第343話 べじたぼー
View of ラフジャス スティンプラーフ王 蛮族王
皿に盛られた野菜を齧りつつ、俺は物思いにふける。
今俺の土地に北の連中が攻め込んで来ているらしい。
ご苦労な事だ。
どうも北の連中は、国という枠組みに拘って行動をする。
俺……いや俺達にはあまり理解出来ない枠組みだが、北の連中にとっては大事な括りらしい。
俺もラフジャス王と呼ばれてはいるが、正直他の部族の連中まで面倒を見るつもりはない。
しかし北の連中は自分達の部族だけでなく、その国という枠組みの中の連中全てを面倒見るらしい。
目も届かないような距離の連中の面倒なんて、どうやってみるんだろうな?
実際守るといったところで、俺達の襲撃を防げたことなんてめったにないってのに。
自分の手の届かない範囲を自分のものと嘯いたところで、意味はないと思うんだがな。
しゃくしゃくぱりぱりと小気味の良い音を立てながら野菜が消えていく。
新鮮な野菜は中々貴重品だ。
略奪で手に入れても持ち帰る頃には痛んでいることが殆どだし、海の奴等も新鮮な野菜は買えないらしいしな。
もう少し安定して量を確保したいもんだ。
以前ヤギン王国の王とかいうヤツの口車に乗って二つほど国を潰したが、あまり面白いものでもなかった。
まぁ、大量の奴隷を得ることが出来たし、今食っている新鮮な野菜を定期的に手に入れる手段を得られたのは良かったか。
しかし正直いって、今まで略奪していた場所がなくなっちまった事で少し面倒も増えた気がする。
略奪はやり過ぎなければ、ある程度時間を置けばまた奪えるものを集めておいてくれるんだが……滅ぼしちまうと、その時は大量に物資を得られるがその後がないんだよな。
財宝なんかはともかく、食料を奪えなくなるのは本当に厄介だ。
俺達が暮らす土地は草木が生えにくいらしく、奴隷共を連れて来てもロクに野菜も作れないしな。
草木が少ないせいで当然動物も少ない。
海の奴等は魚を獲ったりするらしいが、あれは野菜以上にすぐ腐る。
大量に奴隷を抱え込んじまったせいで、食うもんが枯渇しちまった部族もあるしな……。
奴隷が増えれば生活が楽になると言って大量に奴隷を抱え込んでいたが……奴隷も生きて飯を食うってのを忘れる方が悪い。
何と言ったか……過ぎたるはおよぼさるがごとし?いや、なんか違うな、泳がさるがごとし?
……まぁ、何でもいいか。
なんでも多けりゃいいってもんじゃないってことだな。
食料に困窮するようになったから、少なくない数の部族を滅ぼした国の土地に移住させた。だが、向こうもあまり良い状況とは言い難いようだ。
戦士たちはともかく、年寄りや子供は住み慣れていない土地での生活が負担になっていると聞く。
本当は図太い戦士共に北の開拓を任せたい所だが、あいつらに開拓なんて難易度の高い作業出来るはずがない。
なんせあいつらときたら、ザルと樽の区別すらつけられねぇんだからな……俺の活舌が悪かったのか?
いや、五人が五人、樽持ってこいと言ったらザル持って来たんだから、あいつらが馬鹿なんだろう。
大体だ、川に水を補給しに行って、なんでザル持ってこいって命令すると思うんだ?
ザルなんか持ってきたって……あれだ……ん?ザルでごみを掬ってきれいな水をってことだったのか?
アレ……?そう考えると、あながちあいつらがザルを持ってきたのも間違いとも言えない……いやいやいや、ザルだけ五個持ってこられたってどうしようもねぇだろ!入れるもんがねぇんだよ!
あの時、息を切らしながら得意気にザルを差し出す五人をぶん殴った俺は悪くないはずだ。
俺は皿の上に残っていた最後の緑色の棒みたいな野菜を掴んで齧りつく。
……やっぱり、野菜って面白いよな。
その辺の草みたいな姿形をしているものも多いが、食べると草なんかと違って色々な味がある。
アホみたいに苦いものも中にはあるが……やはり食べる用として作られるだけの事はある。
俺達の土地でも作ることが出来ないか、奴隷で農業が得意な連中を集めてやらせたことはあるが……何一つちゃんと育つことはなかった。
そいつらが言うには、土が悪いってことだったが……地面に良いとか悪いとかあんのか?って感じで全く意味が分からなかった。
だが、思い返してみれば……俺達が略奪に出た時、農業をやっている場所はなんか地面が柔らかかった気がする。
あれが良い土ってことか?
アレを持ってくれば……いやいや、土なんか持って来れるわけがない。
そうなると……やはり北に移り住むしかないって訳だ。
散々奴隷を使って野菜とか麦を育てられないかやらせてみたが、全て失敗に終わった訳だし……やはり、農業をやらせるなら北の土地の方が良い。
今俺が味わっている野菜は北側の農地で作られたものだしな。
そうだ、各部族の余剰分の奴隷を引き取って農地を管理させるか?
