのか……それって、意味あるのか?
コネすら作れないじゃん。
「家格が上になればなる程、多くの行儀見習いを抱え込むことになるわ。だから同世代の横の繋がり、特に同じ派閥間の繋がりは強くなる……貴族の子女はいずれどこかの家に嫁ぐから、その繋がりもより広がるというわけね。勿論、縦の繋がりも行儀見習い中にそれなりに出来るわよ?年頃の子息に会えないだけで、令嬢や夫人とは普通に接することが出来る訳だしね」
「なるほど……」
確かに必ず年頃の男がいるとは限らないし、しっかりコネ作りってのは出来るんだな。
後はチラッと言っていたけど派閥の強化か……うむ、その辺の権力争いは是非とも俺の知らないところでやって頂きたいね。
しかし、あれだ!
俺が想像していたよりも、ずっとコネ作りって感じのニュアンスが強いみたいだ。
まぁ、そうだよね……普通、人質だとかなんだとかはそう言って寄越してくるよね!
良かった良かった……これなら第二皇女さんの扱いも、そんなに気にしなくて大丈夫ってことだ!
「ふむ……貴族同士の繋がりの強化のために子女を行儀見習いとして出すと。ん?そういえば、何故婚約者が決まっていない子女なのだ?コネを作るのであれば、婚約者の有無は関係ないのでは?」
「それは、行儀見習いに行くのが年頃の娘だからよ。婚約者がいるなら、早々に相手の家に入るわ」
「そういう事か」
御多分に漏れず、貴族の結婚って早いみたいだからね……。
十五、十六は当然、下手すれば十歳くらいで結婚とかもあるみたいだし。
記憶にある世界でも、戦国時代とかはそんな感じだったらしいけど、こっちも跡継ぎを作るって意味ではとにかく早く沢山!て感じなんだろうね。
ここで注意しなければいけないのは……あれ?フィリアって大丈夫なのかな?みたいなことを一瞬でも表に出してはいけないという事だ。
不覚にもそれが頭を過ってしまった以上、覇王力を全開にしてでも俺はそれを封じて見せる……。
全開なのに封じるとはこれ如何に……そんなしょうもない事を思ったせいだろうか……。
「……何か、イラっとする何かを感じた気がするわね」
「ふふっ……大丈夫ですか?」
俺から滲み出た何かをフィリアが感じ取ってしまったようだ……大丈夫、まだ大丈夫だ。
俺は貝……俺は貝になる……いや、話を進めるのがいいんじゃないか?
「行儀見習いと言うものについては大体理解した。しかし……そうなると、王族が行儀見習いを出すというのは、どういうことだ?」
「「え?」」
話を進めるために俺が言った一言に、フィリアとエファリアがハモりながらこちらを見る。
「ん?聞こえなかったか?貴族が行儀見習いに子女を送り出す理由は分かったのだが、王族の場合はどうなのだ?と聞いたんだ」
「王族が……行儀見習い……ですか?」
な……なんか、エファリアが糸の切れた人形のように首を真横にカクンと倒しながら尋ねて来る。
ど、どうした?いつもの天真爛漫な感じは何処に行った!?
「ま、待って、エファリア。まずは順序立てて話を聞くべきよ。フェルズ……その行儀見習いの件だけど、エインヘリアがどこかの国に王族を行儀見習いとして……押し付けられたのかしら?」
エファリアに待ったをかけながら、フィリアが尋ねて来る。
「押し付けられたというのは語弊があるが……行儀見習いとしてうちに来たいと言ってきてな」
「……因みに、どこの国かしら?」
「パールディア皇国だ」
「「……」」
「今回の件の切っ掛け、パールディア皇国がエインヘリアに援軍を求めて来た時にな」
「……」
俺がそう答えると、フィリアはテーブルの上に戻していたお茶を手に取り口へと運んだのだが……カップがめっちゃ細かく震えているんだが、大丈夫か?
二人の様子から察するに……王族の行儀見習いはコネ作り以上の意味がありそうだ。
やはり人質……いや、嫁として送り込む的な奴か?
