第319話 謁見の終わり

 


 久しぶりの謁見ではあったけど、流れは悪くなかったと思う。


 いや、俺も中々覇王が板について来たという事ではないだろうか?


 謁見もそろそろ終わりに近づいている……そんな気配を感じた俺が自画自賛をしつつ第二皇女さんを見ていると、何かを吹っ切ったような笑みを浮かべた第二皇女さんが口を開いた。


「エインヘリア王陛下。一つ願いたき事がございます」


「ふむ?なんだろうか?」


「私、リサラ=アルアレア=パールディアを行儀見習いとして、エインヘリアに置いて頂きたく存じます」


 なんて?


 思わずそう聞き返しそうになった俺だったが、絶賛覇王ムーブ中だったおかげでその一言を抑えることが出来た。


 しかし、なんだ?


 行儀見習いってなんぞ?


 うちに行儀師範とかいないんだけど……なんでわざわざうちで行儀を習うの?


 そんなん自分ちで練習しろと言いたい所だけど……なんか理由が?


 あー、あれか?他国の文化とか礼儀作法を知りたいとかそんな感じ?


 確かに、今まで国交が無かったからこっちの文化とか礼儀とかを向こうも知らないんだろうし、それを学ぶってのはあるかもしれないけど……いや、普通それを王族がやったりはせんよね?


 いや、待てよ?行儀見習い……なんか聞き覚えがある様な無いような。


 あ、あー思い出したかも。


 確か貴族の子女が王宮とかでメイドさんの仕事をやって箔をつけるとかなんとか……そんな風習があるとかないとか……そんな奴じゃない?


 王族がそれをやるってのは知らんかったけど……もしかしたら新参とはいえ、大国であるうちで行儀見習いをしていましたって言うのは、婚姻を結ぶ際に良い条件となるのかもしれない。


 うちに居たってことは、うちと何らかの繋がり……所謂コネがあるってことだしね。


 第二皇女ともなれば、嫁ぐ先は自国の高位貴族か他国の王族か高位貴族ってとこだろうし、大国と繋がりのある嫁さんはかなり重宝されそうだもんね。


 文化の学習兼コネ作り……それをオブラートで包んで行儀見習いって言ってる感じなんだろう。


 そんな判断を第二皇女の独断で出来るはずもないし……これは国の意向。


 今後の事を考えても、当然断るってのはないよな?


「行儀見習いか……分かった、受け入れよう」


「っ……ありがとうございます。誠心誠意励ませて頂きます」


「あぁ。だが、正式に受け入れるのは情報の調査を終えて、今後の動きを決める時で構わないな?」


「承知いたしました」


「それまでは、良ければ我が国を視察すると良い。今まで国交が無かったことだし、色々と気になる所もあるだろう?代わりと言ってはなんだが、俺にも貴国の事を聞かせてくれると嬉しい」


「御厚情、痛み入ります。私で良ければ是非、我が国の話をさせていただきたく存じます」


「楽しみにしている」


 俺のその言葉で、謁見は終了する。


 まぁ、謁見自体は終わりだけど、これから使節団とキリクやイルミットは会議に入るだろう。


 必要とあらば俺も参加するけど、どうだろうね。


 第二皇女さんをどこかに案内したりすることの方が多いかも知れん。いや、俺がそれをやるのはお互いの関係的におかしいのか?


 まぁ、どのくらいの期間かは知らんけど、この城に住むことになるわけだしなるべく仲良くしておいた方がお互いの為にも良いだろう。


 それと……今更かもしれないけど、誰かに行儀見習いについて聞いておいた方が良さそうだな。


 バンガゴンガは流石に知らないだろうし、オスカーも貴族とかの仕来り的なのは知らないだろう。


 そうなって来ると……聞く相手に困るな。


 一番気兼ねなく質問できるのはフィオだけど、現代の貴族関係の話を理解してるかってなるとちょっと微妙だよな。五千年前と今じゃ確実に勝手は違うだろうし。


 まぁ、俺よりは詳しいかもしれんが……。


 でもタイミング的に……二週間ほど前に会ってるから、次に会うまでに後三週間はある。


 間に合わんな。


 しかし、貴族的なアレコレに詳しい人物となると……俺の方から質問するには具合の悪い相手ばかりだな。


 こういう時、気軽に知らないことを尋ねたり相談したり出来ないのは、覇王の弱点だな……。






View of リサラ=アルアレア=パールディア パールディア皇国第二皇女






「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 私はソファに身をを沈めながら、だらしない声を上げてしまいます。


 とても他人には見せられない姿ですが、大仕事を終えてようやく人心地ついたところなので少しくらいは力を抜くことを許してください。


 勿論、私はまだエインヘリアのお城の中にいるので、完全に油断してはいけないのですが……ここは私に用意された客室。


 このくらいは……許してくださいますよね?


