第306話 覇王様はよく分かっていない



 俺は、部屋から出ていくアルバラッドとレブラントをソファに座ったまま見送る。


 扉が閉じられて少し経ってから、俺は口を開いた。


「新しい情報機関か……それを任せるというのは、かなりの大抜擢じゃないか?」


「彼の管理能力は見事なものですし~商人としての強かさや優秀さは~商協連盟という商人達の組織の中で~十数年もの間トップに君臨していたことからも伺えます~」


「実績は申し分ないが……元は他国の商人、情報を扱うポジションに就けるのは危険ではないか?」


 まぁ、イルミットがその辺抜けているとは思えないけどね……。


「情報局の局員には~何人か外交官見習いを入れます~それと~情報局は~キリクの管理下に置かれますので~」


 そりゃ不埒な事出来そうにないね……。


 まぁ、それはそれとして……まだ疑問はある。


「何故、新しい情報機関が必要なんだ?」


「外交官や外交官見習いは~基本的に外の敵に対しての諜報員となります~。そして今回アルバラッド殿に任せる情報局は~主に国内の情報を集める機関になります~」


「国内の情報を集める機関か……」


 確かに、商協連盟を飲み込んだことで、エインヘリアは国土が一気に広がった。


 新たに加わった領土だけではなく、既存の領土にだって不穏分子が全く居ないという訳ではない。


 多くの民には受け入れて貰えているし、治安の向上にも尽力している。


 しかし、それでも何かしら不平不満は溜まるものだし、反発する組織は出て来る。


 エインヘリアとなったことで、職にあぶれた者もいたしね……魔物ハンターとか。


 そういう人達を出してしまうのは良い事とは言えないけど、だからといってそこに配慮して魔物を野放しにし、民に危険を強いる訳にはいかない。


 何かが便利になれば、その陰で職を失う人が出て来る……これはいつの世でも起こり得ることだ。


 為政者としては、そうやって仕事を失ってしまった人達に、新たな何かを提示してあげられれば良いと思うのだけど……全てを救う事は、神ならぬ人の身では不可能というもの。


 まぁ、俺の身体であるフェルズは……一度神になってはいるが、それはそれだ。


「奴の古巣……ビューイック商会は解散するか、その形態を大きく変えることになりそうだな」


「そうですね~恐らく情報関係の部下は彼自身が引き抜くと思います~。残された人材で情報処理をするのは恐らく不可能ですし~流通部門に関しても~飛行船の登場でそのやり方を大きく変える必要があります~。アルバラッド殿は既にそれに対応する案を持っていたみたいですが~私の知る限りでは~アルバラッド殿の後継足りえる人物はビューイック商会にはいませんね~」


 そして……言ってる傍から恨まれそうな話が出て来たな。


「ビューイック商会はどうなる?」


「一番可能性が高いのは~各分野それぞれで独立ですね~。輸送部門に関しては~上手くやれば生き残れるでしょうが~情報部門に関しては~すぐに潰れることになるかと~」


 アルバラッドが優秀な奴は引き抜くって事みたいだし……残された方は悲惨だろうね。


 しかし……なんでアルバラッドは自分が今まで全力で育て上げたビューイック商会を捨てて、エインヘリアの新しい情報機関で働くことを決意したんだろうか?


「アルバラッドはレブラントと違って賭けに負けた訳でもないのに、やけにすんなりとエインヘリアに仕官する道を選んだな?」


「それは~彼の気質といいますか~嗜好によるものですね~」


「ふむ……」


 嗜好……?


 上昇志向とかではなく、趣味嗜好の嗜好?


「彼は新しいもの~新しいことが好きなのですが~、それに自分の才覚で挑戦することが大好きなのですよ~」


 新しい事に挑戦したいってことか?


「彼が会長になる以前~ビューイック商会は~それなりに大きな商会ではありましたが~商売の内容は~今とは違い普通の卸売り業でした~。ですが~アルバラッド殿自身が立ち上げた~情報販売部門のおかげで~瞬く間に成長したのです~」


 情報の販売部門……この世界のやり方としては、かなり斬新な方法だと思う。


 俺の記憶にある世界では、情報は何よりも大事というのは誰しもが知る事だ。


 しかし、通信技術が発達していないこの世界では、一般的な情報の入手は、所謂風の噂って奴が主流で、情報としては不確かなものばかりだ。


 国レベル……帝国等であれば、専門の情報機関を持っていたりするが、一般人レベルで正確な情報を素早く手に入れるというのはほぼ不可能……だからこそ流言飛語がよく効くのだろうけど……識字率や通信技術の具合をみればそれは当然の話だ。


 当然、アルバラッド以外にも情報を売るという行為をやっている奴はいるだろうけど、アルバラッドはビューイック商会という看板を使い、集めた情報に信頼性という付加価値をつけて売った。


 それは『あの、ビューイック商会から買った情報ならば真実だろう』という不確かながら強力なカードで他は真似することが出来ない代物。


 情報はあくまで情報でしかなく、それを生かすも殺すも情報を得た者次第……アルバラッドは得た情報を商売に生かすのではなく、商品として売りさばいたわけだ。


 ローリスクハイリターンのお手本のようなやり口と言える。


「その功績を以て~アルバラッド殿はビューイック商会の会長へとなり~ビューイック商会を情報に特化した商会としての立場を確立しました~。この時点で~後発がビューイック商会の真似をして~情報を売り捌くというのはほぼ不可能になりますね~」


 そりゃそうだろう。


 既に情報網を構築してしまっているビューイック商会に対し、一から情報網を構築しようとしても、必ずビューイック商会の網にかかってしまい邪魔をされるだろうし……そもそも消費者はビューイック商会を信頼している。


 新規参入なんかしたところで信頼性において大きく負けているし、仮にその情報が正確であったとしても、ビューイック商会に行けば同じ情報を得られる可能性が高い……ひっくり返すには、ビューイック商会を超える資金力でビューイック商会そのものを買収する……くらいしか思いつかんな。下手な動きは一瞬でバレそうだし。


 よくもまぁイルミットは、そんな相手に何も悟られずに策を成功させたよね……どうやったん?


「そうやって~商協連盟その物を掌握したアルバラッド殿ですが~新しいものに挑戦したいという思いは~ずっと抱いていたようですね~。長年商協連盟の頂点にいた事で~自身もその事を忘れていたみたいですが~今回の事でその想いを取り戻したといったところでしょうか~?」


「なるほど。それで、商会を辞め新たな場所で勝負してみたいと?」


 エインヘリアの傘下に加わったことで、たとえアルバラッドが商会に残ったとしても今までと同じようにはいかないだろう。


 それはそれで新しい挑戦になりそうなものだけど……それよりもエインヘリアに仕官して仕事をする方が、アルバラッドにとっては魅力的だったということか。


「そうですね~フェルズ様のおかげです~」


 なんで……?


 そこに誘導したのはイルミットであって、俺は何もしとらんよ?


 最近やった事なんて、ルミナに右ころんをマスターさせたくらいよ?


 しかし、ここはあれだ……こうするしかない!


「くくっ……大したことはしていないさ」


「いえ~私もまだまだ考えが足りないと~猛省させて頂きました~。私の計画では~一年という時間をかけて~商協連盟の各商会に圧力をかけていき~アーグル商会を連盟の上層部に食い込ませて~それから各国を落とすつもりでしたので~。ですがその場合~アルバラッド殿を手に入れるのは無理だったと思います~」


 なるほど、さっぱり分からん。


 俺が商協連盟に対してやったことなんて、ムドーラ商会をぶっ潰して綺麗なムドーラ商会を誕生させたくらいなんだけど……。


「ムドーラ商会は~本当に良い使い方をされましたね~。アレのおかげで各商会だけじゃなく~各国とのやり取りも非常にスムーズに行きましたし~」


 ……脅したの?


 いや……最短ルートを選んだだけだな。うん。


「それになにより~今日この場でフェルズ様のお姿を見ましたからね~」


 俺の姿みたら……なんかあるの?


「アルバラッド殿は~商会ではなく~自分の力を試したいと考えるタイプです~。商人らしくはありますが~お金よりも挑戦が好きというのは~欠点であり強みでもありますね~。そういう人物にとって~フェルズ様のお姿は劇薬ですので~」


 ……俺ってなんかばら撒いてるの?


「……そういうものか」


「はい~」


 いつも通り……いや、いつもよりも機嫌良さげににこにこしているイルミットに、俺は曖昧に頷いて見せる。


 そうだ……丁度良いし、今話を通しておくか。


 おねだりをする時は、相手の機嫌が良い時に限るしね。


「イルミット、話は変わるのだが……少々実験したい事があってな。魔石を大量に使いたいと思っている」


「実験ですか~?どのような内容のものかお聞きしても~?」


「あぁ……昔の……以前のエインヘリアから人を呼び出せないかと思ってな」


「っ!?……以前のエインヘリアというのは~私達が元居た~、世界を統一した~エインヘリアですか~?」


 一瞬目を大きく開き驚いた表情を見せたイルミットだったが、すぐに普段通りののんびりとした様子で尋ねて来る。


「あぁ、そうだ。まだ実験という形だが……これが上手くいけば、向こうのエインヘリアから有能な人材やお前達の肉親をこちらに呼ぶことも可能だろう」


「なるほど~。因みにどのくらいの魔石が必要ですか~?」


「とりあえず、五億。呼び出す者の能力によってはもっと必要になるだろうが……とりあえず今回は、魔力収集装置の設置が出来る職人を呼ぼうと思っている。戦闘能力や内政力は一切求めないから、その分魔石の消費量は抑えられる筈だ」


「つまり~能力値に関わらず~一人を呼び出すのに最低五億が必要という事ですね~?」


「そうなる」


「魔力収集装置の設置は急務ですが~流石に五億ともなると~その方法で職人を増やすのは得策とは言えませんね~」


「そうだな。暫くは実験として呼び出すことになるから、魔力収集装置を設置できる職人か、メイド達を呼び出す事になるだろう。ある程度実験が終われば、内政要員や外交官となり得る人材を呼び出したいところだな」


「決して安い費用ではありませんが~魔力収集装置の設置が進んで行けば~簡単に回収出来ますし~分かりました~実験は何度程行う予定ですか~?」


 ……しまった。


 確かにその辺りは、もっとしっかり計画立ててやるべきだった。


「すまん。まずは最初の一回を行ってから計画を立てさせてくれ。それが成功するかどうかで今後の予定が変わって来るからな」


 本当は成功した時の案と失敗した時の案を出さないといけないんだろうけど……ちょっとフィオと相談しないとどうしたらいいか全然思いつかん……。


「畏まりました~。特別予算を組みますので~詳細が決まり次第教えて頂けますか~?」


 しかしイルミットは、俺のそんなあやふやな意見を受け入れてくれる。


 助かったと思う反面、大丈夫かしらという不安も感じるね……。


 いや、イルミットの事だから適当に言っているのではないのだろうけど……俺の言葉であれば全部飲み込む的なヤツだと後が色々と怖い。


「あぁ、その時はよろしく頼む。とりあえず三週間後に最初の実験を行うつもりだが……それは構わないか?」


「はい~問題ありません~。その実験には~私も立ち会ってよろしいですか~?」


「あぁ。他にもキリクやウルル、オトノハ、アランドール、カミラ、エイシャにも立ち会ってもらうつもりだ。元の世界の人材をこちらに呼ぶのであれば、広く意見は欲しいからな」


 リーンフェリアは言うまでもなく俺の護衛として傍に居るし……っていうか今もこの部屋にいるからね。


 わざわざ伝える必要はない。


「では、その旨を通達しておきます~」


「頼む。だが、まだ必ず成功するという訳ではないから、立ち合いを頼む者達以外には口外しない様に。特に肉親を向こうに残している者達にとっては、色々と思う所があるだろうしな」


「承知いたしました~。そのように厳命しておきます~」


 俺はイルミットに頷いて見せてから、どのような設定の人物を呼び出すか考える。


 フィオとの会話以降、少しでも時間が空くとその事ばかり考えているのだけど……流石にそう簡単には思いつかない。


 今度会議で皆の意見を聞くのも悪くないな……。


 そんなことを考えつつ、俺は実験に対する不安を飲み込んだ。


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