第342話 スティンプラーフ戦争報告書

 


四日目


 スティンプラーフに攻め込んで数日。


 ヤギン王国が儀式魔法の準備を進めている最中、私はエインヘリア王陛下に連携の打ち合わせをするという名目で呼び出された。


 そこで明かされた内容は、信じがたい物であったが……エインヘリア王陛下が確証もなく同盟内に不和を生む様な事はされない筈。


 何よりエッダ首長から予めヤギン王国の動きに注意するように言われていたこともあった為、その言葉を受け入れることは出来た。


 エインヘリア王陛下がおっしゃるには、ヤギン王国が準備している儀式魔法はヤギン王国秘伝のものなどではなく、広く知られた『落・業火球』。


 威力と範囲は数ある儀式魔法の中でも中々のレベルだが、それと引き換えに射程距離がかなり短い。


 攻めて来る敵軍の後方に火球を落とし焼き尽くすといった使い方をするもので、けして遠くに布陣している敵軍に放てるような代物ではない。


 儀式を行っている現場は本陣以上の厳重さで守られていて、密偵を潜り込ませるのは非常に困難。出来れば自分達でも儀式魔法の詳細を確認したかったのだが、それは叶わなかった。


 エインヘリア王陛下は敢えて儀式魔法を撃たせ、決定的な証拠を押さえるという話だったが……果たして儀式魔法をそんな簡単に防ぐことが出来るのだろうか?


 いや、必ず防ぐとエインヘリア王陛下は約束なさった。


 兵の命が掛かっているこの状況で、安易にその言葉を信じるわけにはいかないが……それでも同盟の事を考えると下手に動けば本国の状況が悪くなりかねない。


 けして天秤にかけて良いものではないが……この状況を打破するには、エインヘリアの力に縋るしかないだろう。






五日目


 本日はヤギン王国の準備していた儀式魔法の発動日だった。


 事前の説明では昼過ぎ頃に発動の予定だったが、エインヘリア王陛下に聞かされていた通り、日の出から少し経った頃儀式魔法は発動した。


 発動された儀式魔法は『落・業火球』。


 目標は我々同盟軍の中央と右翼。


 つまりは我等シャラザ首長国軍とエインヘリア軍、パールディア皇国軍に向けて奴等は儀式魔法を放ったのだ。


 しかし、その事実に怒りや絶望を覚えるよりも早く、エインヘリア王陛下お一人が放った魔法によってあっさりと空に浮かんだ火球は搔き消された。


 エインヘリア王陛下のすぐ傍でその光景を見ていた私とヘイゼル将軍が、呆気にとられるしかなかったのも無理のない光景だったと思う。


 確かに儀式魔法を防ぐ手立てはあると聞かされていた。


 しかしそれは、大規模な防御魔法の事だと思っていたのだ。


 それが……まさか、エインヘリア王陛下自ら魔法によって吹き飛ばしてしまうとは。


 更にあっという間にヤギン王国の将共を捕え、情報を抜き取る手際……我々が呆気に取られている間に事態はどんどん進んでいった。


 そして気付けば、私の指揮で蛮族共と戦う事になり……誘引して一気に殲滅……いや、あれは殲滅というのとは何かが少し違ったような……。


 いや、目的は果たせた。


 蛮族の全てを捕虜にして、その後やってきた飛行船に引き渡すことができたのだから……しかし……アレは私の策とは少し、いやかなり違った感じになったような。


 ……落ち着こう。


 とりあえず、全てが規格外なエインヘリア軍は、遊軍として自由に動いて貰うようにエインヘリア王陛下に承諾して貰えた。


 明日以降は私の戦略で軍を動かすことになる。


 まずはヤギン王国が提唱していた、まっすぐ蛮族王を狙うというやり方は破棄し、スティンプラーフの北側から蛮族共の拠点を潰していくやり方へと方針を転換する。


 今回は三万もの蛮族が軍の体を成していたが、基本的に蛮族共は十数人単位、多くても五十人程での行動を得意としている。


 それらを放置して前進を続ければ必ず面倒なことになるだろう。


 ヤギン王国の将がそれらを無視して蛮族王を狙うという戦略でいくと言っていたのは、今日の儀式魔法で全てを終わらせるつもりだったというのが主な理由なのだろうが、その戦略……最短ルートで蛮族王を狙うという戦略が完全に間違いというわけではない。


