第330話 ヤギン王国会議
View of ギンダル=レイガン ヤギン王国近衛騎士
突然王都に空飛ぶ船でやって来たパールディア皇王とエインヘリアの外交官は、自分達の要件を済ませると挨拶もそこそこに引き上げていった。
彼らの言葉を信じるならば、これからシャラザ首長国へと向かうのだろう。
三日以内に交渉を纏めて戻って来るとの事だったが、普通に考えて三日ではヤギン王国から出る事すら出来ない。
しかし、あの空飛ぶ船であれば一日と掛からずシャラザ首長国まで辿り着けてしまうのだろう。
とんでもない話だとは思うが、そんな速さだからこそ各地から知らせが届く前に、王都まであの船が辿り着いたのだろう。
そんな風に慌ただしく去って行った二国の使者を見送った我々は、休む間もなくこうして会議を始めている。
無論、私は会議の参加者ではなく陛下の護衛としてだが。
議題は言うまでもなく、エインヘリアの要求についてだ。
「陛下。どうされるのですか?」
普段通り、陛下の裁可を大臣が尋ねるところから会議は始まる。
せめて何を尋ねているのか明確にするべきだとは思うが、今回に限って言えば何を尋ねているのかは明白だろう。
「ふむ……」
普段であれば、即座に答えるか罵声を浴びせているところだが、問われた陛下は珍しく考え込むような仕草を見せる。
「どうするかなど決まっているではありませんか!貴殿はまさかあのような要求を飲むおつもりか!?」
陛下が黙り込んだ隙に、最初に陛下に問いかけた大臣に他の大臣が噛みつく。
「そ、そうは言っておらん!だが、今回の件はじっくり考えるべきだ!」
「何を軟弱な!もしや貴殿、エインヘリアに国を売り渡そうとしているのではあるまいな!」
「貴様!私を侮辱するか!」
大臣達が罵り合いを始めるが、陛下はそれに一切反応を見せない。
普段であれば、くだらない言い争いをするなと声を荒げるか、少しは考えて物を言え馬鹿者共がと叱責するかといった場面だが……恐らく些細な事に構っていられない程、今回の件で思い悩んでいるのだろう。
そんな陛下の様子に気付いているのは数人だけ……それ以外の者達は罵り合う二人の大臣を見て、どちらに着こうか画策しているように見える。
その様子に私は内心ため息をつく。
そんなことをしている場合ではないだろうに……それに陛下の様子を窺っているだけの者達も、何か意見があるなら陛下に進言するべきではないだろうか?
今の陛下は、未だかつてない程悩んでおられる。
そういう時は少しでも良いから外からの……自分以外の者の考えを聞くのが非常に助けになるものなのだが……。
当然だが、一介の近衛騎士に過ぎない私に、この場での発言権はない。
この場にて発言権を持つのは陛下と各大臣達、それと王太子殿下のみ。
まぁ、未だかつて王太子殿下が会議の場で何かを発言する様は見たことが無いが……。
だが、それは偏に陛下のせいとも言える。
基本的に陛下は誰かが発言した際、罵倒するところから始め、次に正論というか理想論で殴りつけることが多い。
それだけ的外れな事を言う者が多いとも言えるが……上の立場の人間から発言の度に罵倒されたり馬鹿にされたりすれば、大抵のものは委縮してしまうだろう。
たとえそれが、王太子という立場であったとしても。
「お前達は……」
陛下が一言発したことで、会議室の中が一気に静まり返る。
その一言は普段と違い、声を荒げた訳でも罵倒するものでもない。
ただ静かに言葉を発した陛下の尋常ならざる雰囲気に、大臣達は言葉を噤んだのだ。
「エインヘリアの条件を受け入れ援軍を受け入れるべきか、それともエインヘリアの条件を受け入れず援軍を拒否するべきか……それを議論しておるのか?」
「無論です陛下」
「ならば聞かせろ。条件を受け入れず援軍を断るべき……何故そう考える?」
淡々とそう尋ねる陛下の様子に、問われた大臣はやや訝しげにしながらも口を開く。
「援軍を受け入れても、我が方には何の得もありません。長年進めて来た計画の障害でしかありませんし、敵は少なければ少ない方が良いでしょう」
「そうだな」
「幸い、エインヘリアが援軍を派遣するのは、同盟三国全てが条件を受け入れた場合と言っております。我が国がそのような条件は飲めぬと突っぱねれば、それ以上エインヘリアはどうすることも出来ますまい」
確かに、援軍の事だけを考えるならばそうだろうが……以前の会議でパールディア皇国はエインヘリアに皇女を人質として送り込んでいるという話があったはず。
つまり、今回三国同盟に対しての援軍が成らなかったとしても、同盟を結びパールディア皇国を守るために援軍を派遣することは考えられるのではないか?
