第329話 五歳は老け込んだ



View of グランツ=フレブラン=ヤギン ヤギン王国国王






「ま、待たれよ、外交官殿。援軍派遣の条件をもう一度聞かせてくれないか?」


 エインヘリアの突き付けて来た援軍派遣の条件を聞き、そのあまりにも理不尽な内容に私は一瞬思考が完全に停止してしまった。


「畏まりました、それでは最初から御説明させて頂きます」


 そうしてエインヘリアの外交官は一言一句違えることなく、先程聞いたばかりのふざけた条件を、さも当然の要求だと言わんばかりの態度で告げて来る。


 援軍の派遣の際、エインヘリアは一切の費用を要求しない。


 戦勝後、エインヘリアは同盟軍が得た領土や権利の譲渡を求めない。


 戦後、同盟三国に所属する全ての集落に魔力収集装置の設置。なお設置作業およびその費用はエインヘリアが全てを請け負う。


 ……なるほど。


 確かに破格の条件と言えるだろう。


 特に経済的に余裕のないパールディア皇国やシャラザ首長国にとって、喉から手が出るほどの好条件と言える。


 最後の一文さえなければ、だが。


 魔力収集装置……聞いたことのないその装置を使うと、エインヘリアから許可を受けた者は拠点間を自由に一瞬で行き来できるらしい。


 いや、なんだそれはと叫びたい。


 自由に一瞬で移動……?


 それを我が国内の全ての集落に設置?


 そんなもの、諜報員が入り放題どころの話ではないではないか!


 エインヘリアは自国の軍を自由自在に我等の領土内に送り込むことが出来る……そこが王都であろうと、重要軍事拠点であろうとお構いなしにだ!


 何故だ!何故パールディア皇王はこんな条件を突きつけられているのにも関わらず、にこにこと笑っていられるのだ!?


 洗脳でもされているのか?


 先程はなんとか怒りを堪えられたが……あまりにも能天気な様子を見せるパールディア皇王への怒りが何度抑えつけても次から次へと湧いて出る。


 しかし、ギリギリのところでその怒りを噴出させるのを堪えた私は、あの愚王から視線を外し、エインヘリアの外交官へと視線を戻す。


 余裕のある、こちらを見下した傲慢さ……そう言ったものが、この外交官からは一切感じられない。


 見事なものだ。


 圧倒的なまでに有利な立場に居ながらも、一切の優越感を表に出さない。


 しかし、そうでありながらも自国への深い忠誠を感じさせる……いや、深い忠誠を持つからこそこの態度なのだろう。


 外交官として、完璧な立ち居振る舞いだ。


 そして、それと同時に……命であれば、一切の感情を交えることなく冷静にこちらの心臓を一突きにするのだろう。それだけの覚悟と忠誠がその笑顔から透けて見える。


 ……くそっ……エインヘリア王め!こんな人材がいち外交官だと?


 どれだけの人材を抱えているのだ……はっきりいって羨まし過ぎる。


 我が国に多少なりともまともな人材がいれば……周辺国を併呑するという計画も、数年単位で縮めることが出来ただろう。


 そうであれば今このような苦境に立たされることも……私がそんな思いに駆られている内に、エインヘリアの外交官が先程と全く変わらぬ説明を終えた。


「手間をかけさせたな。だが、おかげでよく理解出来た。しかしパールディア皇王殿、貴方はこの条件を飲んだのか?」


「えぇ、その通り。我々にエインヘリア王陛下が出された条件を拒むという選択肢はないでしょう。あぁ、我々というのはパールディア皇国の事で、三国同盟の事ではない。だが、エインヘリアの助力が無ければ、三国の力を結集したとてスティンプラーフの暴虐に抗う事は不可能だろう」


 ……それは確かにそうだ。


 三国の軍を集めたところで、その数は十万に届くかどうか。


 しかもそれは全軍でだ。


 当然、国の守りを疎かにすることは出来ないのだから、侵攻軍は三万も出せれば良い方だろう。


 それに対し、スティンプラーフの蛮族たちの数は数十万とも言われている。


 しかも幼子から老人に至るまで、全員がかなりの手練れ……兵の質が高いシャラザ首長国ならともかく、パールディア皇国と我が国の兵では三人がかりで敵兵一人を押さえられるかどうかといった感じだろう。


 三倍の兵力が必要な同盟軍の、三倍以上の兵力を持つスティンプラーフ。


 三つの国が手を組み、敵の領土を包囲しているから勝てる……そんなことを気楽に言ってのけることが出来るのは……うちの大臣連中くらいのものだろう。


「それはパールディア皇王殿の言う通りではあるが……しかし、この条件は……」


「我々エインヘリアとしては同盟三国の現状を鑑みて、最も負担の無い条件を提示させて頂いていると存じます」


 渋る私に向かってにこやかに告げてくる外交官に、若干の苛立ちを覚える。


 確かに、直接的な負担はないだろう。


 だが、これの本質はそんなところではない……それを理解出来ない程、頭に花が咲いているような王は存在しないだろう。


 その瞬間、私の右手側から穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ているパールディア皇王の気配を感じる。


 いや、まさかな?理解せずにこの話を受け入れたりはしていないよな?


 パールディア皇国の上層部は……確実に我が国の無能共よりはマシだった筈。


 仮にパールディア皇王が気付いてなかったとしても、彼らが気付かなかったとは思えない。


 つまり、分かっていてこの態度ということ……理解出来ないな。


「確かに長年に渡る略奪で困窮している我々にとって、破格の条件と言えるが……」


「ヤギン王陛下が色々と懸念されるのは、我々も十分理解出来ます。なのでエインヘリアは貴国が我が国を害そうとしない限り、魔力収集装置を使って貴国を害することはしないと誓わせて頂きます」


「それがエインヘリア王殿の意思だと?」


「然様にございます」


 ……当然、そんな誓いなぞ無邪気に信じるられるものはいないだろう。


 エインヘリア王は……たしかに困窮している他国に支援と称して大量の物資を送る様な、一見すると甘い王にも見えるが、その支援を行った結果は……少なくともパールディア皇王家にとっては甘いものとはなり得ない。


 そんな一手をあっさりと打って来る王の誓いに、どれほど意味があるというのだ。


 エインヘリア王であれば、間違いなく利益が上回れば前言を翻し魔力収集装置を使って我々を制圧するだろう。


 それは王として当然の判断。


 誓いを死んでも守るというのは美徳足りえるが、王である以上優先すべきは自国の繁栄。


 誓いを破る事で得るものと失うもののバランスが傾けば、間違いなくエインヘリア王は動くだろう。


 くそっ……無償の支援という名の毒でパールディア皇国を掠め取るつもりだと思っていたのだが、私の想像以上にエインヘリア王は悪辣だ!


 どうする?


 どうすれば良い?


 何故こんなことに!?


 長年に渡り進めて来た策が水泡に帰した……それはもう良い。


 パールディア皇国とエインヘリアが接触するのを防げなかった時点で、この策を進めることは不可能となっていた。


 ならば次善策として、エインヘリアの力を使い蛮族を駆逐。スティンプラーフの支配下になっている旧ヤーソン王国領だけでも手中に収めようと、方針を転換した。


 敵と密約を交わし、内通をしていた以上こちらも綱渡りにはなるが……エインヘリアと正面を切って事を構えるよりは勝算が高い。


 我が計略の邪魔となったエインヘリア……その力が無ければスティンプラーフを打倒することは叶わず、あの蛮族共をここで駆逐しきらなければ次は我等が略奪の的となるのは必定。


 だからこそ、援軍の派遣は絶対に必要なのだが……その援軍を頼むための条件が、国を差し出すと同義の内容。


 ま、待て……混乱して来たぞ。


 条件が飲めないといった場合……三国全てが飲まない限り援軍を送らないと言っているのだから……蛮族共を駆逐するのは不可能。


 ならば計画を予定通り進める?いや、先程考えた様にエインヘリアの援軍が来なかったとしてもパールディア皇国とエインヘリアが繋がっている以上、計画通りパールディア皇国の領土を獲ればエインヘリアに攻める口実を与えるだけ。


 条件を飲み、援軍を要請すれば……実質エインヘリアの支配を受け入れるという事。


 策を進めれば間違いなく国は滅び、援軍を受け入れれば国は実質属国化、援軍を断り、策を放棄すれば略奪の的にされる。


 なんだこれは!?


 八方塞がりではないか!?


 いや、待て……こうなった以上、利益を捨て国の存続を一番に考えろ。


 まずエインヘリアに援軍を頼むのはダメだ。


 ならば援軍を断るしかない……その場合、組むべき相手は同盟かスティンプラーフか。


 同盟はダメだ。スティンプラーフに勝つ事は出来ない。


 ならばスティンプラーフ……そうか!スティンプラーフと組んだ上でシャラザ首長国だけでなくパールディア皇国の領土も蛮族共に渡せば良いのか!


 出来れば旧ヤーソン領だけは欲しいが……待て待て待て!その条件だと国力が足りず、戦後スティンプラーフを押し留めることが出来なくなる。


 元々パールディア皇国の領土とヤーソン王国の領土を組み込み、中堅国並みの領土と国力を得ることでスティンプラーフを抑え込む予定だったのだが……ヤーソン領だけを得られたとしても圧倒的に国力が足りない。


 あそこは鉱山資源は豊富だが、既に蛮族共に荒らされた土地。


 そこに住んでいた民は蛮族共の奴隷となっている。民がいなければ、鉱山だけあっても国力は増えない……。シャラザ首長国やパールディア皇国が滅亡してしまえば、次は確実に我々を狙って蛮族共は略奪を始めるだろう。


 だからこそパールディア皇国の領土も欲したのだが……そこを獲ればエインヘリアに狙われる。


 いや、なんだかんだと小細工をしようとも、同盟を裏切った場合確実に我が国はパールディア皇国の皇女から恨まれる……エインヘリアはその大義名分を絶対に見逃さないだろう。


 蛮族共からパールディア皇国の領土を取り戻したエインヘリアが次に狙うのは我が国。


 ダメだ……どの道を選ぼうと詰んでいる。


 エインヘリア王は、一体どこまでこちらの考えを読んでいる?


 まさか、スティンプラーフと我々が通じている事も……読んでいるのか?


 いや、流石にそれはありえない……はずだが……このどう動こうとエインヘリアから逃れる事の出来ない状態……そこまで読み切られていたとしてもおかしくない。


 とはいえ……。


「エインヘリア王殿の考えは理解した。だが、ことがことなだけに、すぐに返答するという訳には……」


 時間を稼いだところでどうなるという状態でないことは既に分かった。


 だがそれでも、もう一度落ち着いて考える時間が欲しい。


「畏まりました。私はこれからシャラザ首長国へと向かい支援物資を届け、援軍を出す条件を伝えてきます。三日以内にシャラザ首長国からは返答を貰うつもりですので、その後再びヤギン王国を訪問させて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」


「分かった。その時までには返事を用意しておく」


 ……このような大きな問題を三日で纏めろと言うか。


 この時点で、既に答えは出ているようなものだな……。


 しかし、大臣共はこの話をちゃんと理解出来ているのか?


 その事を考えた瞬間、体が一気に重くなったように感じた……。


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