第310話 インターバル

 


View of フィリア=フィンブル=スラージアン スラージアン帝国皇帝






「アプルソン男爵領の農業は順調……もっと量や種類を増やしたいけど機密性が問題ね。エインヘリアの食物は暴力的なまでに美味しいけど……あの種はそれ以上に危険よ。エインヘリア……フェルズが厳重に管理しようとする気持ちが分かるわ」


 アプルソン男爵から提出された報告書を見ながら私は呟く。


「確かにそうね。味も凄いけど……収穫量が異常ね。これでも畑はそんなに広くしていないんでしょう?」


 同じ資料を見ながら、ラヴェルナが何処か呆れ交じりに同意してくる。


「えぇ。今まで視察したことのある農地の中でもかなり小さい方ね。でも収穫までのペースが一ヵ月ってことと、収穫量が一定であること……無茶苦茶にも程があるわね」


「普通の農家が聞いたら鼻で笑うでしょうね」


「それは間違いないわね。でもフェルズが良識のある人物で良かったわ。こんな種を無計画にばら撒かれたりしたら、既存の作物を育てる者達がいなくなるわね」


「報告書を見る限り、育てるのに殆ど手間がかからないみたいだし……いや、楽なのはいい事だと思うけど……この量を市場に出されたら、あっという間に値崩れするでしょうね。既存の同じ種類の野菜は当然、他の野菜や果物もダメージ受け受けるのは間違いないし……」


 資料をテーブルに戻し、代わりにカップを手に取ってお茶を飲むラヴェルナ。


「今は城で消費する分だけをアプルソン領で生産している段階だけど、国内で流通させるかどうかはまだ慎重に検討する必要があるわね。エインヘリアからの輸入量は……」


 そう言いながら、私は机の上に置いてあるはずの資料を探す。


「その資料ならここよ。実にこちらの産業に配慮した量ね。個人での他国への持ち出しは厳重に取り締まっているみたいだから、今のところは問題無し。麻薬の類みたいな扱いだけど……劇物には違いないわね」


 苦笑しながら自分の前に置いてあった資料を手渡してくるラヴェルナに、私も苦笑を禁じ得ない。


「エインヘリアを相手にすると、こちらの常識が一切通じなくて困るわね」


「でも十分以上に助かっているでしょう?」


「それも含めて困りごとよ。このまま行くとエインヘリアへの依存がどんどん強くなってしまうわ」


「それについては……エインヘリアの技術を解明できれば脱却出来るかもしれないけど……難しいわね。少なくとも帝国の技術関係の人間では解明どころか、どういった原理なのか予測すら立てられないみたいだし。でも、東側で起こっていた魔物の件。飛行船と魔力収集装置のおかげで『至天』を派遣出来たから、予定よりも早く対処出来たでしょ?今はまだ、素直にその事を喜ぶ段階じゃないかしら?」


「被害を最小限に抑えられたのは喜ばしい事だけど……はぁ。依存はまずいって言いながら、早く各地に魔力収集装置を設置して欲しいって考えている自分が情けないわ」


 ラヴェルナの指摘に、私は頭を抱えるようにしながら応える。


 エインヘリアから色々な手助けを受ければ受ける程、技術力の差に愕然としたものを覚える。


 このまま時間が経っていけば……相手の技術を解明するどころか、完全にエインヘリアという沼から抜け出せなくなるだけじゃないかしら?


「どちらの気持ちもよく分かるわ。でも、国の事を想えば……遠方の情報をすぐに手に入れることが出来て、更にその問題の対処として『至天』を各地へと瞬時に転移させられる魔力収集装置は、絶対に必要よ。根っこの部分でエインヘリアに命運を握られているとしても……」


「勿論敵対するつもりはないけど……エインヘリアが永遠に今のまま……フェルズによる比較的穏やかな統治が続くわけじゃない。いや、フェルズだって、歳と共に考え方が変わるかも知れない。私はスラージアン帝国の皇帝として、独立した力を持つ必要があるわ」


 そんな威勢の良い事は言ったものの……『至天』の半数以上を含めた六十万以上の軍を一日で蹴散らすような相手に、どうやったら独立した対等な勢力でいられるのか……全く思いつかないわね。


 皇帝として、口にすることは出来ないけど……エインヘリアの傘下に加わった方が、帝国国民は安全で幸せな生活を送れるのではないかと思う。


「なら、フィリア自身が、エインヘリア王の上に立てばいいんじゃないかしら?」


「どういうこと?」


「そのままの意味よ。貴方がエインヘリア王を篭絡すれば、エインヘリアも帝国を無下にはできないでしょう?」


「ろ、ろ、ろろ、篭絡!?」


 ラヴェルナが突拍子もない事を言うだして、私はどもってしまう。


「どれほど強い王であってもね、男は心のどこかで女に甘えたがっているのよ。年上であることは弱みではないわ、寧ろ強みよ。優しく包み込んで、リードしてあげるの。あの、常に余裕を持った絶対的な王が、貴方の前だけで可愛く震えるのよ」


「……」


 それは……どうなのかしら。


 フェルズが……震える?可愛く?いや、全然想像できないわね。


 うーん……。


「……よく分からないわね」


「ガッデムっ!」


「急にどうしたの?神になんか恨みでも……?」


 突然頭を抱えながら叫び声を上げたラヴェルナ。疲れてる?


