第353話 変貌
同盟軍は目的を果たした……その言葉を俺が告げた後、今までつっかえつっかえ喋っていたヤギン王国の王太子は、口をぽかんと開けて固まった。
まぁ……気持ちは分からんでもないけどね。
彼等は彼等で……それほんとに国家戦略なの?ってな感じの、ど素人の俺でも首をかしげてしまうような妄想大会を繰り広げていたようだしね。
その悉くが潰えたと知らされれば、そんな感じになりもするだろう。
それにしても、彼らを監視していたのが外交官ではなく外交官見習いで本当に良かったと思うよ……だってねぇ……こいつら、何回俺を殺すと言ったか……。
もうね、うちの子達が直接聞いてたら、その場でヤギン王国が焦土になってもおかしくないレベルですよ?
そのくらいギリギリのラインに立ってた事を理解して?
俺が何度うちの子達を止めたと思ってるの……?
多分、世界で一番覇王がお前達の事守ってたよ……?
まぁ……感謝する必要はないけどね。俺がお前らを守るのは、今日この時までだし。
「い、今なんと?」
ようやく立ち直って言葉を発したかと思ったけど……立ち直って無かったわ。
現実逃避真っ最中だ。
「……スティンプラーフ遠征軍は、蛮族王ラフジャスを倒し遠征の目的を果たした。エインヘリア王陛下はそうおっしゃったのだ」
恐ろしくどすの効いた声でヤギンの王太子に答えたのは俺ではなく……シャラザ首長国のエッダ首長だ。
「え、遠征軍が勝利した……!?」
そして王太子は再び衝撃を受ける……凄いな……まだ何も話が進んでないのに、同じところで足踏みしながら何回でも驚くぞ……。
後五回くらいは余裕で行けそうだが……。
「そこまで驚く様な事ではあるまい?蛮族王との決戦が近いという連絡は入れていただろう?」
「そ、それは、た、確かに……いや、し、しかし……」
これ以上ないくらいに狼狽えながらきょろきょろと周りを見渡す王太子……円卓には座っていない自国の大臣に助けを求めているのだろうけど……もう少しそこは頑張れよ。
まだこちらは何も問い詰めている段階でもないのに、挙動不審過ぎる。
何処からどう見ても勝利を喜んでいないのがもろバレだし、今にも卒倒しそうな程青褪めている。
そんな全身で悪だくみしていましたアピールせんでも……。
「さて、我々が三人揃ってここに来た本題はそれではない」
「そ、それは、ど、どのような……?」
「遠征軍……いや、同盟軍で問題が起こってな……」
「そ、それは由々しき事態です!そ、即刻、げ、厳罰に処しましょう!」
まだどんな問題が起こったか言っていないんだが……いきなり厳罰って、明らかに誰かが何かしでかしたって分かってる口ぶりやん?
なんかこう……証拠とか証言とか集めなくても、勝手に全部自供してくれそうだな。
しかし、突っ込むのも面倒なんで、こちらは予定通り進めさせてもらおう。
「我々がこうしてここに乗り込んで来たのだから分かるだろうが、問題を起こしたのは貴国。ヤギン王国の将軍とその側近だ」
「……か、彼らは、いいい、一体何を?」
「端的に言うと裏切りだ。彼らは蛮族達との戦いの最中、我々同盟軍に対して攻撃を仕掛けて来たのだ」
「そ、それは許されることではありません!そ、そそ、即刻あの馬鹿どもを処刑……い、いや、おおお、御身が無事という事は、す、既に討ち取られましたかな!?で、でで、であれば何も問題は、あああ、ありません!」
いや、問題だらけだと思うが……とりあえず、自国の将軍を秒で切り捨てたな。
大国エインヘリアに、お前らのとこの将軍が裏切って戦場で襲い掛かってきたぞと言われれば、その態度も無理ないかもしれないけど、もう少し状況を聞こうとしたりするんじゃないかな?普通は。
まぁ、コイツ等は全く持って普通ではないが。
「そ、そうだ!そそそ、その将軍を任命したのは陛下……いや、ぜ、前国王です。せ、せき、責任をとって、け、系図から名を除外し、ぼ、墓碑銘も刻まず……い、いや!いっそのこと無名墓地に埋葬しましょう!え、エインヘリア王陛下に仇成すなぞ、ゆゆゆ、許されざる大罪です!」
「「……」」
前国王に全ての罪を被せるか……まぁ、その辺りは予定通りなんだろうけど、それにしたって限度があるだろ。
親を殺した上に死者に全てを押し付け、名誉も尊厳も奪うか……吐き気を催す程のクズだな。
あまりにも不快だった俺は、王太子から一度目線を外し共にここまでやって来た二人を見る。
パールディア皇王は唖然とした表情で、エッダ首長は憤懣やるせないといった表情で王太子を見ている。
二人とも人の親だし……俺以上に色々と思うところはありそうだな。
「とりあえず、落ち着け。責任だなんだという話は、罪状と罪の在りかを明らかにしてからで良いだろう?」
「つ、罪の在りか……?」
「そうだ。……入れろ」
俺が傍にいたリーンフェリアに一声かけると、どう伝達したのかは分からないけど、すぐに会議室の扉が開かれ二人の人物が入室してくる。
一人は……ヤギン王国の将軍であるドリコル。もう一人は彼の副官だ。
会議室に入室したドリコル将軍達は円卓に座る俺達に向かって膝をつき、頭を垂れた。
「ど、ドリコル……か?」
「はっ!」
微妙に訝し気に尋ねるのは王太子だ。
生きているのが不思議……と思っているのではなく、純粋に誰だお前?って感じの問いかけだ。
まぁ、気持ちは分かる。
何がどうしてこうなったのか分からないけど、以前のドリコル将軍とは別人だからな。
あの時、簀巻きにされてエビのように跳ねたり、揉み手をしながら媚びへつらったりしていた人物とは思えないくらい、今のドリコル将軍は清浄な空気を身に纏っている。
まるで悟りでも開いたかのような……そんな何かを超越したような佇まいなのだ。
因みに隣にいる副官も、将軍と同じ空気を醸し出している。
「ドリコル将軍、自らの口で説明せよ。何があったのかを」
「はっ!」
俺が声をかけると、力強く切れの良い返事をするドリコル将軍……ほんと何があった?
