第351話 ぼくのかんがえたさいきょうのしなりお



View of ルドルフ=フレブラン=ヤギン ヤギン王国王太子






「何故だ!何故遠征軍の情報が完全に途絶えた!もう三か月になるのだぞ!?」


「殿下!完全に情報が途絶えた訳ではありません!どうか気をお沈め下さい!」


「ふざけるな!私の言っている意味が分からないのか!?」


 惚けた事をのたまう馬鹿を叱り飛ばした私は、遠征軍を任せたドリコルへの怒りと共にテーブルの上に置かれていたグラスを投げつける。


 派手な音を立てて壁へとぶつかったグラスが床に転がり、壁と床に染みを残す。


 くそっ!


 どいつもこいつも無能ばかり!


 俺の足を引っ張りやがって!!


「ドリコル以外にも連絡を入れられる奴はいるだろうが!何故誰も報告をしてこない!」


「そ、それは私達には何とも……」


「こちらから放った密偵はどうした!何故情報を持ち帰ってこぬ!」


「お、恐らく狩られているのかと……」


 そんなことは分かっておるわ!


「で、ですが、遠征軍の情報でしたら……パールディア皇国から報告が……」


「……おい、誰かコイツを殺せ」


 俺が顎をしゃくって壁際にいる騎士に命令を出すと、無言で剣に手をかけつつ馬鹿へと近づいていく騎士。


「ひっ!で、殿下、何故……」


「……本気でさっきの台詞を吐いたのであれば、信じられない程の無能だからいらん。もしこの状況において冗談を口にする程の馬鹿なのであれば、目障りだからいらん。どちらにせよ貴様はいらん、死ね」


「そ、そんな……や、やめろ!」


「あぁ、ここで殺すな。部屋が汚れる。やるなら外でやれ」


「……」


 暴れる馬鹿を騎士が二人がかりで押さえつけ部屋から連れ出す。


 遠ざかって行く喚き声が聞こえなくなると、部屋の中から一切の音が消え心地良い静寂に包まれる。


 だが、すぐに俺……いや、私は怒りに包まれる。


「先程の馬鹿の言ではないが……パールディア皇国から流れてくる情報を聞く限り、同盟軍は順調にスティンプラーフを侵攻中……そうだな?」


「は、はい。近々蛮族王の支配する拠点へと攻め込むところまで来ていると……」


「ちっ……おい、この状況どう考える?」


「「……」」


 私が部屋の中にいる者達を睥睨しながら尋ねるが……誰一人として意見を言おうとしない。


 無能共が……。


 聞かれたことにすら答えられんとは……今更ながら、父上がこいつらを無能と罵倒していた気持ちが分かる。


「もう一度聞くぞ?この状況をどう考えている?まさか何も考えていない等とは言わぬよな?」


 私が目に力を込めながら尋ねると、大臣の一人がおずおずと言った様子で口を開く。


「……殿下、この状況から察するにドリコル将軍は失敗したと見るべきでしょう」


「馬鹿か貴様は?そんなことは分かっている。三か月も前の作戦だぞ?成功していればとっくに結果が報告されておるわ。俺が聞いているのは、どう失敗したかだ」


 俺は意味のない言葉……いや、もはやただの音を口から垂れ流した大臣を睨みつけてから大きくため息をつく。


「次」


「……恐れながら殿下、ドリコル将軍から何の連絡もない以上、ドリコル将軍やその側近は既に死んでいるとみて間違いないかと。そして仮に将軍達の死が同盟を裏切ったことによるものだとしたら、他の三国が我が国に何一つアクションを起こさないのはおかしいと言えましょう。ならば、将軍達の死と我等の作戦は関係ないところで起こった事故という可能性が考えられます」


 俺が適当に水を向けた大臣が、顔を青くしながら意見を述べる。


 ようやく考慮に値する話が出てきたが……。


「ドリコル達が死んでいる可能性は高いと思うが……作戦と関係ない部分で、というのは些か希望的観測に過ぎないか?」


 確かに三か月たった今でも、エインヘリアを含む三か国から非難や糾弾されるような雰囲気は感じられない。


 だが、将軍達が死んでいるのだとしたら、その報告が我々の元に来ないのはおかしいのだ。


「いえ、我々が今回行った策……儀式魔法を同盟軍に向けて放ち殲滅すると言うもの。発覚すれば確実に我々は蛮族共よりも先にエインヘリアに狙われるでしょう。それが無いという事は、我等の策は露見していないと見て良いかと」


