第311話 Round.2



View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝






「こんにちは、フィリア様。御無沙汰しております」


「よく来てくれた、エファリア」


 メイドに案内され東屋へとやって来たエファリアを、私は笑顔で迎える。


 品の良い笑みを浮かべながらこちらに礼をするエファリアの姿は、礼儀作法をしっかりと学んだ少しおませな貴族令嬢といった感じだが……彼女は聖王。


 その立場はエインヘリアの属国の王という決して良いものではないが、彼女自身の資質はそこらの王よりも遥かに上だろう。


 この事は私だけでなくフェルズも同意見だ。


「今日はフェルズ様から教えて頂いたレシピを使い、我が国で作られたお菓子を持参させて頂きましたわ」


「ほう、フェルズ……いや、エインヘリアのレシピか。それは楽しみだな」


 にっこりと微笑んだエファリアが席に座ると、一呼吸置いたタイミングでメイドがエファリアの前に紅茶を置く。


「その紅茶は私の好きな銘柄でな。フェルズも気に入ってくれたものだ。口に合うと良いのだが」


「それはとても楽しみですわ」


 そう言って紅茶を一口飲んだエファリアは、満足気に微笑む。


 だが……どこかその表情は悠然としたものがあり、とても十一歳の少女の浮かべる者には見えない。


「香りがとても良いですね。でも味の方はスッキリした感じで……とても美味しいですわ」


「気に入って貰えて何よりだ。良ければ茶葉を少し土産に渡そう」


「ありがとうございます。仕事の合間に楽しませて頂きますわ」


 エファリアが微笑みながら頷いた為、私は傍にいたメイドに目配せをする。


 茶葉を用意しておくようにという私の意図を察したメイドが小さく目礼をしたのを確認し、私もエファリアと同じように紅茶を一口飲みながら尋ねる。


「最近ルフェロン聖王国の周辺はどんな雰囲気だ?」


「そうですね……少々騒がしくなっていますね。フェルズ様がソラキル王国を倒したあたりから落ち着きを失くしていた感じですが、帝国との戦い以降は私共の元に何国も使者が訪れていますわ。私達の所ではなく、直接フェルズ様の元に向かえば良いものの……」


「もはやエインヘリアはこの大陸にてスラージアン帝国に次ぐ国土を持つ超大国。おいそれと面会を申し込めるような相手ではないだろうな」


 そんな様子は一切見せていなかったのに、私達との戦いから半年も経たずして商協連盟を丸ごと飲み込んだのだ。


 農業協力やその他国交に関する様々な条約を結ぶ傍ら、商協連盟に手を出していたなんて……どれだけ手が広いのかしら。


 それに、その間フェルズとは何度も会っていたというのに、その動きの一端すら感じられなかったのは、屈辱以外の何物でもないわね。


 私がそんなことを考えている間にも、エファリアは言葉を続ける。


「こそこそと伺うような真似をせず、直接エインヘリアと対話をしてこそ得られるものがあると思うのですけど……」


 不満気な様子で言うエファリアは、年相応の姿に見えるが……この娘の場合、その姿こそ装っているように見えるから不思議だ。


「まぁ、情報収集したいという気持ちは分からなくもないのですが……エインヘリアは情報管理がとても厳しいですし……」


「それは……そうだろうな。そういえば……まだエインヘリアと戦う前の話だが、私もルフェロン聖王国から情報を得ようとしたことがあったな」


「そうだったのですか?」


「あぁ。エファリアが言うように、エインヘリアの防諜を突破するのはかなり厳しくてな。ルフェロン聖王国側から、どうにかして情報を得られないかと考えたんだ」


「ふふっ……それは、どうでしたか?」


 自国が諜報の的にされていると聞かされたのに、面白そうに笑うエファリア。


「残念ながら、それを実行に移す前にエインヘリアにしてやられてな」


 私が紅茶を手にしながらそう言うと、エファリアは眉をハの字にする。


「それは……とても残念ですわ。我が国の諜報員は……エインヘリアにて訓練を積んでおりまして、その実力はかなりのものと自負しております」


「エインヘリアの訓練……?」


「えぇ。フェルズ様から防諜に関しては、特に力を入れるべきだと言われまして……その折にエインヘリアの諜報機関の訓練に、我が国の諜報員も参加させて貰えることになったのです。それ以来防諜力が物凄く向上しておりまして……もし、帝国の諜報機関を防ぐことが出来ていたら、私も枕を高くして眠ることが出来たのですが」


