第355話 ヤギン王国



 ヤギンの王太子がラフジャスの気に当てられてお亡くなり……いや、気絶してしまったので会議は一時中断……はせずに、王太子に水をぶっかけて起こすことにした。


「うぶっ!?だばっ!った、な、何を!?」


「起きたな。では続きだ」


 何事もなかったかのように話を続けようとした俺に対し、ヤギン王国の連中が色めき立つ。


 因みに王太子に水をかけたのはロッズだ。


 色めき立つのは構わんけど、コイツ等状況を理解しているのだろうか?


 俺がどれだけ傍若無人に振舞おうと、お前らは今文句の言える立場じゃないんだよ?


 まぁ、一応国の代表ということになっている王太子に水をぶっかけるのもどうかと思わんでもないけど、無礼さで言えば全力でそっちがアウトだからね?


 現に……君らの態度に、エッダ首長またブチ切れ寸前って感じの雰囲気になってるし、流石のパールディア皇王もちょっと眉をひそめている。


 ……ロッズが水をぶっかけた事に対する怒りじゃないよね?


 一瞬そんな事を思ったが、二人が意識を向けているのは王太子の方なので多分大丈夫なはずだ。


 よし、俺は覇王……不遜という言葉さえ力不足な程、我が道を行く覇王だ。


「ラフジャス。ヤギン王国から依頼された内容を話せるか?」


「かなり多いし、一々覚えてねぇよ」


「ならば、覚えている奴を何個かで良い」


「あー、それなら……そうだな、スティンプラーフの地の北にある何とかいう国。それを二つほど滅ぼす様に言われたことがあったな」


「なっ!?」


 水ぶっかけられて目を白黒させていた王太子だったが、ラフジャスの一言に一気に覚醒して立ち上がる。


「きさっ……!?」


 そしてラフジャスに向かってまた叫ぼうとして……先程の出来事を思い出したのかそのまま言葉に詰まり固まる。


 うん、ラフジャスは怖いからね……俺も睨むだけで気絶させるとかやってみたいわ。


 しかも、コントロールできるみたいだし……いいな、その技術。教えて欲しい……いや、リーンフェリア達も出来るか?


 でも教えてもらうのは覇王的にダメよね……お忍びで街に行って、ごろつき相手に練習してみるか?


 あの日のオスカーみたいな奴等、多分いっぱいいる筈……いや、エインヘリアは未曽有の好景気で就業率十割とかだから、昼間に飲んだくれている奴はいないか?


 いや、休みもあるだろうけど……どうかなぁ。


 かと言って酔っ払いのいそうな夜に城から抜け出すのは、色々理由付けが面倒だ。


 っていうかごろつき相手するにしてもリーンフェリアが傍にいるしな……魔物相手ならどうだろうか?


 まだエインヘリアの領土になったばかりの商協連盟方面とかは魔物の数もまだ多いし……久々にハンティングいっちゃおうかな?


 それでさっきラフジャスがやってた奴を練習してみて……魔物相手に通じるか分からんが。


 って、王太子のせいで思考が明後日の方向に行っていたな。


 やはりアイツ……俺の評判を落とすつもりではなかろうか?


 心の中でそんな八つ当たりをしつつ、俺はラフジャスへと問いかける。


「国を二つか……随分と大きな依頼のようだが、対価はなんだったのだ?」


「武器や食料だな」


「それだけか?」


「基本的にはそうだな。奴隷なんかは国を滅ぼした時に集めたし、日用品なんかも同じだ。戦う為の高品質な武器は、中々まとまった数を手に入れるのが難しいからな」


 ヤギン王国にとって、蛮族という戦力は随分とお買い得だったようだな……まぁ、ラフジャス達はラフジャス達で、とっかかりとなる武器と飯さえあれば、攻め込む国からもっと奪えるって感じだったのだろうけど。


「お前達が北にあった二国を潰したのは、ヤギン王国から依頼されたから。相違ないな?」


「あぁ。しかしあれだな、戦ってる時は分からなかったんだが、いざ北の国を潰してみたらこれがめちゃくちゃ不便でな。完全に潰しちまったのは失敗だったと後悔してたところだ」


 そう言ってため息をつくラフジャス。


 流石にその意見には同意してやれんが……要は程よい距離にいた獲物を取りつくしたってことだろ?


「他にも色々あるけどなぁ。最近だと更に北にある国と東にある国を潰せとか……あぁ、大規模な軍が南下してくるから、こちらも数を揃えて迎撃してくれってのが一番新しい依頼だったな」


「ほう?」


 言うまでもなく今回の件だ。


「迎撃するって割に、こちらには戦士達を動かすなって言って来てな。対峙して三日以内に物資は置いて撤退するってことで、言っている意味は分からなかったが……楽に物資が貰えるって言うんだから乗らない手は無いよな?」


「なるほどな……因みに誰の名で出された依頼かは分かるか?」


 普通はそんな怪しい依頼を出すのに名乗らないとは思うけど……。


「あー、ヤギン王国の依頼ってことくらいしか分からねぇな」


 先程からどんな感情なのか分からないけど、王太子が百面相をしているね。


 因みにヤギン王国の大臣は三人程倒れたんだけど……今意識を保っている連中も蒼白か土気色って感じの顔色だ。


 まぁ、真綿でじわじわというよりも、有刺鉄線でごりごりと首を絞めてる最中だしな……ぽろんと首が落ちるのも時間の問題だろう。


「あ、いや……そういえば、最後の依頼だけ、妙に誇らしげに責任者の名前を語ってやがったな。なんて言ってたか……なんちゃらかんちゃらヤギンとかいってたな」


 流石ヤギン王国……普通じゃないことを平然とやってのけるな。


 いや、確実に王太子の仕業だろうけど。


 陰でこそこそ動いておきながら名前出したらあかんやろ……いや、わざと名前を出して罪を擦り付ける浅はかな策って可能性もあるけど、この王太子なら普通にやりかねないところが恐ろしい。


 っていうか十中八九名乗らせたんだろうな……王命であるとかなんとか言ってやっちゃったんだろう。


「助かったぞラフジャス。さて、王太子殿。理解して貰えたかな?我々が何をしにここまでやって来たか」


「そ、そ、それ……な、何が目的だ!?」


 分かって貰えてなかった……嘘やろ?


