第323話 今後の策を練りましょう

 


View of リサラ=アルアレア=パールディア パールディア皇国第二皇女






 私達がエインヘリアに到着してから五日が経ちました。


 エインヘリア王陛下は約束通りスティンプラーフの情報を集め、期日通りに私達に返答を下さいました。


 その答えは是。


 エインヘリアは我々に、援軍を送る事を約束してくださいました。


 これでパールディア皇国は救われる。


 今日に至るまで視察させて頂いたエインヘリア、そしてルフェロン聖王国の姿は、それを確信させるに十分な、力に満ち溢れたものでした。


 視察をしながら説明してもらった施策は、どれも民の事を重んじ、エインヘリア王の慈愛に満ちたもののように感じられ、自国の事を想い少しばかり心苦しさを覚えました。


 エインヘリアは戦争を繰り返し、近隣諸国を滅ぼし続ける侵略国家であることは間違いありません。


 ですが、活気にあふれる民の姿を見ていると……侵略された方が幸せなのではないかと考えてしまう程の物でした。


 勿論それは……エインヘリアにとって、都合の良い姿を見せられたからというのもあるのでしょう。ですがエインヘリアと国交が進めば、あれらがただの見せかけだったかどうかはすぐに分かります。


 そんなその場だけの誤魔化しなど、エインヘリア王陛下がされるとは思えませんね。


 つまり、あれらはエインヘリアに占領された民達の、真実の姿なのでしょう。


「リサラ様、見事お役目を果たされたこと、お慶び申し上げます」


 私がこの数日間見て来た物を反芻していると、ミアが普段通り感情の起伏を見せずに頭を下げてきます。


「ありがとう、ミア。でもこれはまだ最初に過ぎません。これから私がどれだけエインヘリア王陛下と関係を深められるか……パールディア皇国の今後はそれに掛かっているというのは、過言ではありませんね」


 私が微笑みながらそういうと、ミアは少しだけ表情を変えます。


 そこには気遣わしげな色が見えます……私にしか分からない物だとは思いますが。


「エインヘリア王陛下とはまだ二度しかお会い出来ていませんが……とても素晴らしい方だと思います」


「……王として、比肩する方が想像できない程優れられているのは、間違いないかと。大陸史に大きく名を残すであろうことは想像に難くありません」


「まさに、英傑ですね。そんな方の御寵愛を頂けるのか……不安はありますが」


「その事ですが……現在エインヘリア王には正妃はおろか、婚約者さえもいないとのことです」


 どうやらミアは、エインヘリア王陛下の身辺について調べた様ですね。


 流石に正妃がいないことはすぐに分かりましたが、婚約者すらいないのですね……。


「エインヘリア王陛下はおいくつなのでしょうか?まだお若いのは分かりますが、それでも立場上婚約者すらいないというのは……」


 恐らく私と同じくらいか少し上くらいだと思うのですが……王であるなら、既に御子の一人や二人いてもおかしくはないはずです。


 ですが、エインヘリアに王子や王女がいるという話は一切聞いたことがありません。


 正妃を娶るまで子供を作らないという事でしょうか?


 確かに子供を作った際、側室の方が正妃よりも先に子を産んでしまうと面倒な問題が起こりかねません。


 勿論、正妃が子供を産んだ時点で継承順位は変わるのですが、それでも長子……特にそれが男児であった場合、後々面倒な事になる可能性は非常に高いです。


 それ故、正妃が御子を出産するまで側室との間に子を儲けないという国は、少なからずあります。


 勿論王の健康状態や年齢にも左右されますし、そんなことを言っていられない状況も多々あります。ですが多くの王は、王となるよりも以前から子を儲けている事は珍しくはありません。


 そういった意味でも、エインヘリア王陛下はかなり珍しい王と言えます。


 完璧にも見えるエインヘリアですが、跡継ぎという点で不安があるのかもしれませんね……。


 特に、エインヘリア王陛下は自ら戦場に赴くタイプの王の様ですし……上層部からしたら気が気ではないのではないでしょうか?


「エインヘリア王の正確な御年齢については私も存じてはおりませんが……立場や年齢を鑑みるに不自然と言わざるを得ません」


「エインヘリア王陛下には、何か正妃を迎かえない理由があるのでは……?」


 ミアの言葉に私が首をかしげると、ミアはかぶりを振りながら答える。


「どのような理由であろうとも、エインヘリア王の御力さえあれば、叶えられないような事は殆ど無いかと」


「……つまり、その理由はエインヘリア王陛下の力……いえ、エインヘリアの力をもってしても叶えることが出来ない。もしや……死別……でしょうか?」


「流石に、私の立場ではそれ以上調べることは能わず……」


 ……エインヘリア王陛下に婚約者さえ居られないのは明らかに不自然……ですが、その理由が、婚約者が亡くなられていたとすれば?


