第324話 思惑



 人間……嫌な事、面倒な事を後回しにすると、どんどん面倒さが増していくよね?


 そして面倒さが増したことによって、より後回しにするよね?


 そうするとどうなるか……その答えがこれです。


「エインヘリア王陛下、此度の我々の援軍要請を受け入れて下さり、本当にありがとうございます。エインヘリア王陛下の大いなる慈悲に、パールディア皇国の全ての者が感謝することでしょう」


「気にする必要はない。我々は援軍を送る事を決めたが、まだ派遣が叶うという訳ではないからな」


 俺は今パールディア皇国の第二皇女さんと応接室で話をしている。


 因みに、行儀見習いという貴族的なアレコレについて、誰にも相談してないし、どのように対応するかとかも何も考えていない。


 悪態つかれる覚悟で、ヒューイ辺りにちらっと聞いてみるべきだったかな?


 いや……別に覇王も遊んでいた訳ではないですよ?


 それなりに、あっちゃこっちゃで忙しくしていたりいなかったり……だから、面倒事から逃げていた訳ではないと言えなくもなかったり……。


 なのでこうして第二皇女さんと面と面を向かって話をするのは……謁見の時以来だし、正直どういう対応をすれば良いのか分からない。


 故に……全力の仕事モードでお相手しようという所存です。


「それは……エインヘリアの提示した条件を、三国同盟が受け入れないと?」


「その可能性はあるな」


 今この部屋にいるのは俺とリーンフェリア、それから第二皇女さんとそのお付きの人だけ。


 第二皇女さんはこちらに送られた人質ではあるけど……同盟を進める為には、彼女にもある程度こちらの考えを知ってもらう必要がある。


 そういう切実な思いから、行儀見習いがどうだとか言う話は、この際一端脇に置かせて頂きたい……だって今はそれどころじゃないのだからねっ!


「ですが……三国同盟だけでスティンプラーフを攻め落とすのは不可能です。そのような状態で条件を受け入れないという選択肢は、自ら滅びを選ぶようなものではありませんか?」


「……必ずしも、三国の考えが同じ方向を向いているとは限らんだろう?」


 俺の言葉に、第二皇女さんは目を見開く。


「パールディア皇国とシャラザ首長国はともかく、ヤギン王国は……スティンプラーフと仲が良さそうに見えるのでな」


「そんなはずは!?」


 声を上げる第二皇女さんを押さえるように、俺は片手を上げる。


「あくまで、俺達が情報を集めその可能性があると見ているに過ぎない。明日、パールディア皇国に使者を送り、こちらの条件を伝えるが……問題が無ければ別にそれはそれで良い。だが、何かしら動きがあった場合、無手では今後の動きに困るからな」


「対処……どうされるおつもりですか?」


「俺としては、こうして助けを求めて来たパールディア皇国を見捨てるような真似はしたくない。三国全てに魔力収集装置の設置ではなく、二国への設置に条件を変更しても良い。しかし、その場合は、従わなかった一国にはスティンプラーフと共に滅んでもらうことになるかもしれないがな」


 獅子身中の虫とは言わないけど、同盟軍の中に裏切り者がいるのは看過できない。


 ヤギン王国が、他国を生贄にすることで己の保身を図っているのだとしたら、それは別に構わない。


 自分達……自国の幸福のために他国に不幸になってもらう事は至って普通だし、為政者としては率先して行うべき施策だろう。


 無論理解はしてやるという意味であって、許すという意味ではないけどね。


 生贄にされていた国からすれば報復に乗り出してもおかしくない話だし、それなりの代償は払ってもらう必要がある。


 しかし、俺としてはヤギン王国が同盟軍に参加しているという辺りに、キナ臭さを感じる。


 スティンプラーフの脅威に怯え、ヤギン王国が他国を生贄にしているだけであれば、同盟軍への参加は良い手とは言えない。


 同盟軍の方に勝ち目があるならともかく、同盟軍は戦力が圧倒的に少ない。


 同盟軍に参加すれば、当然スティンプラーフの心証は悪くなり、次からは全力で略奪を受けるだけだろう。


 つまり、他国を生贄にして存命を図っている国が、戦力的に劣る同盟軍に参加する意味なんて全く無いのだ。


 まぁ、二国が完全に潰されたら生贄が無くなり次は自分達の番とか考えるのは当然だし、そうなる前になんとか反抗しようって可能性も勿論あるけど……一か八かに過ぎると思う。


 国の命運をかけるには分が悪いどころではないだろう。


 そういった賭けではなく、ヤギン王国が同盟軍に参加することで確実に利益を得るとしたら……それはスティンプラーフと蜜月の関係にあった時だ。


 スティンプラーフが略奪を続けることで二国を弱らせ、その間にヤギン王国は戦力を蓄える。


 ある程度目途が経ったらスティンプラーフを使うか、それともヤギン王国そのものが弱った二国に侵略する……そういう目論見で動いている可能性は十分あるだろう。


 軍を進める名目は……スティンプラーフの略奪に苦しむ隣国の民を救う為とかなんとか言う感じだろうね。


 そしてそのまま軍を駐留させて実効支配……ゆくゆくは国土として宣言するか、不甲斐ない国の上層部に民を任せておくことは出来ないとか言って禅譲を迫る……とかかな?


