第356話 王達のお茶会

 


「大陸南西部で起こった戦いは、大体そんな感じだな」


「相変わらず凄まじい手腕ね。たった三か月で四国……いえ、六か国分もの領土を増やすなんて」


 呆れた様な、苦笑するような表情でお茶を飲んでいるのは、スラージアン帝国皇帝のフィリア。


 今日は南西部のアレコレがようやく落ち着いてきたので、久しぶりに個人的なお茶会のようなものを催していたのだ。


 参加者は俺とフィリア、それから……。


「フェルズ様でしたら当然ですわ!いえ、同盟軍に配慮して足並みを揃えなければ二か月くらい縮める事も簡単だったのでは?」


 俺達二人に比べると非常に幼い少女……ルフェロン聖王国の聖王、エファリアだ。


「今回の戦いはあくまで俺の立場は援軍。彼らに動きを合わせるのは当然の話だ」


 ふんす!って感じでエファリアが言うが、俺は肩を竦めながら答える。


 普段は聖王として幼いながらもキリっとした対応をするエファリアだが、こういったプライベートな集まりとなると途端に幼く……いや年相応になるよな。


 油断すると覇王ムーブを忘れて頭とか撫でそうになるから危険だ。


 しかし、フィリアとも仲良くやっているようで何よりだね。


 話によると二人で個人的にあったりすることもあるらしいし……年齢は結構離れているけど、同じ王として良き友人とお互い思っているのかもしれない。


「援軍というには随分と派手に立ち回っているわね。同盟軍からしたら、なまじ足並みをそろえて行動しているからその圧倒的な戦力を痛感したんじゃないかしら?」


「確かにそうですわね。あのエインヘリア軍と足並みを揃えて三か月も戦ったのであれば……骨の髄までエインヘリアという国の強大さを思い知ったと思いますわ」


 何故かその言葉とは裏腹に、同盟軍に対し同情するような空気を醸し出しながら二人がしみじみと言う。


 おかしい……俺は共に戦う同盟軍の兵が極力被害を受けない様、援軍として全力で頑張っていたというのに……解せぬ。


「商協連盟を潰した直後にそれって、流石に早すぎるんじゃない?」


「併呑するために攻め込んだわけじゃないからな。俺はあくまでパールディア皇国に請われて援軍を出しただけだ。南西部の事はパールディア皇国とシャラザ首長国に任せる」


「南西部を併合しないの?」


「する必要はないだろう?援軍派遣の条件として魔力収集装置の設置は約束させた。それを破るのであればそれ相応の対処はするが、パールディア皇国もシャラザ首長国もその様子は一切ない。というか、両国ともに上層部はおろか民達までもが凄まじい歓迎っぷりだからな。問題なく進められる筈だ」


 飛行船で俺達が両国に行くと、凄まじい歓迎というか……アレはもはや熱狂と言ってもいいかもしれない。


 どこぞのアイドルグループでも降臨したのってくらい黄色い声が飛び交うし、野太い歓声も大地を揺らす勢いで響く。


 あまりの圧力に、しっかり訓練されている筈の軍馬が落ち着きをなくしてたもんね……。


「支援は当分続けるのでしょう?」


「あぁ。両国の被害はかなりのものだしな。それと蛮族達から解放した奴隷たちの事もある」


 奴隷となっていた者達の八割くらいは解放を望んだのだが、元パールディア皇国やシャラザ首長国の民はともかく、滅ぼされた二国に暮らしていた者達は帰る場所が無い者も多い。


 特に農村部出身の者達は村が焼け落ちたりして原型すら残ってないこともあり、ひとまずはエインヘリア国内に連れて来て体調を回復させることを優先している。


 比較的丁寧に扱われていた奴隷でも、その栄養状態はあまり良く無かったりするし、人によってはかなりひどい扱いをされていた者もいるので、その辺のケアは慎重に行わなければならない。


 エインヘリアの医療系の責任者としてエイシャがその任に当たっているが、報告によると経過は良好とのことで、そう遠くない内にエインヘリアに連れて来た奴隷たちの今後についても決められるだろう。


「他国で奴隷になっていた者達を治療して社会復帰させる……言うのは簡単だけど、とても普通の国では実現できない話ね」


「そうですね……エインヘリアだからこそ可能な施策だと思います」


「そうか?」


 二人の言葉に俺が首をかしげると、エファリアは凄く嬉しそうに微笑み、フィリアは苦笑しながら口を開く。


「それはそうよ。普通の国の財源は、民から徴収した税だもの。何が悲しくて、自分達が必死に働いて納めた税を使って、見ず知らずどころか他所の国の奴隷を救わないといけないってなるわよ」


 ……なるほど。


 確かにそれはそうだな。


 国際社会というか協力し合おうみたいな考え方は……どちらかと言えば同調圧力みたいなものだしな。


 いや、尊い事ではあると思うけどね?