「愚かしくも我々ヤギン王国軍は、蛮族の軍と対峙している同盟軍に対し、儀式魔法を撃ちこみました」
「な、何を!?」
俺の命に従いやらかした事をあっさりと語ったドリコル将軍に対し、王太子が声を上げるけど……いや、事実無根であれば驚くだろうけど……王太子のこれは、何でばらす!って意味の声上げだよね?
「何故そのような事をした?」
王太子を無視して、俺はドリコル将軍に問いかける。
「国の……ルドルフ王太子殿下からの命令でありました故」
「き、貴様!な、何を言う!そそそ、その者を黙らせよ!え、エインヘリア王陛下!だ、騙されてはなりません!これは、陰謀ですぞ!」
王太子の命に従い動こうとした騎士が数名いたが、会議室にいるのはヤギン王国の者達だけではない。パールディア皇国やシャラザ首長国の騎士達に睨まれ、彼らはすぐに動きを止めた。
「静かに、今は話を聞いているだけだ」
「し、しかしこのような……!」
「黙れと言っている」
食い下がろうとする王太子に俺が威圧するように言うと、引き攣ったような悲鳴を上げた王太子が椅子の上で固まった。
「ドリコル将軍。ヤギン王殿ではなく王太子殿から命じられたと?」
「はっ!直接命じられました」
「ヤギン王の命を王太子が伝えたのではないか?」
「それは違います。陛下は同盟軍と轡を並べ蛮族共を殲滅することを望まれていたと、王太子殿下よりお聞きしました!」
ハキハキと答えていくドリコル将軍の言葉に顔を青褪めさせているのは、王太子だけではない。
ヤギン王国の大臣達も、以前のドリコル将軍と同じように顔色を悪くしながらきょろきょろとあたりを見渡している。
「ならば、何故お前はヤギン王殿の意思ではなく王太子殿の命に従った?」
「それは……私が王太子殿下の命令を聞いた時点で、陛下が御逝去されていたからです」
「ほぅ?先程の話では、つい先日ヤギン王殿は亡くなられたという話だったが?」
「私の知る限り、陛下は三か月以上も前……同盟軍がパールディア皇国南の砦に集まるよりも以前に御逝去されておられます」
神妙な様子でドリコル将軍が言うと同時に、会議室内に大きな音が響く。
どうやら大臣の一人が卒倒したようだ……。
衝撃の事実聞いたから……ではなく、己の未来を理解して意識を手放したのだろう。
その後も滔々と王太子から命じられた事を語るドリコル将軍。
その度に王太子は遮ろうと声を上げ、俺に睨まれ口を閉ざす……こちらとしては予定調和ではあるけど、ヤギン王国の連中は生きた心地はしないだろうね。
「そちらの副官。今までのドリコル将軍の言、相違ないか?」
「私の知る限り何一つ間違いございません」
全ての罪を認め、粛々と罪を受け入れる……そう宣言した二人。
主君を裏切り、同盟を裏切り、そしてまたそれを命じた王太子を裏切る。
完全にクソ野郎の所業だけど、今の清廉とした立ち居振る舞いにパールディア皇王やエッダ首長が色々と感じ入っているようにも見える。
「聞きたい事は以上だ。お前達の処分は追って伝える」
「お待ちください!不遜ながら一つだけ、願い出たき申し出がございます!」
そんな予定はなかったけど……まぁ、聞くくらいはいいか。
「許す」
「ありがたく!我等はどうなっても構いませぬ。ですが、最後まで同盟軍と轡を並べ戦った第二騎士団、および兵達には……何卒寛大なご処置を願いたく!」
「聞き入れよう。はなから兵達に罪があるとは考えていなかったしな。ヤギン王国軍の兵達は我等と共にスティンプラーフの地を駆けた戦友。けして無下には扱わないと俺の名に懸けて誓おう」
「感謝いたします!エインヘリア王陛下!」
膝をついた状態から、さらに深く頭を下げるドリコル将軍と副官。
元のドリコル将軍を知らないエッダ首長達はいたく感動しているようだけど、ヤギン王国の連中は理解できない物を見るかのような表情になっている。
因みに俺は、なんか色々と遠くを見るような気分だが。
そんな俺達の視線にさらされながら将軍達は会議室から退出していき、部屋の中が静寂に包まれたのだが……それを破ったのは王太子だった。
けたたましい音を立てて椅子が倒れ、勢いよく立ち上がった王太子は目を血走らせながら俺の方に顔を向ける。
「え、エインヘリア王陛下!あ、あああ、あのような裏切り者、いや、大罪人の言葉!信じてはなりません!奴は恐らく……だ、大帝国からの回し者です!」
……なんかまた、とんでもない事言い出したよ?
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