 今の蛮族たちの攻勢は、蛮族の英雄と言われる蛮族王ラフジャスの存在が大きい。


 それを倒すことが出来れば、当然蛮族共は統制を失う。多少無理をしてでも蛮族王の首を狙う価値はあるだろう。


 現状我等の国には余裕が無く、乾坤一擲の一撃で王を狙う戦略は私も悪くないと思ったから反対するつもりはなかった。


 しかし、エインヘリア軍の強さや英雄の存在を考えれば、そんな一か八かではなく堅実に軍を進めていった方が確実な勝利を得られるだろう。


 それにエインヘリアの飛行船による補給を受けられるこの状況、腰を据えて侵攻することに不安はない。


 負傷者はすぐに本国に送ることが出来るし、兵の補充も可能。


 兵站の不安も一切ない。


 本国にあまり多くの兵をこちらに回す余裕はないが、負傷兵の補充程度なら問題ないだろう。


 ここからがスティンプラーフ攻略……その始まりだ。






八日目


 三万の蛮族軍を破ってから進路を南からに西側へと変更した。


 そこには蛮族に滅ぼされたヤーソン王国の元王都があり、今は蛮族共に支配されていた。


 道中にはいくつかの街があったのだが、それらは焼かれたり破壊されたりしており、元の住民はおろか蛮族共も利用してはいなかった。


 それらの廃墟を素通りした我等は蛮族たちの支配する王都へと到着、正確な数字は分からないが数千の蛮族と、それと同じくらいの奴隷がいるとされている。


 流石に小国とは言え王都、四万強の軍で制圧するには少々心もとなかったのだが、蛮族共は王都に防衛を敷いているわけではなく、この戦力でも問題はないと判断したのだ。


 蛮族がどのような防衛戦を展開するか分からないが、明日からの王都攻め……まずはセオリー通りに門攻めを行い、蛮族共がどんな動きをするか確認する必要がある。






九日目


 朝から門攻めを開始した。


 我々が攻めた門では、蛮族による激しい反撃があった。


 流石に門を開けて突撃してくるようなことはなかったが、城門の上から矢や石、油等が我が軍の兵達に浴びせられ、城攻め用の装備を整えていなかった我等では中々攻めあぐねる結果となった。


 その様子を本陣から確認していた私は、攻城兵器の必要性を感じていた。


 エインヘリア王陛下に攻城兵器を作るための物資を運んでもらえるように頼むか……それとも、道中の素通りして来た街に部隊を派遣して資材を集めて来るのよが良いか……そんなことを考えていた時だった。


 突如我々が攻めていた門が開いたのだ。


 蛮族共がしびれを切らし突撃して来たのかと警戒したのだが、門の向こうから姿を現したのは……何故かエインヘリア軍だった。


 どうやら遊軍として動いていたエインヘリア軍は別の門から王都内に入り、内側から門を制圧して我等を王都内へ呼び込んでくれたのだ。


 わずか四千の兵で我々四万よりもどうやれば早く門を突破できるのか……とは考えない。


 そのくらい戦力に差がある事は理解している。


 大丈夫だ……このくらいは想定内だ。


 エインヘリア軍の働きのおかげで、王都攻めを始めて一日で王都を陥落することが出来た。


 しかし、街に潜んだ蛮族を排除するのはそう簡単な話ではなく、陥落させたものの制圧出来たとは言い難い。


 しかし、蛮族に奴隷として使われていた者達を助けることは出来た。


 明日にはエインヘリアの飛行船が合流する予定なので、まずは国に送り保護をする……といっても保護をするのは我等の国ではなくエインヘリアとなるが。


 今夜は街に潜んだ蛮族共による襲撃を警戒する必要もある……特にエインヘリア王陛下の守りは厳にする必要がある……まだまだ油断することは出来ない。






十日目


 朝の会議で、王都内に潜んでいた蛮族を全て捕えたとエインヘリア王陛下がおっしゃった。


 一体何をもって全ての蛮族を捕えたと言えるのかとは思ったが……エインヘリア王陛下が適当な事を言わないことは十分過ぎる程理解している。


 話を詳しく聞いてみると、エインヘリア軍は王都を陥落してすぐに各門を封鎖し、王都内を虱潰しにして、街に潜んでいた蛮族共約五百を捕虜としたらしい。


 王都は広いので五百の蛮族が潜んでいる事自体はあり得る話だが、それを全て捕虜としたエインヘリアの動きはとんでもないものと言える。


 日が沈む直前に飛来したエインヘリアの飛行船に今回の捕虜と奴隷となっていた者達、それから王都攻めで負傷した者達を本国へと送った。


 数日この王都で休養を入れ、次は南東にあるヤーソン王国第二の都市を解放しに向かう。






十六日目


 ヤーソン王国第二の都市と呼ばれる街へと進軍していると、散発的に蛮族による襲撃が行われた。


 しかし、エインヘリア軍が蛮族の襲撃の悉くを察知し防いでしまうので、行軍の遅れはない。


 エインヘリアの斥候はどれほどの距離に展開しているのだろうか?






