第347話 一方その頃
View of レイオット=ヘイゼル パールディア皇国将軍
スティンプラーフへと攻め込んだ私達は、三か月以上の時間をかけて遂に蛮族王の居住地まで攻め込んでいた。
今日ここに来るまで、我々の軍……いや、同盟軍は正に破竹の勢いといった快進撃でここまでやって来た。
勿論それは我がパールディア皇国の力……などではなく、一から十までエインヘリアの力だ。
それは、最前線に立った兵に聞いても間違いなく同じ答えだろう。
無論我等もただぼーっとエインヘリアの後を追っていた訳ではない……訳ではないのだが……圧倒的なエインヘリア軍に全てを任せて後ろに隠れていたと言われたとしても、全く反論できないかもしれない。
シャラザ首長国のファザ将軍は同盟軍の総大将として戦略をしっかりと練り、エインヘリアの力を借りつつ着実な戦果を挙げていったと言える。
逆に私の方は……これといった戦果をあげてはいない。
勿論ファザ将軍が戦略を決める際には私も一緒に考えているので、私の意見が一切反映されていない訳ではないのだが……私の名が表に出ることはないだろう。
そしてそれは我がパールディア皇国が、この同盟軍において何もしていないと言っているようなものだ。
実際この戦いに参加した者達であれば、それは三国の軍全てが同じだと答えるだろうが……戦場に来ていない者からすれば、揶揄の対象となるのは間違いないだろう。
皇王陛下であれば気にもされないだろうが、流石に国内外の評判を考えるとマズい気がする。
とは言っても……今日まで活躍らしい活躍をしていないパールディア皇国軍が、蛮族王の率いる軍相手に活躍できるはずもない。というか功を焦るつもりもない。
しかしまぁ……困ったな。
一つくらいは手柄を立てておかねば、戦後面倒なことになりかねないのだが……そう思いはするものの、私自身武勇に優れる訳でも知略に富んでいる訳でもない凡庸な人物だ。
はっきりいって何のとりえもない。
今回遠征軍の将軍に選ばれたのは、国内の将軍で私が一番無難に兵を纏めることが出来る故……パールディア皇国は文官も武官も凄まじく責任感が強い者が多く、自分がやらなければと張り切って事に当たるものが多い。
同盟軍という状況で、兵数が一番少ないにも拘らず張り切ってしまうのは……まぁ、正直言って同盟軍の足を引っ張る結果になるとしか思えない。
他の将軍達も文官達も……それが分かっていたからこそ私を選んだのだろうが……文官達はともかく、将軍達は自分の事なんだからそこは冷静に自分達じゃ無理と判断するのではなく、現地でそのやる気を少し抑える努力をして欲しいと思う。
私はそんなことを考えながら本陣へと向かったのだが……今回の戦、どうやらエインヘリア軍は蛮族王を釣り出すために軍を分けるらしい。
エインヘリア王陛下がおっしゃるには、これで確実に蛮族王を釣る事は出来るが、少なくない数が同盟軍本隊の方に向かってくるとのこと。
本当に蛮族王を釣ることが出来るのか?とか、寧ろエインヘリア軍が本隊では?とか……色々な考えが一瞬頭を過ったが、この場で話を聞く誰もが口を閉ざしている。
それはこの三か月余り目にしたエインヘリア軍凄まじさ、そして未来が見えているのではないかとさえ感じてしまう程のエインヘリア王陛下の完璧な差配……これを疑う者なぞいる筈がないのだ。
いや、最近同盟軍の中にはエインヘリア王陛下に心酔する者が少なくない……一部の者達は崇拝しているようにもさえも見える。
特にファザ将軍が最近、物凄くキラキラした目でエインヘリア王陛下を見るようになったと思う。
いや、エインヘリア王陛下の凄まじさを一番近くで見ていたのがファザ将軍だ。心酔してしまうのも無理からぬことかもしれない。
「ファザ将軍、我々はどうしますか?」
「エインヘリア王陛下の話では半数から三分の二程度の蛮族がこちらに向かってくるとの事。四千から五千……といったところでしょう」
