第341話 ファザ将軍の願い
View of ラゴウ=ファザ シャラザ首長国将軍
「若干予定とは違ったが、結果は予定……いや、策通りだな。蛮族共は逃がさず全員捕虜に出来ただろう」
「……」
「やはり、ヤギン王国軍を後ろに下がらせて、蛮族共を釣ったのが良かったな。前がかりになっていたおかげで、逃す暇も与えず制圧することが出来た。見事な釣り戦術だったな、ファザ将軍」
「……は、あ、いえ!エインヘリアの方々が、ヤギン王国の将共から情報を得てくれたおかげで出来た策ですので……」
指揮用の物見台に立ち戦場を見ていた私の横で、実に軽い口調で目の前の現実を語るエインヘリア王陛下に何とか返事をする。
「しかし、敵右翼……と呼んでいいのか微妙だが、右側に居た兵が回り込む我が軍に反応したのは予想外だったな。少し驚いた」
「……はい」
いや、私はその直後に起こった事態の方が驚きだったのですが。
激突した蛮族が……冗談のように吹き飛んで行ったのは、どういう……?
「蛮族は一度突撃を開始したら真っすぐ突っ込んで来ることしか出来ず、こちらの急な動きに対応出来ないという予想だったが……意外と命令系統がしっかり確立しているのか?」
「……わかりません。元々蛮族共がこのように大規模な軍を編成する事自体、非常に珍しい事なので」
「ふむ……だが、ヤギン王国の軍と連動して動くこと自体は向こうも策として理解していたのだろうし、末端の兵はともかく指揮官辺りはしっかりと考えて動くタイプなのかもしれないな」
「奴等は悪知恵こそ働くものの、戦術への理解はあまり深いとは言い難い者達ばかりでした。ですが……考えを改める必要があるかも知れません」
いや、必要……あるのだろうか?
騎兵にいとも簡単についていく持久力に速度。
そんな速度で走りながらも陣形を一切乱さず、整然と動く練度。
正面から蛮族の突撃とぶつかり……弾き飛ばしながらも一切速度を落とさない突破力。
どれか一つであっても信じられないと一笑に付すような能力を持つエインヘリア軍。
もはや、この世の光景とは思えないエインヘリア軍の作る戦場は、戦術への理解、伝達の効率化云々を超越してしまっているように見える。
それに諜報力……あの短時間でヤギン王国の将達から情報を聞き出した手際もさることながら……それ以前に、ヤギン王国が同盟を裏切り蛮族共と通じている事さえあっさりと暴いた。
そして、厳重に警備されていた儀式の場へと潜入し、儀式魔法の全貌を把握。その上で決定的瞬間まで泳がせ、あっさりとそれを打ち破る。
細部まで緻密に調べ上げ、確証を持った上で大胆な行動をとり、場を制圧する。
今朝、そして先程の戦いとも呼べぬ蹂躙劇は……これ以上ない程エインヘリアという国の底知れなさを見せつけるものだった。
だからこそ……私程度の考える策や戦術が、この戦いに必要とは思えないのだ。
正直、雑に突撃を命じても全てを踏みつぶして勝利するのではないだろうか?
「用兵の際、油断というのは最大の敵だ。堅実に確実に事を進める……それが最も大事な事。鮮やかな戦術、大胆な戦略というのは確かに英雄譚としては面白いのだろうが、現実の戦はそうも言ってられん。圧倒的有利な立場であれば、奇策を用いる必要などないのだからな。故に、慢心せず堅実な考え方をするファザ将軍は、兵に安心感を与えられる良き将といえよう」
エインヘリア王陛下の言葉に喜びを覚えつつ、同時に一つ捨て置けない言葉が聞こえ心臓が締め付けられたような衝撃を受ける。
「……お褒め頂き恐悦にございます。しかしエインヘリア王陛下……一つ疑問が」
「なんだ?」
「その……蛮族共は数十万はいるとされており、対する我等はヤギン王国軍を入れても四万強。我等が圧倒的有利とは言い難いかと思うのですが」
エインヘリア王の言葉に異を唱えると、エインヘリア王は一瞬目を大きく見開いた後、苦笑するように肩を揺らした。
「くくっ……確かにその通りだ。すまなかった、ファザ将軍」
「いえ……」
うっかりしていたと言いたげな様子のエインヘリア王陛下に、私自身真っ当な指摘であると思うと同時に、非常に的外れな指摘をした気分になる。
先程のエインヘリア軍が見せた光景……あの非常識な光景を作り出すエインヘリア軍を、そのまま四千の軍と数えて良いのだろうか?