「ふっ……大した自信だな。だが、ふむ……防諜か……」


 私は手にしていたカップをソーサーに戻し少し考えこむ。


「どうかされたのですか?」


「いや、諜報戦の演習というのも面白いかもしれないと思ってな」


「諜報戦の演習ですか……それは軍事演習の諜報版という意味で?」


「あぁ。同盟国同士で軍の連携強化や、お互いの練度向上のために軍事演習を行う事はあるだろう?」


「……帝国が他国とやる軍事演習は、どちらかと言えば示威行為だと思いますが」


 本当に肝の据わった娘よね。


 スラージアン帝国の皇帝相手に皮肉を言える人物は……帝国に、一人、二人、三人、四人……後エインヘリアとルフェロン聖王国に……あれ?結構いるわね。


 心の中で指折り数えた人数が片手で足りなくなったので、考えるのを止めて私は口を開く。


「はっきり言ってくれるな。だが、確かに周辺国を黙らせるという意図で合同軍事演習はやっていたが……エインヘリア相手に意味あるか?」


「ありませんわね」


 これ以上ないくらい端的に言うエファリア。


 態度にちょっと思う所はあるけれど……その言葉はぐうの音が出ない程正しい。


「であろう?それに、軍事演習は……先日エインヘリア相手に実戦を行っているからな。アレ以上効果のある演習はない。だが、諜報戦の演習は得るものが多いだろう?」


「否定はしませんが……そもそも諜報とは秘してやるものでは?それを演習という形で表沙汰としてしまうのは、如何な物でしょうか?」


「しかし、諜報こそ技術の向上が大事だろう?」


「それは、帝国の理屈ではありませんか?」


 そういって、にっこりと微笑むエファリア。


 暗に帝国の諜報力の方が劣っていて、我々から盗める技術はないと言っているわね。


「随分と自信があるようだが……それが足元を掬われる原因となる事は、有史以来枚挙にいとまがない事だと思うがな?」


「フィリア様のおっしゃる通り。過小評価というのは恐ろしいものですわ」


 そう言って、ふふふと笑うエファリア。本当に属国の王の態度でも、十一歳の女の子の態度でもないわね。


「エインヘリアの訓練を受けた事で、随分と自信をつけたようだが……慢心でなければ良いのだがな?訓練を受けたと言っても一年程度だろう?基本を知った程度で増長するのは、新兵にありがちな心理状態だぞ?」


「勿論存じていますわ。ですが、我がルフェロン聖王国はエインヘリアの属国。私達の得た技術は、フェルズ様より下賜頂いたもの。誇示するつもりはつもりはありませんが……誇らしく思う事は抑えられませんわ」


