第304話 御大の訪問

 


View of バークス=アルバラッド 商協連盟執行役員 ビューイック商会商会長 通称御大






 未だかつてない程混沌とした商協連盟執行役員会議から、半月余りが経過した。


 あの日まで完全にマヒさせられていた我が商会の情報管理部門だったが、翌日には一気に波が引いたように届けられる情報が減り、攻撃を受ける以前と同じ量まで落ち着いた。


 きっちりと秤で計ったかのような情報の動き方に、戦慄しか覚えなかったのだが……これからは、この国の庇護下に置かれることはこれ以上ない程頼もしく思える。


 ……いや、今のは強がりだな。


 正直に言えば、頼もしさよりも恐ろしさの方が上回っている。


 情報を集め、分析し、操ってきた……そんな儂だからこそ、どれだけあり得ない事をあの国がやってのけたのかが分かる。


 そもそも、送り込む情報を増やし相手の処理能力を超える……口で言うのは簡単だが、何故こちらの処理能力の限界が分かる?


 送り込んで来る情報量も、こちらの許容量をわずかに上回るラインをついて来るかと思えば、目的を果たしたであろう翌日には管理部が正常化される……エインヘリアのように転移や通信機能を使って即日情報を得られるのであればその動きもまだ分かるが、私達の情報網では末端が情報を得てから管理部の元に情報が来るまでタイムラグがある。


 どれだけこちらの事を把握しきっていれば、そんなことが可能なのだろうか?


 ……そんなことを今日まで幾度となく考えたが、その度に考えるだけ無駄だとため息とともに思考を終えていた。


 特に……今日はそんなことを考えている場合ではない。


 儂は目の前に聳え立つ流麗な城を見上げる。


 これがエインヘリア城か……そこらの小国の王城なぞ、比べ物にならない程見事な城だ。


 どうすればこんな城を今まで隠し通せてきたのか……龍の塒という場所の特殊性を差し引いても、一年前に突然この場所に城が現れたと言われた方が納得出来そうだな。


「ようこそお越しくださいました。アルバラッド殿」


 転移を終えた儂の前には、人の良さそうな笑みを浮かべながら頭を下げる男がいた。


「私はレンブラント=アーグルと申します。イルミット内務大臣の元までご案内させて頂きます」


「よろしくお願いします。ところで、レンブラント=アーグル殿というと、もしやアーグル商会の?」


「おや、アーグル商会を御存知で?」


 儂の問いかけに、意外そうな表情をするアーグル殿。


「当然ですよ。アーグル商会はここ数か月で急成長をしている商会ですしね。今の商会長は二代目で、初代がアーグル殿……まだお若いのに退陣されたのは、なるほど。エインヘリアに仕官されていたのですね」


「えぇ……まぁ、ちょっと賭けに負けてしまって……」


 苦笑しながら歩き出したアーグル殿について行きながら、話を続ける。


「賭け、ですか?」


「大したことではないんですがね、参謀であるキリク殿と進退を賭けて勝負して……あっさりと負けてしまい……商会の会長を辞することになりましてね」


「……それはまた」


 中々酷い事をする。


 自らが立ち上げ育てている最中の商会を捨てさせた……いや、乗っ取ったのか?


「あぁ、違いますよ?商会は私の側近だった者が継いでおります。エインヘリアはアーグル商会にとって善き取引相手といったところですね。まぁ、国外との取引は一手に任せて頂いたため、店舗数等は一気に拡大しましたが」


 私の懸念を感じ取ったらしいアーグル殿が、苦笑しながらかぶりを振る。


 ふむ……アーグル商会については、会長が変わってから急に表向きの情報しか得られることが出来なくなり、その動向も実際に動くまで一切掴めなくなっていた。


 扱っている商品もそうだが、寧ろその情報管理の執拗さから、エインヘリアの手が相当深く入っているとは思っていたが……元会長がエインヘリアに仕官していたとはな。


 本人は乗っ取りを否定したが、アーグル商会がエインヘリアの国営なのはほぼ疑いようがない。


 今後は我々もエインヘリアの製品を取り扱う事を許されたが……商会としてのパワーバランスは、今後アーグル商会一強となってもおかしくないな。


 そんな風に雑談というには実りのあり過ぎる話をしながら、儂はアーグル殿に案内されて何の変哲もない扉の前に辿り着いた。


「レブラントです。ビューイック商会会長のバークス=アルバラッド殿をお連れしました」


「どうぞ~」


 アーグル殿がノックをしてから声をかけると、部屋の中から間延びした女性の声が聞こえて来る。


 許可を受けたアーグル殿がゆっくりと開いた扉の向こうには、先日会議場で見た時と全く変わらぬ笑みを浮かべるたおやかな女性、イルミット様がいた。


「本日はお招きいただきありがとうございます。先日は挨拶もせずに大変失礼いたしました。改めまして、ビューイック商会で会長職に就いております、バークス=アルバラッドと申します」


「ふふふ~、先日は少し慌ただしかったですからね~気にしていませんよ~」


 穏やかに微笑みながら着席を勧めて来るイルミット様に従い、私はソファへと腰を下ろす。


 部屋にいるのは私とイルミット様、そしてここまで案内をしてくれたアーグル殿のみ。


 他に護衛の類は見えないが……これは信用されていると見るべきか?


「感謝いたします。それと、早々に我々への妨害をおさめて下さってありがとうございます。正直死活問題でしたので……」


 私が苦笑しながら二つ目の礼を伝えると、イルミット殿は笑みを崩さずに小さく頷く。


「無事機能が戻って良かったです~。それにしても~ビューイック商会の情報網は実に見事ですね~ありとあらゆる目と耳を使い情報を集める~娼婦、物乞い、衛兵、魔物ハンター、商人、農夫……商協連盟に存在するありとあらゆる人物全てが~ビューイック商会の諜報員といっても過言ではありませんね~」


「長年かけて築いた情報網でしたが……今回の事で不備がある事に気付かされました」


「情報を集める力は中々のものでしたが~分析部門の力が追い付いていませんでしたね~。そこを巻き返すことが出来れば良かったのですがね~」


「……そういう事でしたか」


 イルミット様のその言葉で、いくつかの疑問が氷解する。


 機能不全に追いやられたにも拘らず情報網自体は一切破壊せず、他の執行役員には会議の時点で根回しを終えていたにも拘らず、商協連盟内で高い地位にいる儂に直接コンタクトを取らなかったのは……儂とビューイック商会の力を試していたからか。


 恐らくエインヘリアは、儂の……情報収集能力を欲している。


 だからこそ負荷をかけ力を試し、敢えて接触はせずに対応力を見られていた……しかし、そう考えると、とてもではないが期待に応えられたとは言い難い結果だろう。


 まぁ、エインヘリアの情報収集能力は、我々を遥かに上回っているのだから本当に必要なのかどうかは疑問だが。


「いえいえ~期待には十分応えてくれましたよ~?」


 儂の心をあっさりと見抜いたイルミット殿は、表情を変えずにそう告げて来る。


「勿論、こちらの想定を超えてくれれば~もっと嬉しかったのは確かですがね~」


「……お恥ずかしい限りです」


「悔いる必要はありませんよ~。はっきり言って~ビューイック商会の情報収集能力は~帝国の情報機関のそれを上回っています~。それを最大手とはいえ~一商会が掌握しているのですから~これは驚嘆に値することですよ~」


「……」


 イルミット殿の言葉には一切の他意が感じられず、素直に称賛していると感じられる。


 ……感じられるのだが……この人物は見た目以上に厄介な人物だ。


 心の底から称賛しているようにしか感じられないが、同時にこちらを値踏みしているのは間違いないだろう。


「エインヘリアの情報機関は、我々の一歩や二歩と言わず、桁違いの能力を持っているとお見受けしますが……」


「そうですね~ビューイック商会のやり方とは違い、私達は専属の諜報員を使っていますが~ビューイック商会のやり方も~取り入れていきたいですね~」


「……私に何をお求めでしょうか?」


「こちらのレブラントと同じように~商会代表を辞して~エインヘリアに仕えませんか~?」


「……ビューイック商会ごとではなく、儂だけ……ですか?」


 てっきり情報網ごと欲っしていると思ったのだが……そうではないのか?


「ビューイック商会を情報機関として取り込んでもいいのですが~ここまで育てた大切な商会を取られるのは面白くないでしょう~?勿論~ビューイック商会の情報網は惜しいですが~私達はそれ以上に~商協連盟内でのビューイック商会の地位を不動のものとした~貴方の手腕を買っております~」


「……」


「どうでしょうか~?貴方には現在ある諜報機関とは別の~」


 そこまで口に出したイルミット殿が突如言葉を切り立ち上がる。


 その事を疑問に思うよりも一瞬早く、部屋の扉を開き一人の人物が姿を現した。


 

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