「エインヘリア王陛下、確かエインヘリア軍は歩兵三千と弓兵千の編成でしたね?」
「あぁ、その通りだ」
「歩兵の動きは先程確認させて貰いましたが、弓兵はどの程度……例えば、有効射程やどの程度の威力を持っているのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ふむ……すこし待て、実際に指揮を執る者に確認するのが早い。すぐに呼ぼう」
そう言ってエインヘリア王陛下が考え込むように目を瞑り、顎に拳を当てながら何やら小声で呟いている。
伝令を呼ばなくて良いのだろうか?
私がそんなことを考えていると、エインヘリア王陛下がおもむろに物見台の下を覗き込む。
「シュヴァルツ、上がってこい」
どうやって呼び出したのかは分からないが、どうやら弓兵の指揮を執る者が物見台の下まで来たようだ。
……いつの間に?
エインヘリア王陛下が呼びだしたのもそうだが、呼び出された人物はいつやって来たのだ?
いや、呼び出したのは……エインヘリア王陛下の様子からして、遠方にいる者と瞬時に会話を出来る道具か魔法を使ったというところか?
……これはとんでもない話だ。
いや、エインヘリア王陛下の周りに伝令の姿が見えない事は、前から疑問に思っていたのだが……まさか直にエインヘリア王陛下から命を受けてエインヘリア軍は動いているのか?
……駄目だ。
エインヘリアと我々は根本から違い過ぎる。
絶対にありえないことだが、エインヘリアを敵に回して勝てる筈がない。
あのような精強な兵が、本陣の指揮を即座に反映して動く……?
仮に……エインヘリア王陛下の連絡を取った方法が、双方向でやり取りが出来るものだとしたら……現場の情報も即座にエインヘリア王陛下の元に……。
私は突如として襲いかかって来た悪寒に身を震わせると同時に、これ以上ない程の安堵を覚えた。
エッダ首長……エインヘリアと友誼を結ぼうとしているあなたの考え、素晴らしい先見と言えましょう。
何があろうと、エインヘリアを敵に回す様な事をしてはいけない。
いや、エインヘリアという国の国力を考えれば、反抗するだけ無駄というのは当然の考えかもしれないが……その内情は目に見える以上にとんでもない物だ。
……ただ、エインヘリア王陛下のお人柄は、周辺国は救いなのかもしれない。
私は戦が始まる直前のエインヘリア王陛下の御言葉を思い返す。
民を愛し、慈しむエインヘリア王陛下であれば、おかしな言いがかりで周辺国に不幸をまき散らす様な事はないだろう。
「……フェルズ様、お待たせしました」
「ご苦労、シュヴァルツ。弓兵について、ファザ将軍が確認したいそうだ」
「承知……」
「ファザ将軍。彼が我が軍で弓兵を指揮するシュヴァルツだ。我がエインヘリアにおいて最高の弓使いであり、弓聖の称号を持つ男だ。こと武力において我が国でも並び立てる者はそうおらんな」
「……弓聖」
その称号がどれほどの重みをもつのか分からないが……エインヘリア王陛下にそう紹介されたシュヴァルツ殿がこれ以上なほど誇らしげであったことから、そこに含まれる栄誉は理解出来る。
「シュヴァルツ殿。エインヘリア軍の弓兵なのですが、どの程度の有効射程を持ち、連射がどのくらいの早さで出来るか知りたいのですが」
「……そうだな……メートルや秒間といっても分からんだろうし……実際見せた方が早いか」
そう言ってシュヴァルツ殿は来ていたロングコートを脱いで……何故か裏返してまた着た。
……??
先程まで黒いロングコード姿だったのだが、その裏地は真っ赤だったようだが……何の意味が?
私がその行為に首をかしげていると、いつの間にか大きく美麗な弓をシュヴァルツ殿が構えていた。
「……ファザ将軍。丁度良い的が無いので、向こうの平原を見ていて欲しい」
そういってシュヴァルツ殿が何もない平原に向かって弓を構える。
ここから弓を射るという事だろうが……一本の矢を目で追えるだろうか?
