第328話 隣の国からこんにちは

 


View of グランツ=フレブラン=ヤギン ヤギン王国国王






 東門から駆けて来た伝令の情報を聞いた私は、内心頭を抱える。


 あの空飛ぶ船がエインヘリアの物だったというのは、まぁいいだろう。


 だが、パールディア皇国の皇王がアレに同乗して来たというのはどういうことだ?


 一国の王が先触れもなく、国境を侵してきた?


 いや、国境を侵すどころか王都まで来たのだぞ?常識がどうこうではない、下手をすれば戦争にさえなりかねないぞ!?


 一瞬そんなことを考えてしまったが……相手の言い分は分かる。


 我等とパールディア皇国は同盟関係。


 国家危急の折につき、非礼を承知でここまでやって来たという事だ。


 今回の件に関して、いかなる賠償も受け入れるとパールディアの皇王は言ってきているようだが……それだけの覚悟を見せている以上、無下に扱う事は出来るはずもない。


「陛下!どうするのですか!?追い返しますか!?」


 馬鹿な事を言いだす大臣に一瞬カッとなるが、すぐに諦めにも似た感情が湧き力が抜ける。


 ほんの少しでいいから考えて物を言ってくれ……。


「……馬鹿を言うな。急ぎ歓迎の準備を進めろ。謁見ではないぞ?略式の歓迎だ。それと以前、同盟締結時の会議に使った円卓を会議室に用意させろ」


「ですが陛下!此度の件、あまりにも礼を失しています!それなりの対応をせねば!」


「だから馬鹿を言うなと言っているだろうが!礼を失していることなぞ向こうは十分理解している!その上で、急ぎ来なければならなかったと相手はその行為で示しているのだ!ここで追い返したり待たせたりしてみろ!我等がどれだけ狭量で愚昧な国と思われるか……」


 相手がパールディア皇国だけならまだ多少待たせたところで問題ないかも知れんが、奴らはあのエインヘリアを伴って来ているのだぞ?


 何をどう判断すれば追い返すという結論になるのだ。


「分かったら急ぎ準備を始めろ!半刻後にはエインヘリアとパールディア皇国の者共を城へ招き入れるぞ!」


「「はっ!」」


 向こうも急な来訪故、こちらがすぐに対応出来ない事は理解している筈。


 くそっ……視察にでも出ていて今日は戻らないとでも伝えさせるべきだったか?考える時間があまりにも足りなさすぎる。


 だが、そうも言っていられん……せめて方針だけでも決める必要が……。


 私は目の前の現実に歯噛みをしてしまう。


 エインヘリア……ただその一国があらわれただけで、十年にも渡る計略が水泡に帰そうとしている。


 馬鹿な……ふざけるな!


 ベイルーラ王国が後数か月持ちこたえていればこんなことには……いや、パールディア皇国がそもそもおかしいのだ!


 確かに三国同盟の発起人はパールディア皇国だ。


 私がそうなるように仕向けた……だが、国力で言えば我がヤギン王国こそ同盟の盟主と言える立場になる。


 それなのに何故、こちらに一言も相談することなく別の国に援軍を頼んでいるのだ!


 足並みを揃える為の同盟だろうが!発起人が真っ先に足並みを乱してどうする!


 毒にも薬にもならぬような男だと思っていたが……これ程までに毒を抱えていたとは……パールディア皇王を侮り過ぎていたか。


 頭を掻きむしりたくなったが、私は必死にそれを押さえつける。


 ……落ち着くのだ。


 今は悪態をついている場合でも思考を止めている場合でもない。


 計画の継続は可能か?それとも破棄するべきか?


 破棄するのであれば、先程考えた様にスティンプラーフを生贄にして策そのものを無かったことにする。


 この場合……スティンプラーフの口から我々の繋がりを漏らされると非常にマズい事になる。


 出来れば蛮族王や側近を暗殺してしまいたいが……あの蛮族王を暗殺するのは無理だ。


 だが領土を広げ続け、帝国と戦ったというエインヘリアであれば恐らく英雄の一人や二人は囲っているだろう。


 それで蛮族王を仕留めてくれれば問題ないのだが……下手に生け捕りにされでもしたら……いや、おそらく蛮族王を捕虜にするのは不可能な筈。英雄を捕虜にするなぞ聞いたこともないし……確実にそこは仕留める筈だ。だがその側近であれば、捕虜とすることは難しくないと考えるべきだ。


