第20230401話 転生したらゴブリンだった件 ※転生はしていない ※※エイプリルフール企画
見慣れない天井……。
朝、目が覚めた俺の目の前に広がる天井は、本気で見覚えのないものだった。
え?マジで何処だ?
普段であれば俺は天蓋付きのベッドで目覚めるから、そもそも天井は見えない。
いや、今の俺はスティンプラーフに遠征している最中だから、基本的に起きた時に見るのは天幕の天井なんだけど……目の前に広がる天井はどう見ても木造り。
いくらうちの子達が俺の為に頑張ってくれると言っても、野営の為に家を建てるまではしない筈……というか昨日の夜寝た時は絶対天幕にいた。
え?誘拐?
いや……それはないな。
絶対にない。
リーンフェリアやリオ達の守りを抜いて俺を誘拐できるような奴がいるとは思えないし、流石に俺も寝ている間に誘拐されて起きない程鈍感じゃない……と思う。
じゃぁ……ここは何処だ?
そう考えた俺は、なるべく音を立てない様にゆっくりと身を起こす。
……んん?
なんか……体に滅茶苦茶違和感が……座高が……高い!?
え?え??え???
手、でかっ!?腕、ふとっ!?
何で!?
え?腫れた!?
俺は音を立てない様に慎重に動いていたことを忘れて、慌ててベッドから飛び降りる!
ふぁ!?でっか!?
視線が……とんでもなくたけぇ!?
「うっそだろ!?」
「ど、どうしたの!?」
俺が叫び声を上げるとすぐに扉が開け放たれ、慌てた様子の女性が部屋に飛び込んで来た。
その姿を見た俺は、その人物が顔見知りであったことに安心すると同時に、明らかに普段と違うその様子に嫌な物を覚える。
「りゅ、リュカーラサ?」
「……?どうしたの?バン君、なんでフルネーム?」
……やっぱりか!?
やっぱりそうなのか!?
部屋に飛び込んで来たリュカーラサ。そしてとんでもなく高い目線。あからさまにぶっとい腕……これはもう、疑いようもなく……。
「あ、いや、か、鏡ってどっかあったか?」
「え?ここにあるよ?」
そう言ってリュカーラサが部屋に置かれていた姿見を指差す。
俺は恐る恐るその鏡を覗き込む。
そこに移っていたのは、見慣れた覇王フェルズではなく……何処からどう見てもゴブリンに見えないゴブリン……バンガゴンガだった。
何故か分からないけどバンガゴンガの姿になってしまった俺は、とりあえず着替えてからリビングへと移動した。
とりあえず、バンガゴンガさん……寝室のドアの脇に鏡を置いて、部屋を出る前に身だしなみチェックをするのはさすがやで……。
友人の几帳面な一面に恐れ戦きつつ、俺はリビングに置かれている椅子にゆっくりと座る。
正直、身体のサイズ感が違い過ぎて非常に動きづらい。
「さて……どうしたもんか」
テーブルの上に肘を置き、組んだ手に顎を乗せた俺は普段とは違う声で呟く。
因みにリュカーラサは、今日は朝から訓練に参加するとのことで既に家を出ている。
相談したかった気もするが「俺、バンガゴンガじゃなくってフェルズなんだよね、ははっ!」とか言っても絶対信じて貰えないよね。
「……いや、ほんとどうしたらいいの?」
そう呟いた俺は……バンガゴンガの声って本人にはこんな風に聞こえているのか……そんなどうでもいい思考が頭を過っていた。
しかし、朝起きた瞬間は、ここはどこ?私は誰?状態だったけど、ここはバンガゴンガの家で俺はバンガゴンガという状態は。記憶喪失以上に訳分らん状況ですよ?
こういう訳の分からんことを相談出来る奴といえばフィオだが……フィオには夢でしか会えないし、バンガゴンガは儀式で生み出された存在じゃないから会えない可能性も高い。
となると……城に向かってキリクとかイルミットに相談するのがいいか?
しかし……俺は今バンガゴンガの姿だ。
俺の友人という事で一定以上の信用はされているだろうけど、バンガゴンガの立場でキリクやイルミットと直接アポを獲るのは中々難しいと思う。
農業か漁業関係で相談があると言えば、優先して会ってもらえるか?
よし、その手で行こう……だが、説明はどうしたらいいか……。
いきなり、やぁ、覇王だよ?とか言っても下手したらぶん殴られてしまうだろうし……レギオンズ時代の話をしてみるか?
……果たして、覇王フェルズというボディがなくても、俺がフェルズだと彼らは認識してくれるだろうか?
俺の覇王力の九割以上はボディの方に備わっていると思うんだが……。
っていうか、この状況は……入れ替わりなの?乗っ取りなの?
バンガゴンガの精神は何処に行ったのだろうか?
今頃覇王の身体の中にいるのか?
それはそれでえらい事になってそうなんだが……っていうかこれ元に戻んの?
今後、俺はずっとバンガゴンガの身体のままとか無いよね?
ってか、キリク達よりも先に俺の身体の方と連絡を取った方がいいんじゃないか?
もし中にバンガゴンガが入っている様だったら……他の人達にも説明がしやすいしな。
だけど問題なのは、俺の身体があるのは恐らくスティンプラーフの奥地……魔力収集装置を使ったとしてもすぐに合流するのは無理だ。
飛行船も使えれば一日と掛からないけど……フェルズならともかくバンガゴンガの身体じゃ無理を言って飛行船を出してもらうのは無理だ。
かと言って、俺の身体の方が戻って来るのを待つってのも……難しいよな。
どうするべきか……いや、仮にバンガゴンガと精神が入れ替わっているのだとしたら、向こうは向こうで動くだろう……というか大慌てのはず。
今俺がこうしてそこそこ平常心でいられるのは、こういう訳の分からん事態に直面するのが初めてではないから……ゲームを始めようとしたら覇王になってました的な経験があるからだ。
やはり、優先するべきは覇王の身体、そしてフィオとの接触だな。
そう結論付けた俺は、とりあえず魔力収集装置の元へ向かおうと立ち上がったのだが、それと同時にドアが激しい感じにノックされる。
もしかして俺の体が……いやバンガゴンガの中身が帰って来てくれたのか!?
慌てた様子で叩かれる扉を、俺は急いで開け放つ!
そこに立っていたのは……残念ながらフェルズでも巨漢のゴブリンの中の人でもなく……ごくごく普通のゴブリンだった。
「旦那!何時までも来ないから心配しやしたよ!」
「え?」
物凄い剣幕で俺の腰くらいまでしか身長の無いゴブリンが詰め寄って来る。
「今日はジャガイモ、ニンジン、タマネギ、リンゴ、それからハチミツの収穫日ですよ!」
今夜はカレーかな?
ではなく……そうか、バンガゴンガの仕事か!
