第305話 置物覇王再び
View of バークス=アルバラッド 商協連盟執行役員 ビューイック商会商会長 通称御大
「イルミット、客は……既に来ているようだな」
「お待ちしておりました~フェルズ様~」
その人物が部屋に入って来た瞬間……部屋の空気が密度を増したかのように重くのしかかって来た。
な、何が!?
部屋に入って来たのは、黒ずくめの美丈夫。
年のころは……恐らく二十歳くらい。
だが……その身に纏う威圧感が尋常ではない。
一目で分かる……。疑うべくもない、この人物……いや、この方がエインヘリアの王!
儂は急ぎソファから立ち上がり、その場に膝をつく。
「フェルズ様~こちらがビューイック商会の商会長~バークス=アルバラッド殿です~」
「ふむ。商協連盟においてイルミットが一番欲しいと言っていた者だな」
「一番欲しいというと~少し語弊が~」
「違うのか?」
「違いませんが~フェルズ様~。少し意地が悪くありませんか~?」
儂は頭を垂れたまま二人の会話を聞く。
本当に気軽な様子で立ち話をしているといった様子だが、その内容は音として聞こえて来るだけで一切頭の中に残らない。
ただ、押しつぶされるような圧力に膝をついたまま必死にこらえるしか出来ない……儂は一体何と会ってしまったのか……。
「アルバラッド、畏まる必要はない。頭を上げろ」
「……」
頭を上げるように命じられた儂は、一瞬心の中で躊躇する。
エインヘリアでは、王が直接下々の者に声をかけることは何も問題ないようだが……正直な所、顔を上げたくない。出来る事なら、このまま嵐が通り過ぎるまで顔を伏したまま過ごしたい……そんなことを考えてしまう程、エインヘリアの王は儂が今まで見て来た数々の王とは一線を画している存在に思えた。
エインヘリア王……陛下の気配が動きソファへと腰を下ろした事で、嵐が過ぎ去るのを待ちたかった儂の想いは儚く潰える。
「よい。頭を上げろ、アルバラッド」
「……はっ」
エインヘリア王陛下の言葉に従い、儂はゆっくりと身を起こす。
そして、ソファに悠然とした態度で座るエインヘリア王陛下へと向き直り、頭を下げる。
「御初御目にかかります。私は旧パーラトリー王国に籍を置いておりましたビューイック商会にて、商会長に就いておりましたバークス=アルバラッドと申します」
「うむ。アルバラッドよ」
「はっ」
「俺はあまり礼儀作法には拘らん。特にこういった場ではな。だから肩の力を抜いて、普段通りのお前と話をさせてくれ。それで不敬だなんだと言うつもりはない。俺はお前の本音が知りたいのだ、装飾された言葉でお前の考えを覆い隠す必要はない」
そういってエインヘリア王陛下は肩を竦める。
その仕草は実に気安いものに見えたが……身に纏う威圧感が、それがただのポーズでしかないことを物語っている。
不敬を働いた瞬間、儂の首は胴から切り離されているかもしれない……この王であれば、それをいともたやすく行うことが出来るだろう。
だがしかし……その言葉を否定するような態度をとる訳にも……ぐ、ただ王が部屋に入って来て一言二言発しただけで、このような状況になろうとは……!
