閑章

第308話 濃花



View of バンガゴンガ エインヘリアゴブリン代表 対外妖精族担当






「最近どうだ?」


 俺は食堂でカレーうどんを食べながら、フェルズにそんな事をを尋ねられた。


 汁が飛ばない様に細心の注意を払いながら麺を口に含み、しっかりと味わった後で口を開く。


「漠然としすぎていて、何と答えればいいのか悩むが……過不足なく、穏やかに過ごせていると思うぞ?」


 若干悩みながら俺がそう答えると、フェルズは苦笑しながら明太子パスタを綺麗にフォークに巻いて頬張る。


「逆に、最近フェルズはどうなんだ?」


 俺はにやりとしてみせながら尋ねると、普段通りの皮肉気な笑みを浮かべながら……しかしどこか晴れやかな様子でフェルズが応じる。


「厄介事が思いの外上手くいったからな、久しぶりに心穏やかに過ごせているぞ?」


 俺はその言葉に引っかかりを覚える。


「厄介事……?何かあったのか?」


 リュカ……ハーピー達がエインヘリアの庇護下に加わってからは、そちらへの対応で忙しかったこともあり、フェルズ達が何をしていたのかあまり把握していなかったんだが……何か問題でもあったのか?


 いや、そうか……エインヘリアは、商協連盟を傘下に収めるという離れ業をやってのけたんだったな。


 流石に大陸でも三本の指に入る勢力を相手に立ち回ったのだから、それは相当大変なものだったに違いない。


 少なくとも、俺程度では想像できないくらいに。


「いや、何か問題があったわけじゃない。兼ねてからの懸念事項というか……いつかは調べないといけないと思っていたことに手を出して、その結果が満足いくものだったってだけだ」


 事も無げに肩を竦めながら言うフェルズ……いや、ハーピー達を助ける傍ら、商協連盟という大勢力を潰しておいて、そんな軽い話であったわけがない。


 それを食事ついでの雑談程度に語るような奴は……世界広しといえど、フェルズだけだろうな。


「そうか……俺で手伝えることがあったら言ってくれよ?」


「十分頼らせて貰っていると思うが……そうだな。後で一つ新しい仕事を頼みたいんだが、いいか?」


「おう。勿論構わないぜ?何をするんだ?」


「くくっ……相変わらず真面目だな。だが、とりあえず今は食事を済ませよう。仕事の話はそれからでいいだろう?」


「む……そうだな。すまん」


「いや、先に仕事の話をしたのは俺だからな。ところで、最近リュカーラサはどうしてる?」


 気にするなと言いながら話題を変えるフェルズ。


「あいつは……今はまだ農業を覚えている最中だな。まぁ、見回りが基本で、収穫は……今作物を一周した所だな。手際は悪くないと思うぞ?」


「そうか。羊はどうだった?」


「……あー、ちょっと気味悪がっていたが、そういう物だと思ってそこまで大きな反応は無かったな」


「なるほど……それは予想外だったが、忌避感が無いのは良かったな」


 精肉されてパックに詰められた肉しか知らないようなもんか?と呟きながらフェルズは食事を進める。


 言葉の意味は分からないが……なんとなく言いたい事は伝わって来た。


「因みに、アプルソン男爵の所はどうだ?」


「先日行った時は、順調に収穫していたぞ。種の管理以外は驚くほど楽な作業だと言っていたな。それと、先月分を帝都に納品した時に、果物だけじゃなく野菜の生産も始められないか打診されたそうだ」


「新しい作物か……バンガゴンガの目から見て、彼らは出来そうか?」


「今の生産量なら二、三種類増えても問題ないとは思うが……それ以上となると人数的に厳しいだろうな」


「種の管理があるからな。かと言って、軽々に人数を増やすことは出来ない。その辺りどうするかは、帝国と協議する必要があるな」


「帝都側もそれは分かっているようだし、可能かどうか確認しただけといった感じだったみたいだな」


 エインヘリアの農作物は、一口で分かるほど味が違うからな……より多くの作物が欲しいと思う気持ちはよく分かる。


 帝都側もアプルソン領にまだ余裕があるかどうかを確認しただけで、エインヘリアにその話をしていないってことは、現状を把握できているということだろう。


「そうか……種の管理は手を抜けないからな。下手に流出して俺達の管理外で生産されたら、大変なことになりかねないからな」


 そういってフェルズは眉を顰めた後、何かに気付いたように苦笑を見せる。


「いかんな、食事中に仕事の話はと言っておきながら、また仕事の話をしてしまっているな」


「む……確かにそうだな」


 フェルズの指摘に俺も苦笑しながら応える。


 リュカにもよく注意されるんだが……これは性分だからな。


「そういえば、今日はリュカーラサと一緒ではないのか?」


「あぁ、アイツは……今は訓練中だな」


「訓練?」


 首を傾げるフェルズに俺は頷いて見せる。


「あぁ、どうやら敵の英雄に手も足も出なかったのが相当悔しかったみたいでな。ブートキャンプって奴に週に何回か参加させて貰っているらしい」


「ふむ、アレは新兵訓練なんだが……まぁ、他の仕事もあるし、丸々参加するってのは無理か」


「そこで基礎を学んでから、本格的に鍛えるつもりらしい」


「アグレッシブだな……まぁ、バンガゴンガも鍛えているんだろ?」


「少しな」


「嫁さんに負けない様にな」


 何気ない様子で放たれたフェルズの言葉に動揺した俺は、啜っていたうどんが変な所に入り咽る。


「ぐほっ!?」


「……大丈夫か?」


 若干俺から距離を取るように身を引きながら、フェルズが尋ねて来る。


 俺は口元を手で押さえ何度か咳き込んだ後、水を一気に飲み干し……ようやく落ち着いた。


「……嫁ってどういうことだ?」


「ん?リュカーラサはお前の嫁だろ?」


「いつからそうなった!?」


「違うのか?大変仲睦まじいと報告が来ているが?」


「なんだその報告は!一国の王に報告するような内容じゃないだろ!」


 どうなっているんだ!この国は!


