第325話 帰郷
View of リサラ=アルアレア=パールディア パールディア皇国第二皇女
エインヘリア王陛下から使節団と共に一時帰国することを頼まれた私は、久しぶりにパールディア皇国へと帰ってきました。
国からベイルーラ地方に向かった時は一か月近くを要したにも拘らず、それよりも遥かに遠い距離を飛行船であればたったの二日で移動してしまうのですね。
事前に聞いていましたし、ベイルーラ地方からエインヘリアの王城に移動した時も思い知りましたが……それでも、自分達が長い時間をかけて苦労して移動して来た道のりを、何の苦労もなくあっという間に移動されてしまうと……いえ、これが大国エインヘリアと我が国との差ということでしょう。
そんな風にどこかやりきれない思いを抱えつつ、私は未だかつて見たことのない角度から生まれ育った城を見下ろしています。
上空から見ると、城はこんな風に見えるのですね……。
……比べても意味がない事は十分理解していますが、王城の大きさも桁違いですね……いえ、我が国の王城が小さいという訳ではなく、エインヘリアの王城が大きすぎるのだとは思いますが。
現在王都近郊まで私達は飛行船でやって来ています。
当然見下ろせるのは城だけではなく、王都の街並みもです。
どうやらエインヘリアは先触れを出していた様で、王都が混乱している様子はないようにみえます……まぁ、上空から見た限りはですが。
民達が戦々恐々としている可能性は十分ありますね……ただ、少なくとも物々しい雰囲気ではないようです。
城門の外では綺麗に整列した兵の姿は見えますが、あれはこの飛行船を……エインヘリアからの使者を迎え入れる為のものですね。
儀仗兵も見えますし……かなりの力の入れ様……まぁ、当然とも言えますが。
エインヘリアがパールディア皇国の未来を握っているというのは誇張の無い事実です。
蔑ろになど出来るはずがありません。
そんなことを考えつつ窓から王都を見ていると、部屋の隅に待機していたミアが声をかけてきました。
「リサラ様。これから飛行船は降下していくそうです。髪を整えるので人を入れてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、お願いします」
ミアの言葉に私が頷くと、すぐに扉の外に待機していたメイドが数人部屋へと入って来る。
私の髪は飛行船に乗る前からしっかり整えられているので、今回は崩れていないかのチェックだけです。当然、朝の準備とは違いあっという間に整髪は終わり、メイド達はすぐに部屋の外に出ていきました。
そんな彼女たちの後ろ姿を見送ったミアが、私の傍に立ち少し声を落としながら尋ねて来る。
「少し憂鬱そうにされていますが、大丈夫ですか?」
「……えぇ、任された大役に身を引き締めていただけですので」
流石に我が国とエインヘリアを比べて卑屈になっていたなんて言えません。
私は心配してくれているミアに笑みを浮かべて答えると、気持ちを改めます。
人質として送られた私を、エインヘリア王陛下は今後の為に必要だからと国元に戻しました。
普通に考えれば、エインヘリア王陛下の御眼鏡に叶わず受け入れを拒否されたという事なのですが……そういう事ではありません。
エインヘリア王陛下は我々パールディア皇国の事を第一に考えて、私を派遣することを決められたのです。
最初国元に戻るようにと言われた時は、色々と女としてのプライドが傷つき、少々険のある言葉が出てしまいましたが……エインヘリア王陛下の我が国を想う優しさを感じ、色々と恥ずかしさを覚えてしまったのは秘密です。
本当にエインヘリア王陛下は器の大きな方です。
同盟国どころか、国交すらなかった国の為に多くの事を考えて動いて下さっているのですから。
だからこそ、私は任された役目をしっかりとこなしたいと思っています。
エインヘリア王陛下の御考えでは……三国同盟には裏切り者がいるかもしれないとの事。
私に課せられた役目は、その裏切り者をどうこうするという物ではありませんが……御父様には、エインヘリア王陛下がその事を懸念している事を伝えておくように言われています。
その情報をどう扱うかは御父様次第ではありますが、ヤギン王国への対応はエインヘリアに任せて貰えると嬉しいとのことでした。
