第327話 屋根が無いやつ
View of グランツ=フレブラン=ヤギン ヤギン王国国王
「な、なんだあれは!?何故あんなものが王都の近くに来るまで報告が無かったのだ!」
バルコニーに出た私は遠くに浮かぶ小さな影を見ながら叫ぶ。
しかし私の問いに答えるものは誰もいない。
「国境の兵は何をやっている!侵入を防ぐどころか、連絡すら届いておらぬではないか!」
「……おそらく狼煙で近場の街にまでは情報が届いたのでしょうが、そこから先は早馬となりますので……」
つまりあの空を飛んでいる物は早馬以上の速度で動くことが出来るという事か……しかし、あのような物体見たことも聞いたこともない。
「それと、いくら国境砦であってもあのような上空を飛ばれてしまっては……恐らく手も足も……」
確かに空を進む船を止める手段なんぞ、持ち合わせてはいないだろうが……だからと言って国境を素通りさせるなど……。
「陛下!民が混乱し始めている様です!どうされますか!?」
バルコニーから城下町の様子を見下ろしていた大臣が、取り乱しながら尋ねて来る。
その様子に再び怒りがこみあげて来た私は、声を荒げながら答えた。
「民なぞ今は放っておけ!それよりも今はあれをどうするかが先決だ!」
「ですが!収拾がつかなくなる恐れが!」
「えぇい!ならば急ぎ外出禁止令を発布しろ!騒ぎ立てるものは騒乱罪で牢にぶち込め!騒がず、大人しく家に閉じこもらせておけ!」
「は、はっ!直ちに!」
大臣の一人が慌てた様子で室内へと戻って行く。
ふん……今から発布した所で、民がそれを知るまでにどれだけ時間がかかると思っているのだ。
優先順位すら判断出来んとは……。
「それよりも、誰もあの空を飛ぶ物の事を知らんのだな?」
声を荒げたことで幾分冷静になった私は、バルコニーに残っている大臣たちを見回す様にしながら尋ねる。
「申し訳ございません、寡聞にして存じませぬ」
「……よい、ならばあれは落として構わん。攻撃せよ」
「しかし、陛下あの高さですと弓や魔法では届かないかと……」
「……ふむ」
確かに、ここから見る限り分かりにくいが、あの飛行物は王城よりも高い位置に留まっているだろう。
街壁の上から矢を放ったとして、届いたとしても有効打にはなるまい。
「バリスタはどうだ?街壁の上に設置してあるだろう?」
私は街壁に設置してある大型の矢を放つ兵器を思い出し提案する。
人の力では揺らす事さえ出来ない様な強力な弦を張っているアレならば、狙いをつければ十分あの物体にダメージを与えられるだろう。
「バリスタでは射角が確保出来ません。アレは街壁から下方を狙う為の物ですので、水平よりもやや上程度までしか狙いを上げることが出来ないようになっております」
「……当然だな。投石器でも届かぬだろうし……そもそもそこまで精密には石は飛ばせぬか」
まさか空から侵略してくるような兵器があるとは……空への攻撃手段が必要ということか。
近隣にドラゴンが飛来するというようなことが無かったから、そういった兵器を準備していなかったのだろうが……これは軍部の怠慢だな。
「今更儀式魔法の準備をしても間に合わぬ……だからいつも情報は素早く伝達しろと言っているのだ!このような状況に陥ってから有効な手など用意できるはずもなかろう!」
私の言葉に自分達の至らなさを自覚した者達が顔を歪める。
後悔とは、必ず後からするもので、それを避けるためには常日頃からあらゆることを想定し備えておく必要がある。
多くの者はそれを知りながらも、備えることをしない。
それは怠慢であり傲慢だ。
空からの襲撃なぞありえる筈がない。予算が勿体ない。なるほど……実に現実的な言葉だ。
だが、そのもっともらしい現実的な言葉というのが、こういった不測の事態への対応に最も害悪だと誰も理解出来ない。
このような事態を見抜けなかった私にも責はあるが……。
その事を苦々しく思っていると、空を飛んでいる物体がゆっくりと降りてきているのが見えた。
「空を飛んで王城まで乗り込んで来るという訳ではなさそうだが……油断は出来んな。城の守りを固めさせろ。それから東門に守衛を集めて門を閉じるように命じろ」
「た、直ちに!」
「急げ、アレが下まで降りて来るのにさほど時間はかからんぞ。馬を飛ばせ!」
「は、はっ!」
私の指示を受けてまた一人城内に急ぎ戻って行く。
「……空への攻撃兵器の開発は急務だな。軍部の方で今回の件をふまえて何か案を出せ。予算が足りぬようなら臨時予算を回してやる」
「はっ」
私の言葉に軍部のトップである将軍が頭を下げる。
「陛下……アレは何処の手のものだと思われますか?」
「……東から飛んできたという情報だけでは判断のしようがないな。あの手の訳の分からない代物を作る国と言えば、魔法大国が最初に思いつくが……あの国がうちにちょっかいを出してくる理由は一つもない」
しかし、魔法大国を除くとあんな技術を持つ国と言えば大帝国か?
