第346話 蛮族王vs弓聖

 


View of ラフジャス スティンプラーフ王 蛮族王






 随分と上から俺と戦うと宣言した男だったが、俺から距離を取るどころか寧ろ数歩近づいてくる。


「弓使いが距離を取らなくていいのか?」


「ふっ……どのような距離であろうと俺の矢は必中。距離など些細な事だ」


 ……まぁ、近い方が当てやすいというのは分かるが、それは普通距離が物凄く離れた時に言う台詞ではないだろうか?


 戦いを前にそんなどうでも良い思考が脳裏を過る。


 いや……これも相手の盤外戦術ということだろうか?


 そう考えれば、相手のふざけた態度も馬鹿に出来ないと言うものだ。


 俺がそんなことを考えていると、男は何故か片手を使い自分の顔を掴むようにしながらこちらを睥睨するように顎を上げる。


 何故か左目だけは覆わない指の角度となっているようだ。


「……シュヴァルツ、貴様を屠るものの名だ。この名を魂に刻み付けておけ」


「俺を屠る、か。似たような台詞は何度も聞いたが、一度もそれが現実になったことはないな」


「ふっ……その幸運だけは誇っても良いものだぞ?」


 そう言ってシュヴァルツは大仰な身振りで身を翻し、その勢いで着ていた服を脱ぎ裏返すと、そのまま裾をはためかせながらもう一度服を着る。


 何故そんなことを?一瞬そう思ったのだが、シュヴァルツの服の裏地は鮮やかな赤い色をしており、本来こちら側が表であったことが察せられる。


 会話の途中で服を裏返しに着ている事に気付いて着直したのか?


 それは、随分と間抜けというか……。


 先程から言動は妙な感じだし、そういうこともあるか?


 まぁ、それはさておき……あの赤い服は良いな。


 いや、裏の真っ黒な方も中々良かったが、今見せている鮮やかな赤い服は過去に略奪したどの衣類よりも美しく見える。


「……中々良い服だな」


「っ!?……ふっ……蛮族と思っていたが、中々良い審美眼……いや、良い……センスだ」


 そう言って指を突きつける様なポーズを決めるシュヴァルツだったが、微妙に機嫌が良さそう……いや明らかに嬉しそうにしている。


 ……不覚にもちょっと可愛い奴だと思ってしまった。


「しかし……蛮族というから、半裸で棘付きの肩パットでも装備しているのかと思ったが……存外普通の革鎧なんだな」


 肩パットってなんだ?


 いや、名称からして肩に着ける防具なんだろうが……そこに棘?


「なんだそれは?肩に棘付きの防具なんてつけてどうするんだ?腕を上にあげたら自爆するじゃねぇか」


「……横薙ぎから首を守る……とか?」


「棘ごときで受け止められるような斬撃だったら、普通に避けるか防ぐかするだろ?」


「……ふっ」


 ……なんでこのタイミングで笑った?


 よく分からない情緒だが……その不思議な言動とは裏腹に、その怜悧な瞳はこちらの一挙手一投足を見逃すことはないと語っているようでもある。


 見た目や言動に気を抜くと、一瞬でやられそうだ。


「こんな距離で戦える弓使いがいるとはな」


「……一つ勘違いしているようだから訂正してやろう。俺はただの弓使いではない、主より弓聖の称号を賜りし、世界最強の弓兵だ」


「それは、随分と大きく出たな」


 シュヴァルツの大言に俺は先程感じた悪寒と同等のか、それ以上の悪寒を覚える。


 その圧を振り払うように、俺は握りしてめていた鉄棒を持ち上げた。


 大言が虚勢や誇張でないことは、シュヴァルツから感じる圧倒的な気配と言葉に込められた誇りが強く物語っている。


「……ふっ……すぐに分かる。それがただの事実であることはな」


 そう言ったシュヴァルツは斜に構えたまま、弓を軽く持ち上げてポーズを決めて見せる。


 しかし、矢を番えるわけでもない。


 何処までもふざけた態度だとは思うが、それを一笑に付すことが出来ればどれだけ楽だったか。


 自分から望んで飛び込んできたにもかかわらず、シュヴァルツという存在に呑まれてしまっている自分に内心苦笑しながらも俺は口を開いた。


「知っていると思うが、名乗らせて貰おう。俺はラフジャス。諸部族の連中から王と呼ばれる存在で、最強の戦士だ」


 名乗ると同時に、持ち上げた鉄棒をシュヴァルツに突き付けるように俺は構える。


 その瞬間、今まで感じていた纏わりつく様な悪寒……その一切が霧散する。


「ほぅ?」


 武器を構えた俺に、シュヴァルツは小さく瞠目しているようだが……今の俺はそんなシュヴァルツの様子に何の感慨も覚えない。


 俺の後ろにいる戦士達も、前方にいる不気味な連中も、シュヴァルツと共に進んで来た二人も……全てが俺の知覚から消えていく。


 深く深く……埋没するように、潜行するように深く内側へと沈んでいく。


 空気の流れが周囲の状況を、視覚ではなく肌に直接伝えて来る。


 周囲の全てを知ると同時に、周囲の状況が把握できない……そんな矛盾した感覚だが、そんな中で俺は一つの事に集中する。


 全てが意識の外に消えて……唯一つ、目の前に立つ男だけが俺の意識の中に残った。


 シュヴァルツの呼吸……いや、鼓動や筋肉の動きさえも聞き取れる。


 かつてない程の深い集中、視覚、聴覚、嗅覚、触覚……五感のうちの四つまでもがシュヴァルツに専有されているような感覚。


 周りの音は一切聞こえないのに、煩いくらいにシュヴァルツの身体の動き、言葉だけが聞こえて来る。


「侮っていたことは謝罪しよう、ラフジャス王。そして、全力で相手をしてやるが……その後の予定は少し変更だな。リオ、ロッズいいだろう?」


 シュヴァルツの声は聞こえる……だがその言葉は意味のある物として頭の中に入ってこない。


 今、この一戦に必要のないものは、一切俺の中から排除される。


 何やら言っていたシュヴァルツが俺に向かって手を差し伸べるように伸ばし、掛かってこいと言う様に指を曲げてくる。


 準備は出来たということだろう。


 俺は大きく息を吸い込み、一気にシュヴァルツとの距離を詰める!


 自分でも驚く様な速度で動いた俺は、その勢いのまま鉄棒を振り抜く。


 シュヴァルツは俺の動きに一切反応出来ていない……!


 恐らく地力では圧倒的にシュヴァルツの方が上手だが……この一瞬、この一撃だけは俺が上回った!


 俺は自分の放った会心の一撃に歓喜を覚え……次の瞬間、腕を大きく天へと突きあげた……鉄棒を持っていた筈の腕を。


 まだ……まだ、俺の一撃はシュヴァルツに届いていないというのに……。


 その事を疑問に思ったのとほぼ同時に、凄まじい衝撃が腕に襲い掛かり俺の手の中から鉄棒が失われたのを感じた。


 一体何が……!?


 いや、どういうことだ!?


 俺は一切シュヴァルツから目を離していない……だというのに、いつの間にか俺の目の前にいるシュヴァルツは蹴りを放った後のように足を高くつきあげている。


 まさか……俺の一撃を蹴りで弾いた?


 目の前にいた俺に知覚出来ないような速さで?


 馬鹿な……!?


 今の俺は極限まで研ぎ澄ました集中により、全てを知覚しているはず……その感覚さえも上回るだと?


 俺は腕が弾かれ、上に向かって手を伸ばしている事を認識した後に、腕に凄まじい衝撃を感じた……その後で、ようやくシュヴァルツの体勢が変わっている事に気付いたのだ。


 順番がめちゃくちゃじゃねぇか……。


 混乱する思考の中……一つだけ、辿り着いた答えがある。


 俺が死闘だと思っていたこれは……シュヴァルツにとって戦いですらなかったのだと。


「そう悲観した物ではない。先程の一撃は……悪くなかったぞ」


 何故か俺の目の前で上下が逆さまになっているシュヴァルツが、弓を引き絞った状態でそんなことを言う。


 ……なんて遠さだ。


 最後に聞こえたシュヴァルツの一言……その意味は確かに俺の中にしみ込み……俺の意識は途絶えた。


 意識の途絶えるほんの一瞬の間に俺が考えたのは……上下が逆さまになっていたのは俺なのか、それともシュヴァルツなのか……。


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