第345話 対峙する英雄
View of ラフジャス スティンプラーフ王 蛮族王
凄まじい数だな……。
荒涼とした丘を越えた先にいた敵は……今まで見たことが無い程数がいた。
以前北方の国を落とした時はこんな数の敵を相手にしたことはなかったが……あれか?北に行けば行くほど人は増えていくのか?
もしそうなのだとしたら、やはり北の方に居住地を移したほうが色々楽になるか?
略奪する場所や相手が増えるなら、困窮している部族も状況はマシになるかもしれない。
しかし、そうなると海側の連中は……どうしたらいいんだ?
略奪した財宝を流す俺達が北に移動すれば、海側の連中に略奪品を渡すのはかなり厳しい。
物資の運搬も楽じゃないしな。
まぁ、海側の連中はなんか船とか使って魚を獲ったり、商人と取引をしたりしているらしいから何とかなるか?
……その辺りは一度海の連中に聞いてみるか。
あいつ等は山側の俺達に比べて食料に困窮しているわけでもないし、意外と俺達がいなくてもやっていけるかもしれないしな。
そんなことを考えながら歩いていると、敵の中から随分と少なめの集団が分かれていくのが見える。
なんだ?
半分よりもかなり少ない数……あれは、三千……いや、四千か五千くらいか?
俺は後ろを振り返り、後に続く戦士達を見る。
確か七千くらい集まったんだよな……こいつらより別れた奴等は多少ない感じだから恐らく大きく外してはいないだろう。
……まぁこの際数はいいとして、何で別れた?
纏まっている方が奴等も戦いやすいんじゃないのか?
俺の知る連中は、とにかく群れて戦おうとしていたもんだが……。
まぁ、いいか……さて、どっちと戦うか。
やはり多い方か?
あんな大勢とやるのは初めてだからな……。
そう考えた俺は、分かれた人数の少ない方ではなく人数の多い方に足を向けようとして……何かざわりとしたものを感じた。
いわゆる嫌な予感って奴だ。
だが、その予感が何を基に発生した物か分からない……大軍の方には行くなって事か?
それとも別れた人数の少ない方を放置するなってことか?
……何か根拠がある訳ではないが、この嫌な感じはあっちの数が少ない方からしている気がする。
……よし、決まりだ。
俺は進む方向を変え、数の少ない敵の方へと足を進める。
「ラフジャス王?どうしたんですかい?」
俺の傍を歩く戦士が訝し気に尋ねて来る。
「向こうの連中が気になる。俺は奴等の方を攻める」
「あれは……数が少ないみたいですぜ?あっちの方がいいんじゃないですかい?」
獲物が少ない事を不満に思っているらしいその戦士は、俺にそんな事を嘯く。
「ならお前は向こうに行けばいい。好きにしろ」
「へへっ……ならそうしやす。後ろの奴等にも好きにしろと伝えても?」
「構わん」
俺がそう答えると、嬉しそうに後ろの連中に声をかけていく。
その声掛けの結果を確認することもなく、俺は数の少ない軍の方へと歩みを続けた。
まだ距離はかなりあるが……俺の目には既に敵の姿が見えている。
大多数の奴等は皆同じ格好をしているようだ。
前を固めている連中の半数は槍、もう半数は剣を持って後ろの方に弓を盛った奴等の姿も見えるな。
っていうか、揃いも揃って同じ背格好……気持ち悪いくらいに揃ってやがる。
正直言ってかなり不気味だな……もしかして俺が嫌な予感を覚えたのは、あの不気味な姿のせいか?
そう考えた俺は一度足を止めて相手の様子をしっかりと観察する。
……やはり右から左まで、全く同じ、しかも動きまで気持ち悪いくらいに揃ってやがる……不気味なんてものじゃないな。
「ラフジャス王、どうかしましたか?」
先程まで傍にいた戦士とは別の者が、口調こそ違えどさっきの奴と全く同じ質問をして来る。
その事に内心苦笑しつつ、俺はその戦士の方に軽く視線を向けた。
「随分と不気味な連中だと思ってな」
「不気味……ですか?」
「あぁ、お前にはあいつらの姿がみえないか?」
「……えっと、俺にはまだよく見えません。何かおかしいのですか?」
俺に尋ねられた戦士は、目を細めながら連中の姿を見ようとしているがそれでもまだ判別できなかったようだ。
「一見すると普通の奴等なんだがな……」
そこまで口にした俺はふと後ろに続いている連中に目が行った。
「ん?お前らは向こうを攻めに行ったんじゃないのか?」
「いえ、俺達はラフジャス王と共に戦いたく。半数位の戦士は向こうに行きましたが」
なるほど、言われてみれば俺について来ている連中は、元々集まっていた戦士たちの半数位に見える。
まぁ、戦士達であれば半数であってもあのくらいの数と戦えると踏んだんだろうな。
あの騎兵はちょっと面倒な相手だと思うが……大丈夫か?