いや、魔法大国と同様に大帝国が我が国に手を出す理由なぞないだろう。商協連盟が残っていれば、こちらに来る可能性はあったが既に商協連盟は存在しない……そうなってくると、答えは一つしかない。
「エインヘリアだな」
「し、しかし、いくら何でも早すぎるのでは?確かにパールディア皇国の使節団は既にエインヘリア国内に入ってはいますが、それでもまだ旧ベイルーラ王国の領内……エインヘリアの王都まではまだ小国二つ分程の距離がある筈です」
「確かにそうだが……アレはその辺りの小国が開発できるようなものではないだろう?」
「しかし……」
「分かっている。だが、一番可能性が高いのはエインヘリアだ。それとも、他に候補があるか?」
「……」
他の候補が我が国に来る理由が思いつかないのだろう。私には遅れるが同じ答えに辿り着いたらしい大臣たちが黙り込む。
そんな大臣たちから視線を外し、私はゆっくりと降下していく飛行物に目を向ける。
アレが予想通りエインヘリアから飛んできたものだとしたら、非常にマズい状況と言えるだろう。
それはつまり、パールディア皇国は既にエインヘリアに援軍要請を済ませ、エインヘリアはそれを飲んだということになる。だが、いくらなんでも動きが早すぎる。
先程の会議でも報告を受けたし、今しがた大臣が言ったようにパールディア皇国の使節団がエインヘリアの王都に辿り着くまではまだ相当時間がかかる筈。
だというのにこうして我が国にエインヘリアの物と思しき飛行物体が来た……計画を修正する必要があるが……どうする?
同盟軍に参加して主導権を握りつつ、パールディア皇国とシャラザ首長国の軍をすり潰す予定だったのだが……ここにエインヘリアが参加してくるとなると主導権を握るのは厳しい。
それに何より、エインヘリアと禍根を残す結果となるのは避けたい……我々が二国分の領土を手に入れたとして、中堅国と呼ばれるほどの国力になるまでには十数年はかかるだろう。
しかも中堅国と呼ばれるくらい力をつけたとしても、相手は大帝国とさえ戦争をする様なイカレた連中。
火種を抱えた状態で隣接するのは、何としても避けたい。
スティンプラーフを生贄に関係強化を図った方が、長期的に見れば利益になりそうだが……。
「計画の修正が必要だな。だが……それを考えるにしても、相手が何をしにここに来て、何を求めているのかを知らねばどうしようもあるまい」
東門のほうから駆けて来る早馬を見ながら、私は呟く。
本当にエインヘリアの者が来たのか、どんな話を持ってきたのか……それにより、我々の計画にどのような影響が出るのか……私達はそれを見極め、今後の方針を決めなければならない。
早馬が城門の中へと駆け込んでくるのを見届けた私は、大臣たちと共に室内へと戻った。
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