 でも裕福な国の中にあっても貧富の差はある訳で、自分が苦しくて仕方ない時に他所の国の為に税金が使われれば……勘弁してくれと思うのが個人の意見と言うものだ。


 文明が進み、倫理観や制度がある程度整っている世界ならともかく、この世界は多少の余裕は一歩踏み外しただけで脆くも崩れ去る代物だ。


 他人……ましてや他国の奴隷の為に身を削って助けを差し伸べるって考えは、そもそも生まれないだろう。


 しかし、エインヘリアは違う。


 各集落に納める税はあれど、国に納めている税金なんて一切ないのだから。


 表向きは……だけどね。


 裏ではしっかり……他国からさえ徴収したりしてます。


 それはさて置き、民からすれば、国が誰を救おうと自分達は一切損をしていない訳で……寧ろ人手が増えてラッキーくらい考えているかもしれないのが、エインヘリアと言う国の現状だ。


「言われてみればそうかもしれんな。俺の治める国がエインヘリアという国でなければ、今回のような判断は出来なかったかもしれん」


「私としては、あの税率で易々と国家運営を行っているエインヘリアの資金源が、物凄く気になる所だけど……」


「くくっ……それは国家機密だな」


 っていうかバレたら色々問題になるだろう……帝国からもがっつり徴収してますよ!とか絶対に言えん。


「エインヘリアの資金源はともかく!そうして集めたお金を職の無い方々、孤児……そして奴隷。多くの人を救済し、ただ与えるのではなくしっかりと自活できるようになるまでサポートするフェルズ様のお優しい心は、同じ王として……本当に尊敬しますわ」


 エファリアがキラキラした目を向けて来るけど……そんな立派な志がある訳じゃないよ?


「くくっ……手放しに救済しているわけではない。彼らが働くことによって結果的にエインヘリアの国力が増すわけだからな。孤児院や学校なんかは特に未来へつながる大事なものだ」


「未来への投資は大事ですわ。国力と言うのは余程の幸運でもない限り、一朝一夕に上がったりはしません。十年後、二十年後を見据えて布石を打っておくのは当然ですが……それを実行するのは、やはりとても難しい事ですわ」


「学校か……帝国でも国営で教育機関を作るという話は出ているけど……やっぱり資金面で色々と難があるわね。一番の問題はそこじゃないけど」


 小さくため息をつきながら、フィリアはお茶へと手を伸ばす。


 プライベートなお茶会の話題にしては、色々と問題だらけのような気もするが……結局エファリアもフィリアも仕事人間だからな、こういった話になるのはいつもの事だ。


 まぁ、覇王も仕事関係以外の話だと、ルミナの話くらいしか出来ないけどね。


「帝国には英雄育成機関という良いモデルケースがあるじゃないか?それをベースに考えれば良いのではないか?」


「英雄育成機関は、帝国全土から集められた選りすぐりの人材の為の育成機関よ?貴方達の言う所の学校と言うのとは、役割が違うのではないかしら?」


「そうだな。俺達が作っているのは基礎教育をする為のものだ。そこは万人に開かれていなければならない。ゆくゆくは高等教育を学ぶための学校も作るつもりだが、まずは基礎学力を向上させることが第一だな」


 現時点で高等教育機関を作ったところで、本当に一部の……元貴族達くらいしか入学できないだろう。


 それでは意味がない……とまではいかないけど、少しコンセプトが違ってくるからね。


「流石に基礎の……文字や単純な計算を教える人材として、リズバーン達は役不足でしょう?」


 足し算引き算を子供達に教える『轟天』。


 実にほのぼのする光景にも思えるけど、確実に人材の無駄遣いだね。


「くくっ……確かにな。ならば貴族の子女に教えているような連中を教師として雇えば良いのではないか?」


「そういう人達は確実に貴族なのよ。帝国は実力さえあれば登用されるけど、やっぱり基本的に知識は貴族達に独占されているし、彼らはそれを民達に流したいとは考えていないわ」