「リサラ様。ここはエインヘリアの城。そのようなお姿見せるべきではないと存じますが?」


 しかしそんな私の想いは、一瞬で否定されてしまいます。


「ミア、大仕事を終えたのですから、少しくらいは良いではありませんか」


「ここがリサラ様の私室であったなら大目に見るのも吝かではありませんが、そうではありませんよね?」


「……」


 いえ……貴女はここが私の自室であったとしても絶対に許してくれませんよね?


 侍女を務めてくれるミアは私の補佐をしてくれる大事な存在ですが、こういう時一切のゆるみを許してくれません。


 ……常に、の間違いですね。


「ミアも少しは休んで良いのですよ?」


「問題ありません」


 私の言葉を切って捨てたミアの冷たい圧力に耐えきれず、私は居住まいを正します。


「……エインヘリア王は、こちらが想定していたよりも遥かに理知的で話の通じる方でした。戦争を繰り返す好戦的な王という評判とは程遠い印象です」


「それは、良かったとも言えますが……リサラ様としては難しいお方ということでもありますね」


 侍女であるミアは謁見の間に入る事は出来ませんでしたが、私がこの国にきた目的自体は当然知っています。


「そうですね……色に溺れる様な殿方には見えませんでした」


「それでは……」


 あまり表情を変えないミアですが、付き合いの長い私には彼女が顔を顰めたことが分かります。


「事前情報が無さ過ぎましたね。エインヘリア王の御歳すら私達は知らなかったのですから」


「おいくつくらいだったのですか?」


「意外と若かったように見えました。私よりも少し上くらいでしょうか?」


 私がそう伝えると、ミアは驚いたような表情になりました。


 私にしか分からない程度の変化ですが……珍しい表情ですね。


 その気持ちは分かりますが。


「二十歳前後ですか。その年齢でこれ程の事を成した……傑物と言う他ありませんね」


「はい。実際、偉業に相応しいだけの覇気を身に纏われた方でしたし、スティンプラーフに対し不快感を覚えている様でした」


「では、援軍の件は……」


「情報が足りないとのことで即答はしていただけませんでしたが、六日後には答えを出すと」


「六日後?少し長い気もしますが……」


「その六日でスティンプラーフの情報を集め、私が伝えたような非道が本当に行われているか確認するそうです」


 援軍の派遣を決めるにしては長い時間だとは思いますが、情報を集めるにしては短すぎる時間だと思います。


「情報ですか……恐らく、既にスティンプラーフに諜報員を潜り込ませているのでしょう。ベイルーラに我々の使者が訪れた時点で情報を集め始めたのか、それともそれよりも以前から潜り込ませていたのかは分かりませんが」


「ですが、エインヘリア王はあまりパールディア皇国やスティンプラーフ……大陸南西部の情報にはあまり明るくないようでしたよ?」


「その態度が真実とは限らないと思います。それだけの傑物でしたら、腹芸もお手の物でしょうし、何より外征を精力的に行っているエインヘリアが南西部についての情報を一切持っていないというのは、些か不自然ではないかと」


 確かに、私程度の小娘を転がす程度、あのエインヘリア王であればお手の物でしょうけど……。


「……何となくですが、そういう方では無いような気がしました」


「たった一度の謁見で、随分とエインヘリア王を気に入られたものですね。そういえば、エインヘリア王はあまり色に溺れるような方ではないとおっしゃられたということは、もしや行儀見習いの件は……」


 そういえば、と口にしてはいますが……ミアがその事を援軍の件よりも気にしていたのは、火を見るよりも明らかです。


 私がお父様に命じられ、国を出た時も全力で反対していましたし……ここまでの道中でも、全身から不満ですというオーラが出ていましたし。


 ミアが忠誠を誓っているのはパールディア皇国ではなく私個人……その忠誠は嬉しく思いますが……王族としては叱らなければならない部分ですね。


「行儀見習いの件は受け入れて頂けました。勿論、援軍の派遣が確定してからにはなりますが……私の言葉が真実であった場合、必ず援軍を送って下さるとおっしゃっていましたし、ほぼ確定事項ですね」


「……然様でございますか。お役目を果たすことが出来た事、お慶び申し上げます」


 今にも歯ぎしりの音が聞こえそうな表情で言われましても……私はミアの態度に苦笑しながら口を開きます。


「ありがとう、ミア。後は六日後を待つだけですね」


 そんな私のお礼を聞いたミアは、悔しそうな泣き出しそうな……それでいて怒鳴りそうな表情を見せた後、深々と頭を下げました。


 

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