もしそうなった場合……計画を進めていた我が国は、確実にパールディア皇国とシャラザ首長国の恨みを買っているだろう。
危険ではないか?
パールディア皇国とシャラザ首長国だけならともかく、エインヘリアが我等の討伐に乗りだしたら……スティンプラーフの蛮族共々滅ぼされてもおかしくない。
「……三国同盟としてエインヘリアの要求は受け入れず、計画通りスティンプラーフの蛮族共を使い、パールディア皇国領と旧ヤーソン王国領を獲る。そういう事だな?」
「はい」
相変わらず感情を見せずに尋ねた陛下に、自信満々といった様子で頷く大臣。
何故そんな誇らしげなのか……。
しかし陛下はそんな様子の大臣に何も言わず、傍に控えている私にしか聞こえない程小さくため息をつきつつ口を開く。
「他に……援軍要請は断るがその先は別の意見だという者はいるか?」
「「……」」
そう告げた後、陛下は暫く何も言わずに待っていたが、特に声を上げる者は居らず、それを確認してから陛下は続けて言葉を発する。
「では次に、何故エインヘリアの要求を受け援軍を迎え入れるべきと考えたのか……聞かせろ」
「は、はい!此度のエインヘリアの援軍は、あくまで三国同盟に対しての援軍です。ですが、パールディア皇国とエインヘリアは既に同盟を結んでいると見て間違いないでしょう。それはエインヘリアの外交官とパールディア皇国の皇王が共に我が国を訪れたことからも分かります」
「ふむ……続けろ」
「エインヘリアとパールディア皇国が同盟を結んでいた場合、エインヘリアはパールディア皇国へ援軍を送るでしょう。いえ、エインヘリアは今シャラザ首長国に向かい、そこで支援物資を配ると話していました。もしかすると、シャラザ首長国もエインヘリアと同盟を結ぶ可能性があります。そうなった場合、三国同盟への援軍ではなく、パールディア皇国とシャラザ首長国の二か国にエインヘリアは援軍を送るかも知れません」
「エインヘリアは我が国に同盟を持ち掛けてこなかったが、パールディア皇国やシャラザ首長国には持ち掛けると?」
「我が国に同盟を持ち掛けなかった理由は分かりかねますが、少なくともパールディア皇国とは同盟を結んでいると考える方が自然でしょう。そしてシャラザ首長国も支援物資の事を考えれば恐らくは……」
確かにその可能性は高いように感じる。
エインヘリアと二か国の同盟が成れば……スティンプラーフの蛮族は、新たな三国同盟によって潰されるだろう。
「仮にそうなった場合……スティンプラーフは我々を除いた三国の同盟軍によって滅ぼされ……その過程で我々と蛮族共が繋がっていたと知られれば、次に潰されるのは我々となります」
その一言に会議室にざわめきが起こる。
「馬鹿な!仮定に仮定を重ね過ぎだ!」
「最悪を想定して手を打つべきだと言っているのだ!この一手を間違えれば国が滅ぶのかもしれんのだぞ!?」
「長年進めて来た計画をその一手の為に捨てるというのか!どれだけの時と金を費やしたと思っている!」
「援軍の派遣を受け入れたとしても、我々の活躍次第で旧ヤーソン王国領を得ることは出来よう!」
「何を言っている!援軍派遣の条件を忘れたのか!それを飲んだ時点で我々はエインヘリアには逆らえなくなる……支配されるも同然なのだぞ!そんな状態で一国の領土を手に入れたとて何になる!」
「うぐ……それは……」
「忘れていたとでも言うのか!?」
……そう、援軍を受け入れるのは、同時にエインヘリアの支配も受け入れるという事。
流石にその条件を受け入れるのは無理だ。
「双方の意見は分かった」
静かに大臣達のやり取りを聞いていた陛下がそこで口を挟む。
普段と全く違う陛下の態度に、多くの者が緊張したような表情になる。
「エインヘリアの条件を受け入れ、支配を受け入れつつヤーソン領だけを獲る。もしくはエインヘリアの条件を受け入れず、策を進める。これ以外の案がある者はいるか?」
「「……」」
「では、結論を出す。我等ヤギン王国は、エインヘリアの出した条件を飲み、同盟国と共に蛮族共を殲滅する」
陛下の宣言に、会議室は一気に喧噪に包まれる。