「向こうには騎兵がかなりいたと思うが、あいつ等だけで大丈夫か?」
「……騎兵ですか。数が多いとかなり厳しい相手ですね。ラフジャス王がいないと向こうはやられるかもしれません」
「そうだな」
まぁ、アイツらがそれを選んだわけだから別に構わないが……まぁ間に合ったら助けてやるとするか。
「向こうは間に合えば助けてやるが、こっちもそう簡単ではなさそうだぞ?」
「随分と数は少ないようですが、こちらの方が厄介な相手だと?」
「あぁ、だから俺はこっちに来たんだからな」
そう言って俺は相手へと視線を戻す。
近づけば近づくほど不気味さが際立つ連中だが……これだけ距離が離れているというのに肌にピリピリくる感じ……未だかつて相対したことが無いような相手があそこにいると、俺の感覚が言っている。
「何も感じないか?」
「いえ、俺はなにも……」
「そうか……」
俺達は足を止めて相手の方を見ていたのだが、敵の動きが変わった。
剣を持った兵と槍を持った兵が二手に分かれ、そこから三人の戦士が歩み出て来る。
一人は剣を持った女。
一人は槍を持った男。
一人は弓を持った男。
その姿を見た瞬間、先程まで感じていた悪寒が勘違いでなかったことを確信する。
あれは……一人一人が俺より強いか?
分からない。ただ、嫌な予感が……あいつらが姿を現す前よりも増したのは確かだ。
そう考えた俺はその三人に向かって一歩踏み出した……しかし次の瞬間、俺が先程から感じていた悪寒は、あの不気味な連中から感じたものでも、姿を現した異彩を放つ三人から感じたものでもない事を理解した。
姿は見えないが……まだあの不気味な連中の奥に凄まじい相手が控えている。
そう確信させるほど凄まじい気配を連中の奥から感じる……。
やはりこちらに来たのは間違いではなかった……いや、流石に……これは無理か?
尋常ではない気配が前に出て来る様子はないが……その気配を感じただけで次の一歩を踏み出せないことに、俺は背中に冷たい汗が流れたのを感じた。
「ラフジャス王?」
動きを止めた俺の様子に、訝しげな表情を浮かべる戦士。
「……いや、何でもない。いくぞ」
流石に臆したなどとは言えず、俺は足を進める。
とりあえずは、前に出てきた三人だな……。
俺は鉄棒を持つ手に力を込めつつ、敵に向かって足を進める。
ふ、ははっ……凄いプレッシャーだ。
そうか、北にはこんな物凄い連中がいたのか……今まで略奪の時に戦ってきた者達とは比べ物にならない程の強者。
北に移住していたら、こんな連中がいる場所に略奪を仕掛けていたかもしれないのか……。
いや……こうして奴等がここまで来たって事は……既に龍の巣に石を投げこんじまったってことかね。
こちらに向かってゆっくりと歩いてくる三人を見据えながら、俺も奴等の方へと真っ直ぐに向かう。
双方の距離が詰まる事で、近くにいた戦士にも彼らの姿が見えるようなったみたいだが……それほど警戒している様には見えない。
彼らの強さが感じ取れていないのは間違いないな……いや、俺もはっきりと分かるわけではない。勘みたいなものだ。
そんなことを考えながら足を動かしていると、少し離れた位置で足を止めた三人の会話が聞こえて来た。
「あれが蛮族王ラフジャスですね。クーガーから聞いていた通りの人相です」
「獲物は金棒か?あー力に見合った武器がないんだな」
「……この土地では優秀な鍛冶師もいないだろうし、さもありなんといったところだな」
俺の名を呼んでいるところから、向こうの狙いは俺という事か。
見事に誘い出されたという事になるが……俺がこっちに来ることが何で分かったんだ?
不気味なのは、あの後ろの連中だけじゃないってことか。
それにしても、これから戦いが始まるってのに随分と余裕を見せてくれるな。
俺を前にしてそこまで余裕を見せる奴は未だかつて見たことが無い。
「では、誰がやりますか?」
「俺はどっちでもいいぜ?」
「……俺はやってやってもいいが?」
剣を持った女が問いかけると、槍を持った男がやる気なさげに、弓を持った男は興味が無さそうなそぶりを見せつつ答える。
「そうですか、では私が行きますね」
「ま、待て!俺はやってやってもいいと言ったんだが?」
軽く嘆息した女がそう言って腰にさした剣を抜こうとすると、慌てた様子で弓を持った男が待ったをかける。
「なんですか?シュヴァルツはやってもいいんですよね?」
「あぁ」
「つまりやらなくてもいいんですよね?」
「……いや、そうではなくてな?」
「なんですか?」
「……」
誰が戦うか……そういった話をしているのは間違いないと思うが、緊張感の欠片もないな。
「では、私という事で」
「ま、まて。分かった、分かったから」
「何がですか?」
非常に冷ややかな様子の女に、弓を持った男が懇願するように言う。
「……俺がやってやっても良い」
「……」
目を細めながらため息をついた女が、弓を持った男を無視するようにこちらに向かって足を踏み出そうとして、再び男が前に立ちはだかる。
「……」
「……」
「……退いてくれますか?」
「……俺に……やらせてください……」
「初めからそう言えば良いのです」
会話が聞こえ始めた頃は斜に構え、何やら格好つけた様子だったのだが……既にその頃の姿や雰囲気は微塵も残っていないな。
打ちのめされたかのようにしょんぼりとしていた弓の男だったが、疲れた様なため息をついた女が一歩下がると、突如着ている長い服をばさりとはためかせながら不敵な笑みを浮かべる。
「蛮族王ラフジャス……俺が相手をしてやろう。光栄に思え」
「……そうか」
完全にふざけているとしか思えない会話を聞きながら歩き続けていたので、既に三人との距離は一息に詰められるほどまでに近づいている。
何故かわざわざ体を横に向けながら俺に向かってそう言う男に、とりあえず俺は頷いた。
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