まぁ、大体どのあたりまで飛んだか分かれば良いのだが。
私はそう考え、集中する。
「分かりやすいように、派手に行く。五射する連射の間隔はそれで判断してくれ」
五射?それに派手とは……?
矢筒を持っている訳でも予備の矢を持っている訳でも無いようだが……その事に気を取られた一瞬、シュヴァルツ殿が一息に矢を放つ!
しまった!
余計な事に気を取られた瞬間に放たれた矢を、急ぎ目で追いかけようとした私は目を凝らし……次の瞬間、平原の遥か向こうで五つの爆発が起こった。
……爆発?
「ファザ将軍。あの距離で、この程度の連射が可能だ」
「……今の爆発はシュヴァルツ殿が?」
「あぁ。分かりやすいように爆発させてみた」
爆発させてみた?
「……一射で五発射ったように見えましたが」
「……いや、連射ということだったので、ちゃんと五回射った」
ちゃんと射った?
「……あの爆発は、弓兵全員が?」
「いや、それは無理だ」
「そ、そうですか」
ほっとするところではない気もするのだが、その言葉に私は安堵を覚えてしまう。
そうか、流石に爆発は無理なのか。
「連射では無理だな」
「単発で爆発させることは可能なのですか!?」
「そのくらいはな」
……そのくらい?
矢が爆発するのは……そのくらいのことなのか?
そもそも……矢が爆発したのか?それとも射たれた地面が爆発したのか?
「把握出来たか?」
「……あ、ありがとうございます」
……把握できない事だけは把握出来ました。
「エインヘリア王陛下……よろしいでしょうか?」
シュヴァルツ殿から視線を外し、私はエインヘリア王陛下の方に向き直る。
「どうした?ファザ将軍」
「何度も願い出ていて大変申し訳ないのですが……どうか、指揮を執ってはいただけないでしょうか?」
「急にどうした?その話は断っただろう?」
エインヘリア王陛下は再三にわたる要請に、面倒だというような表情ではなく意外そうな表情で首を傾げる。
「エインヘリア王陛下、先程の戦いと今のシュヴァルツ殿の弓術……凡そ私の知る兵や将の強さではありません。そして、今このように見せて頂きましたが、その能力を十全に理解できたとはとてもではありませんが言えません。自分が指揮する軍の正確な戦力評価が出来ない状態では、適切な指揮が出来るとは到底思えないのです」
「ふむ。確かに戦力評価が正しく出来ていないと、戦術に組み込むのは難しいか。しかし、我がエインヘリアは援軍という立場だからな……」
「であれば、どうでしょう?私は三国同盟軍の指揮を執ります。エインヘリア軍は遊軍として動いて頂きたい。その方がエインヘリア軍の力を発揮出来るのではないかと。そしてその指揮はエインヘリア王陛下が執ってくだされば、遊軍として臨機応変に対応出来ると思うのです」
援軍という立場であるエインヘリア王陛下に全軍の指揮を任せるというのは、些か問題のある話ではあったが……此度の提案であれば問題ない筈。
エインヘリアの軍は完全に自由に動いて貰った方が戦果を挙げやすいに違いない。
そしてそれは、此度の戦を確実なものにするだけの戦果に違いないのだ。
「……そうだな、分かった。ではエインヘリア軍の指揮は私が執ろう。基本的にファザ将軍の戦略、方針に従って遊軍を動かす。それで良いか?」
「畏まりました。お手数をお掛けしますが、何卒よろしくお願いいたします」
私がそう言って頭を下げるとエインヘリア王陛下は苦笑する。
ちゃんと理由を説明すれば考えを改めてくれる方で本当に助かった。
いや、エインヘリア王陛下らしいとも思うが。
「そうだ、ファザ将軍。今日の昼頃、物資の補給で飛行船が合流する。今回の戦で捕らえた捕虜に関しても、合流する者達に任せて構わない。遠征軍で管理するには数が多すぎるからな。構わないか?」
「願ってもない事。是非よろしくお願いいたします」
「では飛行船が来るまで、今後の戦略を話し合うとしよう。ヘイゼル将軍も呼ばねばな」
「はっ!」
エインヘリア王陛下、そしてエインヘリア軍の力があれば……スティンプラーフの平定も夢ではないのかもしれない。
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