第320話 スティンプラーフとは
「では、ウルル。報告を」
いつも通りキリクの進行で進められる会議は、まず国内のアレコレに関する報告から始められた。
魔力収集装置は元商協連盟の勢力圏の国境沿いに設置完了、ソラキル地方とクガルラン地方は全ての集落に簡易版込みだけどほぼ設置完了。
現在は帝国とこの前新たに領土となった地方での設置を進めているのだけど、商協連盟の勢力圏の人口が約二千三百万、ベイルーラ地方は百万弱……現在エインヘリアは約四千三百万くらいの人口を抱えている。
そして帝国には五千万人以上……国土は帝国の半分程度と考えると人口が多く感じるけど、どちらかというと帝国が国土に対して人口が少ないんだろうな。
まぁ、何にしてもエインヘリア、帝国、そして聖王国、三国合わせると、人口一億を超えるわけだ……そして今回の同盟軍の件が上手くいけば、更に三国プラススティンプラーフと……うん、設置が全然間に合っていないことを除けば順風満帆ってところだね。
魔石収入は勿論、魔王の魔力への対抗措置としても大陸の半分以上に魔力収集装置の設置が出来るという訳だ。
まぁ、帝国がでかすぎるからそんなことになっている訳だけど……今設置できる範囲だけでも完了までに二、三年は余裕でかかるね。
そして、後は国内での色々な政策について。
国営農場を始めとした公共事業、孤児院や治療院等の福祉関係、治安。
おおむね順調に進んでいるけど、問題は治安。
特にベイルーラ地方や、新たに加わった元商協連盟の勢力圏の治安だね。
その辺りはかなり治安が悪く、以前のユラン地方……クーデターが起こるくらいボロボロだった場所と大差ない程、治安が悪い場所もあったようだ。
その為、治安維持部隊とうちの戦闘部隊の子達は中々忙しい事になっている。
治安が悪ければそれだけ犯罪の発生率は上がる……そして、商協連盟の犯罪と言えばムドーラ商会。
既に内部は完全に入れ替えられて、看板こそ残っているものの中身は完全に別物だ。
元々ムドーラ商会は裏のドンではあったけど、他にもそう言った非合法組織は星の数ほどいるからね、ドンとしてにらみを利かせるのは大事な役割だ。
もしムドーラ商会のガワも残さず完全にぶっ潰してたら、今頃は次のドンを狙って裏の大戦争が起きていたはずだ。当然その余波は表側にも多大な影響を及ぼすし、到底許せるものではない。
かと言って全て駆除するなんてただの徒労だし、潰した跡地に新しい虫が湧くか他所から虫が飛んでくるかってだけの話だ。
綺麗なムドーラ商会には、今後もエインヘリアのイチ部門として頑張ってもらおうと思う。
後は、バンガゴンガに頼んで始めた漁業の件とか、帝国のアプルソン領の件の報告が終わり、遂に今日の本題……キリクがウルルに頼んだ、スティンプラーフと周辺三国の調査報告だ。
「……スティンプラーフは……パールディア第二皇女が言っていた通り……略奪を是とし……他国に侵略を進めている……でも……奪うだけ……育まない……」
ウルルがいつもと変わらぬ様子で報告を始める。
「聞いていた通りか」
報告を聞いた俺が呟くと、隣に座るキリクとイルミットが神妙な様子で頷く。
「……農耕をしない原因は……土地……。元々……スティンプラーフと呼ばれた地方は……土地が枯れている……」
蛮族には蛮族なりの略奪の理由があったという事だろうか?
まぁ、だからといって奪って良いとはならんが……。
「……スティンプラーフが……長年襲撃を続けられている理由の一つは……海……。彼らは……海の傭兵……商協連盟と取引をしていた……」
「海の傭兵?」
「……船を使った戦いが得意……」
「海戦か……俺達にとっては未知の領域だな。まぁ、倒すだけなら問題はないが」
飛行船から岩でも落とせば撃沈は容易いだろう。
殺さずに制圧するとなったら……召喚兵……いや、戦闘部隊の子達に飛行船から飛び降りて貰う?いや、流石に危ないか?
高度を下げれば問題ないか?でも海に落ちる可能性は否めないし……うん、それは最終手段だな。
「スティンプラーフの蛮族は……海側の民と……山側の民がいる……。他国に略奪に行くのは……山側の民。海側の民は……略奪で得たものを……商協連盟に売る」
一瞬、山の民が略奪に出る悪い奴等で、海の民はそうでもないのかと思ったけど……違うな。
役割が違うだけだわ。
「元々そういう関係だから……反目し合っている訳ではないけど……山側の民は海側の民を……陸に上がったら戦えないと蔑んで……海側の民は山側の民を……略奪以外何も出来ないと馬鹿にしている……」
仲わっる……まぁ、外側から見たらスティンプラーフに住む同族なんだろうけど、内側からしたらそうではないって事だろうね。
「王になったラフジャスは……元々山側の民で……山側の諸部族を纏め上げ……その武力を背景に……海側を恭順させた……」
ふむ……同盟軍はその辺りの不仲さをつけば、何とかなりそうなもんだけどな?