 そして、エインヘリア王陛下がその方を深く愛されていて……それが故、正妃を迎えることが出来ないのでは……。


 もし、エインヘリア王陛下が王子という立場であれば、そのようなことがあったとしても、王から強引に別の正妃を娶るように命じられたでしょうが……エインヘリア王陛下に命を下すことが出来る人は存在しません。


 だからこそ……次代を担う者を生むという王族としての責務を放棄してまで、エインヘリア王陛下は伴侶を作らないという我儘を貫いているということでしょうか?


 エインヘリア王陛下がとても愛の深い方であることは、視察に訪れた場所を見れば分かります。


 あれ程までに国を、民を愛した施策を成される方が、次代を作らないと……そう考えてしまう程、深く愛した方……。


 全ては私達の想像に過ぎませんが……そのような方がもしいらっしゃったとしたら、あのエインヘリア王陛下がそこまで想われる方とは、一体どのような人物なのでしょうか?


「リサラ様……これはパールディア皇国にとってチャンス、ではないでしょうか?」


「チャンス?どういう意味ですか?」


「エインヘリア王に正妃はおろか婚約者さえいない事です。もし、エインヘリア王が跡継ぎを作らない理由が、私達が想像した通りであるなら……リサラ様がエインヘリアの国母となられることも、けしてあり得ない話ではないかと存じます」


「っ!」


 ミアの言葉に、私は衝撃を受けました。


 私はエインヘリアに来る際……最高の結果で、エインヘリア王の側室であると考えていました。


 エインヘリアが長年の同盟国であるならば、それなりの待遇を望むことが出来たでしょうがそうではありません。


 私は、皇女として価値のある存在として送り出されたのではなく……関係強化、そして人質の意味も含まれた、貢物として送られたのですから。


 エインヘリアとパールディア皇国の国力差を考えれば、側室の中でも下位……それで最高の結果と言えるでしょう。


 愛妾となるのが普通……下手をすれば臣下に下賜される可能性も十分あり得ます。


 しかし、ミアは私が正妃になることが出来ると……その可能性があると言います。


 仮に、私がエインヘリア王の正妃となったなら……パールディア皇国はこの先数十年に渡ってその恩恵を受けられるでしょう。


 ですが……。


「エインヘリア王陛下の傷に付け込め……ミアはそういうのですか?」


「……いえ、私が提言するのは、エインヘリア王の傷をリサラ様が癒して差し上げるのが良いのではないか、ということです」


 言い方を変えただけで同じことではありませんか。


 そんな私の不満が伝わったのか、ミアは心持ちキリっとした表情になります。


「リサラ様。国同士の関係が綺麗ごとでは済まないように、男女の関係も綺麗ごとだけでは済まないのです。ましてやリサラ様はパールディア皇国の第二皇女。パールディア皇国の為に身を捧げる覚悟でエインヘリアに来たはずです」


「それは……勿論そうですが」


 私自身は国に身を捧げるつもりではありましたが、だからといってそのような行いは……。


「であれば、より良い結果を求め全力を尽くすのが、リサラ様の責務ではありませんか?」


「……」


「女には女の戦場と言うものがございます。普通の国では難しい……いえ、ありえない話ではありますが、エインヘリアという国とエインヘリア王の婚約者さえいないという現状は、そのあり得ない話を現実の物とすることが出来る。その可能性は十二分にあるのです」


「……確かに、皇女として、エインヘリア王の御寵愛を最大限に望むのであれば……そしてそれを狙える状況であるのであれば……目指すのが責務ですね」


 とてもひどい話だとは思いますが、パールディア皇国の事を想えば……挑戦する価値のある事だと思います。


 実際に、何をどうしたら良いのかは見当もつきませんが……。


 一応、皇女として……淑女教育は受けておりますが……その前段階となると……どうすれば良いのでしょうか?


 淑女教育で学んだ手練手管は、結婚後……色々といたす時の為の知識。つまり、既におぜん立てが終わっている状態での知識です。


「やる気になって頂けたようで何よりです。私も出来る限りサポートさせて頂きますが……一つ、気になっている事があります」


「それは、なんでしょうか?」


「ルフェロン聖王国の聖王エファリア殿です」


「エファリア様ですか?」


 突然出て来た名前に私は首を傾げます。


 エファリア様は聖王でありながら、御身自らルフェロン聖王国の視察の際に案内をしてくださった方です。


 年相応にとても可愛らしいお方でしたが、それと同時にその年齢からはとても想像できないくらい聡明で思慮深い方でした。


 出会ってすぐに名前で呼ぶことを許して頂いたのですが、あの雰囲気はどこかエインヘリア王にも似た底知れなささえ感じられましたね。


「エファリア殿は……間違いなくエインヘリア王の正妃を狙っています」


「……え?」


「エファリア殿がエインヘリア王について語るあの表情は……完全に女の顔をしていらっしゃいました。間違いありません」


 ……。


 ……ま、まぁ、エファリア殿くらいの年頃の女の子が年上の男性に憧れるのは無理もない事でしょう。


 それに、ルフェロン聖王国がエインヘリアの属国になった際の話を聞きましたが……エファリア様にとってエインヘリア王は救世主。憧れてしまうのも無理はないでしょう。


 ですが……属国の王であるエファリア様が、宗主国の王であるエインヘリア王陛下の妃に……?