「そうだったな。すまない、少し待ってくれ。すぐに準備してくる」
そう言って俺はバンガゴンガの寝室へと戻る。
確かバンガゴンガはスケジュール帳に予定を書き込んでいた筈……バンガゴンガに任せている仕事は管理や調整系ではあるけど、真面目なバンガゴンガは実務の方もしっかりやっているらしい。
バンガゴンガが少し抜けたとしても仕事が回らないという事はないだろうけど、色々仕事を任せている手前、中身が俺になったからと言ってバンガゴンガに迷惑をかけるわけにはいかない。
連絡を取るにしても、まずはバンガゴンガの仕事を全部片づけてからにするべきだろう。
他人のスケジュール帳を覗くことに多少ならず罪悪感を覚えたけど、バンガゴンガの評判の為にもそれをぐっと飲みこみ俺は急ぎスケジュール帳を開いた。
5:00~
国営農場で収穫、種の管理、種植え
ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、リンゴ、ハチミツ
6:30~
漁村にて水揚げされた海産物の確認
建設中の塩田の確認
生簀増築についての会議
8:00~
ハーピーの集落にて農業指導
カリオーテさんと農地展開についてと山地の鉱物資源調査についての会合
9:30~
アプルソン領にて新規農作物の検討および新農地開墾についての打ち合わせ
回収した種の受け取り
警備状況確認
11:00~
エインヘリア城下町商業区画整備会議
12:50~
昼食
13:00~
ギギル・ポー街長会議
坑道拡張と新しい街の建設について
ドワーフ製品の供給について
15:00~
ギギル・ポー街長達とアーグル商会の商談仲介
15:30~
各特産品の納品チェック
種の在庫チェック
17:00~
元商協連盟地方に住む妖精族と会合
魔力収集装置の設置してある場所への転居を求める
スプリガンの商人とドワーフの職人が難色を示しているので代案が必要か?
18:00
国営農場の羊畑で羊毛の回収
明日は羊が生る
18:55
夕食
19:00
訓練に合流
……。
やることが……やることが多い!
いやいやいや、ちょっと待って!
なにこれ?
一部の隙もないくらい、みっちり予定が詰まってるんだけど!?
後食事の時間が短すぎる!
特に夕食!
今日が特別なのか!?
そう考えた俺は軽くパラパラとスケジュール帳をめくってみるが、どの日も似たり寄ったりだ。
マジか……バンガゴンガ……マジか?
これはアカンよ!
いくら何でもバンガゴンガが過労で倒れちゃう!
「バンガゴンガの旦那ぁ!大丈夫ですかぁ!」
玄関からゴブリンの心配する声が聞こえて来る。
はっきり言って全然大丈夫じゃない。
「あぁ!すぐに行く!」
バンガゴンガのスケジュールは把握した……いや、想像以上に多すぎて覚えられないけど……とりあえずスケジュールをこなすことに全力を注ごう。
後バンガゴンガの仕事を減らすようになんか考えないと……バンガゴンガが倒れてしまう!
俺は何でもかんでもバンガゴンガに頼っていたことを猛省しつつ、一つ一つ丁寧にスケジュールをこなしていき……ふと気付くと、天幕の天井を見上げていた。
……。
……。
寝ていたのか?
それとも働き過ぎで倒れたのか?
いや、いくら忙しくても一日程度では倒れんか……。
そんなことを考えつつゆっくりと体を起こした俺は、その身体が普段通りの……フェルズの身体に戻っている事を理解した。
「お、おおおおおおおおおおお!?」
「フェルズ様!?どうされました!?」
朝に見たリュカーラサどころではないくらい血相を変えたリーンフェリアが、天幕へと凄い勢いで飛び込んで来た。
めくられた勢いで天幕が吹き飛んで行きそうだ。
「すまない、何でもない。リーンフェリア」
真剣な様子で天幕の中を見渡していたリーンフェリアだったが、俺が声をかけると警戒を解いたようだ。
「あー、リーンフェリア。ところで何か変わったことはなかったか?」
「変わった事ですか?いえ、特にはなかったかと」
真面目な表情で考え込んだリーンフェリアだったが、かぶりを振りながらそう答える。
「そうか……そういえば、今日は何日だ?」
「今日は……」
そういってリーンフェリアが答えた日付は、俺がバンガゴンガとして仕事をこなしていたのと同日だった。
時計を見てみると、午前六時過ぎ……確かにバンガゴンガとして一日スケジュールをこなしたと思うんだが……あれは……夢……なのか?
いや、かなり疲れたし、五感もしっかり機能していたし、整合性もしっかりあった。
ただの夢とは思えないのだが……。
妙にスッキリしない物を覚えながら簡易ベッドから抜け出した俺は、バンガゴンガの仕事量について真剣に話し合う必要がある事だけを心に刻み付けた。
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