第354話 四人目



「そ、そうです!北の大帝国!かかか、かの者達が貴国の力を削る為……いえ、え、エインヘリア王陛下を弑すためにあの者を篭絡したのでしょう!」


 中々斬新な言い訳を始めたな。


 しかし、仮にフィリア達が俺を殺そうとするなら……儀式魔法は選ばないんじゃないかなぁ?


 なんせ儀式魔法のアレコレを一緒に実験してくれているのは、他でもない帝国だからな……リズバーンが開発した奴を主にって感じだが……。


 リズバーンの開発した魔法に比べて、ヤギン王国が放った儀式魔法は……極々一般的な儀式魔法だったからね『神雷』一発で簡単に吹き散らすことが出来た。


 リズバーンの儀式魔法をカミラが防ぐところは見ていたからいけるとは思っていたけど、あれくらいの魔法だったら『神雷』じゃなくても吹き飛ばせたかもね。


 それはさておき……この王太子、よりにもよって帝国に罪を擦り付けるか。


 そもそもお前、帝国を使ってエインヘリアの動きを抑えようとしてたよね?


 手のひら返しが激し過ぎて、骨折するか手首から先が取れるんじゃない?


 恐らく、帝国とは距離があるから多少不興を買ったところで怖くないとか……いや、それすらも考えていない可能性はあるか。


 しかし……エインヘリアに喧嘩を売りつつ、スラージアン帝国にも喧嘩を売る……とんでもない王太子を選んだものだな、ヤギン王。


 ヤギン王か……集めた情報では、部下に喚き散らしもっともらしい正論を叩きつけ最終的に自分一人で判断して突き進む王ということだったが……王太子や大臣達の残念っぷりを見る限り、そうせざるを得なかったというのが正しかったのかもな。


 後進の育成は大事な事なんだろうけど……実務を担っている現役どころか過去の先代、未来の次代までポンコツ揃い踏みって……流石に同情するわ。


 正直どうやっても立て直せる気がしない。


 しかし……この絶賛全く関係ない他国に責任擦り付けようとしている王太子くらいは、ちゃんと教育しておくべきだったんじゃないだろうかと思わないでもないが……まぁ、何もかもが今更だな。


「何故急に帝国が出て来るのかは知らないが、それはあり得ないだろうな。我がエインヘリアとスラージアン帝国は盟友と言って良い間柄だ。先日も……少々前線を外させて貰って皇帝と会合をしたばかりだしな」


「そ、そん……な!?」


「その上で尋ねよう。何故帝国が、ドリコル将軍を焚きつけて儀式魔法を俺に放ったと?」


 正確には俺じゃなく同盟軍にだけどね。


「そ、それは……」


「今回、我等が同盟軍に参加したのは、パールディア皇王に請われたからだ。そしてその後は知っての通り、我が国の飛行船を駆使して迅速に遠征の準備を進めた。如何に帝国の手が広く耳目が千里を見通すことが出来たとしても、物理的な距離はどうしようもあるまい?流石にドリコル将軍を調略し、その側近たちも手中に収め私を攻撃させるには……いくらなんでも時間が足りないと言うものだ」


 ドリコル将軍がチョロインだったらいけるかもだけど……そんなおっさんはお断りしたい。


「で、ですが……」


「それにな……証拠どころか根拠すらなく我が友を侮辱するとは、中々不快にさせてくれるな?王太子殿?」


「ひ……はぶっ!?」


 俺が睨みつけながら言うと、王太子は腰を抜かしたように椅子に座ろうとして……先程思いっきり椅子を蹴り倒していた為床に転がる。


 くっ……やりそうな気はしていたけど、まさか本当にやるとは……ちょっと吹き出しそうになったっての。


 もしかして……もはや命運尽きたと色々諦め、死なば諸共と覇王の威厳を殺しにかかっているのか?


 だとしたら、実に恐ろしい相手と言える……過去最強かもしれん。


 ここまでの道化と過去相対したことはなかった気がする……いや、そう言えば帝国から物凄い男爵かなんかが昔来たっけ……?


