第318話 条件と覚悟



View of リサラ=アルアレア=パールディア パールディア皇国第二皇女





「先程も伝えたが、我々はまだ大陸南西部の情報に乏しい。申し訳ないが、そんな状態で一方だけの話を信じ動くことは出来ない。俺は傭兵ではなく王だからな」


「それは……」


 これは……どう見るべきでしょうか?


 エインヘリア王のおっしゃる通り、情報が無い状態で片方だけの言い分を信じることはできないでしょう。


 軽々に動くことが出来ないという言葉はもっともです。


 ですが……先程見せたエインヘリア王の洞察力……あれが本当に、私の言葉だけから推察したものであれば問題ないのですが、私達やスティンプラーフの情報をかなり得た上での言葉だったと仮定した場合……エインヘリアとスティンプラーフが繋がっている可能性も考えなくてはいけません。


 邪推に過ぎないかもしれません。


 先程、スティンプラーフの所業を聞いた時にエインヘリア王が見せた嫌悪感……あれは本物に見えました。


 そんな方が、あの蛮族たちと手を組むとは思えません。


 しかし……万が一ということも……いえ、ダメですね。


 今そんなことを考えても意味はありません。


 仮にスティンプラーフと繋がっていたとしても、私にどうにか出来る問題ではありませんし……逃げ帰ってそれを国元に伝えたところで、精々前門にも後門にも獣がいるという事が判明するだけ。


 滅びまでの時が伸びる訳でもありませし、逃げ場もありません。


 そしてスティンプラーフと繋がりが一切なかった場合、この考えはエインヘリア王の心証を悪くするだけ……援軍を要請しておきながら、敵と繋がっているのではないかと勘繰るような相手を、わざわざ助ける道理はないでしょう。


「今日明日にでも援軍を送らなければならない。それほどまでに追い詰められているという事ではないのであろう?」


「楽観視できる状態ではありませんが、それでも数か月は持ちこたえられます。一年となると……難しいかもしれませんが」


「であれば……六日。我々にスティンプラーフを調べる時間を六日くれないか?」


「六日ですか?」


 たった六日で、一体何を調べるというのでしょうか?


 確かに、飛行船を使えば移動する事自体は可能かもしれませんが……あんな目立つ物でスティンプラーフに乗り込んでしまえば、一発で発見され、内情を調べるどころではないでしょう。


 やはり既にある程度の情報を……?


 いえ、この状況でこちらに不信感を植え付ける様な真似はしないはず……ということは、エインヘリア王は本気で六日で情報を得ようと……?


 訳が分からないどころではありませんが……頷くより他ありませんね。


「畏まりました。では、話の続きはその後……という事でよろしいでしょうか?」


「いや、俺としては、第二皇女殿の言は信ずるに値するものと考えている」


「え……?」


 この場にて話をしているのは私ですし……当然の事なのですが……エインヘリア王に真っ直ぐに見つめられながらそんなことを言われてしまい、先程までとは違った意味で体が硬直してしまいます。


「だから調査をしている期間も、出来る限り話だけは進めておきたいと考えている。裏が取れ次第、すぐに行動に移せるようにな」


「は、はい!」


 緊張していた分……声が大きくなってしまいました。


 この短い時間で、私は何度恥を掻けば気が済むのでしょうか……。


 そんな私を見て、エインヘリア王は小さく笑みを浮かべながら口を開く。


「それと、援軍を送るにあたってこちらにも条件がある。それを飲んでもらわない事には、我々も協力することが出来ない」


 エインヘリア王の言葉で、私は浮ついていた心が一気に現実に引き戻されました。


 この要求は当然です。問題はその内容ですが……。


「お聞かせいただけますか?」


「貴国を含めた三国、そしてスティンプラーフ。そこに存在する全ての集落に、魔力収集装置の設置を求める」


「……魔力収集装置?申し訳ございません、エインヘリア王陛下。知見の無さに恥じ入るばかりですが、魔力収集装置とは一体どのような装置でしょうか?」


「いや、第二皇女殿、知らなくて当然だ。魔力収集装置は我が国以外には存在しない技術で作られたものだからな。魔力収集装置とはその名の通り、周囲の魔力を集めるための装置だ。基本的に人里に置かなければ動作しないものだが、人体への悪影響は一切ない。そこは安心してくれ」


「はい」


 そこは、ということは……恐らく何か大きな問題があるという事ですね。


 魔力収集装置……私達の国を使っての実験、でしょうか?