その辺りの知識を持っている奴は絶対に殺すなと言ってあるし、足りない様ならまた略奪ついでに連れて来てもいいだろう。
とりあえず奴隷共に話を聞いて、移住に適した場所を決めるか……いや、その前に、以前北に送った連中から話を聞いた方がいいか?
あー、めんどくさくなってきやがったな。
こういう細かい話はワドラの奴に任せた方がいいんだが……アイツを呼ぶか。
「おい、ワドラを呼び出せ」
「ラフジャス様、ワドラ様でしたら三か月程前に軍を率いて北へと向かいましたが」
部屋の隅に控えている奴隷の一人が俺にそんなことを言ってくる。
三か月程前……?
そういえば最近ワドラを見ないと思っていたが……。
「そういえばそんな指示を出していたな。まだ戻って来ていなかったのか?」
「はい」
かなり前の話だが、ヤギン王国から使者とか言うのが来て、周辺の国の奴等が大規模な軍を起こすとかいうんで、こちらも同じくらいの数の戦士を出せとか言われたんだったか。
策だか何だかに従えとかいう面倒な話だったから、器用に立ち回れるワドラの奴に丸投げしたんだったな。
ん……?
そういえば、うちの土地で暴れまわってる連中がいるって話は……もしかしてその大規模な軍って奴か?
ってことはワドラの奴、負けたのか?
まぁ、アイツの事だから死んではいないだろうが……あー、アレだな、責任取らされるとかなんとかいって逃げてんだろう。
そんなこと、偶にしかしねぇんだからとりあえず帰って来いっての。
「お前状況とか分かるか?」
俺はダメもとで返事をした奴隷に尋ねてみる。
コイツは結構賢いやつで、俺の身の回りのことを任せている奴隷だ。
数年前に奴隷にした時からジジイだから、いつ死ぬか分かったもんじゃないが……それまでは精々役に立ってもらうつもりだ。
なんか、前滅ぼした国でそれなりに偉かったとか言っていたか?
「遠征に向かった軍については分かりませんが、現在攻め込んで来ている軍については多少」
「聞かせろ」
「ヤギン王国、シャラザ首長国、パールディア皇国。この三国による同盟軍の様です」
「……ヤギン王国?俺にごちゃごちゃ言ってくる国じゃなかったか?そいつらが攻め込んで来ているのか?」
「そのようです」
……どういうことだ?
たしか、ヤギン王国の軍が裏切って他の国の軍を潰すとかいう策じゃなかったか?
なんだ?あの王、俺の事騙しやがったのか?
周りを裏切って俺達に攻めさせていたかと思ったら、今度は俺達を裏切って周りと協力して攻めて来たと……。
俺が素直に話を聞いてやっていたから勘違いしやがったか?
「その攻め込んで来ている奴等は何処にいるかは知っているか?」
「申し訳ありません、そこまでは」
そりゃそうだな。
俺の身の回りの世話をしているだけの奴隷が、そこまで詳しい事を知る筈がない。
ワドラに……ってアイツはいないんだったな。
あー、面倒だ。
「その連中のいる場所を調べることは可能か?」
「……各部族に伝令を飛ばし、人を使って調べさせるしかないかと」
「それもそうか。伝令を飛ばしてそいつらの居場所を探らせろ。見つけても勝手に手を出すなとも言っておけ。敵を見つけたら俺がやると」
「ラフジャス様が出られるので?」
「北の国を滅ぼしてから暫く略奪にも行ってなかったからな。偶には戦って見せないと、うちの連中もそうだが、それ以上に外の連中が調子に乗るみたいだからな」
俺の居住地にいる部族の連中は偶に揉んでやってるから問題ないが、他所の連中は時間を空けるとすぐに忘れるらしい。
俺が何故王と呼ばれるようになったかを。
そう言って俺が笑って見せると、奴隷は顔を青褪めさせながら頭を下げる。
「すぐに伝令の手配を致します」
「おう。あまり難しい言い回しはするなよ?調べろ、手を出すな、俺が出る、すぐに知らせろ。それでいい」
「承知いたしました」
さて、これで遠からず連中の場所が分かるだろう。
前は確か……三万くらい戦士を集めたんだったか?
敵が何処にいるか分からんが……今からでそんな数集められるか?
まぁ、集められるだけ集めればいいか。
「おい、それと戦士達を集められるだけ集めとけ。俺と一緒にやりたい奴は来いと言っとけ」
「畏まりました。その二つを伝えるように手配しておきます」
「おう。それと……野菜はもうないのか?」
「すぐに準備致します」
奴隷は頭を下げてから部屋から出て行く。
連中の情報が入ったのはそれから十日程経ってからだった。
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