 それもそうか。


 支配者階層からすれば、被支配者階層の者達は愚かであってくれた方がやりやすい。


 被支配者階層が知恵をつければ、パワーバランスは崩壊する……当然だ、支配者よりも被支配者の方が圧倒的に数が多いのだから。


 血筋が優秀な者を生むのではなく、環境が生むのだ。


 そして当然、分母が多ければ多い程、優秀な者は排出されやすい。


 それを恐れるからこそ、知識を独占し既得権益を守ろうとする。


 それが社会全体の向上に繋がらないのだとしても……。


「資金面以上に、そういった意識改革が必要という事か。平民であってもチャンスのある帝国でさえそうなのだから、他の国では絶望的だな」


「他国にも学校制度を導入させたかったのか?」


 フィリアにそう尋ねられた俺は一瞬考える。


 いや……なんとなく会話の流れでそう言っただけで、そのつもりはないな。


 エインヘリア以外の国は、普通に一部の特権階級とその上に立つ王によって支配される君主制。


 別に俺としても民主主義に移行させたいわけではないしね。


 アレは何というか……結果であって、それを目指してどうこうするってものではないと俺は思う。


 治世にたる能力と仕組みが無ければ、どんなやり方も上手くいくわけがない……民全体のレベルが上がって行けばいずれそうなる可能性はあるけど、それは今後の……民の頑張り次第といったところだろう。


 君主制は上が有能であれば国家のフットワークも軽く、悪くない仕組みだ。


 教育のリソースを少数に集中させることで、一定水準の能力を保てるしね。


「そういうつもりはないな。やりたければやれば良い、その程度の考えだ。国力は確実に上がると言えるが、それと同時に政変が起こる可能性も高まる。それを避けたいと考えるのは当然だからな」


「……フェルズは自信満々ね」


 苦笑するフィリアに俺は肩をすくめてみせる。


 俺がこれだけ余裕を持っているのは、覇王がどうこうというよりも、うちの子達への絶対的な信頼があるからだ。


 キリクやイルミットを超えるには……努力でどうにかなるとは思えないし、フィオから聞いた寿命から考えても百年くらいはエインヘリアは盤石だと思う。


 彼等を百年も酷使するつもりかよって声が聞こえてきそうだけど……いや、将来が分からないのはエインヘリアも同じだね。


「国力が上がるという事は、民の暮らしが豊かになるという事。余裕を持ち知識が深まり……その上で、俺達以上にエインヘリアという国を富ませることが出来るのであれば、その者達に国を任せることに何の異論もない」


「少なくとも、貴方が王である間は政変なんて起こりそうもないわね……」


「そうであれば、光栄なことだな」


「フェルズ様の統治を超えられる等と考える者がいれば、是非見てみたいですわ!」


 そんなことはあり得ないと言いたげなエファリアが、胸を張りながら言う。


 しかし、そんなエファリアに俺は胸を張って否と言いたい。


 俺自身は偉そうなことを言っているだけで、大したことはしていない……俺を超える統治者なんていくらでもいると思いますよ?


 まぁ、周りを固めてくれている子達が優秀だから、穴がないように見えるのだろうけど。


 しかし、物凄くキラキラした……全力で尊敬しています!って感じの目を向けてくるエファリアに、情けない姿は見せられない。


 本心を全力で飲み込むために、俺はあまり手を付けていなかったお茶を飲んでから普段通りの笑みを浮かべる。


 よし、話題を変えよう!


「そういえば……二人に一つ聞きたい事があったのだが……」


「聞きたい事?」


「フェルズ様が……ですか?」


 二人してきょとんとした顔を俺に向けて来る。


 いや……俺は知らないことだらけよ?そんな、意外……みたいな顔で見ないで?


「あぁ。我が国には貴族がいないだろう?だからその辺りの仕来りというか、慣習についてあまり詳しくなくてな」


「あぁ、そういうこと」


「フェルズ様のお力になれるのでしたら……喜んでお答えいたしますわ!」


 俺の言葉に二人は納得したように頷く。


「助かる。どうも彼等は迂遠な言い回しを好む故、その意図が分かりづらくてな。慣習を知っていれば暗黙の了解というものも理解出来るのだろうが……」


「確かに、馴染みのない人達からすればそうかもしれないわね」


「慣れてはいても面倒だと思う事は多いですわ」


「その気持ちは分かるわね……」


 二人は面倒くさそうに小さくため息をつく。


 ……なら止めればいいじゃん。


 そう思わないでもないけど、その辺りも権威を示す為とか……なんか色々あるんだろうね。


「それで、何を聞きたいのかしら?」


 エファリアと二人、ひとしきり愚痴を言い終えたらしいフィリアが俺に尋ねて来る。


 今更だけど、女性二人の会話が盛り上がると話を差し込む隙が無いね……。


 そんなことを考えつつ、俺は口を開く。


「……行儀見習いという制度……いや、考え方について少しな?」


 

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