 独自技術による装置という事でしたし、あり得るかもしれません。


「魔力収集装置にはいくつかの機能があってな。その内の一つが貴国や他の二国にとっては絶対に受け入れがたい物となっている」


「……受け入れがたい機能。それをこの場で言うという事は……教えて頂けるという事ですか?」


「あぁ。だまし討ちのような事はしたくないからな」


 そう言って口元を歪めるエインヘリア王は、お世辞にも優しさとは程遠い表情をされていましたが……私はエインヘリア王の真摯さや高潔さ、そして何より誠実さを感じていました。


 魔力収集装置がエインヘリアの独自技術で作られているのであれば、当然どのような機能が備わっているか私達には分かりません。


 ならば、その不利益となり得る事実を隠したまま、魔力収集装置を設置することは可能でしょう。


 それを良しとせずつまびらかにするというのは、エインヘリアにとって一つも利のある行為ではない筈です。


「勿論、条件である以上……飲んでもらえないようであれば、我々は援軍を派遣しないのだがな?」


 そう言って肩を竦めるエインヘリア王ですが……気のせいか悪ぶっておられるように見えます。


 ですが、エインヘリア王のおっしゃる通り、私達に条件を飲まないという選択肢はありません。


 一体どのような機能が内包されているのでしょうか……?


 そんな私の不安を感じ取ったのか、エインヘリア王が小さく肩を揺らしながら口を開きました。


「くくっ……すまんな。単刀直入に言うが、魔力収集装置には機能の一つとして転移機能というものがある」


「……転移機能ですか?それは一体どのような機能なのでしょうか?」


「我々エインヘリアによって許可された者は、魔力収集装置の設置されている拠点間を瞬時に移動することが出来る。隣の街だろうが、隣国だろうが関係なく一瞬でだ」


「……」


 どれだけ離れている場所でも一瞬で移動出来る……?


 それだけ聞けばとても素晴らしい装置に思えますが、エインヘリアに許可された者……つまりエインヘリアの方々は自由に転移機能を使うことが出来るということ。


 エインヘリア王は全ての集落にそれを設置すると……それが意味するところは……。


「……エインヘリアは三国の好きな場所に好きな時に兵を送り込むことが出来る、そういうことですか?」


「そうなるな。まぁ、我々に牙をむかない限りそういった使い方をするつもりはないのだが、信用は出来まい?」


「いえ、そんなことは……」


 難しいですね。


 恐らく、エインヘリア王は本気で侵攻に使うつもりはないとおっしゃられていますが、国の為に必要となれば容赦なくその命令を下すでしょう。


 それは国を率いるものとして当然の判断です。


 そして、その命が下された場合、私達は成すすべなくエインヘリアに飲み込まれるでしょう。


 それはすなわち、エインヘリアに生殺与奪の権を握られているということに他なりません。


「三国全てが同意しない限り、エインヘリアは援軍を送って下さらない。確かに受け入れがたい条件ではありますが、我々に選択肢はありませんね。ですが、この件に関しては一度国元に持ち帰り、同盟国とも話をする必要があります」


「当然だな。だが、やり取りをするのにもかなり時間がかかるだろう?」


「はい。恐らく話が纏まるまで……二か月は必要かと」


 それぞれの国に早馬が往復するだけでも数週間はかかりますし、ことがことなのですぐには答えがでないはずです。


 恐らく二か月でも早い方ではないでしょうか?


「しかし、貴国も残りの二国も、時間的な余裕はあまりないだろう?」


「はい」


 そう、時間をかければかけただけ、我々は窮地に追い込まれます。


 ですが、そんな状況に追い込まれながらも、この件の答えがすぐに出ることはないでしょう。国とはそういうものです。


「悩むのは当然だが、せめて移動時間だけは短縮するべきだろう」


「どういう事でしょうか?」


「飛行船を足として貸してやろう。二国とのやり取りは飛行船を使えば、結論を出すまでに二か月も必要ないはずだ。それに、飛行船を目の当たりにすれば、魔力収集装置という未知の技術が存在することも、すんなりと受け入れられるだろう?」