「ふふふ~大丈夫ですよ~アルバラッド殿~。陛下は嘘偽りなく~貴方と本音で話がしたいとおっしゃられています~。そこには駆け引きも罠もなく~あるのは純粋な好奇心だけです~。私が推挙している~貴方という人物~それを見たいとおっしゃっているだけですよ~」
儂の葛藤を感じ取ったのか、王の御前であるにもかかわらず今までと同じように間延びした口調で話すイルミット様の言葉に、儂は覚悟を決める。
「はっ……申し訳ございません、エインヘリア王陛下。緊張してしまいまして……」
「くくっ……気にするな。誰しも緊張することはあるものだ。それよりも皆座れ、俺一人だけ座っているのは居心地が悪いぞ?」
そう言って皮肉気に口元を歪ませるエインヘリア王陛下。
その言動は、尊大でありながらも気安さを見せているのだが……やはりその威圧感は一切消える様子はない。
しかし、イルミット様とアーグル殿は、そんな王の威圧感を物ともせずソファへと腰を下ろす。
いや……イルミット様は自然体といった様子だが、アーグル殿は若干緊張しているように見える……まぁ、それでも儂とは比べ物にならない程落ち着いているようだが。
アーグル殿の様子に僅かな対抗心を抱きながら、同時に少しだけ安堵を覚えつつ儂もソファへと座った。
三者三様に着席する姿を見届けたエインヘリア王陛下が、イルミット様に向かって口を開く。
「さて、話を邪魔してしまったと思うが……何を話していたのだ?」
「まだ仕官の誘いをしたところです~」
「そうだったか。それで、アルバラッドはどうするのだ?」
流れも全て無視して、いきなり結論を求めて来るエインヘリア王陛下……いや、絶対者としての態度としては、こちらの事情等を一切気にしないという点で相応しいものにも見えるが……。
「フェルズ様~まだ条件等を説明中ですので~」
儂が何かを答えるよりも早く、イルミット殿が助け舟を出してくれる。
「む?そうなのか?すまないな。ならば、話を続けてくれ」
「はい~それでは失礼して~アルバラッド殿、先程言いかけましたが~アルバラッド殿には~現在エインヘリアに存在する諜報機関とは~別の諜報機関を立ち上げて貰いたいと考えております~」
イルミット殿の言葉を聞き、浮ついていた心が落ち着くのを感じる。
「別の諜報機関と言うと……私が商会でやっている方法を使った諜報機関ということでしょうか?」
「えぇ~その通りです~。勿論規模はビューイック商会で行っていたものよりも大きくなりますし~集まる情報量も~商会で取り扱っていた物とは桁違いの量になるでしょう~」
……もしや、情報量を増やし管理部門を機能不全に追い込んだのは、ここでこの話をする為でもあったということか?
たった一手で三つも利益を得ようとするやり方……商人としては理想的なやり口だが……やられた身としては、恐ろしいどころの話ではないな。
どこまでがイルミット様の掌の上なのか……。
儂は戦慄しながらも必死で思考を巡らせる。
「……その立ち上げから管理まで、私に任せると?」
「えぇ~、貴方が必要とする人材も機関の人間として登用致しますし~人事についても希望に添えるようにいたしますよ~?役職としては~情報局局長といったところですね~」
人事……部下についても、ある程度私の好きにやらせてくれるという事か……。
しかし……話の規模から考えれば、軽々に判断する訳にはいかない。
何より、商会を辞して仕官するということは、儂は商人であることを止めるという事。
それは今まで儂が培ってきた人生とは異なる人生へと踏み出すという事に相違ない。
儂が商人として扱ってきた商品は……普通の商人達が扱う物とは少々趣が異なる。
情報という物は実体のない商品であり、流通網……輸送についてはサービス業だ。
長年の実績により安心と安全を提供する、情報も輸送業も信用という長年積み重ねて来た実績を担保とした商品。
情報を扱う者は儂等以外にも少なからず存在するが、それでもビューイック商会が扱う情報の早さや正確性は何物にも負けないという自負があった。
だからこそビューイック商会は商協連盟における筆頭商会となり得た。
どんな素晴らしい商品、どんな欲望、悪徳を操る者達よりも儂が優位な立場だったのは、素早くかつ正確な情報を得て、それを操っていたからに他ならない。
そこで得たノウハウは、このエインヘリアという国でも通じるはず……いや、必ず通じる。
今は時代の転換期……あの時、役員会議中に感じた、未来に挑戦することへの胸の高鳴り。
新しい時代を相手に、どこまでビューイック商会は発展していけるのか……これ以上ないくらいに楽しそうだと感じたのは嘘ではない。だが、商人という立場を捨て、このエインヘリアという国そのものに、儂自身がどこまで通用するのか試してみたいという気持ちも確かにある。
どちらを選んでも挑戦という事に違いはないが……既に立場が確立しているビューイック商会と、全てを一から立ち上げこれから先も続くであろう国家の歴史の礎となるエインヘリアの諜報機関。
……儂がどうするか悩んでいる間、イルミット様は何も言わずに微笑んでいる。これ以上強要することなく、儂自身が納得して答えを出すのを待っているのだろう。
しかし……贅沢な悩みだ。
どちらを選んでも、儂は今までにない程忙しく、今までにない程面白いものを見ることが出来るに違いない。
儂はちらりとアーグル殿の顔を見る。
彼は賭けに負け仕官することとなったと言っていたが……儂と同じように選択肢を与えられよりやりがいのある方を選んだのかもしれない。
ならば……儂が選ぶのは……。
儂が答えを口に出すよりも一瞬早く、エインヘリア王陛下が皮肉気に口元を歪ませた。
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