 大臣の言葉を加味して、もう一度私は考えてみる。


 確かに……同盟国の王に向けて儀式魔法を撃ちこもうとしたことが露見していれば、問答無用で攻めて来るのは確実……それが無いという事は、こちらの思惑は露見していないと考える方が自然か?


 しかし、それだけでは説明できないこともある。


「何らかの要因……例えば蛮族の奇襲や、自然災害的な事故でドリコルや側近たちが死に、策が実行出来なかったとしよう。だが、その情報が我々の元に来ないのは不自然だろう?ドリコルは遠征軍の総大将だぞ?いや、総大将でなかったとしても、うちの第一将に何かあったとしたら、それは報告が来てしかるべきだろう?パールディア皇国からは、定期的に戦況報告が来ているのだからな」


「……」


 私の問いかけに黙り込んでしまった大臣。


 ここの部分を納得いく説明が出来なければ、いかなる考えも妄想の域を出ない。


「エインヘリアが兵站を担い、あの飛行船という規格外の乗り物で遠征軍に物資を運んでいるのだ。遠征軍の情報はそれこそ何の問題もなく、事細かにパールディア皇国に伝わっている筈だ」


 伝令が潰されると言ったような、普通の戦場で考えられるような理由は今回の戦では考えられない。


 何らかの意図があって、こちらに情報を封鎖していると考える方が自然だろう。


 ならばその理由は……。


「今日に至るまで……エインヘリアはおろか、パールディア皇国やシャラザ首長国から害意を向けられたことはなく、対応は至って普通です。であれば何かあったと考えるよりも、何もなかったと考えた方が良いのではないでしょうか?」


 黙り込んだ大臣とは別の者が、考え込むようにしながら言う。


「どういうことだ?」


「例えば……ドリコル将軍達は健在。何の問題もなく同盟軍総大将として働いているという事です」


「……」


 その意見を反芻するように私は考え込む。


 その際に一度頭をスッキリさせるために唇を湿らそうとして……グラスが無い事に気付く。


 内心舌打ちをしつつ、気の利かない連中に辟易としたのだが、今は他に優先すべきことがある。


 水分を諦め、私は大臣の言葉に耳を傾けた。


「我々の授けた作戦を実行していないのは、何らかの要因で最初の激突時に儀式魔法を放つことが出来なかったという事。故に我々の企みは露見しておらず、各国の反応が普通なのです」


「ならば、何故ドリコルから我等に連絡がこない」


「流石に策の失敗……内容が内容ですので、飛行船を使って情報を齎すのは不可能でしょう。であれば当然通常通り伝令を飛ばすことになりますが、こちらからの密偵すら情報を持ち帰ることが出来ないという事は、やはりスティンプラーフの地を少人数で抜けるというのは難しいのでしょう」


「ふむ……」


 確かに、蛮族の蔓延る地を移動するのはそう簡単な事ではない。


 確証はないが……現状に対して一番しっくりくる説明のように思える。


「……他に考えがある者はいるか?」


 私の問いに他の者達は何も答えず俯く。


 先の意見を言った者だけは誇らしげにしているが……。


「ならば、ドリコル達は動けずこちらの企みも露見していないという前提で考えるが……このままだと、策は露見せずとも我等ヤギン王国はエインヘリアの支配を受けることになる。それだけは絶対に避けねばならん」


「は……しかし、どうされますか?」


「……最初の激突でドリコルが儀式魔法を撃たなかった理由は分からないが、もしかすると蛮族王との戦いの時こそチャンスと考えているのではないか?」


「確かに殿下のおっしゃる通り、最初の一戦を除けば、かの地での戦いは殆ど小競り合いのようなものと報告が来ています。『落・業火球』の儀式魔法は、発動するまでに一日半程度かかりますし、小競り合い程度では準備すら整いません。だからこそ、蛮族王の出て来る大きな戦いで儀式魔法を放つというのは、実に合理的な考えかと」


 なんとなく思い付きで言ってみたが、かなり的を得た言葉だったようだ。


 やはり私は一瞬で正しい答えへと辿り着けるようだな。


 父上のような臆病な指導者とは違う……慎重なだけでは機を逃し、更なる繁栄への道は閉ざされるのだ!