「リサラ様。彼女は本気です。年上の男性に憧れているなどと言う、甘酸っぱい物ではありません。アレは完全に女です。リサラ様の目下最大のライバルですよ」


「……私のライバルは、成人までまだ数年もある娘なのですか?」


 王族の婚姻は、余り年齢なんて関係ないとは分かっていますが……仮にエインヘリア王が愛する方を亡くされ、心に傷を負っていらっしゃるのが真実だったとして……それをエファリア様に癒され、絆されるというのは……ちょっと、なんだか……色々とマズい気がしますね。


「最大のライバルです。そしてライバルはエファリア殿だけではありませんよ?」


「他にもいるのですか?」


「……エインヘリアの臣下。彼女達は、エインヘリア王の御寵愛を受けたがっているように見えます」


「……」


 エインヘリアの臣下……あの方々は、文官であろうと武官であろうと……どの方も恐ろしい程美しい方々ばかりです。


 エファリア様も大変可愛らしい方で、あと数年もすれば目麗しい女性へと成長されるでしょうが、今はまだ脅威とは思えません。ですが、正直に申し上げると、エインヘリアの臣下の方々には女として勝てる気がしません。


「ミア……もしそれが本当だとすれば、エファリア様よりよっぽど手強いのではありませんか?」


「いえ、彼女達からは妃になりたいという思いは伝わって来ません。御情けを、御寵愛をいただきたいという純粋な想いと言えば良いでしょうか?リサラ様のように、自国の為という打算が一切ない想いです」


 自分で焚きつけておきながら随分な言い様じゃありませんか?


「そういう意味で、立場という物が存在するエファリア殿もリサラ様と同じような貪欲さ、必死さがありましょう。ですので、正妃という立ち位置を狙うのであれば、最大のライバルはエファリア殿となります」


「……分かりました。それで、私はこれからどう動けば良いのでしょうか?」


 もしエインヘリア王陛下が、正妃を娶るまで女性に手を出さないという考えをお持ちであれば、人質として貢がれた私に手を出す様な事はしないでしょう。


 そうなってしまうと……今後どうすれば良いのかさっぱり分かりません。


「……古来より、男は女に物理的なぬくもりを求めるもの。とりあえず押し倒しましょう」


「強引過ぎませんか?そこに至るまでのプロセスの方が大事だと思うのですが……」


 エインヘリア王陛下を癒すという話は何処に行ったのですか……。


 そもそも、女性の方から押し倒すなんて出来る筈もありません。


「そういった癒し方もあるのですが……わかりました。では、男性慣れしていないリサラ様であっても、簡単に男心を転がせる極意を教えて差し上げましょう」


「そのような極意があるのですか?」


 そのような画一的なやり方が通じるのでしょうか?


「えぇ。まず一番大事なのは……相手に話をさせること。相手に質問をされた時はちゃんと答え、ですが最終的に相手に質問を投げ返すこと。質問が思いつかない時は、された質問をそのまま『陛下はどうでしたか?』と返せば大体大丈夫です」


 基本的に聞く側に回れという事ですね……。


「そして、相手の話は全て肯定してください。たとえ自分の思想に合わなくても否定してはいけません。同意し、賞賛し、肯定し、承認し、自尊心を満たしてあげれば、大抵の男は上手く転がります」


 同意、賞賛、肯定、承認……ほとんど同じことではありませんか?


「……簡単過ぎませんか?」


「男性とはそういう物です。単純で何時まで経っても子供です」


「……エインヘリア王陛下が?」


 とてもではありませんが、単純で子供とは程遠い方のように見えますが。


「男性とは格好つけたがる生物です。エインヘリア王も……結構甘えて来るタイプかもしれませんよ?二人きりの時は、ですが」


「想像も出来ませんね」


 あのエインヘリア王陛下が女性に甘える姿なんて……頑張って想像してみましたが、違和感があり過ぎて……私は苦笑しながらかぶりを振ります。


「ですが、ありがとうございます、ミア。エインヘリア王陛下に気に入ってもらえるように頑張ってみますね」


「はい。ぷり……パールディア皇国の為、エインヘリア王と良き関係を築けるようお祈りいたしております」


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