「落ち着け。流石に報告書が上がってきている訳じゃない。ただ、農業に従事しているゴブリン達や、建築関係のドワーフ達からそういう話を聞いたというだけだ」


 フェルズは最後の一口を咀嚼した後、手を合わせご馳走様と呟く。


 汁が飛ばない様に警戒しながら食べていた俺よりも食べ終わるのが早いが……今の問題はそれじゃない。


 何故、俺とリュカが夫婦と言われているかというところだ。


「一体どうしてそんな話に……普通に面倒を見ているだけだろ?」


「年頃の男女が同じ家に住んでいるのだから、そういう風に見られるのは当然じゃないか?」


 一緒に住めと言った張本人が、あっけらかんとそんなことを言う。


 ……俺は初めて、大恩人にして友人でもあるフェルズに殺意を覚えた気がする。


「まだエインヘリアに慣れていないから、一緒に住んでいるだけだろ?そもそも、それを勧めたのはお前じゃないか」


「ふむ?てっきり一緒に暮らすつもりだったと思っていたのだが……違ったのか?」


「そういうつもりはなかったが……まぁ、お前に言われてから二人で相談して決めたな」


 ……そうだな、俺達が相談して決めたのだから、フェルズに対して怒りを覚えるのはお門違いというヤツだろう。


 すまん、フェルズ。


 俺は心の中で詫びつつ、珍しくきょとんとした表情をしているフェルズを見る。


 ……やっぱり少しくらいは怒ってもいいような気がしてきたな。


「結婚しないのか?」


「いや、そういうのはまだ……」


「そうか、まだか」


「いや、待て。今のは言葉の綾だ」


「しないのか?」


「……むぅ」


 何の邪気もなさそうな表情でこちらを見ながら聞いてくるフェルズに対し、俺は言葉に詰まり唸ってしまう。


 そんな俺の様子を見たフェルズが表情を一変させ、良く見せる皮肉気な笑みを浮かべる。


「くくっ……やはり、責任はしっかりと取らないとな」


「責任を取らないといけない様な事はしてねぇよ!」


「くくっ……まだ、な?」


 そういって笑みを深めるフェルズ。


「……ちっ」


 俺は乱暴にカレーうどんを掻き込んで器の上に箸を置く。


 そんな俺の様子を見て、フェルズは肩を揺らして笑っているが……その姿が非常に腹立たしい。


「結婚式は盛大なものにしてやろう」


「おい、やめろ!」


 とんでもない事を言い始めたフェルズに俺は叫ぶ。


「いや……これは冗談ではないぞ?妖精族同士の結婚を国が正式に開催するのは、良いアピールになる。しかも片方はこの辺りでは忌避されていたゴブリン……お前達には申し訳ないと思うが、エインヘリアと妖精族の未来の為にも、結婚式は派手にやるべきだな」


「……」


 表情を真剣な物に変えたフェルズの言葉に、俺は改めて考えさせられる。


 妖精族への偏見……とりわけ、この辺りの人族にとってゴブリンは迫害の対象。エインヘリアによってゴブリン達の地位向上は進められているが、長年にわたって排斥して来た相手を、国の命とは言え一年やそこらで払拭できるハズがない。


 政治的な利用という事でリュカには申し訳なく思うが、妖精族の未来の為、そういったアピールは重要なのだろう。


「人族と妖精族の婚姻であれば、アピールとしてはもっと良かったのかもしれないが、人族と妖精族の間に子は成せないらしいからな。国として積極的に推奨していくのは少しな……。まぁ、養子という手もあるし、婚姻自体は自由に結んでもらって良いのだが……国として、今は産めよ増やせよといった政策を推したい所だな」


「そうか……いや、そうだな。そういった事を積み重ねて、未来というのは作られていくわけだからな」


「あぁ。目標を見失わず地道に積み重ねていけば、いつの日か俺達の望んだ未来に辿り着いている筈だ」


 それは数十年……いや百年単位で時間のかかる話なのかもしれないが、それでもフェルズは俺達妖精族の為に積み重ねていこうと言ってくれる。


 そんな王だからこそ、俺達は全力でその期待に応えたいと思うのだろう。


「感謝する……」


「くくっ……気にするな。よし、じゃぁ来週あたり結婚式をするか」


「いや、待て!それは性急すぎるだろう!?」


「大丈夫だ。バンガゴンガの為なら皆頑張って準備をする筈だ」


「それも凄まじく悪い気がするが……リュカにそんな話何もしてねぇのに、いきなりはねぇだろ!?」


 そもそも、アイツ自身がどう思っているかってのも分からねぇんだ。


 一緒に住んでいるからって、いきなり結婚って話にはならんだろ!?


「来週までにプロポーズすればいいだろう?善は急げと言うしな」


「急いては事を仕損じるとも言うだろ!?振られる可能性だって十二分にあるんだぞ?」


「いや、無いだろ」


「あるだろ!?」


 何を言っているんだ?みたいな顔をしながらフェルズが俺を見るが、こっちが言いたい。


「なら、本人に聞きに行ってみるか?今から」


「待て!フェルズ!とりあえず座れ!」


 食器を手に立ち上がったフェルズを、俺は慌てて押し留める。


「少し待て!分かった!ちゃんと責任を取るから……もう少し待ってくれ!」


 捲し立てるように俺が言うと、フェルズがにやりとしながら席に座った。


「なら問題ない」


 あっさりと引いて見せたフェルズの姿に、俺は嵌められたことに気付いた。


 いつの間にか、リュカにプロポーズをすることが確定している。


「くそっ……」


「まぁ、遅かれ早かれって話だろ?」


 にやにやとしながら言うフェルズの事を睨みつけるが……まぁ、コイツにそんなものが通じる筈もない。


 俺の視線を受け流し、肩を竦めながらフェルズは話を続ける。


「さて、この話はここまでだ。さっき言ってた頼みたい事……仕事の話なんだが」


「あぁ」


 フェルズはコップに入っていた水を飲み干し、一拍置いた後ゆっくりと口を開いた。


「漁業ってどう思う?」


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