第326話 ヤギン王国にて



View of グランツ=フレブラン=ヤギン ヤギン王国国王






「まだ知らせは来んのか!?そろそろ一ヵ月になるぞ!奴等が辿り着く前に処理せねばならんことが分かっているのか!」


 私は会議に集まった者達に怒鳴ってみせる。


 無論これはただのポーズに過ぎない。


 私は王であり、家臣であろうと本心を見せることは殆ど無いのだから。


 しかし、家臣達……いや、人は皆元来怠け者である。だからこそ、こうやって分かりやすく怒鳴り散らすことで尻を叩き、物事を円滑に循環させているのだ。


「申し訳ございません、陛下。何分急な事でしたので……」


「馬鹿か貴様は!国家危急の折に急だったので対処出来ませんでした等と、言い訳にもならんわ!もう少し頭を働かせて発言しろ!」


「申し訳ございません」


「そもそもだ!パールディア皇国の連中が援軍を要請しに北に向かったことが報告されるまで、一体どれだけ時間を有した!何時も言っているだろうが!情報は正確かつ迅速な物が尊ばれると!」


 そう声を荒げているものの、私は理解している。


 彼等にはそれが理解出来ないのだと。


 何故なら、彼らは無能だから。


 無能故に理解出来ない。考えを巡らせることが出来ない。だから動くことが出来ない。無能が無能たる所以だ。


「はい。申し訳ございません」


「奴等の使節団が王都を出発したのは既に一ヵ月も前の話だ!しかも奴等は夜逃げをするようにこそこそと出たのではなく、堂々と正門から使節団として出て行ったのだぞ?そんな諜報員でなくとも手に入れられるような情報を届けるのに、どれだけ時間をかければ気が済むのだ!」


「「……」」


 世の上役の多くはこう言うだろう、無能の首なぞ切ってしまえと。


 しかしそれは、自らが無能であることを自覚していないからこその言葉だ。


 しかし私は違う。


 私は彼らが無能であり、たとえ首を切ったとしても次の無能がその場所に来るだけだということを理解している。


 世の中に、有能な者なぞ本当に一握りしかいない。


 その事を理解しているからこそ、無能な物達の尻を叩き、最低レベルであっても物事を動かせるように導いてやらねばならんのだ。


「なぁ、私は間違っているか?間違っているのならそう言ってくれ。情報は素早く、命じられたことは素早く。雑にやれといっているのではない、精度を保ったまま、出来る限り素早くやれ……そう言っているだけだぞ?それともこれが限界か?お前達の言う素早くというのはこれが限界なのか?」


「申し訳ございません」


「謝れと言っているのではない。私が間違っているのか、それともお前達が手を抜いているのか……私が尋ねているのはその二つだ」


「陛下の御言葉に間違いなど御座いません。可能な限り迅速に、結果をお持ち致しますのでもう少々お待ちください。理由は、パールディア皇国内で使節団の襲撃をするのは間に合わず、エインヘリアへの入国を許してしまったからです」


 出したくもない怒声を上げた事で、ようやく実のある報告が始まる。


 何故この時間が無駄なものだとこやつらは理解しないのか……いや、止めよう。今に始まった事ではない。それよりも多少なりともマシな情報に耳を傾けるべきだ。


「……続きを」


「エインヘリアの王都までは国境から数か月はかかります。故にエインヘリア国内に入ってしまったからと、使節団の襲撃が出来ないわけではありません。寧ろエインヘリア国内で使節団が襲撃されれば、パールディア皇国とエインヘリアの関係は最悪なものとなりましょう」


「ふむ……だが、エインヘリア国内ともなれば、使節団にエインヘリア側の護衛がつくことになろう?パールディア皇国の護衛なぞたかが知れたものではあるが、エインヘリアの護衛は侮ること等出来ないと思うが?」


「陛下の御懸念通り、正面から戦えばエインヘリアは手強い相手でしょう。ですが、襲撃者は影です。暗殺に特化した彼等であれば、エインヘリアの守りを抜くことも容易いでしょう」


「失敗は許されないぞ?分かっているな?」


「勿論です。影は任務に赴くにあたり、自らの命を道具の一つとしてしか見ません。必ずや使節団を壊滅させるでしょう。ですが、やはりエインヘリアと我が国の物理的な距離だけはいかんともしがたく……陛下が情報を尊ばれている事は存じておりますが、結果が届くまでもう少々お時間を頂きたく」


「分かった。報告はそのように正確にしてくれ。しかし、私も神経質になっていた様で悪かったな」


 私は自分の非を認め、謝ってみせる。


 私からすれば引き締める為のパフォーマンスでしかないが、彼等からすれば圧倒的上位者による叱責だ。


 引き締めの効果はしっかり出ている事が確認出来た以上、しっかりと報告をすれば怒鳴ることはなかったという事を認識させ、私の寛容さを見せてこの件は仕舞いにした方が良い。


 適度な緊張は必要だが、畏縮してしまっては意味がないからな。


「いえ、陛下が気を揉むのも致し方ない事かと。何せ此度の策は我々が十年以上もの歳月を費やしているもの。それが成就まであと一歩という所なのです。その御心労察するに余りある事と存じます」


「計画も最終段階だからな。あの蛮族共を上手く操り、二国を滅ぼさせ二国を弱体化させた。後は収穫するだけだったのだが……丁度良い具合にパールディア皇国から同盟の申し込みがあったからな。おかげで計画を少し早めることが出来た。しかし北にまで援軍を要請するとは予想外だったな」


 いや、援軍要請する事自体は可能性としては考えていた。


 予想外だったのは、パールディア皇国の北にある国がベイルーラ王国からエインヘリアへと変わったことだ。


 ベイルーラ王国は、蛮族共に略奪を受けている訳でもないのに国内がぼろぼろだったからな……援軍を要請されたところで対応出来るはずもなかった。余程無能な王が君臨していたのだろう。


 しかし……いや、だからこそ、エインヘリアにあっという間に占領されてしまったのだろうが……こちらとしてはいい迷惑どころの話ではない。


 無能な国主は自分だけでなく周りをも不幸にすると聞いたことはあったが……まさか全く関係のない我が国すら巻き込むとは……恐ろしいものだな。


「エインヘリアが援軍を送る可能性は高いとは言えません。エインヘリアからすれば何一つ益がありませんので。しかし、懸念があるとすればパールディア皇国の第二皇女です」


「第二皇女か……」


 パールディア皇国の第二皇女……あの王の子とは思えない程聡明という話だが、アレの真価はそこではない。


 一度何かの式典に招待された際にその姿を見たことはあるが……アレは美しい娘だった。


「使節団に皇女がいるということは……恐らく人質として差し出したのだろう。であれば、エインヘリアとパールディア皇国の同盟はある程度話が進んでいると見るべきか?」


「いえ、私達が知る限り、パールディア皇国とエインヘリアの間に今まで接触はありませんでした。おそらく今回、援軍の要請と合わせて同盟を結ぶ腹かと。その為の人質です」


「人質の押し売りか。パールディア皇国は相当本気のようだが……折角の商品も、相手の手に届かなければ意味はないな」


 私がそう言うと、家臣たちの間に小さく笑いが起こる。


 正直に言えば、パールディア皇国の第二皇女を殺してしまうのは勿体ない。


 アレは相当美しかったし、側室に向かえてやっても良いくらいだ。


 だが、だからと言って暗殺を止め、生け捕りにしろなどとは命じない。


 私は自分の欲望を優先して、大局を見失うような愚王ではないのだから。


 我々の目的は、パールディア皇国と現在はスティンプラーフの支配下となっている旧ユーソン王国の領土を得る事だ。


 蛮族共にはスティンプラーフの東側の二国を与え、私達は西と北を得る。


 特に旧ユーソン王国には良質の鉱山がいくつかあるが、蛮族共は採掘をする技術を持ち合わせていないからな……奴隷としてその辺の技術を持った者達を蛮族共から買い戻す必要はあるが、必要経費の内だ。


 この計画を立てた当初は、パールディア皇国は北東の小国家群への玄関口として交易強化に使えると思っていたのだが、エインヘリアという大国と隣接してしまったからな……少々扱いに困る。


