第316話 矜持



 はふはふはふはふ。


 うっま、たこ焼きうっま……。


 でもあっつ、たこ焼きあっつ……!


 俺は火傷に注意しつつ、食堂にて出来立てのたこ焼きを頬張っていた。


「美味いのか……?」


 バンガゴンガが真剣な表情で、たこ焼きを食べる俺を見つめる。


 その様子に嫌悪感のようなものは窺えないけど、食べても大丈夫なのか?って感じかな?


「あぁ、懐かしい味だな。タコは歯応えがいいんだ。味は……そんなに癖の強いものじゃないと思うがな」


「そ、そうか……いや、すまねぇ」


 俺の機嫌の良さを感じ取ったらしいバンガゴンガが、小さく頭を下げる。


 相手の好きな物に対し、警戒するような態度を見せた事を謝っているのだろう。本当に真面目な奴だ。


「くくっ……気にするな。見た目があまり良い生物でないことは理解している。俺も虫を食べるのはちょっと無理だが、普通に食べる者達がいるわけだしな。デリケートな部分ではあるから、そういう物かと思う程度にしておけばよいし、無理に他人に進めるようなものでもない。それが自分達にとってご馳走であったとしてもな」


 文化ってのはそれぞれだし、無神経に否定したり、相手に強要したりすれば余計な軋轢を生むだけだしね。そんなことを考えつつ、俺はたこ焼きをひょいっと口に放り込んで……あっつ!?


 やばばばばばば、あ、やっばい!あっつい!はきだしてぇぇぇ!!


 しかし覇王、我覇王ぞ!?


 頑張れフェルズ!負けるなフェルズ!お前なら出来る!防御力の高さを今こそ発揮する時だ!行けフェルズ!限界の向こう側へ!


 帝国に初めて訪問してフィリアと会った時並みの覇王力を動員して、俺は何事もなかったかのようにたこ焼きを咀嚼して飲み下す。


 更に、けして慌てた様子は見せず、ゆっくりとコップに入った水を口に含んだ。


「うーん」


 そんな俺の様子をじっと見ていたリュカーラサが、考え込むように唸る。


 見抜かれたか!?


 一瞬そんなことを考え焦ったのだが、続けて飛び出したリュカーラサの台詞に俺はほっと胸をなでおろす。


「私も……たこ焼き、食べてみようかな」


「ほう?リュカーラサは中々チャレンジャーだな」


「フェルズ様が美味しそうに食べてるし、後エインヘリアのご飯はどれも物凄く美味しいからね。試してみて損はないと思うんだ」


 そう言って晴れやかな笑みを浮かべるリュカーラサ。


 そういえば、リュカーラサは魚を獲ってた時にタコに絡みつかれていたけど、バンガゴンガ程拒絶反応は見せていなかったな。


 吸盤に吸い付かれて痛そうにはしていたけど。


「ならば頼んでみると良い。先ほども言ったが、癖の強い食べ物ではないからな。心理的な抵抗さえなければ、普通に食べられると思うぞ?」


 基本的に……ソースとマヨが掛かっているからその味だしね。


「よし!じゃぁ、注文してくるねー。バン君はどうする?」


「む……俺は……」


「とりあえずリュカーラサが一皿頼んで、バンガゴンガは試してみるのであれば、リュカーラサから一つ分けて貰えば良いのではないか?バンガゴンガの場合、頼んでしまったら無理をしてでも全て食べようとするだろう?」


 若干逡巡を見せるバンガゴンガに、俺は助け舟を出す。


 ストレスを感じてまで食べるようなものではないしね。やっぱりタコとかイカはインパクトのある姿をしているし、苦手意識を持つのは当然だろう。


「そうだな。リュカ、そうさせて貰えるか?」


「はーい、じゃぁ行ってきまーす」


 バンガゴンガと共にリュカーラサを見送ってから、俺は苦笑する。


「リュカーラサは元気だな。それに物怖じをしない」


「あぁ。子供のころからそんな感じだったが、今も変わっていない。寧ろ昔よりメンタル的にも強くなっているように思うな」


「バンガゴンガとはまた違った方向性の強さだな」


「俺は別に強くないと思うがな?」


「まぁ、本人はそう言うかもしれんが……お前の事を弱いというようなヤツは、多分目が腐ってるぞ?」


 俺が普段通りの笑みを浮かべながらそう言うと、よく分からないとも言いたげに首を傾げるバンガゴンガ。


 バンガゴンガは自分の評価が低めだからこんなものだろう。


「よし、そろそろ仕事に戻るとするか」


 壁にかけられた時計を見ながら俺が呟くと、バンガゴンガも釣られた様に時計を見る。


「早いな。食事はそれだけでいいのか?」


 普段よりも若干早い俺の休憩終わりに、バンガゴンガが忙しいのか?とでも言いたげに尋ねて来る。


 まぁ、そう尋ねたくなる気持ちも分かる。


 基本的に俺は書類仕事を午前中に終わらせて、午後はのんびりしていることが多い。


 視察や面談、会議辺りも午後イチでというのは滅多に無いしね。


 食後すぐにあくせく働くのではなく、若干ゆとりをもって動くのが俺のやり方だ……実にやりたい放題である。


 そんな俺ではあったが、今日は他国から客が来るとのことで少々準備が必要なのだ。


 どうやら、久しぶりに謁見の間を使って使者を迎え入れるらしく、イルミット達は今も準備をしているし、俺は俺でこれから着替えなくてはいけない。


 後、歯磨きをしっかり……普段より入念にしなくてはいけない。


 何故なら……たこ焼きには青のりがかかっているからだ。


 青のり……奴は非常に手強い。


 全て取り除いたと思っていても、いつの間にか歯にくっつき自己主張を始めるのだ。


 拠点を確保し、維持する力はアランドール並みかもしれない。


 流石に覇王が謁見の間で使者に会う時に、歯に青のりを居候させておくわけにはいかない……その為にも入念な歯磨きおよびチェックが必要となる。


 だったら最初っからそんな厄介な物をこのタイミングで食べるなと、人は言うかもしれない。


 だが、それは否。断じて否である。


 食べたい時が食べる時。


 例え火傷の危険を冒したとしても出来立てのたこ焼きを食べるように、青のりスマイルを浮かべる危険を冒してでもたこ焼きを食べたかったのだ。


 ……あまり例えになってないな。両方たこ焼きだし。


 そんなことを考えていると、リュカーラサが笑顔でたこ焼きを手にこちらへ戻って来た。


 その姿を見てふと……青のりを抜いて貰えば良かったと思ったのは秘密だ。


「リュカーラサ。たこ焼きを食べた後は、しっかりと歯を磨いて口を濯いだほうが良い。青のりが歯に着きやすいからな」


「ん?あ、はい。分かりました?」


 あまり分かって無さそうだけど……まぁ、たこ焼きとかお好み焼きとか焼きそばとか……その辺りを食べる人が増えればすぐに分かるだろう。


 青のりのパワーそして存在感が!


 リュカーラサはとても可愛い娘なので……笑った時に青のりがこんにちはしていたら、残念感がかなり半端ない。是非ともしっかり歯を磨いてもらいたいと思う。


 そんなことを考えつつ、俺は食堂を後にして来客を迎える為の準備を始めた。






View of リサラ=アルアレア=パールディア パールディア皇国第二皇女






 ひどく現実感を失ったまま、私はタラップを降りてゆきます。


 これは、本当に現実なのでしょうか?


 実は私は眠っていて……夢でも見ているのではないでしょうか?


 いえ、それは今更ですね。


 私は妙な妄想を振り払い、先にタラップを降りて私を待っている方の方へと向かいます。


「ご案内いたします。リサラ=アルアレア=パールディア皇女殿下」


「よろしくお願いします、シャイナ殿」


 一見すると少女にも見える女性に、私は微笑みを向ける。


 彼女は、エインヘリアの外交官であるシャイナ殿。


 その肩書からただ者でないことは分かりますが……既に色々な意味で限界を迎えている私の頭は、たとえシャイナ殿が見た目通りの年齢だったとしても、そのまま受け入れてしまえると思います。


 二刻ほど前まで、私はベイルーラ地方にいたのですが……今私がいるのはエインヘリアの王都です。


 私達使節団は、パールディア皇国からエインヘリアに指定された街まで馬車で移動して来たのですが、そこで見たのは……私達を迎えに来た空を飛ぶ船。


 飛行船と呼ばれているそれに乗った私達は、あっという間にエインヘリアの王城までやって来たのです。


 話に聞いていた距離が本当であるなら、馬車でここまで来るには一ヵ月以上かかるのは間違いありません。それがたったの数刻で……。


 エインヘリアという国の凄さをまざまざと見せつけられた想いですが、予定よりもかなり早い段階で謁見が叶い、援軍を頼めることを今は喜ぶべきでしょう。


 シャイナ殿に案内され、私達は謁見の間へと向かいます。


 飛行船の中で謁見の為の準備は出来ております。


 私にとっては謁見の間での挨拶が本番ですが、他の者達にとっては場を移してからの交渉が本番となります。


 いえ……私には、挨拶という第一印象も勿論大事ですが……それ以降もずっと……エインヘリア王に気に入られるように動き続ける必要があるでしょう。


 ……大丈夫です。


 ここに来るまでに覚悟は決めてあります。


 エインヘリア王がどのような人物で、どれだけ年が離れていようとも全てを受け入れて見せます。


 そうしなければ、我が国は滅びるしかないのです。


 全ては今日、この時から。パールディア皇国の命運は私の動きに掛かっている……これは過言ではありません。


 私にそれほどの価値があるかどうかは分かりませんが……いえ、エインヘリア王にとって価値のある存在となれるように努力する……大事なのはそこだけです。


「この扉の向こうが謁見の間となります。既に準備は出来ておりますので、皆様の良きタイミングでお入りください」


「ここまでありがとうございました、シャイナ殿」


 私はシャイナ殿にお礼を言った後、使節団の皆へと振り返る。


「準備は、よろしいですね?」


 ここに来て、準備が出来ていないという人はいないでしょうが……そう思いながら私が問いかけると、隠しきれない緊張感を滲ませながらも皆頷いてくれました。


 私は微笑みながら小さく頷き返し、謁見の間の扉へと向き直る。


 私達の様子を見ていたシャイナ殿が、扉に向かい私達の来訪を告げ、それから扉を開け放ちました。


 扉の向こうには荘厳な雰囲気の謁見の間……その最奥に玉座とそれに座る人物……エインヘリア王が見えます。


 一呼吸おいてから、私は謁見の間に足を踏み入れました。


 一歩一歩けして急がず、さりとてじれったさを感じさせない様に歩みを進め、視線はやや下に向けて玉座に座るエインヘリア王の事を直接見ない様にします。


 玉座の正面を進む私達の左右にはエインヘリアの重鎮が並び、私達の事を品定めしているのでしょうが……なんでしょうか?


 玉座に向かってゆっくりと足を進めているのですが……進めば進むほど息苦しさのようなものを覚えます。緊張しているのでしょうか?


 王族の一員としてこういった事は幾度となく経験していますし、何を今更とは思うのですが……体は私の意思に反し小さく震えているようです。


 体の前で組んでいる手が震えるのを必死に堪えていると、いつの間にか立ち止まる位置まで辿り着いていました。


 私はそのまま、エインヘリア王の事を見上げることなく、頭を下げて礼の形を取ります。


 それに続き、私の後ろについて来ていた者達が拝礼の形をとった気配を感じました。


 その瞬間……より一層空気が重くなったような……これは私の緊張というよりも、エインヘリア王から発せられる威圧感なのでしょうか?


 ……足の震え隠せるドレス姿であったことが非常に助かりましたね。


 手の震えは、もう片方の手で押さえつけるようにして止めていますが、足の震えはそう簡単には止められません。


「よくぞ来られた。パールディア皇国、リサラ=アルアレア=パールディア第二皇女殿。エインヘリアは貴殿等の来訪を歓迎する」


 けして油断していたわけではないのですが……その声が聞こえた瞬間、私は心臓が直接握られたのではないかと思う程ゾクリとしたものを感じました。


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