海側と内通して背後をつけば……包囲することも……いや、違うか。
同盟軍だからこそ、その策は上手くいかないんだな。
仮に海側の民を寝返らせても、山側の民が三国の内一国に的を絞ってきた場合……攻めている間に裏を取られて国が蹂躙される……その危険性があるから軍は守りを重視する形になって、攻める戦力が足りない。結局はそこになるのか。
「それと……ラフジャスは……多分英雄……」
「ほう?」
それは……周辺国にとっては最悪な話だな。
俺達にとってはそこまで脅威ではないけど、やはりこの世界の普通の人達からしたら英雄は相当な脅威。敵軍に英雄がいるとなったら、まともにやり合うのは無謀と考えるのが普通のようだ。
そうなってくると、同盟軍がスティンプラーフに攻め寄せることが出来ないってのも、下手をすれば正面からぶつかり合うと英雄に蹂躙されるからってのもあるのかもしれないね。
もし同盟軍が英雄の情報を隠すようであれば、俺達の事を盾として扱おうとしているということだろう。
ラフジャスの事は、同盟軍の本音を知るための良い試金石になりそうだな。
敵は前にだけいるとは限らない……まぁ、三国とスティンプラーフが手を組んでこちらを嵌めようとしていたとしても、その国力や軍事力はうちの半分にすら届いていないし、余程こちらの事を知らない限りそれはあり得ないと……ってそういう事か!
そんなことを考えていた俺は、第二皇女さんの事を思い出す。
行儀見習いって……人質ってことか!
少なくとも同盟軍の内、パールディア皇国はエインヘリアを裏切るつもりはありませんっていう意思表示をしている……第二皇女さんを人質としてうちに置くことで。
あー、なるほどね。
だからなんか覚悟を決めました的な笑顔で言ったのか……?
そっかそっか、人質かー、あっぶね。
メイド的な仕事させればいいのかな?って思ってたけど……やらせる前で良かった。
丁重に扱わないと、後で何言われるか……いや、おかしいとは思っていたのよ?
王族で、しかも他国に使者として出されるような姫さんに行儀を教えるって……そういうの完璧じゃない人が、使者に選ばれるわけないじゃん?
知ってたし?覇王超知ってたし?
勿論エインヘリアの文化を学ぶってつもりもあるのだろうし、コネを作るってのもあるのだろうけど……ん?
コネ?
……。
仮に……仮にだが、人質に出されていた姫が国に戻ったとして……そこから他国の王族とかに嫁に出されるって事は……ないよな。
自国の貴族なら……あり得るか?
……分からん。
でもなんか、俺の……正室は無理でも側室あたりにどうですか?と言われているような気がしてきた。
なんか既成事実を作られたような……しまった、行儀見習いを受け入れたのは失敗だったか?
くっ、やっぱりその辺の知識が圧倒的に不足してるぞ。
ここはやはり詳しそうな奴に聞くか?それともこの場で皇女さんの扱いについて意見を求めるか……?
俺がそんなことを考えている間にも、ウルルの報告は続けられる。
「スティンプラーフが……動員できる兵力は……三十万弱……。国力の割に……動員数が多いのは……女子供であっても……戦力として数えられる為……後は奴隷も……」
……とりあえず、皇女さんの事は後回しだ。今はウルルの報告に集中しよう。
それにしても、スティンプラーフに住んでる奴等が、そっくりそのまま兵力になるってことか。
中々厄介な話だよね……それで愛国心が強かったりしたら、最後の一人まで!みたいなことになるかもしれないし。
でも元々は部族単位で動いていたのをラフジャスが纏めたってことだし、国自体にはそこまで愛着無さそうなんだよね。
諸部族連合って感じだろうし……自分達の部族に対しては愛着ありそうだけどね。
それは、山側の民と海側の民という風に分けられているところからも分かる。
自分達の……スティンプラーフという国に愛着があるなら、もとより自国の民だった者達をわざわざ分ける必要はないしね。
国民は一つに纏め上げて、他国を敵とする方がよっぽどマシなやり方だろう。
ラフジャスがどこまでその辺りを考えているのかは分からないけど、山側と海側の確執を王となってから十年以上放置しているのだから、多分ラフジャスにとって自国の民は兵力以上の意味は無いのだろう。
いくら土地が枯れているといっても、海があり商協連盟と取引があった。
国を富ませる方法はいくらでもあった筈なのに、ラフジャスは今も略奪を続けている。
勿体ない話だね。
港が欲しくて戦争をする国もあるというのに、折角の港を有効活用せず周りの国から奪うだけ……指導者としてはカス以下、害悪でしかない。
その上自国の民の中にすら確執があるのに、それを解消する動きも見せないのだからね。
「山側の民の多くは……槍や斧を使う白兵戦主体だけど……全員弓も使う……短弓だから射程は短い……。海側の民は海兵……陸では軽装兵だけど……長弓もつかう……。奴隷兵は盾だけ持たされる……壁……でも投石はしてくる」
騎兵ではないのか……草原系よりもバイキングに近い感じかな。
「軍隊としての練度は高くない……でも個々人の戦闘力は……その辺の一般兵より高め……。でも正面からはあまり戦わず……奇襲夜討ち朝駆けが得意で……特に馬が使えないような地形が得意」
正規軍とは相性が悪そうなタイプの相手だね。
「スティンプラーフについては……以上……質問は……?」
ウルルが普段通りの様子で皆を見回す。
今の所誰も質問はないみたいだな。
「じゃぁ……次は……周辺三国について……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます