第352話 やって来たのは……



View of ルドルフ=フレブラン=ヤギン ヤギン王国王太子






 あの飛行船とやらを見るたびに思う。


 あれが我が国にあれば、もっと有効活用出来るものを……と。


 とりあえず、あれだな……王族専用船として巡行に使うのが良いだろう。


 面倒な移動時間を減らすことが出来るし、襲撃等の警戒も最小限にすることが出来る。


 つまり長い移動で無駄にかかる時間と経費を削減し、国庫に優しい巡行が可能となる……その分滞在先で使う金額を増やせば、民により多くの金をばら撒くことが出来経済効果もうなぎ上りという寸法だ。


 他にも、物資の輸送だけでなく人の移動にも使う……とかだな。


 多少高い金を払ってでも、遠方に素早く移動したいと考える者は少なくない筈……そう言った者達から金を徴収して運んでやれば、それなりの金額を稼ぐことが出来る筈。


 なんなら、国家事業として待合馬車の飛行船版のような事業を始めても良いかもしれない。


 いくつかの街を定期便として回らせ、使用料を徴収……アレを動かすコストにもよるが、これも中々良いアイディアではないか?


 他にも例えば……そんなことを考えながら、城のバルコニーで東門の方を眺めていると、早馬が東通りを駆けて城へとやって来るのが見えた。


 いつも通りの戦況報告であれば早馬が来るとは思えないし……やはり緊急事態が起こったと見るべきだ。


 そしてこのタイミング……間違いなくドリコル……いや、ドリコル将軍がやってのけたに違いない。


 将軍への褒賞は決まっていなかったが……表向きは敗軍の将だからな。我々がパールディア皇国やシャラザ首長国を潰すまで……いや、エインヘリアの事を考えれば表向きはしっかりと処罰しておいた方が良いか。


 無論、汚名を被る所まで受け入れて作戦を成し遂げたドリコル将軍には、しっかりと褒美を授けるつもりだが……もし彼が表の権力を欲している様であれば、少し考えねばならんな。


 流石に、国のために働いた勇士に不幸になってもらいたくはない。


 私に忠誠を誓う者達に、その忠誠は報われるということを見せる必要がある……その為、ドリコル将軍には誰もが羨む様な褒賞を与える必要があるのだ。


 そんなことを考えつつ、私は視線を城下町から城へと移す。


 私は城内の喧噪から逃れるためにここにいたのだが、やはりここに居ても得られる情報は無さそうだな。


 あの早馬が城に着くまではまだ少し時間がかかる……まぁ、どんな知らせを持ってきたかは予想出来ている。


 だが、予想出来ているからこそ……反応には十分気をつけなければなるまい。


 私は大丈夫だが、馬鹿どもは妙なリアクションを取って、使者に要らぬ疑念を植え付けかねないからな……使者を招き入れる前に釘は刺しておくか。


 そんなことを考えながら私は部屋へと戻り、これから先の展開……そして確約された栄光の未来について思いを馳せ、一人ほくそ笑む。


 事情が事情なだけに、大々的に戴冠式をやるのは難しいか……いや、国難の時だからこそ、時代の変わり目を知らしめるために大々的にやるべきではないか?


 そう……この作戦は民達を欺き、一時とはいえ何も知らぬ民を不安にさせてしまう。


 遠大な戦略を練り、国を動かす我々と違い、民達にとって目先の不幸がその生の全てだ。


 策が完遂するまでの二、三年……たったそれだけの期間の不幸や苦難に耐え切れず、絶望する者も出てくるだろう。


 全てを見通すことのできる視点を持っている私からすれば、蒙昧な彼等は愚かと言う他ない。


 しかし、私は彼らを蔑んだりはしない。


 何故なら無知蒙昧であるからこそ、彼らは民なのだ。


 知らないという事は幸福な事だ。


 私に課せられている使命の重さ、難しさ、そしてその責任を知らずにいられるのだから。


 知らないという事は不幸な事だ。


 約束された勝利という未来を知らず、見せかけだけの不幸に身を浸さなければならないのだから。


 なればこそ……私はヤギン王国の民、全てを愛そう。


 全ての民の父として、幼子が如き蒙昧な民達を愛し、導き、幸福の何たるかを教えよう。


 それが出来るのは、ヤギン王国の王たる私しかいないのだ。


 これは自己陶酔などではない。


 ただの純然たる事実。


 全てが予定調和……ふっ……少しは波乱があっても良いと思うのだが、いや、それは贅沢と言うものか。


 順風満帆……全てが我が知略の内。


 先に起こること全てを知るというのは空しいものだ……ただ、その先にある未来が幸福であることだけが救いだな。


 私は絶対者としての憂鬱を感じ、孤独に深いため息をついた。






 一体……何がどうなっているというのだ!?


 俺は理解しきれない目の前の光景に、胃がひっくり返りそうになるのを必死で堪える。


 会議室に用意された円卓には三人の王が座っている。


 一人はパールディア皇国の皇王。


 一人はシャラザ首長国の首長。


 そして最後の一人は俺……ではなく、儀式魔法によって消し飛んでいる筈のエインヘリア王だ。


 いや、首長は王ではないのだから三人というのは間違いか?