「……なんでわからないのかしら?」


 物凄く不満気にこちらを見ながら、ラヴェルナはブツブツと何かを言っているけど……。


「神と言えば……教会がエインヘリアの情報を寄越せって言って来ていたわね」


 ラヴェルナに冷静になってもらう意味も含めて、私は話題を変えることにした。


「そんな話もあったわね。どうするの?」


「ほっとくわよ、面倒くさい。気になるなら自分達で会いに行けばいいじゃない。まぁ……フェルズは嫌がりそうだけど」


 不機嫌そうにしているフェルズの顔が脳裏に浮かび、少しだけ笑ってしまう。


 教会勢力は……国力が安定していない時は、人心を纏める一つの手として有効だったけど、エインヘリアみたいに国内が安定していれば、上層部にとって無用な長物。百害あって一利なしといった存在となる。


 まぁ、ダメなのは宗教ではなく、それを良いように使う教会上層部という存在ではあるのだけど……私達からしたら同じことだ。


 フェルズは式典等があまり好きじゃないみたいで、あまり民の前に姿を現さないけど……逆にそれが神秘性を上げ、更に民にこれ以上ないくらいに配慮した政策によって国内では凄まじい求心力を得ている。


 おまけに戦えば常勝無敗……神格化されてもおかしくないわよね。


 本人は神々しさとはかけ離れていると思うけど。


 でもだからこそ、教会にとってはフェルズの求心力の高さが気に入らないのでしょうね。


「帝国内には教会が多数あるし……あまり無下には出来ないのが厄介よね」


 ラヴェルナがため息交じりに言う。


 私もラヴェルナも……いや、帝国上層部の殆どの者が、教会にはあまり良い感情は持っていない。


 それでもぞんざいに扱うことが出来ないのは、エインヘリアのそれとはまた違った意味で頭の痛い問題と言える。


「北方は特に教会の影響力が強いしね。国内が荒れていたあの時期は、どうしても教会に配慮する必要があったし、私たち自身の失策ではあるのだけど。だからこそ十分お金は出してあげているんだから、もう少し弁えて欲しいわね」


 教会の連中は何かと心付けやら寄進を要求してくる。


 それ要求してくるのおかしくない?とは思うが、教会の連中がそう言い張っているのでこちらもそう呼んでいる。因みにこれを出し渋ると、神罰が云々と脅してくるわけだ。


 本当にそれが神罰だというのなら、仕方がないと諦められるのだが、奴らの言う神罰とは信者たちを扇動することに他ならない……つまりただの人災、いやテロ行為だ。


 心の底から潰してやりたくて仕方ないけど、先程ラヴェルナが言った通り北の方では教会の総本山が存在するだけあって、信者の数が多くなる。


 統計を取ったわけではないけど、帝国臣民の半数とは行かないまでも五分の一くらいは何らかの形で教会の息がかかっているといっても良いだろう。


 今の帝国国内は安定していると言って良いけど……教会はそこに不和の種を植え付けて来るからね……過去、北方で幾つもの国が教会による扇動で滅びている事を考えれば、いくら大帝国と呼ばれている私達でも配慮しないという訳にはいかない。


 幸いというか……貴族達はあまり教会に良い感情を覚えていない。


 もし教会が貴族達を取り込むように動いていたら……それはそうとう厄介なことになっていただろうけど、不思議と彼らはそういった動きをしないのだ。


 恐らく教義的な何かがあるのだろう。


「以前も伝えた気はするけど、フェルズに教会の件を伝えておくべきね」


 私がそう口にすると、ラヴェルナはため息をつきながら応える。


「どうせならエインヘリアが教会を潰してくれると助かるんだけど……」


「流石に総本山とエインヘリアは距離が離れすぎているし……そもそも、エインヘリアはあんまり教会勢力と関わりが無いみたいだから、難しいんじゃないかしら?」


 ラヴェルナの物騒な発言に、そうなってくれると嬉しいと心の隅で思いつつ私はかぶりを振る。


「関わりが薄いからこそ潰してくれそうだけど……」


「本当にエインヘリアが教会と事を構えたら、帝国北方が反エインヘリアになるのは間違いないし……私達も面倒なことになるのは避けられないわよ?」


「……それもそうね。世論がどうなろうと、エインヘリアと事を構えるなんて二度とごめんだし……教会には北で大人しくして置いて貰いたいわね」


「大人しくしていれば、それはそれで、いつ面倒事を起こすか気が休まらないけどね。丁度今の魔法大国みたいに」


 最近妙に大人しい魔法大国の事を考えながら、私は大きくため息をつく。


 昔からちょこちょこと帝国東部にちょっかいをかけ、その度に双方にそれなりの被害を出す戦いへと発展してきた魔法大国だけど、最近かなり大人しいのが逆に不気味なのよね。


 あの国は血統主義で、上層部どころか下級役人であっても純血が求められる。


 だから、資源調査部による諜報が非常にやりにくい国……商協連盟がエインヘリアに丸呑みされた以上、最大の仮想敵国ではある魔法大国の情報は最優先に集めなければならないのだけど……。


 そんなことを考えていたのだけど、エインヘリアから送られた時計が目に入り、私はこの後の予定を思い出す。


「そろそろ、時間ね。とりあえずここまでにしましょう」


「もうそんな時間だったのね。今日のお客様はかなり珍しい方だけど……本当にお忍びって事でいいのよね?」


「えぇ、本人がそれを希望しているからね。今日は個人……友人として会うだけよ」


 私とラヴェルナは机の上に広げていた資料を片付けながら、これから来る客人について話を続けた。


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