エインヘリア王陛下は既に自軍に戻り、策を進める準備をされておられる。
天幕に残っているのは私とファザ将軍、それからヤギン王国の第二騎士団の団長……当初は第一騎士団の団員が仕切っていたのだが、あの……名を忘れたがヤギン王国の将軍から紹介された責任者はいつの間にかその者は姿を見せなくなり、彼が会議に参加するようになっていた。
といっても軍議で何かを提案することはなく、基本的にここで決まった内容を持ち帰り指示通りにヤギン王国軍を動かすだけだ。
「しかし、こちらの十分の一程度とはいえ、蛮族共の戦闘力は軽視できません。しかもこちらにはエインヘリア軍がいない状態……油断してよい相手ではありません」
「ヘイゼル将軍のおっしゃる通り、油断は出来ませんが……それでもここは我等シャラザ首長国の騎兵が十全に動くことが出来る地形。逆に荒野という地形は奴等が小賢しく立ち回るには適しているとは言い難い」
「確かに。ではこちらから攻めますか?」
「いや……エインヘリア王陛下が蛮族王を釣り出す前にこちらが動いては、エインヘリア王陛下の策を邪魔してしまうことになるでしょう」
少し眉を顰めながらファザ将軍はそう口にする。
「しかし、そうなると騎兵による突撃が出来なくなるのでは?」
「そうなるでしょうね」
騎兵は足を止めてしまえば戦闘力は半減以下となってしまう……そうなってしまえばいくら精強なシャラザ首長国の兵といえど、蛮族相手に伍するとは言い難い。
勿論兵の数で言えば圧倒的なのだから、こちらが敗北するというのは考えにくい。
無論、奴等が何かしらの策を持って挑んでくるというのであれば万が一もあるだろうが、真正面から武器を構えてやって来る彼らに、そのような物がないことはこちらも十分理解している。
「であれば、前面に我等を出し、シャラザ首長国の騎兵は後ろに控えるのはどうでしょうか?蛮族の攻撃を受け止め、その間に回り込んだ騎兵が側面から蛮族への突撃を仕掛ける」
「確かにそのタイミングならば、エインヘリア王陛下の方の動きは関係ないでしょう。しかしそうなると、パールディア皇国軍が最前列ということですか?」
「恥ずかしながら、我々だけでは蛮族たちの突撃を防ぐには力不足。ヤギン王国軍の力も必要かと」
「ふむ……」
「我々としては問題ありません。恥ずかしながら我等の軍も練度はあまり高くありませんし、盾と槍を構え丸まっているくらいが丁度よいでしょう」
我々パールディア皇国軍以上にヤギン王国軍の練度は低い……騎士団はともかく一般の兵はほぼ素人といった様子なのだ。
そんな彼らを蛮族という暴威の前に……最前列に立たせるのは死ねと言っているようなものだが……至極真面目な様子で第二騎士団の団長は私の意見に頷いて見せる。
「ここまで最小限の犠牲でやって来たというのに、ここに来て大きな被害を出すことは避けたいところだが……」
「ファザ将軍、それは傲慢な考え方ではありませんか?」
私の指摘にファザ将軍は一瞬目を丸くする。
「……そう、ですね。全てはエインヘリア王陛下の御力のお陰。自分達の功績のように語るべきではなく……当然、我々の力でそのような大それた成果を生み出せるはずもありません。どうやら、強烈な光を間近で見続けていたことで、目が眩んでいたようです。犠牲を強いる訳ではなく、最小限に止める為にはヘイゼル将軍の提案に乗った方が良さそうです」
苦笑しながらそう言うファザ将軍は、先程とは違い目にしっかりと自らの意思を宿しているように見えた。
「見晴らしが良過ぎるのは、蛮族としてもやりにくいのでしょうが、こちらとしても細かい戦術が使い難くて厄介ですね」
ファザ将軍の様子に少し安堵した私は、肩を竦め、おどけるようにしながら口を開く。
「ですが、この見通しの良さは蛮族王を誘い出すには良い地形でしょう。ここで犠牲を出したとしても、エインヘリアが蛮族王を仕留めてくれれば、我々の勝利なのですから」