 うむ、そうだな……正確には二人の王と首長、そして王太子である俺……いや、私だ。


 若干現実逃避をしたことで冷静になった私は、円卓に座る国家元首たちに向かって口を開く。


「よ、ようこそ、我が国へおいで下さいました御三方。それと、こ、この会議に参加するのが王太子である私であることをお許しください」


「ヤギン王殿は、まだ御加減が悪いのか?」


 どこか暗い表情をしながら私に尋ねて来るのはパールディア皇王。


 早馬にてこの三人の来訪を知らされた私は、大臣達と短い時間ながらこの会議に向けての打ち合わせをしていた。


 父上についての話は確実に出るのは分かっていたので、既に答えは決まっている。


「それが……まだ発表はしていないのですが、先日陛下は身罷られました」


「そう……ですか」


 私の言葉に、パールディア皇王は沈痛そうに視線を落とし、エッダ首長は目を細めている。


 予想していたよりも驚きが少ない気がするが……まぁ、この二人はどうでも良い。


 今一番注意をしなければならないのはエインヘリア王だ。


 何故このタイミングで前線から戻って来たのか?


 もしエインヘリア王が前線に居ない状態で蛮族王との決戦となったら……くそ!折角エインヘリア王を屠るチャンスだというのに、みすみすその機を逃すというのか。


 だが、ドリコル将軍は間違いなく、エインヘリア王が前線に居なかったとしても儀式を敢行するだろう。


 そこで同盟軍を殲滅し、敗走したという話をでっちあげなければ、ヤギン王国に未来はないのだから。


 だが……エインヘリア王がその場にいるといないとでは、その後の展開が大きく変わることになる。


 計画通りエインヘリア王には死んでもらいたいのだが……後程、前線に戻るつもりなのか確認する必要があるな。


 私は警戒を表に出さないようにしながら、エインヘリア王の様子を窺う。


「以前渡した万能薬は使わなかったのか?」


 非難や疑惑といった色を一切感じさせず、ただ聞いてみただけといった様子でエインヘリア王が問いかけて来る。


 いや、その態度は軽いものなのだが……相変わらず身に纏う空気が尋常ではない……いや、戦場帰りだからか、以前会った時よりも強烈な気配を漂わせているように思う。


 だが、私も以前のままの私ではない……この三か月あらゆることを想定し動いて来た私は、以前に比べ遥かに胆力を得ている。


 それに……大丈夫だ問題ない。これは想定済みの質問だからな。


「そ、その節は大変感謝しております、エインヘリア王陛下。ですが、申し訳ありません。ば、万能薬を頂き急ぎ陛下の元へと戻ったのですが……へ、陛下は衰弱激しく頂いた薬を飲むことが能わず。そ、それでも、いつか意識を取り戻し、く、薬を飲んでくれると期待していたのですが……結局」


 私はゆっくりと目を瞑り項垂れるように下を向く。


 どうだ?次期国王としては弱弱しい姿だろう?


 無能だと、情けないと侮るが良い。


 エインヘリア王が俺を侮れば侮るほど、奴が生き延びってしまった際の毒になる。


 今この場に奴がいるのは誤算ではあるが、与しやすい……扱いやすい相手だと侮って貰えれば、事を成した後……エインヘリアから信任を受けて大陸南西部の支配を任せられるだろう。


 傀儡としてだがな。


 無論、操られているふりをするだけで、時間をかけエインヘリアに対抗できるだけの力をつけるつもりだが。


 しかし……エインヘリア王が健在となると、大帝国も迂闊には動かないかもしれない。


 そうなると、エインヘリアが混乱している間にパールディア皇国やシャラザ首長国を滅ぼし、その後エインヘリアと共に蛮族共を殲滅しこの辺り一帯の支配圏を得るという計画が難しいものになる。


 なんとかして、エインヘリア王を前線に戻さねば……。


「ふむ……まぁ、そういうこともあるかもな。ところで、まだ王位は継がないのか?」


「い、今はまだ喪に服しております故、え、遠征軍が凱旋してから諸々発表するつもりです。こ、此度の遠征軍の功績は、わ、私ではなく……へ、陛下の最後の仕事として残したいと考えております」


「「……」」


 私の言葉を聞く者達……我が国の大臣達以外には、情に厚い人物として見えている事だろう。


 本来は敗北の責を負って退位という形だったが、この方向性であればこれから起こる敗北……ヤギン王国軍だけ撤退に成功する事態に対して、私の責となることもないだろう。


 各国の王の前で宣言出来たのは悪くない事態……いや、我ながら良い方向転換だったと言える。


「ヤギン王国の現状は理解した。では、そろそろ本題に入るとしようか。なぜ我々が揃ってここにやって来たのか……まずはそれを話すとしよう」


 エインヘリア王の言葉に、心臓が大きく跳ねた様な気がする。


 何故、決戦前というこのタイミングで各国の王……そして何より、前線にいる筈のエインヘリア王がここへやって来たのか……正直その理由は皆目見当もつかない。


 無論、ただ事ではない事は理解しているが……前線を放棄する程の事態とは一体……。


「遠征軍に先んじて引き上げさせて貰ったが……此度のスティンプラーフ遠征。蛮族ラフジャスを打ち破り、同盟軍は目的を果たした」


「……は?」


 告げられた戦勝報告に、私は一切の思考が停止してしまった。


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