「……ラフジャス達、スティンプラーフの者達を使っての長年に渡る暗躍。二国を滅ぼし、更にパールディア皇国とシャラザ首長国を滅ぼさんと同盟を裏切った。いや、もとからこの同盟自体が二国を貶める罠だったか。何にしても長年多くの民を苦しめて来たお前達の罪……簡単に贖えるものではないぞ?」


「そ、そん、そんな馬鹿な!」


「当然だろう?だが安心しろ」


 泡を吹きそうな剣幕で叫んだ王太子だったが、俺の言葉に本当に安心したような表情を見せる。


 素直なのかアホなのか……まぁ、何にしても俺が今から言うのは、お前の性格からして何一つ心配していない部分だとは思うけどね。


「俺達が責任を求めるのはお前達、ヤギン王国上層部に対してまでだ。そこに住む民達には一切の責任を負わせることはなく、迫害もさせないことを誓おう」


「は……?」


「賠償も要求しない。ただ、ヤギン王国という名、そして上層部であるお前達には歴史から退場してもらう。全ての罪を背負ってな」


「……た、退場?」


「この事には、長年被害を受け続けたパールディア皇国、シャラザ首長国も納得してくれている」


 俺の言葉に神妙な顔で頷くパールディア皇王とエッダ首長。


 しかし、当然というか……納得できない連中の方がこの場では多数派のようだ。


「ま、待て、た、退場だと?どどど、どういう意味だ?」


 先程の安堵した様子から一点、全力でパニくりだした王太子だが、騒がしくなったのは王太子だけではなく重鎮達も同様だ。


「そのままだ。全ての罪を背負って死ぬ。それがお前達の成すべき事だ」


 端的に俺が告げると、一瞬硬直した王太子だったがすぐに爆発する。


「ふ、ふざけるな!な、ななな、何故俺が死なねばならん!」


「理由は既に語った。自らが企んだことの責任を自分達で取るのだから、何一つ理不尽な事はあるまい?」


「ば、馬鹿なことを言うな!す、全て前王のしでかした事だ!お、俺は関係ない!」


「そうか。それは災難だったな……と言いたい所だが、それは通じない。先程のドリコル将軍そしてラフジャスの話から、お前がスティンプラーフと通じていたことは明白だからな。同盟軍への攻撃はお前の指示だ、それだけでも万死に値すると理解しているか?」


「し、知らない!俺は知らないぞ!お、俺が、死んでたまるか!こ、コイツ等を殺せ!ぜ、全員殺せ!へ、へへ、兵を集めろ!全て殺して立て直すんだ!」


「城内の兵を集めろ!敵は少ない!騎士共は我等を守れ!兵が集まるまで耐えるのだ!」


 錯乱したように叫ぶ王太子と、それに同調する重鎮達。


 それはいいけど……少なくともラフジャスが英雄であることは知っているだろうに。それを抑えられると言っている俺達を殺せると、どうすれば考えられるのか……。


 いや、追い詰められて何も考えていないんだろうが。


 まぁ……この部屋からどれだけ命令を出そうと、外に命令は届かないけどね?


 既に城内は制圧してあるし、ここに居ない重鎮の身柄も抑えてある……まぁ罪状については改めて説明しないといかんけど……会議に参加していない奴も少なくなかったから仕方ない。


「は、は、はやくころせええええええええええ!!」


「騒がしいな。とりあえず黙らせろ」


「承知いたしました」


 喚く王太子達にイラっとした俺が命じると、三秒と経たずして会議室内に静寂が戻る。


 ヤギン王国の連中は全員倒れてはいるけど胸は上下しているし、ちゃんと全員生きているようだ。


 彼らはきっちり公開処刑されるらしいからね……非常に見たくはないけど、それも仕事だからなぁ。


 ……処刑を見ている振りして『鷹の目』で別の場所でも眺めていよう。


「ちっ……やっぱ、すげぇな」


 何故か舌打ちをしながらラフジャスが言い、パールディア皇王は目を丸くして固まっている。


「流石はエインヘリアの騎士……」


 何故か感動したように呟くエッダ首長……昔は武人とかだっけ?


 まぁ、それはさて置き……。


「大人しく捕まるとは考えていなかったが、予想以上に考え無しだったな。俺達がこうして乗り込んできた時点で、もはやどうすることも出来ないことくらい分かるだろうに。ヤギン王が健在であればまだ、ヤギン王国にも未来はあったかもしれんが……残念な結果だ」


 俺としては三国が残ってくれた方が良かったからね……本当に残念だ。


 でも、それ以外はかなり上手くいったはずだ。


 これからスティンプラーフの各部族を説得して……色々と教え込んだりしないといけないけど……概ね俺の仕事は終わりだな。


 後は疲弊した二国の支援とヤギン王国の後始末……その辺は指示を出すだけでいいし……これで大陸南西部も落ち着くだろう。


 やれやれ、結構時間はかかったが、これにて一件落着……あ、皇女さんの行儀見習いとかいうヤツ……どうしよう?


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