まぁ、パールディア皇国の今の力では……スティンプラーフは勿論、ヤギン王国の相手も出来ません。警戒はすれど、直接ヤギン王国と敵対したり刺激したりするような真似は出来ないでしょう。
本当にヤギン王国が我々を裏切っているのかはまだ分かりません。
ですが、エインヘリア王陛下の懸念は……指摘されてしまえば確かに納得出来るものです。
溺れる寸前に私達が掴んだのはただの藁だったのか……それを確認することすら出来ない程、パールディア皇国は追い詰められているのです。
私はもう一度、窓の外に見える王都に目を向けます。
飛行船の降下が始まり次第に近づいて来た街並みが、どこか煤けているように見えるのは気のせいではないでしょう。
エインヘリアやルフェロン聖王国の街並みと比べるまでもなく、パールディア皇国の王都には活気がありません。
長年に渡る略奪と侵攻……それらは、民の心に絶望と諦念を植え付け、王都の民ですら立ち上がる気力を失っているのです。
今を投げ捨て、新天地で再起出来る者達はとっくの昔に逃げました。
だから、まだ我が国に残っている民は……逃げる事さえ出来ない者達。
例え破滅が迫っていたとしても、辛うじて生きながらえることが出来る今を捨て、逃げることさえ許されない人達が絶望に浸ったまま日々を過ごしている状態です。
当然です……誰もが貯えを持ち、手に職を持ち、新天地で再起する為の確かな下地を持っている訳ではないのですから。
いえ、たとえ手に職があったとしても、新天地で再び職を得ることが出来るとは限りません。
向かった先には当然現地の職人がいて、コミュニティが出来上がっているのですから……そこに縁もゆかりもないよそ者が割って入るのは、ほぼ不可能と言えるでしょう。
それを理解しているからこそ、大多数の民は国に残り、一部裕福な商人達だけが国を脱したわけです。
私達王族は、そんな国に残っている民達を守る責務があります。
だからこそ、私はエインヘリアに人質として向かい、皇女としての役割を果たそうとしたのですが……エインヘリアについて六日で送り返されることになるとは思いませんでしたね。
自分の現状に、私は苦笑してしまいました。
「とりあえず……御父様に戻ってきたことを何と説明すればよいのか……」
素晴らしいとしか表現しようのないエインヘリア王陛下ですが……女性の扱いに関してだけは少々不満があります。
いえ、とても紳士的な方でいらっしゃるのですが……それと同時にとても現実的といいますか……私の女としての面子よりも、国同士の友好関係の方が大事だというのは当然なのですが……うぅ、やっぱり少しだけ拗ねたいです。
「陛下であれば、リサラ様が戻られたことを喜ぶかもしれません」
「それはそれで複雑ですね。いえ、勿論娘としては嬉しくはあるのですが、皇女としてはまず叱責されるべきかと……」
十全に役目をはたしているとは言い難い状況ですし……いえ、最初の目的である援軍の派遣までは漕ぎつけましたが、これは私の功績ではなくエインヘリア王陛下の御慈悲によるものです。
私自身がやったことは、エインヘリア王陛下への挨拶くらいでしょうか?
「それは難しいかと。少なくとも陛下は王妃殿下を怒らせない限り、リサラ様の味方をするのは間違いありません」
……御父様は王とは思えない程甘い方ですからね。
甘やかされている私が言うのもなんですが、もう少し厳しくした方が良い気がします。
そんな風に御父様の事を考えていると、ノックの音が聞こえてきました。
「第二皇女殿下。飛行船の着陸が完了しました。いつでも下船可能ですが、すぐに降りられますか?」
私がミアに向かって頷いて見せると、ミアが扉の外に来た人物にすぐに向かうと返事してくれました。
それを確認した私は座っていた椅子から立ち上がります。
「まだ何一つパールディア皇国の為に働けていない私ですが、そろそろお役目を果たさせて頂きましょう」
私がするべきは交渉ではなく、私が自分の目で見て来たエインヘリア、そしてエインヘリア王陛下のことを御父様に伝える事です。
願わくば……何の問題もなくエインヘリアの条件を受け入れ、援軍の派遣が決まると良いのですが……。
……その場合は、結局私は何もしなかったことになりますね。
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