 このパターンでスティンプラーフとヤギン王国が考え手を組んでいた場合、今回の同盟は戦力を削りたい彼等からしたら願ったり叶ったりといった感じだろう。


 ヤギン王国の被害は最小限に抑えつつ二国の戦力を削り、その上で同盟を組み一つの敵に対して立ち向かったという仲間意識も生まれさせる。


 救援と称して軍を駐留させやすくなるってものだ。


 悪くない手だと思う。


 どこまでスティンプラーフとヤギン王国の間で約定が交わされているか分からないけど、この策が成ればさして被害を受けることなく二国を手に入れることが出来るのだ。


 ローリスクハイリターンと言った感じだね。


 もしかしたら、スティンプラーフが既に落とした二国も、ヤギン王国の協力の元落としたのかもしれないね。


 しかし、俺の想像通りだとしたら彼等も運がない。


 彼等がこの策を進めていたとして、それはもう八割方達成されている。


 あと数手で全てが計画通りに終わる。その未来は目前だった……ただ彼等に予想出来なかったのは、ベイルーラ王国の破綻だ。


 ベイルーラ王国が破綻せず、今も健在であれば……当然第二皇女さんはベイルーラ王国に援軍を求めただろう。


 元々小国で国力も低いベイルーラ王国が援軍要請に応えたとは思えないし、仮に応えていたとしても一万も送ることが出来たかどうかって感じだった筈。


 恐らく彼等もそこまでは読んでいたのだろうけど……ベイルーラ王国は救援を求める使者を待たずして崩壊……パールディア皇国の隣国は、弱小国のベイルーラ王国から大国であるエインヘリアに突如として変わってしまった。


 長年策を進めて来た彼等からすれば、ふざけるなと叫びたい所だろう。


 その要因の一つはスティンプラーフと取引をしていた商協連盟の商会……まぁ、その商会はベイルーラ王国の穀倉地帯を焼いたムドーラ商会とは違うみたいだけどね。


 そちらについては既に調べはついている。


 略奪品と知って取引をしていたその商会は……まぁ、既に潰れているのだけど。


 ムドーラ商会の傘下というか……犯罪系の商会は綺麗なムドーラ商会の手で粛清されたからね。


 交易の船が来なくなったらスティンプラーフは苦しいだろうけど……定期的に船を出していたわけではないらしいから、スティンプラーフも取引相手がいなくなったことに気付いてはいないだろう。


 まぁ、普通の商取引であれば船を出しても良いんだけど……現状スティンプラーフ側の商品って全部略奪品だからな……流石に盗品を堂々と取引するのはないな。


 なんにしても、略奪品を取引していた件の商会にしても、自分達が貧しいからと安易に略奪に走ったスティンプラーフも、スティンプラーフを利用して自国の勢力を伸ばそうとしたヤギン王国も……相応の報いを受けるという事だ。


 勿論、真実はまだ分からないけどね。


 消極的に自国の為に他国を餌にしているのと、積極的に他国を食い物にしているのとでは趣が異なるからね。


 勿論、餌にされる側からすればどちらも大差ないだろうけど、直接関係ない第三国として、その裏切り者をどう扱うかという目安には出来る。


「明日、我が国から貴国へと使者を送る。飛行船を使うので到着は明後日の予定だが、貴国から来た使節団も当然同乗してもらう。その際、第二皇女殿も同行してもらいたい」


「……何故でしょうか?私は行儀見習いとしてエインヘリアに置いて頂けるのでは?」


 なんか……第二皇女さんから圧が増したんですが……後お付き人からも。


 内心そんな風にたじろいだものの、覇王力を全開にして堪えながら俺は言葉を続ける。


「……あぁ。だがその前に少し仕事をして貰いたい」


「仕事ですか?」


「第二皇女殿としては援軍を要請し、こちらがそれを承諾した時点で国の仕事は果たしたと言えるのだろうが……我々としては援軍の派遣を確実なものとして貰いたいのだ」


 厄介払いをしようという意味ではありません。


 えぇ、ありませんとも。


「第二皇女殿が今日までエインヘリアを視察して感じたもの……それらを皇女殿の口で直接国元と同盟国に伝えて貰いたい。勿論使節団の者達も説明するだろうが……皇女殿から見た我が国を忌憚なく貴方の御父君に伝えて貰いたいのだ」


「……分かりました。そういう事でしたら一度国元に戻り、視察で見たこと、聞いたこと、感じた事を正直に伝えて来ようと思います」


「あぁ、手間をかけさせて悪いが……我々の今後の為にも必要な事だ。遠慮する必要はない、正直なところを伝えて来てくれ」


「はい。承りました」


 よし……これで第二皇女さんを一時的に遠ざけ……いやいや、そういうアレではないですよ?


 今後の為にもパールディア皇国やシャラザ首長国、それとヤギン王国にもエインヘリアがどんな国に見えたかっていう情報は大事だろう。


 そう、これは大事な事です。


 うん……真面目な話、三国との関わりがどうなるか……今回の援軍派遣がどう作用するのか……キリクやイルミットの中ではプランがあるのかもしれないけど、俺は俺でしっかりと考えて見極めないといけない。


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