 ……決戦時は最優先で蛮族王の側近を暗殺する必要があるな。


 戦争中に相手の上層部を暗殺……それが出来れば、戦争とはどれだけ楽な物か。


 逆に、策を継続させるなら……やはり大帝国を動かしエインヘリアを攻めさせるのが良いだろう。


 もしくは、元商協連盟か他の勢力……エインヘリアの中にいる不穏分子を蜂起させるか……。


 急激に領土を拡大したエインヘリア国内には、間違いなく反抗勢力が多数存在するはず。


 そんな連中と繋ぎを作ることが出来れば……。


 戦力的な事を考えるなら大帝国を動かしたほうが良いが、国内の複数箇所で武装勢力が蜂起すれば、それはそれで南方に援軍を送る余裕は無くなる筈。


 何もエインヘリアを倒して欲しい訳ではない。


 我々が欲しいのは時間……あと数か月、パールディア皇国とシャラザ首長国を落とすまでの時間を稼ぐだけで良いのだ。


 大帝国にせよ武装蜂起させるにせよ、そのわずかな時間を稼いでくれれば後はどうなろうと構わない。


 しかし、この場合……パールディア皇国とエインヘリアが、援軍を要請したという関係だけでなく、もう一歩踏み込んで同盟まで話が進んでいたらかなり面倒だ。


 皇女がエインヘリアにいる状態でパールディア皇国を我が国が獲れば……エインヘリアは確実にパールディア皇国の旧領奪還という大義名分を掲げて、こちらに侵攻してくるだろう。


 やはり、作戦継続はリスクが高いだけで利益が殆ど無い……寧ろ危険極まりないか。


 だが、やはり情報が不足している今の段階ではこちらの動きを確定させるのは難しい……とりあえずは情報を集め、仕掛けをする為の時間稼ぎが必要だな。






「突然の訪問にも拘らず、このように歓迎して頂き痛み入る」


 人の良さそうな笑みを浮かべながらそう言うのは、パールディア皇国皇王。


「皇王殿、今は平時ではなく戦時。臨機応変に対応していかねば、取り返しのつかないことになる。だからこそ、皇王殿自らこうして足を運んだのであろう?」


 急ぎ行った略式の歓迎を終え、私達はすぐに円卓を囲んだ。


 私を中心に右側にはパールディア皇王、左側にはエインヘリアから来た外交官が座っている。


 王と同じ席に座るのがただの外交官に過ぎないのは少々思う所があるが、それだけ国としての格が違うとエインヘリアは言っているのだろう。


「流石はヤギン王殿。理解してくれているようで助かる。しかし実は今回の訪問、私はただの顔つなぎでな。後の事はエインヘリアの外交官であるシャイナ殿にお任せしたいと思う」


 そう言ってパールディア皇王は、エインヘリアの外交官を紹介する。


 エインヘリアの外交官……少女にしか見えない容姿だが、大国の外交官を任される以上相当優秀な人材なのは間違いない。


「御初御目にかかります、ヤギン王陛下。ただいま御紹介に与りました、エインヘリア外交官、シャイナと申します。此度は我がエインヘリアから三国同盟への援助についてお話をさせていただきに参上いたしました」


「援助?」


 同盟や援軍ではないのか?


 そんな私の呟きが聞こえたのか、エインヘリアの外交官はにっこりと笑みを見せながら言葉を続ける。


「はい。既にパールディア皇国にはエインヘリアから大量の食糧や医療品を送らせて頂いております。それらを、飛行船を使いパールディア皇国内の困窮している街や村に運ばせて頂きました。我が国としては苦しむ民を見捨てることが出来なかった為、無償の支援という形で良かったのですが、パールディア皇王陛下がそれは心苦しいとおっしゃられたので、無利子無期限での貸与という形の支援とさせていただきました」


「……我々も、隣国でありながらパールディア皇国を助けることが出来ず不甲斐なく思っていたのだが、そうかエインヘリアが支援を……」


 そう口にしながら、私は内心頭を抱えた。


 やられた!


 私は何を甘い事を考えていたのだ!


 エインヘリアは援軍を請われ助けに来たのではない!


