第348話 三国同盟軍vs蛮族軍



View of レイオット=ヘイゼル パールディア皇国将軍






 軍の後方にいる私の位置からでも蛮族たちの姿が見えるくらい近くまで、奴等はやって来ていた。


 後方で馬に乗り、それらを見ているだけの私であっても蛮族共から放たれる戦意に気圧されそうなのだから、最前線に立っている兵達の緊張はこんなものではないだろう。


 いや、下手をすれば……いや、下手をしなくても簡単に命を落とす戦場にいるのだから、緊張などと言う言葉は今更か。


 エインヘリアによって支給されたポーションという薬……アレのおかげで即死さえしなければ命を落とすことはないし、手や足……目を失ったところで治療してもらえるのだから、いつもの戦に比べれば状況はかなりマシと言える。


 とはいえ、痛みまで無くなるという訳ではないし、緊張や恐怖はマシにはなれど消えることはない。


 新兵であれば緊張のあまり吐くことは珍しくないし、怯えて動けなくなるものや緊張のあまり我を失い敵に向かって飛び出してしまう者もいる。


 そうなってしまった新兵の末路は論じるまでもない……今回の戦いでは最前線に立ち盾を構えているのは熟練の兵で、新兵たちはその後ろで長槍を持たせている。


 号令に合わせ突き出し、引く……それを繰り返すだけだが、新兵にとっては耐えきれないような作業だし、それさえも出来ずに固まってしまう者もいる。


 戦場での一瞬は、生死を分かつ一瞬……その一瞬を活かすことが出来れば、無為に散る事も無くなるだろうが、新兵にとって……いや熟練の兵であってもそれは非常に難しい話だ。


 だが……そんな思いをあざ笑うかのように、自分の生き死にさえも遊びであるかのように振舞い、戦場の死線こそ一番の楽しみだと言うように生きる狂人もいる。


 そして残念なことに……蛮族の者共はほぼ全員がそう言った狂人だった。


 奴等は死を恐れない……痛みを恐れずただ奪う事だけを至上の快楽と捉えている。


 そんな連中が、武器を手に今にも襲い掛からんと舌なめずりをしているのだ……新兵に限らず生きた心地がしないだろう。


 今から激突する……そのほんの少し前のこの時間が、一番恐怖を感じる時間だ。


 いざ始まってしまえば、戦いという狂気に身を委ねることになるのだが……。


 そんなことを考えながら、もはや目の前に迫ってきている蛮族共を見ていたのだが……ふと、これ以上ない程硬く手綱を握りしめた手とカラカラになっている唇に気付き、私は苦笑を漏らしてしまう。


「ヘイゼル将軍?」


 苦笑する私に気付いた副官が、訝し気に名を呼んでくる。


「いや、何度戦場に立とうとこの瞬間が一番緊張すると思ってな」


「あぁ、そうですね。私も偶に呼吸を忘れます」


 副官も私と同じように前線へと視線を向けながら、苦笑するように言う。


 私は貴族として常に指揮官級の扱いを受けていた為、最前線で蛮族たちと相対したことはない……無論、剣を交えたことが無いわけではないが、それも戦歴からすれば極々稀という表現が正しいだろう。


 しかし、その数少ない交戦経験のどれもが、後から思い返してみても紙一重のもの……生きた心地のしないものだった。


 無論、指揮官として軍の後方にいる私の元まで敵が押し寄せている時点で、状況は最悪なのだが。


「始まるな……」


 膨れ上がった圧力を感じた私がそう呟いた直後、雄たけびを上げながら蛮族たちが一斉に駆け出して来た。


 最前線に立つ盾兵達が騎馬の突撃に備えるように地面に盾を突き立て身構え、その隙間から槍兵達が号令を待ちながら力を込めているのを感じる。


「矢を放て!」


 遠くから号令が聞こえ、次の瞬間無数の矢が蛮族共目掛けて降り注ぎ、幾人もの蛮族が倒れる。


 しかし致命の雨を正面から受けても、大多数の蛮族共は全く意に介さず突撃の速度を緩めない。


 やがて……まるで矢も盾の壁も目に映っていないかのような勢いで突撃してくる蛮族共は、激しい音を立てて盾兵とぶつかり、槍に貫かれ、それでも前進を止めず突撃を続けている。


 いや、後ろを走る者達に押され前を走っている者は足を止めることが出来ないだけかもしれないが……それでもあの突撃は受け止める側からすれば、恐怖以外の何物でもないだろう。