十八日目


 予定していた第二の都市へと到着した。


 門前に奴隷となった者達が並べられ、剣を突きつけられており……蛮族共は軍を退くようにこちらに命じて来た。


 当然そんなものは受け入れられない。


 私が奴隷を見捨て突撃を命じようとした瞬間……門前で奴隷に武器を突きつけていた蛮族たちの首が飛んだ。


 いつの間に近づいたのか全く分からなかったが、エインヘリアの将であるロッズ殿が首を失った蛮族たちの傍で槍を構えていた。


 さらに次の瞬間街門が音を立てて崩れ落ち、門の内側からエインヘリアの軍が何故か出て来て都市の制圧を宣言した。


 どうやら奴隷となっている民達を守るために一足先に潜入していたらしい。


 それはそうと、攻城兵器も無しにどうやって門を崩したのか……。






二十五日目


 ヤーソン王国南にある双子砦と呼ばれる軍事拠点を攻めることにした。


 この砦は対蛮族用の砦として長年国防の要となっていた二つの砦なのだが、今や蛮族たちに占拠され、逆に南に向かう強力な防壁として機能している拠点となっている。


 それぞれの砦には万に届く蛮族が詰めている事が事前の調べで分かっており、困難な戦いになると予想していた。


 双子砦と呼ばれるだけあって二つの砦は絶妙な距離で作られており、両方の砦を一軍で攻める事は出来ず、片方の砦に兵を集中させればもう片方の砦から援軍が来る。


 守りやすく攻めにくい……砦のお手本のような厄介さを持った拠点だ。


 軍を二つに分け……四万を東側の砦、エインヘリア軍を西側の砦へと派遣。


 エインヘリア王陛下より譲って頂いた時計を使い、タイミングを合わせて攻略を開始した。


 攻城兵器を用意してあるため、砦攻めは非常に順調に進んだ。


 当然砦は一日やそこらで落ちるものではない。


 圧力をかけ続け、十日程度で落とすことが出来れば御の字だと考えたのだが……西側の砦が開戦から十五分程で陥落。


 その五分後に西の砦を攻めていたエインヘリアが東側の砦攻めに参戦……直後に砦の前門が吹き飛び砦内に軍が突入。


 日が暮れる前に砦の制圧が完了。


 十日はかかると考えていた砦攻めは一日で終わった。






三十四日目


 蛮族の中でも有名なデギンソという将が五百の蛮族を率いて奇襲を仕掛けて来た。


 しかし、我々がその姿に気付いた次の瞬間、エインヘリア軍から矢の雨が降り注ぎ蛮族を殲滅した。






四十日目


 蛮族の拠点を攻めた。


 エインヘリア軍によって蛮族は吹き飛ばされた。






四十九日目


 奴隷をエインヘリア軍が解放して、蛮族をふっ飛ばした。






五十五日目


 蛮族が散発的に奇襲を仕掛けてきたが、全てが捕虜となった。






五十七日目


 今日も蛮族が飛んだ。






五十九日目


 最近同盟軍の士気が落ちている。


 エインヘリア軍に任せて、自分達は帰還しても良いのではないかという話が兵達の間で出ているらしい。


 これは由々しき事態だ。


 エインヘリア軍はあくまで援軍、これは我々が蛮族から国を救う為の戦いなのだ。


 その事をしっかりと思い出させる必要がある。






六十二日目


 エインヘリア王陛下に軍の士気について相談し、エインヘリア軍と別の拠点を攻める提案をする。






六十五日目


 兵達にエインヘリア軍と別の拠点を攻めることを知らせ、認識を改めさせることに成功した。


 確かにエインヘリアの力があれば、この先も勝利することは出来るだろう。


 しかし、それでもこの戦いは我々の戦いなのだ。


 気が緩んでいたのは兵だけでなく将官達も同様だった。


 三日をかけて拠点を落とし、少なからず犠牲は出てしまったが……彼らの犠牲はけして無駄にはしない。


 因みに合流したエインヘリア軍は、予定していた五拠点全てを落としてきていた。






六十六日目


 助からない程の重傷を負っていた兵達が、エインヘリアから支給されたポーションで何事も無かったかのように復帰した。


 必要な事だったとは言え、犠牲が出てしまったのは仕方がない事だ……そう考えていたのだが、犠牲は驚くほど少なく済んだ。


 兵達の間でエインヘリアに感謝する声が強くなっている。






七十日目


 今日はかつてない程大規模な奇襲があった。


 しかし、いつものように事前に察知していたエインヘリア軍に蹴散らされ、蛮族共は空を舞った。






七十七日目


 エインヘリア王陛下が会議に参加する為本陣を訪れると、歓声が上がるようになって来た。


 煩くしてしまい申し訳なくもあるが、歓声を上げる者達の気持ちも分かる。






八十日目


 連日蛮族による奇襲が行われている。


 その全てをエインヘリア軍は防ぎ、犠牲は皆無となっているが……蛮族たちにも焦りが見えてる気がする。


 スティンプラーフの平定はもはや遠い未来の話ではなく、手の届く未来の話と言えるだろう。






八十八日目


 エインヘリア軍が駆け、門が吹き飛び、蛮族が空を舞う






百日目


 エインヘリア万歳


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