 交易という面で考えれば、大国と隣接することは悪くないが……反面軍事的脅威という意味では、パールディア皇国は盾として存在してくれている方がありがたい気もする。


 いや、エインヘリアが本気で動けばパールディア皇国程度の盾など、時間稼ぎにしかならないか……。


 それならばパールディア皇国と旧ユーソン王国の領土を得ることで、中堅国規模まで領土を広げ、国力を高めておいた方が、エインヘリアに対して最低限対抗することが出来るだろう。


 しかしこれも、全てはエインヘリアの援軍派遣が無ければという話だ。


 流石にエインヘリアがどれだけ強かろうと、全ての民が兵として戦う事の出来る蛮族共を相手にするのは困難である筈。


 エインヘリアが何処まで本腰を入れるか分からないが、戦となればかなり時間のかかる展開となるのは間違いない。


 しかし、エインヘリアは大帝国とも槍を交えていると聞いた。


 ならば、南にばかり兵力を集中させることは出来ないだろう……いや、いっそのこと大帝国に使者を送り、エインヘリアを攻めるように促すのはどうだ?


 そうすれば、エインヘリアは南に援軍の派遣なぞしている余裕がなくなるだろう。


 使節団の暗殺が上手くいかなかった時の腹案としては悪くない……。


「仮に、使節団がエインヘリア王の元まで辿り着くことが出来た場合……商品を気に入り援軍の派遣を決める可能性がある。そうだな?」


「おっしゃる通りにございます」


「影の手腕を疑う訳ではないが、もしもの時に備え一つ手を打つべきだな」


「とおっしゃいますと?」


「大帝国に使者を送る。エインヘリアを攻めさせるのだ」


「なんと……」


 かの大国を動かすという案に、家臣たちは目を丸くする。


「北での戦いが激しいものになれば、南に援軍を派遣する余裕なぞ出来まい?我々に必要なのは数か月という時間だ。それで我々の計画は完遂出来るのだからな」


「陛下、大帝国と我々には繋がりがありませんが、一体どのように帝国を動かせばよいでしょうか?」


「……問題ない、そのまま伝えてやれ。エインヘリアが南西部の紛争に介入しようとして軍を南に集めている。その為北は手薄……そう教えてやれば、つい先日戦ったばかりの帝国は、喜んで軍を進めるだろう」


「……確かに、陛下のおっしゃる通り大帝国がその情報を得たら軍を動かす可能性は高いでしょうが……」


「何か問題があるか?」


「大帝国にその情報を届けるには、今からですと三か月程はかかってしまうかと……少なくとも、パールディア皇国の使節団が、エインヘリア王の元に辿り着くよりも時間がかかる事は間違いありません」


「可能な限り早く情報を届けろ。それで構わん。仮に使節団が到着し、エインヘリア王が援軍の派遣を決めたとしても、その後大帝国側に不審な動きがあれば軽々に援軍を出すことは出来まい。仮に援軍が出立するまでに間に合わなかったとしても、呼び戻される可能性は高い。違うか?」


 私がそう家臣たちに問いかけるのとほぼ同時に、部屋の扉が勢いよく開け放たれ、一人の兵士が転がり込んでくるように室内に飛び込んで来た。


「無礼者!ここを何処だと心得る!近衛!そのものを捕らえよ!」


「申し訳ございません!ですが緊急事態につき何卒ご容赦を!急ぎ報告しなければならないことがございます!」


 末席に座っていた大臣が怒声を上げると、それを遮るように飛び込んで来た兵が直立し声を張る。


 ここは国家の大事を決める重鎮達の集まる会議室。


 いかなる理由があろうと、一般の兵が飛び込んで来て良い場所ではない。大臣が声を荒げるのは当然だ。


 しかし、この兵も処分を覚悟で飛び込んで来たのだろう。


 何事かは分からぬが、まずは話を聞くのが先決。処分をどうするかはその後で良い。


「良い、報告せよ。何事だ?」


 私が声をかけると、身を強張らせながら兵が敬礼をする。


「ほ、報告します!王都東より空を飛ぶ船が近づいて来ております!」


 空を飛ぶ……船?


 この者は一体何を言っているのだ?


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