 エインヘリアはパールディア皇国を獲るつもりだ!


 民の心を国から遠ざけ、エインヘリアに向ける。その上、王家には返すことの能わぬ借りを作らせ、動きを封じる。


 パールディア皇国には既に有力な商人は居らず、経済状況はぼろぼろ。


 エインヘリアからの援軍を受けてスティンプラーフを潰したとしても、遠からず国が破綻するのは間違いない……いや、遠からずなどではない。


 スティンプラーフとの決戦……恐らくその戦費によってパールディア皇国は完全に破綻する。


 エインヘリアがどの程度援軍を出すかは分からないが、その戦費や礼の支払いで……確実に潰れるだろう。


 そうなった時、民は頼りにならない皇王家を見限り、新たな統治者を求める。


 誰を求めるか?当然、自分達が苦しんでいた時に手を差し伸べてくれた相手を求めるに決まっている。


 くそっ……手が早すぎる!


 私がパールディア皇国を手に入れるのにどれだけの時間を費やしたと……一体エインヘリアはいつからこの計画を立てていたのだ?


 ベイルーラ王国を落とした時?まさか、パールディア皇国が援軍の要請に来てからなんてことは……いや、ありえない。


「エインヘリアの支援には助けられた。本当にありがとう、シャイナ殿。貴国の支援によって救われた命は百や二百ではきかないだろう。我が国を救ってくれた事、心より感謝する。エインヘリア王陛下に、近い内に直接御礼を言いに伺いたいと伝えて貰えるか?」


 何を無邪気に喜んでいるのだ!


 エインヘリアの狙いに全く気付いていないのか!?


 私は若干涙ぐんでいるパールディア皇王を睨みつけない様に必死になりながら、心の中で悪態をつく。


「お気になさらないで下さい、パールディア皇王陛下。フェルズ陛下は民が苦しんでいるのを何よりも悲しまれる方。それが自国の民でなかったとしてもです。だからこそ、無償での支援を申し出ておられました」


「何と慈悲深い……」


 そんな訳がないだろうが!馬鹿なのか!?


 お前はその一手で国を全て奪われたも同然なのだぞ!?


「ですが……独断で貸与に切り替えたので、私は叱責されてしまいますね」


「申し訳ない、シャイナ殿。書簡にはシャイナ殿には私から無理を言って貸与とさせてもらったと念を押しておくので……」


「ありがとうございます、パールディア皇王陛下。申し訳ございません、ヤギン王陛下。説明の途中で」


「……いや、気にする必要はない」


 私の言葉に、エインヘリアの外交官は深々と頭を下げた後、話を再開する。


「パールディア皇国への支援については今の所以上となっておりますが……ヤギン王国に関しては、食料等の支援は必要ないかと思うのですが如何でしょうか?」


「あぁ、我が国は農業国だからな。蛮族共に襲撃をされてはいるが、辛うじて自国内が飢えているという程にはなっていない」


「流石はヤギン王国ですね。では、残りの支援物資はシャラザ首長国の方へ回させて頂きます。あちらも食糧事情はあまり良く無いようなので」


「同盟国として、自国にしか手が回っていない事汗顔の至り。パールディア皇国やシャラザ首長国の民達には本当に申し訳なく思う」


「ヤギン王殿。そうおっしゃらないで下さい。自国の民を守るのは皇王である私の役目。ヤギン王殿が後ろめたく思う必要など一つもないのです。全て我が身の至らなさが故」


 パールディア皇王のどうでも良い言葉を聞きながら、私は長年進めて来た計画が完全に破綻したことを確信する。


 援軍の要請を受けておきながら……一手で国を攫って行くか。


 私が、私が弱らせた国を……横から……おのれ、エインヘリア。


「ヤギン王国は特に支援が必要ないとの事なので、次は援軍の派遣についてお話させて頂きます」


 こうなった以上……最低でも旧ヤーソン領だけでも取らねば。


 その為にも、私とスティンプラーフの繋がりを知るものを早く処分する必要がある。


 暗殺……もしくは、戦場で上手くそれを誘導出来れば……。


 エインヘリアの外交官の話を聞きながらそんなことを考えていたのだが……エインヘリアの突き付けて来た条件を理解した瞬間、私は一切の思考が停止してしまった。


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