第303話 これからとアレのこと



 そういえば、最初は何の話をしていたんだっけ?


「領土が一気に広がったとか、商協連盟の話とかじゃろ?」


「あぁ、そうだったな。しかし、領土もそうだが……ベイルーラ地方の人口が百万行くかどうか、商協連盟全体で二千万ちょい……エインヘリアの総人口が一気に膨れ上がったな、トータルで四千五百万くらいいったんじゃないか?」


「凄まじい数字になったものじゃな。帝国は五千万以上じゃろ?魔力収集装置の設置が追い付けば、毎月十億の魔石が手に入る訳じゃ」


「確かに数字上はそうだが……流石に帝国全土とベイルーラ地方を含めた新たな領地に魔力収集装置を設置するには、年単位で時間がかかりそうだな」


「じゃろうなぁ。ドワーフ達のおかげで人手はかなり増えたが、流石に時間がかかるのう」


「まぁ、こればかりはな。帝国は主要都市を中心に、商協連盟の各国およびベイルーラ地方は国境沿いを最優先。それと、商協連盟には数は少ないみたいだが、ドワーフとスプリガンが住んでいるみたいだから早めに保護……いや、接触しておきたいところだな」


 スプリガンか……そういえばギギル・ポーでキーポってスプリガンの商人と知り合ったっけ。


 宿に呼んで少しだけ話してみたが、本業が行商人らしくその後交流は出来ていないが……商人らしく、軽妙なセールストークと距離感でこちらの口も軽くさせて来る奴だったな。


 あの時は、素性を隠したが……結構油断ならないタイプに見えた。


 まぁ、悪意があるというよりも商売好きって感じだったが……そういえば、スプリガンは商人が多いって言ってたっけ。


「スプリガンは大昔から流浪の民じゃったからのう。好奇心が強く、一つの所に長くとどまる事をあまり好まない者達じゃ」


「行商って、決まったルートを周るんじゃないのか?」


 俺のイメージ的には、同じルートを巡って仕入れと販売を繰り返して儲けを出していくって感じだったんだけど。


 スプリガン的に、同じ場所をぐるぐる回るってのは、そこまで刺激的って事もなさそうだけどな


「どうなんじゃろうな?私もその辺りは良く知らんが、スプリガンが好んでやっておるということは、その好奇心を満たせるだけのものがあるのじゃろうな」


「ふむ……まぁ、何にしても、スプリガンを魔力収集装置の傍に長く住まわせるのは、少々難しそうだな」


 旅好きであまり定住しないとなると……全ての集落に魔力収集装置を設置出来ていない現状では、スプリガンを他の妖精族と同じように狂化から守るというのは難しい。


 移動するなと命じればいいだけかもしれないけど、そこは個人の自由だしな。


 守ってやるから言う事聞きなってのも、ちょっと違うよね。


 まぁ、狂化されると周りにも被害を出しかねないから、強制しても良い気はするけど……だからといって押さえつけるのは、エインヘリアの方針にそぐわない。


 かといって、広く公布……妖精族が狂化する危険性があるってことと、魔力収集装置の傍にいれば大丈夫って話を広めると、妖精族全体が迫害の対象になりかねない。


 しかし、定住せずにあちこちに点在するスプリガン達全員に、狂化や魔力収集装置の事を知らせるのは……かなり難しい。


「どうしたもんかな……」


「そうじゃな。スプリガン独自の繋がりやコミュニティがあれば良いのじゃが……」


「なるほど……スプリガン達の繋がりか。そうだな、イルミットに確認をしてみるか。商協連盟にそういった商会とか存在するかもしれないしな」


 フィオのおかげで一つ指針が出来た。


 もしそういった繋がりが無かったとしても、イルミットなら何かしら手を考えてくるだろう。


 まぁ、頼り切りというのもアレなので、こっちから提案だけはさせてもらうが。


「いや、考えたのは私じゃからな?」


「……俺が自分の夢の中で辿り着いた答えなのだから、それはもう俺の考えといっても良いのでは?」


「良いわけないじゃろ?お主はお主、私は私じゃ」


「……まぁ、それはそうだが」


 俺が憮然としながら言うと、何が面白いのかフィオは満足気な笑顔を浮かべながら口を開く。


「スプリガンに関しては、とりあえずそうやるしかないじゃろうな。それはそれとして……今後はどう動くつもりじゃ?」


「今後か……今回一気に国土が広がったからな、暫くは国内の安定を進めるつもりだ。イルミットが上手く商協連盟を飲み込んでくれはしたけど、国内に火種が無いというわけではない。勿論、魔法大国とか教会の連中とか今代の魔王とか、外には気になる勢力があるけど……そっちに手を出すのは、もう少し情報を集めてからって感じになるだろうな」