「よろしいのでしょうか?」


「構わん。スティンプラーフの行いが真実だと確信出来れば、エインヘリアは全力で貴国を援助する。飛行船の貸し出し程度、安いものだ」


「ありがとうございます。エインヘリア王陛下」


 私はお礼を述べつつ、エインヘリアの援助を受けるという事がどれほどの事なのか、改めて思い知りました。


「魔力収集装置の件、必ず三国に認めるよう説得させて頂きたいと存じます。それと、他の条件はどのようなものがございますか?」


「他にはないな」


「え?」


「ん?」


 エインヘリア王の端的な返事に、思わず声が漏れてしまったのですが……そんな私を見ながら、エインヘリア王も首を傾げます。


「し、失礼いたしました。軍の糧食や遠征にかかる費用、それと魔力収集装置の設置……これ以上は求められないという事でよろしかったでしょうか?」


「いや、そうではない」


 即座にエインヘリア王に否定されたことで、私は少しだけ安心してしまいました。


 魔力収集装置の設置がどれほどエインヘリアに利益を齎すのか分かりませんが、土地もお金も必要ないというのは些かこちらに都合がよすぎますからね。


「条件は魔力収集装置を同盟軍の所領にある全ての集落に設置すること、それだけだ。軍の糧食や遠征費用の供出も必要ないし、スティンプラーフで得た土地や捕虜、賠償金等も必要ない。領土やその他の財産や資源も三国で好きに分けると良い」


「……」


 違いました……。


 遠征費用すらエインヘリアの持ち出しで構わないと、エインヘリア王はそうおっしゃっています。その上戦利品の類も一切必要としないと……。


 そんなこと、あり得るのでしょうか?


 軍を動かした時の費用は、国庫にかなりのダメージを与えます。


 糧食だけで考えても、一万の軍が一日二食で二万食……それが十日で二十万食。


 行軍中や待機中も食料は消費されるので、戦い自体は数日で終わったとしても数十万食の備蓄があっという間に消費されるのです。


 そして当然必要なのは糧食だけでなく、武具や薬等の装備品に天幕や荷車、木材、油、馬具に飼葉……それ以外にも多くの物資が必要です。


 エインヘリアが出してくれる援軍がどのくらいの規模になるか分かりませんが、数千人規模という事はないでしょう。


 そこにかかる費用は、三か国で負担するつもりでした。


 しかしその負担をエインヘリアが受け持ってくれるとなると……魔力収集装置の設置という条件を飲むという判断をしやすくなるかもしれません。


 我が国はもとより、他の二国もスティンプラーフの略奪によって国庫は苦しいものとなっている筈。そこに援軍は送るが現金を一切払わなくて良いと言ってこられたら……転移という脅威に目を瞑るかもしれません。


 それくらい、三国とも疲弊しきっていますし、未来の脅威より目先の危機を回避することを選ぶ公算は高いはずです。


 いえ……これもエインヘリア王の狙い通りなのでしょう。


 ですが……一応国から言われている内容は伝えておく必要がありますね。


「我が国の保有する鉱山の譲渡等を考えていたのですが」


「必要ない。スティンプラーフを倒すだけが貴国の願いではないだろう?その先にある平穏こそ最も望んでいるものの筈。そして平穏な世の維持には何かと入用だからな。民の為にも、鉱山は大事にしておくべきだろう」


「……心遣い痛み入ります」


 戦後……我が国が立て直すには並々ならぬ時間が必要でしょう。


 長く続く冬の時代……そこを乗り切るには、やはりエインヘリアの力が必要不可欠となります。


 だからこそ……私はこの申し出をしなくてはなりません。


 大丈夫です。


 ここに来るまでに覚悟を決めていましたし……エインヘリア王は想像していたよりも遥かに理知的で誠実な考え方をされる立派な……いえ、稀代の王です。


 そんな方の寵愛を受けるというのは、並大抵のことではありませんし……とてもではありませんが可能とは思えません。


 どのような扱いでも構いません。一握の情けでもいただけたなら……かすかにでも情を抱いて頂けたなら、それはパールディア皇国にとってこれ以上ない程の支援となる筈です。


 ……私は今、間違いなく晴れやかな笑みを浮かべています。


「エインヘリア王陛下。一つ願いたき事がございます」


「ふむ?なんだろうか?」


「私、リサラ=アルアレア=パールディアを行儀見習いとして、エインヘリアに置いて頂きたく存じます」


 エインヘリア王陛下……どうか私に情けを。何卒、パールディア皇国をお救い下さい。


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