第350話 蛮族王と覇王



「フェルズ様、蛮族王ラフジャスを連れてまいりました」


「そうか」


 天幕の中でこれから先の事を考えていた俺は、リーンフェリアの言葉に頷く。


 蛮族王ラフジャス……シュヴァルツが一騎打ちで捕虜とした男だが、その称号から受けるイメージとは違い、それなりに冷静で話の通じる相手だという。


 無論蛮族と呼ばれるだけあって、思慮が浅く暴力的であることは間違いないようだし、一騎打ちで敗れたことで一緒にいた蛮族たちの心が折れたあたり、その強さを相当信頼もされていたようだ。


 まぁ、リズバーン達と同じく英雄と呼ばれるだけの強さがあるようだから、その辺りは当然だろうけどね。


 同盟軍的にはラフジャスを大々的に処刑して蛮族たちの心を折りたいとか、敗北を知らしめたいとか、もっと単純に恨みを晴らしたいとか、まぁ色々あるんだろうけど……俺としては、ラフジャスはもっと有効活用するべきだと思っている。


 確かに今まで略奪という理不尽に晒され、成すすべもなく奪われ続けて来た国……そしてそこに住む人たちからすれば、ラフジャスは憎悪の対象であることは間違いないし、断罪されて然るべき存在だろう。


 しかし、クーガーの調査やシュヴァルツ達が直接対峙した印象から、外道って感じの人物じゃない事は分かっているし、何よりこのスティンプラーフという土地をちゃんとした形で制圧するには、彼の存在が必要だと思う。


 一回だけの使い切り……処刑しておしまいじゃあ勿体ないと言うものだ。


 勿論、やらかしてきたことに対する償いは必要だろう。


 一応ラフジャスや蛮族たちの処遇は考えてはいるけど……各国……パールディア皇国とシャラザ首長国がそれを受け入れてくれるかが問題だよね。


 今回の遠征に参加したファザ将軍とかヘイゼル将軍には、俺やエインヘリアという存在は一目置かれているとは思うけど、彼らの発言力にそこまで期待するのは酷だろう。彼等は武官だし……ここまで接して来た感じ、実直という感じの人物だ。


 二人ともこの局面を任されている訳だし、国から信頼はされていそうだけど、腹芸とかは得意じゃなさそうだよね。


 まぁ、その辺りは追々考えるとして……俺の目的は最初から変わらない。


 ヤギン王国およびスティンプラーフに関しては、パールディア皇国とシャラザ首長国に管理を任せる。


 立地的にヤギン王国はパールディア皇国に併合して貰って、スティンプラーフは両国で分割してもらう感じになるかな?


 うん、大丈夫だ……スティンプラーフの平定は、予定通り同盟軍を主軍として戦い続けて来た。


 ちょっと危ない局面とかは……厚めに支援したけど、援軍の範疇だろう。


 後は締めを上手くやって、二国への説明をなんやかんやすれば、大陸南西部のごたごたは終わりだ。


 魔力収集装置の設置も既に始まっているし、実に順調というものだ。


 まぁ、三か月以上戦い続けることになるとは思ってなかったけど……でも普通に考えたら、国を一つ落とすのにそのくらい時間はかかるよね。


 いや、寧ろ散発的にゲリラ戦を仕掛けて来る蛮族を、三か月程度で倒すというのは早すぎると言えるか。


 っと……つい考え事に耽ってしまったが、ラフジャスを待たせているんだった。


「では、締めの仕事に向かうとするか」


「はっ!」


 リーンフェリアを伴い、俺は天幕から外に出る……と同時に気合を入れる。


 ここでラフジャスに舐められるわけにはいかんからね。






View of ラフジャス スティンプラーフ王 蛮族王






 少し開けた場所に用意された椅子。あれが誰のものであるか改めて確認するまでもないな。


 シュヴァルツの言っていた主……その姿はまだどこにも見えない。


 とりあえず俺は椅子から少し離れた位置で立ち止まった。


 俺をここまで案内してきたシュヴァルツは、俺が止まった事を確認すると小さく頷いてから脇の方へと移動し……懐から取り出した布を頭……いや、顔に巻きつけたのだが、何故か目を覆うようにつけている。


 完全に目が見えなくなると思うのだが……良いのだろうか?


 元々盲目だったのか……?


 いや、対峙していた時や話していた時の視線移動から見ても、普通に目は見えていた筈だが……アレは何かの作法か?


 それにしては、周囲にいる者の中で目を覆っているのはシュヴァルツだけのようだが……一体何の意味が?


 ただ……どことなくシュヴァルツは満足気にしているような気がするな。


 シュヴァルツの謎の行動に疑問を感じた次の瞬間、まるで上から手で押さえつけられているかのような重圧が俺を襲った!


 なにがっ!?


 物理的に押さえつけられているわけではない……しかし、押し寄せて来た重圧に全力で抗わないと膝をついてしまいそうになる。


 そのくらい圧倒的な気配を有した何かが、この場へと近づいてくる……これがシュヴァルツの言う王?


 馬鹿な!?こんなもの、およそ人が放つような代物ではない!


 シュヴァルツの主とやらは、一体どんな存在だというのだ!?


 俺がそんなことを考えていると、非常に整った容姿を持った男が、女の戦士を共にして椅子へと近づき、軽い様子で座った。


 間違いない……あの時、シュヴァルツと戦う直前まで感じていた悪寒の正体……間違いなくそれはこの男から発せられたものだ。


 膝を屈すまいと力を込めた足が、まるで棒になったかのように動かない。


「……」


 椅子に座ったそいつは、何を言う訳でも無くこちらを見ている。


 居心地は悪いが……俺から何か言うべきなのか?


「……俺はラフジャス。戦士達からはラフジャス王と呼ばれている。お前が……シュヴァルツ達の王か?」


 俺がそう問いかけると、怜悧な目でこちらを見ていたそいつが皮肉気な笑みを浮かべながら口を開いた。


「あぁ。俺はフェルズ。お前の言う通りシュヴァルツ達の……エインヘリアという国の王だ。まぁ、好きに呼ぶと良い、ラフジャス」


「そうさせて貰おう。それで、フェルズ……俺に何の用だ?わざわざ生かしておく必要があるとは思えんが……」


 俺を奴隷とするつもりなのかもしれんが……その場合、シュヴァルツのような強者を常に俺の傍に置いておかねばならないだろう。


 それは、奴隷として使い勝手が悪すぎると言うものだ。


 俺を奴隷として使うとすれば、家事などではなく戦働きだろうが……自由に動かせない危険な戦力なぞ、内側に抱え込むには危険すぎるだろうしな。


「無論お前には価値があるからな。あぁ、勘違いして欲しくないが、戦力としてではないからな?」


 そう言って肩を竦めるフェルズだが、言葉の内容とは裏腹にこちらを馬鹿にしているような色は感じられない。


 侮っているというよりも、ただ純然たる事実として……戦働きは必要としていないと言っているだけのようだ。


 戦士としてのプライドは傷つくが……正直シュヴァルツに手も足も出ない事を考えれば、戦力として欲しいとはフェルズも思わないだろうな。


 だが……。


「俺に戦働き以外で役に立てるとは思わないが……」


「くくっ……それは自分を過小評価し過ぎだな。このスティンプラーフという地にいる蛮族……いや、お前達は戦士と呼んでいるんだったか?お前は戦士達からの人望が厚いだろう?俺達はこの地に対し略奪をするつもりも、お前達を殲滅するつもりもない。極力平和的にこの地を治める必要がある。そして、その為にはお前の存在が必要だ」


「……やはり意味が分からんが」


 戦士達に信頼されている事と平和的に治めるという事に、何の関係があるんだ?


「簡単に言えば、このスティンプラーフにいる数々の部族、お前はその全てに顔が効くのだろう?まずは、こちらの話を聞いてもらわなければどうしようもないということだ。ここまでやって来た時のように、交渉も何もなく襲いかかられていてはな……」


 そう言って苦笑するフェルズ。


 敵が近づいてくれば戦士たちが武器を手にするのは当然だし、俺がいたところでそれは一緒だと思うのだが……。


「ここから先は同盟軍で進軍するのではなく、我等エインヘリアが主導して各部族を説得して回ることになる。お前がいるのといないのではその効率はかなり違ってくるからな」


「……やはりよく分からんが、俺がそれに協力したとして……どんなメリットがある?」


「生きながらえることが出来るぞ?」


「俺達戦士は生に未練はない。戦いに敗れたならば尚更だ」


 フェルズの言っている事はよく分からないが、これだけははっきりと言える。


 戦いの中散る命、そして戦いの果てに残る命。


 どちらも俺達戦士にとって尊いものではあるが、生きながらえることが俺達の目的ではない。


 俺達にとって戦いこそが生。


 生死はそこで決まる事であって、戦いの後に虜囚となったのであれば、命そのものには既に価値はないと言える。


 無論、無為に死ぬのはごめんだが……だからと言って生き延びるために降るというのは、ありえない考えだ。


「ふむ……ならば、お前達の部族……いや、スティンプラーフに住む全ての部族の未来の為。というのはどうだ?」


「部族の未来……?どういう意味だ?」


「……お前達スティンプラーフの者達は、生きるために他者より略奪する。そうだな?」


「あぁ」


「食料、衣類、武器や防具、調度品、そして人……あらゆるものを略奪し自分達の物にする。自分達よりも弱い者から奪う事は出来るかもしれんが、果たして今後もそのような生活が出来ると思うか?俺達……シュヴァルツと戦った上で、俺達から何かを奪えると思うか?」


「……不可能だな。俺以上の戦士はいない……その俺が手も足も出ずにやられたんだ。もはや俺達に生き残る術はないだろう」


 ヤギン王国とかいう国の口車に乗っていくつかの国を滅ぼした事で、俺達はより遠くに行かなければ略奪が出来ないようになっていた。


 だからこそ、完全に北へと移住するかを考えていたのだが、北に向かえばこんな連中を相手にしなければならないということ……はっきり言って、麦の一粒すら奪う事はできないだろう。


「……スティンプラーフの地は農耕には適さない。だが、お前達が滅ぼした二国の土地は、肥沃とは言わないが十分農業を営むが出来る。何故そちらに居を移し、奴隷を使い開拓をしなかった?そうしておけば、略奪なぞせずとも生きていくことが出来た筈だ」


「何故、と言われてもな。思いつきもしなかった……いや、この地でも農業とやらが出来ないか、奴隷たちに試させた事はあるが、上手くいかなかった。農業と言うものは随分と難しいものらしくてな」


 話している内にようやく体が動くようになって来た俺は、そう言って小さく肩をすくめてみせる。


「農業を営もうとする意志はあったという事か。ならば尚更、お前達は文明を進めるべきだな。奪い食らうだけでは、たとえ俺達が相手でなかったとしてもいつか滅びを迎えるだけだ」


「……」


「だからこそ。俺が……エインヘリアがお前達に道を示してやる。他者から奪うのではなく自分達で育み、残し、子や孫の為に繋いでいく生活だ」


「戦う以外脳の無い俺達に、そんな事が可能だと?」


 とてもではないが信じられないな。


「可能だ。無論努力は必要だがな。そして何より、償いが必要だ」


「償い?」


「あぁ。お前達から奪われた者達が、奪われたままお前達を許すと思うか?」


「強ければ奪い、弱ければ奪われる。そう言う物だろう?」


「それが通じるのはお前達の中だけ……とは言わないが、極めて野蛮な論理と言える。それにその論理のままいくならば、お前達はその奪われて来た者達に負けたんだぞ?パールディア皇国とシャラザ首長国……彼らに全てを奪いつくされてしまうということだ」


「負けたのだから仕方ない」


「くくっ……その潔さは悪くないが、どうせ振り切るなら建設的な方向に振り切って欲しいものだな。お前達戦士は今後、各国に労働力として引き渡される。まぁ……その辺りは上手くローテーションを組むつもりだが、その上で俺達の支援を受けて開拓にも従事してもらう。あぁ、それとお前達の奴隷となっている者達は、基本的に全員解放するからな」


 戦士を労働力として使い、奴隷は解放する……やはり俺達に奴隷になれと言っているわけか。


 しかし、全く分からんな……何故そんな話をわざわざ俺にする必要がある?


「ふむ……理解出来ないと言った顔だな」


「あぁ。俺を各部族の顔つなぎに使いたいというのは分かったが、そんなことをしなくても、シュヴァルツ達の力を見せつければ話は済むだろう?やはり俺が必要とは思えないな」


「俺達はお前達を支配したいわけではない。ラフジャス、お前には本当の意味でスティンプラーフを纏め上げ、各部族の意思を統一するための神輿となってもらう。その為にもお前には多くの事を学んでもらう必要がある」


「……それを学べば、お前が何をしたいのか理解出来るのか?」


「それは今後のお前次第だろうな。だが、少なくともより多くの物が見えるようになるはずだ」


「……」


 やはり、フェルズが何を言いたいのか、今の俺では理解しきれない。


 だが……奪う以外の生き方というのは、少し興味がある。


 何より、このフェルズという存在に興味がある……これ程圧倒的な気配の持ち主……下手をすればシュヴァルツよりも強者なのではないだろうか?


 そんな存在が、何を求め、何を目指しているのか……そして何処へ辿り着くのか非常に興味深いと言える。


「あぁ、それと、スティンプラーフの今後とは直接関係ないが、一つ手を貸してもらいたい事がある」


「……俺はお前達に負けた身だ。請わずとも命じれば良いだろう?」


「くくっ……ならば、聞かせろ。お前達とヤギン王国はどのような関係で、どのような約定があったのかをな。そして然るべき場所でその事を証言してもらう」


「……よく分からんが、分かった」


 俺が頷いて見せると、フェルズは皮肉気な笑みを見せながらも満足気に頷いた。


 こうして俺達は戦いに敗れ……何故か未来を手にした。


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