 しかし、最前線の兵達は歯を食いしばり必死に耐えてくれている。


「良し!最初の激突を乗り切った!」


 私の横で副官が喝采を上げ、拳を握り締める。


 最初の激突の衝撃さえ堪えきれれば、防御を固めている以上そう簡単には前線は崩されない。


 副官が喜びの声を上げるのも無理はない事……しかし、まだ油断は出来ない。


 私は目を細めながら右側に布陣するヤギン王国軍の方へと視線を向ける。


「い、いかん!」


「ヘイゼル将軍?……っ!?」


 思わず声を上げた私を訝し気に見た副官だったが、その視線を追いかけた直後目を見開いた。


「崩されたのか!?」


 軍右方に布陣して同じように盾を構えていたヤギン王国軍の陣形が乱されて、横陣の内側に蛮族たちが食い込んでしまっている。


 総崩れという訳ではないが、あそこに出来た穴から傷は一気に広がって行く……そうなればヤギン王国軍だけでなく、我々パールディア皇国軍にも被害が出るのは時間の問題。


 すぐに後方の予備軍が動き、穴を塞ぐというよりも傷が周囲に広がるのを防ぐように横陣の中を動いている。


 今は騎士団長殿を信じるしかない。


「密集隊形の中を動いていくのは、敵も味方も時間がかかる。被害は小さくないだろうが、ヤギン王国の騎士団の対処が間に合うはずだ。我々は前面の敵に集中するぞ」


「はっ!」


 そもそも私が副官の視線を他所に向けさせたのだが、そんな内心はおくびにも出さず私は副官に命じる。


 こちらも最初の激突は堪えたとは言え、それでも蛮族共の圧力はすさまじい。


 我々の軍もいつ何処かが崩されてもおかしくはないのだ……他所にばかり注視している訳にはいかない。


 ヤギン王国軍の事は他の者に状況を見ておくように指示を出し、私と副官は自軍へと意識を戻す。


 それと同時に蛮族たちの突撃を受け止め、相手の足が止まったことを確認したシャラザ首長国軍が我々の後方で動いたのを感じる


「よし、シャラザ首長国の騎兵が動いた!あと少しの辛抱だ!奮起せよ!」


 前線まで私の声が届いていないのは百も承知だが、私は少しでも遠くにこの知らせが届けと叫ぶ。


 まぁ、蛮族たちにまで聞こえてしまったら困るのだが、それよりもあとひと踏ん張りすれば襲い掛かってきている者達を蹴散らすことが出来るという情報で、懸命に戦う彼等にあと少しの辛抱だと……蛮族たちへの恐怖に負けるなと伝えたかったのだ。


 私の声を聞いた者達により情報は伝播していくが、恐らく最前線で戦っている者の耳までは届かないだろう……あと少し、後ほんの少し耐えてくれ!


 未だ粘り強く盾を構え、前線を保ち続けている兵達を頼もしく、そして誇らしく思いながらも、早く蛮族共を蹴散らしてくれと心から祈る。


 騎兵達が私達の軍の横を駆け抜ける音がこれ以上ない程頼もしく感じるが、蛮族たちの前衛はともかく後ろにいる連中にもこの音は聞こえているだろう。


 この障害物の無い荒野では、今更騎兵の接近に気付いたところで馬の脚からは逃げられない。


 だが、それでも攻め寄せて来ている蛮族のうち、最後尾にいた連中が踵を返し逃げ出そうとしているのがこちらから確認出来た。


 予想よりも退却のタイミングが早い……。


 流石の蛮族共もシャラザ首長国の騎兵の強さは十分理解出来ているようだが……もう少しこちらの軍容を調べていれば、騎兵が少なくない数いた事はすぐに分かったと思う。


 今更下がるくらいならそのくらい調べておけと呆れる思いが沸き上がって来るが、だからこその蛮族という気もする。


 こちらとしては、がむしゃらに前線を突破しようと圧をかけられるよりも、腰が引けてくれた方がやりやすい。


 騎兵突撃は確かに強力だが、流石に横陣の内側に入り込んでしまった蛮族を追いかける事は出来ない……だからこそ前ではなく後ろへと逃げた蛮族たちの動きに安堵する。


 とはいっても、逃げ出したのは最後尾の連中だけで、大半の蛮族は今も横陣を突破しようと全力で前に出ようとしており、全体を見る位置に居ない兵達からすれば今も厳しいことに変わりはない。


 しかしそれもあと少しだ。


 そんな私の想いに応えるように、回り込んだ騎兵達がその勢いのまま蛮族たちの両側面へと突き刺さる!


 同時に前線の兵達から歓声が上がった!


 騎兵達の突撃によって、さしもの蛮族たちも前進する力を一気に失ったようだ。


 左右から挟み込むように騎兵による突撃を受けた蛮族達は、すぐに状況を理解したのか一斉に身を翻し逃げようとする。


 ここで追撃を仕掛ければ、一気に蛮族たちを殲滅出来るのだろうが……蛮族たちがここまで素早く転進することを読めていなかったこともあり、我々は追撃に出ることが出来ない。


 騎兵達が前に出ているので矢や魔法を撃つ事も出来ず、追撃はシャラザ首長国の騎兵達に任せるしかない。


 当初の予定通りではあるが、予想以上に蛮族の転進が早かった……騎兵達の突撃前に逃げ出した連中には逃げ切られるかもしれないな……そう私が考えた瞬間だった。


 荒野の奥……蛮族達がやって来た方角にある丘の向こうから……一斉にエインヘリア軍が横並びに現れ、逃げる蛮族たちの行く手を遮った。


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