「成程のう」


「それに何より、俺の目的は……あー、まぁ、魔力収集装置を設置していくことだからな。現状、領土ばかり広がってそっちの手が追い付いていないのは、本末転倒というものだろ?」


 国の人口は増えているけど、そこから魔石を手に入れられなければ意味はないしね。暫くは魔力収集装置の設置を最優先に動くべきだ。


 うちの大事な収入源だし、魔石が無かったらエインヘリアは身動きが取れなくなるからね。


 でもなぁ、ドワーフ達のおかげで以前より人手は増えたものの、流石に帝国と商協連盟の領土に設置を進めるとなったら心もとないよな。


 メイドの子達にアビリティを覚えさせて、開発部に回すという手もあるけど……現状、メイドの子達はかなり忙しそうにしているからな。


 いや、俺にはその姿を見せたりはしないんだけど……あの馬鹿でかい城を隅々まで管理するには、正直百人単位で人手がいると思う。でも、流石にそんなにはメイドの子達いない。


 城の管理をこの世界の人達に任せるって手も勿論あるけど……そうなると、機密とかそもそもの能力とか色々な点がなぁ……。


 そんな状況なのに、これ以上開発部に人を回すのは……正直気が引ける。


 かと言って、ドワーフの職人達に魔力収集装置の設置だけを任せるわけにもいかない。


 戦闘部隊の子達に新しくアビリティを覚えさせて、魔力収集装置の設置業務を兼任させるという手もあるけど……彼等は彼等で治安維持部隊の応援もあるから、結構忙しい。


 となると……新規雇用契約書の出番なんだけど……最低五億からだもんな……正直割に合わない。


 それに新規雇用するなら、リーンフェリアのお姉さんとかジョウセンの妹とか、うちの子達と関わりのある人物を雇用してあげたいし……今の候補の二人はどっちも開発系っぽくないもんな。


 ワンチャン……ジョウセンの妹は情報が天使ってことしかないから、開発系天使にするって手もあるけど……まぁ、その辺りはジョウセン次第だよな。


 少なくとも、レギオンズ時代にはジョウセンの妹に関する設定なんて、溺愛している妹がいるって程度しかなかったわけだし……。


「どうしたもんか……」


「あー、頭を悩ませているところ悪いんじゃが、一つ提案があるのじゃ」


「ん?」


「新規雇用契約書の件じゃが、最初はリーンフェリアやジョウセンの肉親ではなく、全く新しい人物を生み出してはどうじゃ?」


「なんで……?」


 フィオの提案に俺が首をかしげると、フィオは真面目な顔をしながら続きを口にする。


「新規雇用契約書によるキャラクターの作成。ゲームであれば何の問題も無い行為じゃが、この世界においては初めて行うことじゃ。いきなり肉親を生み出して変な事になる前に、一度試しておいた方が良いと思うのじゃが、どうじゃ?」


「……確かにその通りだな。リーンフェリア達の件を早く進めないとって思っていたけど、肉親を呼び出すのであれば失敗は出来ない。実験をしておくべきだな」


「うむ。それと、もう一つ……新規雇用契約書によって生み出された人物じゃが、元の世界……つまりレギオンズの世界からお主が召喚した、という事にすれば、話がスムーズになるのではないかの?」


「……おぉ、確かに。その辺も全く考えていなかったな」


 新しくキャラを生み出す事やその能力の事ばかり考えていて、現実的な所をおざなりにしていたようだ。


「実験として生み出されるものには申し訳ないが、何度か試して……リーンフェリア達の肉親を問題なく呼び出せると確信がとれてから行うべきじゃろうな」


「……おいおい、どうしたフィオ。今日のお前……冴え渡っているじゃないか。変なもんでも食ったのか?」


「生憎と飲食は不要じゃ。まぁ、お主も中々頑張っておる様じゃし?少しくらいは至らぬお主を手助けをしてやろうと思っての。感謝にむせび泣きながら、靴を舐めてもいいんじゃよ?」


 そういって、これ見よがしに足を組み直すフィオ。


 ドレスが少しだけめくれ上がって、ほんの少しだけ白く細い足が見えたけど……ふっ……所詮は膝下。


 太ももまで見えたならともかく、ふくらはぎ程度が見えたところで、覇王の心は動じんよ……。


 それを見せつける為にわざわざテーブルを消したようだが、浅はかな魔王よ!