「……パールディア皇国ということは、リサラ殿ですか?」
第二皇女さんと面識のあるエファリアが、何やら考えるようにしながら尋ねて来る。
「あぁ」
「エファリア。知っているの?」
「えぇ……少し前になりますが、ルフェロン聖王国を案内したことがあります」
「どんな娘かしら?」
何やら真剣な表情でフィリアがエファリアに第二皇女さんの事を尋ねるが、エファリアは口元に拳を当てるようにしながら動きを止めている。
こ、皇女さんを行儀皆習いとして受け入れたのは、大きな失敗だったのかもしれないと内心冷や汗が止まらないのだけど……エファリアさん?何か言ってくれませんかね?
「……フェルズ様」
「どうした?」
やがて考えが纏まったらしいエファリアが、俺の事を真っ直ぐ見ながら名を呼んだ。
「パールディア皇国がエインヘリアと縁を繋ぎたかったのは間違いありませんが、同盟を要請しながら行儀見習いとして第二皇女であるリサラ殿を送り込んできたのは……人質としてですね」
「あぁ、それは俺も分かっていた。俺としては必要ないと思ったのだが、人質を受け入れることでパールディア皇国としても安心出来るだろうと思い受け入れたのだが……他にも意図があったのか?」
「そ、そうね……」
言い辛そうに視線を逸らしながら言い淀むフィリア。
対照的ににっこりと微笑みながらエファリアが口を開く。
「フェルズ様、パールディア皇国は援軍を派遣してもらう為に人質としてリサラ殿を行儀見習いとして送り込んで来ていました。それはエインヘリアと良好な関係を得る為、そしてなにより担保、人質としての側面が大きいですわ。ですので……援軍の派遣が終わった以上、向こうとしても人質は必要ないと考えるのではないでしょうか?」
「そうだな。俺もそう思ってリサラ皇女に行儀見習いはもういいのではないか?と尋ねたんだが、改めてエインヘリアで行儀見習いとして勉強がしたいと言われてな。だから俺も、行儀見習いという物自体を勘違いしていたのではないかと思って二人に聞いてみたのだ」
「「……」」
「だが、二人の話を聞く限り、俺の考えも大きく外れている訳ではなかったようだし……少しパールディア皇国の考えを調べた方が良いかもしれないな」
表面的な情報については集めているけど、一応友好国だし……徹底的には調べていない。
ウルル達に意図を調べさせればすぐにでも分かることだ。
パールディア皇王さんはあまり裏表のあるタイプではない……というか、王としてはあり得ないくらいのお人好しだし、変な事は考えてないと思うんだけどね。
「ま、待って!フェルズ。恐らくパールディア皇国はまだ不安なのよ。だから形に見える繋がりを欲して皇女を送り込んできた。エインヘリアの強大さ、それは小国……いえ、周辺国にとっては脅威なのは分かるでしょう?」
「それは分かるがな……ふむ、であれば、今度の会談辺りでもう少し同盟関係を強固にする何かを考え、安心させてやるか」
「素晴らしいお考えですわ!まだ付き合いの浅いパールディア皇国は、フェルズ様のお優しさを正確に理解出来ていないだけですもの!」
フィリアとエファリアのおかげで方針が定まった気がする。
やはり、今回のパールディア皇国の件は突然だったし……友好関係を深めることに力を入れた方が良さそうだ。
今の所物資的な支援ばかりで、対話と言うものがおざなりだったからな。
「援軍の将として前線を主に動いていたからな。国のトップとの会話が足りなかったようだ。すまないな、二人とも。妙な事を相談してしまって。これからは、スティンプラーフやヤギン王国の扱いについて話し合うことが多くなるし、パールディア皇国の不安を払拭できるように親睦を深めるとしよう」
「し、親睦!?あ、いや、パールディア皇王と、ということね?そうね、それがいいと思うわ」
「はい!それが良いように思います!それと……折角なので、リサラ殿と今度少しお話をする機会をいただきたいのですが……」
「あぁ、構わん。今も行儀見習いとしてエインヘリアの事を学んでもらっているところだからな。気分転換にも良いだろう」
「ありがとうございますわ!」
エファリアの礼に対し、こちらの方こそ助かると礼を言った俺は、心持ちスッキリしながらお茶を飲む。
もっと早めに二人に相談してみるべきだったな……面倒事を未来の俺に丸投げするのは俺の悪い癖だ。
やるべき方針さえ決まれば、後は実行するだけ……皇女さんも人質生活で気を張っているだろうし、エファリアと話すことが良い気晴らしになるだろう。
胸のつっかえの取れた俺は、今後どのようにパールディア皇国やシャラザ首長国と対応していくか考えながら、のんびりとフィリア達とのお茶会を続けた。
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