九章 そこそこ忙しい我覇王

第315話 皇女として

 


View of リサラ=アルアレア=パールディア パールディア皇国第二皇女






 ゆっくりと進む馬車の中……私はもう何度目になるか分からないため息をついてしまいます。


 私の名前はリサラ=アルアレア=パールディア。パールディア皇国第二皇女です。


 この肩書を平民が聞けば、王族として何不自由ない暮らしをしているお姫様……そのように思うのでしょう。


 ですがその実態は……貧乏貴族よりは多少マシといったレベルのものです。


 所詮貧困にあえぐ国の王族ですから……当然王族として、必要なお金は使っておりますが、贅沢とは無縁の生活を送ってきました。


 それでも数年前までは、それなりに上手く我が国は回っていました……。


 その事を考え、私は一段と気分が重くなってしまいました……我が国に降りかかる惨状に再びため息をつくと同時に、馬車がごとりと大きく揺れる。


「っ!」


 御者をしている方は長年王家に使える専属の御者で、とても優秀な方です。


 巧みな操車で轍や道に転がる石を上手く避けながら馬車を動かす彼であっても、今馬車の進んでいる道は少々厳しいようですね。


 私達が今いるのはパールディア皇国ではなく、ベイルーラ王国……いえ、エインヘリアのベイルーラ地方でしたか。


 北の方でここ最近暴れまわっているというエインヘリアが、我々と国境を接する位置まで南下してきたことを初めて知ったのは、ベイルーラ王国に援軍を要請する使者を送った時でした。


 自国の事で精一杯だったとはいえ、迂闊としか言えませんね。


 ですが、援軍……果たして、エインヘリアは我が国に援軍を送ってくれるでしょうか?


 パールディア皇国は、現在存亡の危機に立たされております。


 我が国の南にスティンプラーフと呼ばれる地方があるのですが、ここ数年に渡り幾度となく我が国はスティンプラーフから侵攻をうけているのです。


 スティンプラーフは一応……一つの国として宣言はしているものの、周辺国からは国として認められていない地方です。


 何故スティンプラーフが周辺国から国として認められていないかと言うと……あそこは蛮族と呼ばれる者達が支配する土地だからです。


 彼らは略奪を主な生業としていて、他国への襲撃を出稼ぎと呼ぶような者達です。


 他国の財産、食料、家畜そして民、ありとあらゆる資源を奪い去って行く蛮族……当然そんな者達の住まう場所を国として認められる筈がありません。


 勿論、スティンプラーフ領内では農耕や狩猟、商売等が行われている様なのですが……基本的には奪い取った物資で生計を立てていると言って間違いないでしょう。


 スティンプラーフの周辺国は、収穫期や冬開けといった時期に必ず略奪を仕掛けて来る彼等に頭を悩ませ、幾度となく殲滅しようと軍を派遣したのですが……完全に倒すことは出来ず、またいつの間にか彼等は数を増やし略奪を再開するのです。


 それでも、十年程前まではスティンプラーフの略奪も深刻な物ではなかったそうです。


 ですが、十年ほど前に即位した王、ラフジャス。


 あの蛮族王のせいで、我がパールディア皇国を含めた周辺国は窮地に立たされました。


 いえ……既に二か国が攻め滅ぼされている事を考えれば、窮地を通り越していると言っても良いでしょう。


 長年そんなスティンプラーフと戦い続けて来たパールディア皇国ですが、戦況は思わしくなく……そんな中、さして深いつながりがあった訳でもないベイルーラ王国に援軍を頼もうと考えたのは、パールディア王国がスティンプラーフに飲み込まれれば、次はベイルーラ王国が狙われることになる……そういった危機感を煽る事が可能だと判断したからです。


 しかし、私が今向かっているのは……いえ、もう既にエインヘリア国内ですが……ここ一年で幾つもの国を滅ぼしたエインヘリアです。


 正直、南のスティンプラーフとどちらがマシかと聞かれたら、首を傾げざるを得ません。


 それにしても南への対応に追われ、北側の情報収集がおろそかになっていた私達が悪いのでしょうが……援軍を求めて使者を向かわせたら、ここはもうその国じゃないよって……とんでもない話です。


 南北を侵略国家に塞がれた我が国の運命は、もはや風前の灯……そう考えていたのですが、ベイルーラ王国へと送った使者の話では、元ベイルーラ王国の重鎮の方がエインヘリアの上層部に取りなしてくれるそうで、急遽私が使節団を率いエインヘリアを訪問することとなりました。