「大帝国への工作はどうなっている?このタイミングで動かせることが出来れば恐ろしい程に完璧だぞ?」


「……申し訳ございません。何分大帝国は遠く、送り出した使節団からの連絡も定期的には届いておりますが……」


「ドリコルが最初に動けなかったこともあり、若干の余裕はあるが、それを理由に横着されては困るのだがな?国家の一大事と理解しているのか?」


「も、申し訳ございません!先日届いた連絡では、既に帝国領内には入っているようです。今は帝都を目指して進んでいると……」


 私がじろりと睨むと顔を青くしながら情報を開示する。


 最初から報告は端的にしろと言うものだ。


 私は言い訳を聞きたいわけではなく、現状を知りたいのだから。


「大帝国を動かせなければ、エインヘリアは確実に南下してくるぞ。そうなれば、我々の領土拡大構想も水泡に帰す。何としても大帝国を動かせ!」


「は、はっ!」


 私の指示に、真剣な表情で頷く外務を担当している大臣。


 その顔を見て、この局面で外務のトップであるお前が国内に残っているのか?と思わないでもなかったが……既に今更と言うものだ。


 私は父上とは違い、言っても詮無きことをあげつらうようなことはしない。


「しかし……敗戦の責任をとって父上には退位してもらい、私が王位を継ぐ予定だったが……随分と遅くなったものだな」


 既に父上の遺体は防腐処理をしているとはいえ……いつまでも隠しておくというのは面倒だ。


「病を理由に退位ということにして、王位を継がれますか?」


「馬鹿を言うな。今王位を継げば敗戦の責任を被ることになるだろうが。目先の事に囚われて本質を見失うようでは、仕事を任せられんぞ?」


「も、申し訳ございません」


 同盟軍が負けることは確実なのだ。


 遠からず手に入るものを慌てて手にしようとして、大きな傷を負ってしまっては意味が無さすぎる。


 それに、王という名は既にただの称号に過ぎない。


 私は現時点でヤギン王国において一番の権力者であり、逆らう者はいない。


 実権を握っている以上、焦る必要は何一つないのだ。


 しかし、上手くいっているという手ごたえがないのは気がかりだ……そうか、だから父上は情報を重要視していたのか。


 立場が変わると物の見え方が変わるというのは本当だな。


 そんなことを考え苦笑しそうになる内心を決して表に出しはせず、私は会議を進めるために口を開く。


「同盟軍が壊滅した後の動きについてだが、準備は既に整っているか?」


 パールディア皇国領とヤーソン王国領を私達は手に入れる必要がある……その為の準備は完璧にしておかねばならない。


「元々三か月前に動く予定でしたから、準備は万全に整っております」


「そうか……ならば……」


 私が準備内容について確認しようとした瞬間、扉の外を守る騎士が声を上げる。


「会議中、申し訳ございません!街門より早馬が……エインヘリアの飛行船が近づいてきているとのことです!」


「な、なんだと!?聞いていないぞ!」


 その報告は、会議室内を騒然とさせるのに十分な威力を持っていた。


「落ち着け!恐らくいつもの戦況報告だろう!予定日とは違うが、もしかしたら遠征軍の方で何かあったのかもしれん……例えば……敗走した、とかな?」


 私がそう言って笑みを浮かべて見せると、大臣達も冷静さが戻ったのか慌てて立ち上がった者達も椅子に座り直す。


「何があったか分からぬが、緊急事態という事には違いない。すぐに使者を迎え入れる準備を始めよ」


「「はっ!」」


 遂に始まるようだな……ヤギン王国の、そして私、ルドルフ=フレブラン=ヤギンの栄光の日々がな!


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