 そういって目を輝かせる姿は……憧れを通り越して、これはもう崇拝って感じよね。


 まぁ、彼女にとってフェルズは救世主なのだから、そうなってしまうのも無理はないかもしれないけど。


「……そうだな。諜報の演習を行うにしても、それを話す相手はフェルズであるべきだった」


「はい。フェルズ様がそうせよとご命じ下されば、私共も喜んで演習に挑ませて頂きますわ」


 邪気の一切感じられない笑みを見せるエファリアに、私は苦笑を禁じ得ない。


 そのタイミングで、メイドが器に盛られたパンのようなものをテーブルに乗せた。


「うん?これがエファリアの持ってきた菓子か?」


「はい。フェルズ様より教えて頂いたエインヘリアのお菓子、シュークリームですわ」


 私の前に置かれた菓子は、五つ。


 一つ一つは非常に小さく、パンのようにも見えるけど……エインヘリアの菓子という事で非常に期待出来るわね。


「本来は握り拳程の大きさのお菓子なのですが、食べやすい大きさに作ってもらいましたの」


「ふむ……では早速頂くとしよう」


 私はフォークを使いシュークリームを一つ口に入れる。


 予想していた食感とはかなり違う。嚙むと柔らかくふわふわした生地の中から香ばしく甘いソースが出て来た。


 いやシュークリームという名からすれば、これはソースではなくクリームが中に入っていたと見るべきだろう。


 甘すぎずまろやかなクリームが口の中に広がり、実に幸せな気持ちにさせてくれる。


「これは、美味しいな。生地の中にクリームを閉じ込めているのか……」


「はい。本当は手に持ってかぶりついて食べるものなのですが、今日は食べやすさを優先しましたわ」


「気遣い痛み入る。甘さもくどくなく、実にいい塩梅だ。エインヘリアのレシピは勿論だが、貴国の料理人も実に素晴らしいな」


「お褒め頂き光栄ですわ。実はこのシュークリーム、レシピを民にも広げルフェロン王国の名物として売り出させていただく予定ですの」


「……エインヘリアの菓子ではないのか?」


「フェルズ様から御許可は頂いておりますので」


 すまし顔でそう告げて来るエファリアに、少しだけイラっとしてしまう。


 ……属国に甘すぎるんじゃないかしら?


 いや、そもそもフェルズはエファリアの事を属国の王というよりも、自分の子供か妹でも甘やかすように扱っている気がする。


 ……なんかこう、そういうアレはズルくない?


 いや、子供だからこそなんだろうけど……なんかやっぱりズルい気がする。


 シュークリームは甘いはずだけど、何故か苦いものを感じた私は紅茶で口直しをしてみた。






View of エファリア=ファルク=ルフェロン ルフェロン聖王国聖王






 シュークリームを食べたフィリア様は随分と驚いてくれたみたい。


 基本的に、エインヘリアの料理を食べた方の反応ってみんな同じですわ……私も含めて。


 口に入れた瞬間、驚きに目を大きく開き、その次に目元を弛緩させながら咀嚼する……ここまでがワンセット。感想を言うかどうかはその人次第ね。


 フィリア様もそれは同じでしたが……その後でシュークリームを国で販売するって伝えたのは失敗でしたわね。少し嬉しくて口が滑りましたわ。


 勿論、名物として売り出す以上いつかはバレるでしょうが、私が直接伝えるのと、情報として後から聞くのでは……受ける印象が大きく違うはずですもの。


 今は……フィリア様から嫉妬のようなものを感じますわ。


 恐らく私がフェルズ様に優遇されている……そのように思っていらっしゃるのだと思います。


 フィリア様がそういう風に考えて、少し面白くなさそうといった様子にはほんの少しだけ優越感を覚えなくもないのですが……でもそれはちょっと違うのですわ。


 確かにフェルズ様は、私にとても優しくしてくださっていますが、それは私が保護対象だからに過ぎません。


 フェルズ様は私を妹のように扱ってくださっています。ですが、フィリア様の事は対等な友人であることを望まれているのです。


 勿論私も、フェルズ様の隣に立てるように研鑽を積んでいるつもりではありますが、それにはまだまだ時間がかかるでしょうし……時間が経ったとしても、一度そういった認識が作られてしまっている以上、それを覆すのはとても難しいですわ。


 嫉妬しているのは私の方です。


 最初から対等な関係と認識されているフィリア様が、羨ましくて仕方ありません。


 いえ、分かってはいるのです。


 私は保護を求めた身ですし、フィリア様はスラージアン帝国の皇帝……属国の王に過ぎない私では、嫉妬することさえ烏滸がましい相手だという事は。


 大人ですし、とてもお綺麗ですし、それにスラージアン帝国の皇帝という立場にありながらもとてもお優しい方です。勿論、フェルズ様に並び立てるくらい優秀な方でもあります。


 敵わないのはよく分かっています……でも……だからこそ、ちょっとフィリア様にはきつく当たってしまいます。


 それが良くない事だというのは分かっているのですが……うぅ、どうしても制御しきれないのですわ。


 子供過ぎるやり方に、情けなさしか覚えません。


 早く大人になりたいですわ……。


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