「そうですね。では、我々に出来る限り犠牲を減らす為、しっかりと守備陣形を敷くとしましょう。団長殿、配置について打ち合わせをしましょう」
「よろしくお願いいたします、ヘイゼル将軍」
私はヤギン王国の騎士団長と打ち合わせをしようと声をかけたのだが、それと同時に天幕に伝令がやって来た。
さほど慌てた様子では無いので緊急という訳ではないのだろうが。
「報告します。蛮族軍に動きがありました。先程エインヘリア軍が本隊から離れて東に移動した所、約三千の蛮族軍がエインヘリア軍の方に進路を変更しました」
「蛮族王の動きは確認できたか?」
「はっ!蛮族王は先頭に立ち、エインヘリア軍の方へと向かっております!」
伝令に蛮族王の動きを尋ねたファザ将軍だったが、伝令の返答を聞き目が陶酔するような色を一瞬帯びる。
しかしすぐに冷静になったのか、一度瞑目し深呼吸をしてから口を開く。
「流石はエインヘリア王陛下。見事なまでに予定通りだ。しかし、少し相手の動きが早いな。蛮族の軍はどの程度の距離まで来ている?」
「蛮族軍の動きはまだ緩やかでかなり距離もあります」
「ふむ……蛮族王の判断の早さを褒めるべきか、それさえも読んでいたであろうエインヘリア王陛下が凄いのか……いや、どちらにしても時間に余裕があるのは助かるな」
「ファザ将軍、どうしますか?蛮族王がエインヘリア軍の方に向かったのであれば、騎兵突撃を仕掛けても良いかもしれませんが」
相手の対応が早かったおかげでこちらにも余裕が出来た、今ならまだ作戦を変更しても問題ないだろう。
「……いや、作戦通り進めよう。蛮族王がエインヘリア軍とぶつかる前に我々が騎兵突撃を仕掛けてしまえば、蛮族王がこちらに目標を変えるかもしれない。ここは待ちに徹し、激突を少しでも遅らせた方が良いでしょう」
「畏まりました。団長殿、我々パールディア皇国軍は左方を担当します」
「よろしいのですか?」
基本的に防御を固めた横陣は左方からの攻撃に弱いとされており、その左側を担当するといったので驚いたのだろう。
「大丈夫です。敵の数で考えれば、側面に回り込もうとすればそれだけ正面の圧力が弱まります。その分側面を厚めに配置すれば耐えられるでしょう。それに前衛には盾だけを持たせて防御に専念させ、後ろから長槍で突くようにすれば被害も抑えられる筈。予備軍は左右を守る形に配置してもらえば、対応もすぐに出来るでしょう」
こちらから攻める必要はない。
矛の役目はシャラザ首長国が担ってくれるのだから。
「なるほど……では、右は我々が。予備軍については我が軍で一番練度の高い第二騎士団を回すので、万が一があればすぐに駆け付けます」
「頼もしいですね。出番が無いに越したことはないですが、もしもの時はその御力頼りにさせて頂きます」
この布陣であれば、後衛であるシャラザ首長国の騎兵突撃まで守り切るのは、そう難しい事ではないだろう。
「……では我々は前衛の衝突を確認してから移動を開始します。我々が側面をつくまでどうかよろしくお願いします」
ファザ将軍のその言葉を最後に軍議は終了し、我々は急ぎ自陣に戻り陣の組み換えを行った。
以前、エインヘリア軍と別れて蛮族の拠点を攻めることがあったが、あの経験が無ければこれ程兵達も落ち着いて行動出来なかったことだろう。
私は素早く準備を進めていく部下達の姿に頼もしさを覚える。
恐らくこの戦いがスティンプラーフ攻めの……この遠征軍の最後の戦いとなるだろう。
全ての部下を無事に故郷に……家族の元に返してやりたいと思う……だが、それが無理であることは百も承知だ。
確かにエインヘリア軍は神懸った強さを持っているが、あれ程激戦を繰り広げ犠牲が無い筈が無く……その犠牲は我々の代わりに血を流した結果なのだ。
国元に帰ることが出来ず敵地に散ったエインヘリアの英霊達の為にも、我々は痛みを堪え全力で勝利を目指さなければならない。
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