「そう心で言いながら足をガン見しておるお主は、気持ち悪いのう」


「気持ち悪くねーし!」


「いや、気持ち悪いわい。そもそも、気持ち悪いかどうかを決めるのは見られた側であって見た側では無いわ」


「……」


「……」


「……とりあえず、新規雇用契約書に関してはフィオの案を採用させて貰おう。しかし、お試しで五億も消費するってのは、中々心に響くものがあるな……」


 俺はフィオ……の足から視線を逸らしながら、顎に手を当て真剣な表情で思い悩む。


「こればっかりはどうしようもないのう。じゃが、国庫にはかなり余裕があるのではないかの?」


「あー、十億は軽く超えているけど……あぁ、そうか。今回呼び出す奴は、能力値初期値のままでも問題ないか」


「どうせなら、開発部用のアビリティだけ覚えさせておけばよいじゃろ?」


「それもそうだな。それなら五億に多少上乗せするだけで呼び出せそうだ。よし、イルミットに断って魔石を使わせてもらうとするか。最初はリーンフェリアに立ち会ってもらって……フィオのアイディアを採用して説明すれば……うん、これから魔石収入はガンガン増えていくし、実験さえ成功すれば、一年くらいでリーンフェリアのお姉さんを呼び出すことも可能だろう」


「リーンフェリアの姉は内政要員じゃったな?ジョウセンの妹はどうするんじゃ?」


「ジョウセンからの聞き取り次第になるけど、最悪はメイド枠だな。まぁ、何にしても実験次第だ。近日中に新規雇用契約書を使ってみるか。何か注意点とかあるか?」


「……流石、一年も王をやれば多少は慎重になるようじゃな。成長を感じられて嬉しいのじゃ」


「……アレはお前にも原因があったと思うんだがな?」


 俺は最初の頃の数々の失敗を思い出し、フィオを睨むようにしながら言う。


「人の話を最後まで聞かなかったり、優しく美しい私を誹謗中傷するようなことを言うから罰が当たったのじゃ」


「どう考えても人災だろ……」


「ほう?」


 フィオの目が若干細くなり、剣呑な光を帯びた。


「……いや、今回は額が額だし、マジで勘弁してくれ。悪かった」


 俺は降参するというように両手を上げながらフィオに謝る。


 フィオとの会話は気兼ねなく話せる分、どうしても余計なことまで言い合ってしまうのが……良いところでもあり悪いところでもあるな。


「う、む。いや、私の方こそ悪かったのじゃ。注意点は……システム的な点では能力を強化する時と同じじゃな。基本能力での作成で魔石五億を使用。能力値の追加で更に追加の魔石を必要とする……その必要な魔石量もゲーム時代の十倍以上必要といったくらいかの。じゃが、設定というかプロフィールだけはしっかり考えておいた方がいいじゃろうな。最低でもリーンフェリア達みたいにどんな見た目でどういった人物か、といった程度は決めておいた方が無難じゃろう。細かい部分や矛盾する部分は、私の行った儀式の方で受け止めて適当に改ざんするじゃろうがの。お主以外の者達の記憶のようにじゃな」


 俺が謝ると、若干フィオがバツの悪そうな表情になった後、真面目な様子で答えてくれる。


 ある程度、ファジーな部分は補完してくれると考えて良いみたいだな。


「なるほど……分かった。その辺も含めて最初の一人は実験って感じが強くなるな。そうだな……呼び出すのは四週間後にするか。呼び出して一週間様子を見てから、お前と相談したい」


 フィオと会うのは月に一回だから、そんなスケジュールで良いだろう。


 そんな俺の提案にフィオは頷く。


「うむ、了解じゃ。無事新たな人物を生み出せるように祈っておる」


 優しく微笑みながら告げられた台詞を最後に、俺は夢から現実へと移動する。


 今日も、覇王の一日が始まった。


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