それはそうだろう。
陛下の宣言は、実質属国になるという宣言に等しいものだ。
今まで、大陸南西部の覇権を獲ろうとしていた我々が易々と受け入れられる筈もない。
他に道が無かったとしても。
「静まれ!私も何度も検討したが、エインヘリアの条件を受け入れず策を進めるのはもはや不可能だ!そんなことをすれば、先程その者が言ったように我が国は確実に破滅する!選べる道はこれしかないのだ!」
陛下が机を叩きながら叫ぶと、会議室は水を打ったように静まり返る。
「無論……条件を変えるように交渉はする。だが、恐らくその交渉は上手くいくまい。パールディア皇国は間違いなくその条件を受け入れたはずだからな。シャラザ首長国の方は分からんが……物資の支援の事も考えれば受け入れる可能性は高い」
「父上!お待ちください!」
今までどの会議でも声を上げる事の無かった王太子殿下が、椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がりながら声を上げる。
「馬鹿者!ここを何処だと思っている!」
しかし陛下は王太子殿下の動きに動じず一喝した。
そんな陛下の剣幕に王太子殿下は一瞬たじろいだように見えたが、すぐに持ち直し口を開く。
「……申し訳ございません、陛下。ですが、エインヘリアの条件を受け入れるのはお止めください!受け入れてしまえば、我々はもはや家畜同然です!エインヘリアの気持ち一つで我々も民も全てを……尊厳さえも奪われるかもしれないのですぞ!」
「……ならば、お前には案があるのか?」
陛下と呼び方を改めた王太子殿下に、ため息交じりに尋ねる陛下。
そんな陛下を正面から見据えながら、王太子殿下は声を張る。
「エインヘリアの条件を受け入れず、予定通り進めて来た計画を完遂するべきです!」
「進めてどうする?先ほども言ったように、そこに固執すれば我々は滅びる可能性の方が高いぞ?」
「蛮族共を上手く使いましょう!奴等を使い、エインヘリアを攻めさせるのです!軍を編成し決戦させるのではなく!小隊単位に小分けした蛮族共に散発的にエインヘリアを襲わせるのです!そうやって時間を稼ぐように戦えば、恐らくエインヘリアといえど簡単には蛮族共を殲滅出来ない筈。そうしている間に我々は地盤を固め、国力を増やすのです!そうして国力を増してから、エインヘリアに停戦の使者を送るのです。力を蓄えた我等に対し、さしものエインヘリアも今回のような無茶な条件は流石に突きつける事は出来ないでしょう。蛮族という脅威もありますしな!」
蛮族を利用する策を捲し立てるように言う王太子殿下。
しかし、それを聞く陛下の表情は非常に冷たいものだ。少なくとも一考の価値があるとは思っていないだろう。
しかし、王太子殿下の策に幾人もの大臣が明るい表情を見せる。
「ルドルフ、それは策とは呼べぬ。エインヘリアを含んだ三国の侵攻を、蛮族共と我等が止められることが前提となっておるし、その後のゲリラ戦術もエインヘリアが対応出来ないと決めつけておる。策とは綿密な計算を基準に考えるものであって、こうであれば良いという希望を含めてはならぬ」
王太子殿下の名を呼び、疲れたような様子を見せながら陛下が言う。
「しかし!陛下の言うエインヘリアの支配を受け入れた先には、希望は何一つないではありませんか!」
「……もう良い、黙れ。これは王としての決定だ。我々ヤギン王国はエインヘリアの援軍要請を受け、蛮族共を殲滅する!だが、約束の期日まではまだ時間があるのも事実。私の決定を覆せるような案を持って来られたなら検討してやる。支配を受け入れたくないのであれば、ギリギリまで知恵を絞ってみせろ」
今まで見たことが無い程疲れた様子を見せる陛下の姿に、誰もが言葉を失う。
皆理解しているのだ、陛下の言うように自分達には他に道はないのだと……。
そして案の定、誰からも次善策は出されることなく……約束通り三日後に現れたエインヘリアの外交官に、陛下は条件を受け入れると伝えた。
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