 まぁ、どうでもいいか。


「さて、茶番はここまでにしよう。話の続きだ。まずは同盟軍内で起こった問題について話をさせてもらったが……次は同盟内の問題についてだ」


「ど、同盟内の問題?」


「そう。先程のドリコル将軍の証言では、ヤギン王国の上層部が我々同盟軍を亡き者としようとした……そういうことであったな?」


「そ、そのような事は決して!じ、事実無根です!」


「確かにドリコル将軍やその副官の言葉だけで、いきなりヤギン王国を断罪するつもりはない。無論、貴国の将軍が罪を犯したことは間違いなく、その背景がどうあれ貴国には相応の責任を取ってもらうがな」


「せ……責任……」


 自分で椅子を戻し座った王太子は、机の上に置いた手を残像が見えそうなくらい震わせている。


 まぁ、そうなるのも分かるけどね。


 故意だろうがなんだろうが、一国の王を殺そうとしたのだ……控えめにいっても、エインヘリアに宣戦布告されて当然の事態だろう。


 まぁ、俺はヤギン王国を攻めるつもりはないけどね。


 もしこの対応でうちを侮る奴等がいれば、その時はしっかり潰すけど……今のうちの国力を見て侮ることが出来る奴はいないだろう。


 国の面子だなんだとよく言うけど、アレは国力が拮抗しているから気になるのであって、圧倒的に強者であるという自負があれば鼻で笑う程度のものだと思う。


 じゃれついてくる程度なら道化の戯れと笑ってやるし、調子に乗りすぎれば一息で潰す……それが出来るのがエインヘリアという国であり、俺達だ。


「さて、その問題についてだが……また話を聞かねばならない奴がいる。入れろ」


 俺が命じると、先程と同じように即座に扉が開かれ今度はラフジャスが入って来る。


 パールディア皇王やエッダ首長は既にラフジャスと顔合わせをしているので何の反応も見せないが、ヤギン王国の連中は先程ドリコル将軍を目にした時は別の……素直にこれは誰だ?といった様子を見せている。


「彼はラフジャス。この辺りでは蛮族王ラフジャスと呼ばれているな」


「ば、蛮族王!?」


 声をひっくり返しながら王太子が叫び、ラフジャスはその反応に対し不快気に眉を顰める。


「な、何故王城に蛮族が!」


「遠征軍がスティンプラーフの地で何と戦ってきたと思っている。捕虜の一人や二人は当然だろう?」


「し、しかしながら、ば、蛮族王とは……」


「先日ラフジャスと戦った時に捕虜としたのだ。なに、案ずるな。仮にラフジャスがここで暴れたとしても、一瞬で取り押さえてやろう」


 俺がそう言って皮肉気な笑みを見せると、王太子はびくりと肩を震わせる。


「別に暴れたりしねぇよ」


 ラフジャスが不満気に俺の言葉に反応したので、俺はラフジャスの方に顔を向けて苦笑する。


「分かっている。だが、お前の強さはこの国の連中には脅威だからな。こう言ってやらねば、安心して座ってすらいられないようだ」


「北の連中……王と名乗る連中は、どいつもこいつもお前みたいなのかと思っていたが」


「俺みたいなのがそこら中に居たら、お前達はもっと前に叩き潰されていただろうな」


「ちっ……」


 ラフジャスの言葉に皮肉を返すと、ラフジャスは舌打ちをした後、円卓に用意されていた椅子に乱雑に座る。


 円卓に着いたラフジャスに、ヤギン王国の者達からざわめきが生じる。


「な、なぜ蛮族が円卓に!?え、エインヘリア王陛下!一体何をお考えか!?」


「ラフジャスにはこれから重要な話をして貰うが、彼は捕虜とは言え仮にも王だ。相応の扱いはするべきだと思うが……パールディア皇王、それにエッダ首長。ラフジャスと同じ卓に着くことに異論はあるだろうか?」


「異論はございません、エインヘリア王陛下」


「私もエッダ首長と同様に、何も問題はないと考えます」


 予定通りな事もあり、実に澄ました顔で二人とも俺に同意するが、王太子は顔を真っ赤にしながら叫ぼうとして……次の瞬間顔を真っ青にして黙り込んだ。


 いい加減話が進まないので、思いっきり力を込めて睨んでやったんだけど……しっかり威圧できたようだ。


「さて、ラフジャスにここに来てもらったのは、聞きたい事があったからだ」


「難しい事は分からんぞ?」


「簡単な話だ。俺達と戦うよりも遥かに前から、お前はヤギン王国と手を組んでいたな?」


「あぁ、その件か。手を組んでいたってのは少し違うが、ヤギン王国ってところからあーしろこーしろって依頼は来ていたな。対価は無論貰っていたが……」


「な、何を!き、貴様!何を言う!」


「……何だお前?」


「ひっ!?」


 ラフジャスの言葉を遮るように喚きだした王太子だったが、ラフジャスにひと睨みされて白目をむいて崩れ落ちる。


 英雄のひと睨みに堪え切れなかったのだろうけど……いや、気絶させたらアカンやん?


 やっと話を進められると思った直後の事態に、俺はこっそりとため息をついた。


 

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