 ……私が使節団を率いるというのは、少し語弊がありますね。


 私がここにいるのは箔付けの為……エインヘリアは我が国とは比べ物にならない程の大国。


 国交すらなかった我が国が援軍を願い出るには、それなりの誠意を見せる必要があります。


 王族自らが足を運び、頭を下げて援軍を請う。


 私がこの使者団にいるのは、そういった誠意を見せる為……そして、エインヘリアの人質となるためです。


 そう、私は人質としてエインヘリアに行くのです……名目は行儀見習いですが。


 王族……年頃の皇女を人質として差し出す……これが意味するところは明白です。


 お父様……パールディア皇王からは、エインヘリア王と『良き関係』となる事を申し付けられました……謝られもしましたが。


 私も皇族の一員として務めを果たさねばなりません。


 お姉様はもういらっしゃいませんし、年頃の皇女は私しかいませんものね……エインヘリア王が特殊な趣味でいらっしゃった場合は、ちょっとご希望に添えないかもしれませんが。


 エインヘリアという強大な力を味方につけることが出来れば、この身は十分役目を果たしたと言えるでしょう。


 いくら私達の目が南に向いていたからといっても、完全にエインヘリアの事を知らなかったわけではありません。


 ベイルーラ王国がエインヘリアに併合されていたことは知りませんでしたが、北方で急速に領土を拡大しているという話は聞いていましたし、中堅国家では最強と言われているソラキル王国を正面から倒したことも知っています。


 最近では商協連盟を降したとか、大帝国と戦い勝利したとか……簡単には信じられないような話もあるらしいですけど……その辺はベイルーラに向かった使者の方に聞くまで知りませんでした。


 しかし……商協連盟がエインヘリアの傘下に納まっているのは紛れもない事実のようですし、大帝国との戦いに勝ったと喧伝するからには、それなりの成果を出しているはず。そうでないのにそんなことを言えば、ただでは済まないでしょう。


 スティンプラーフと戦うにあたり、エインヘリア程頼もしい味方はいないと思うけど……ただエインヘリアの援軍を受け入れるのは……非常にリスクが高いと思います。


 蛮族を追い返すために引き入れた援軍が今度は私達に襲い掛からないとも言えない……だからこそ私に課せられた使命は重いのです。


 勿論、最大限の努力はいたしますが……私がエインヘリア王の寵愛を得られない可能性は十分あります。


 勿論、お父様達だってその可能性は考えていらっしゃるでしょうが……スティンプラーフに蹂躙されつくされるよりも、エインヘリアの方が遥かにマシだと考えています。


 長年、我が国に略奪行為を仕掛けて来ているスティンプラーフ。


 彼らに滅ぼされた国の者達が今どうなっているかを考えれば、彼らに屈することが出来ないというお父様達の考えは至極真っ当といえます。


 元ベイルーラの重鎮達の様子から、エインヘリアがただ戦争狂いの国というわけでないことは分かります。


 後はこの身がエインヘリア王の目に適うかどうか……。


 本音を言えばとても怖いです。


 相手は戦争を繰り返し他国を滅ぼすことを容易く行うような王。


 我がままで傲慢で暴力的、冷徹で人を人と思わないような残虐性を持っている……十分あり得ます。


 あぁ、せめてエインヘリア王のお人柄をさわりの部分だけでもベイルーラの方に聞くことが出来ていれば……。


 国の為、民の為、何度もそう言い聞かせてきましたが……それと同じ回数だけ、逃げ出したいとも考えてしまいました。


 皇族にあるまじき……そう思うのですが、じわじわと真綿で首を締めるように伸し掛かってくる恐怖に、心が屈してしまいそうです。


 ……お父様、お母様、お姉様、まだ幼い弟妹……そうですね。


 国の為、民の為と思うよりも、家族の為にと考えた方が、力が……勇気が湧きます。


 国を愛し、民を愛していたつもりでしたが……私のそれは義務感だったのでしょうか?


 だから、国の為と思っても恐怖を振り払えなかったのでしょうか?


 ……今の私には分りません。


 もし……もしもう一度、国に戻ることが出来て、民に会うことが出来れば……その答えが出る様な気がします。


 そんなことを考えた瞬間、目元が熱くなり涙が零れそうになったのですが……それと同時に馬車の動く速度が落ちました。


 どうやら、そろそろ到着するみたいですね……。


 私は慌てて目元を布で抑え、身だしなみを整えます。


 やがて馬車は停止して、扉がゆっくりと開かれました。


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