第302話 深夜のお茶会

 


 友人の幼馴染を助けたら、国が十一個手に入ったでござる。


 ちょっと何を言っているのか、意味が分かりませんねぇ……。


 俺はそんなことを考えながら、ぼけーっと椅子に座ったまま天を見上げる。


 空は満天の星空だが、不思議と辺りは明るい……相変わらずの不思議空間だな、ここは。


「お主、だらけ過ぎじゃろ」


「ここと自室以外じゃ思いっきり気を張っとかないといけないんだから、少しくらいだらけさせてくれ」


 俺は向かい合って座っているフィオに、これ以上ないくらいだらけた態度で答える。


 覇王にあるまじきぐだり具合だが、フィオ相手にキリっとしても仕方ない。


「仕方ないってことはないじゃろ……」


「考えている事が筒抜けだったら、外面だけ取り繕っても意味ないだろ?」


 普段からそこに労力を割いているのに、わざわざ俺の考えている事を把握している相手に気張っても、疲労が溜まるだけだしな。


「まぁ、今更じゃしな。それにしても、一気に国土が広がったのう」


「あぁ。俺はてっきり、商協連盟とは正面からぶつかるもんだとばっかり」


「まぁ、そう考えるのが普通じゃろうな。じゃが、今回の件はかなりの妙手じゃろ。今まで以上に禍根なくエインヘリアに取り込めたのではないかの?」


 そう言って、テーブルに置かれていたカップを手に取り口に運ぶフィオ。


 ……ここでの飲食って、意味あるのかしらん?


「こういうのは気分じゃ」


「そういうもんか……でも、確かにフィオの言う通り、今までよりも禍根は少なそうだな。王族やら貴族は元々骨抜き状態だったし、商人達は俺が思っていたよりもずっとまともだったしな」


 最初に絡んだ商人が、バリバリあくどい事しかしてない連中だったせいで、商協連盟自体が悪徳商人ってイメージを持っていたけど、想像していたよりも遥かに商協連盟の上層部はまともな商売をやっているところが多かった。


 勿論、清廉潔白と言えるかは微妙な所だけど、あのムドーラ商会とかいうマフィアみたいな連中と比べれば至ってまともな商人だ。


 まぁ、ムドーラ商会にあった情報を見るに弱みになる情報がぼろぼろ出て来たけど……まぁ、どぎつい犯罪に絡んでいる奴はともかく、大半の商人達はそこまでやばい事には絡んでいない様だった。


 ……談合とかは散見されたけど。


 いや、政治にも影響を及ぼしている商協連盟という組織な時点で、その辺りはお察しって感じではあるけどね?


 うちの管理下でそんなことは許さんけど……。


「汚い部分をムドーラ商会という大物が握っておったからこそ、中途半端な勢力は伸びなかったんじゃろうな」


 色々と見つかった犯罪の証拠について考えていると、フィオが苦笑しながらそんなことを言う。


「あの商会は必要悪だったってことか?」


「あの商会があることで悲惨な目にあった者もおるし、助かった者もおる。利用し利用され、疎まれる以上に必要とされた……じゃからこそ商協連盟という一大組織の中で、あれ程の権勢を誇ったのじゃろ?」


「……」


「ほれ、お主があの港町で拾った子供。あれが良い例じゃ。あの子供にとっては、自分を拾ってくれた存在はムドーラ商会しかなかった。それまでスリで食いつないでおった事を考えれば、遅かれ早かれあの子供は命を落としておったじゃろう。それがムドーラ商会に拾われたことで、少なくとも安定した暮らしを送れるようにはなっておったじゃろ?」


 確かにそうだが……。


「確かに、お主の考えた通り、斡旋された仕事は犯罪の片棒を担ぐようなものじゃし、あのままあの子供が成長して、もっと重要な仕事を任せられるということは、それこそ犯罪者一直線な訳じゃが……あの子供にとって、そのくらいしか生きる道が無かったのも確かじゃ」


「……」


「この世界は、お主の記憶にある国と比べれば、技術も社会制度も倫理観もまだまだ発展途上。個人の努力だけでは底辺から這い上がる事はまず不可能じゃ。一握りの幸運があれば話は別じゃが、その幸運さえも数万人の内の一人に訪れれば多い方じゃろう」


「……」


「無論、弱者を食い物として自らを肥え太らせるやり方が正しいとは言わん。しかし、やり方が健全であろうと不健全であろうと、勝者が得て敗者が失うのは……お主の記憶にある世界でも同じことじゃろ?」


「……まぁ、俺だってこの世界で侵略戦争を……恐らく近年では一番やらかしてる訳だからな。それ自体は否定する権利も無いが……」


 でもなんか……もやもやするものはもやもやする……。


 偽善だろうと何だろうと、気に食わないものは気に食わないのだ。


「だからこそ、チャンスを与えようとするお主のやり方は非常に好ましいと思うのじゃ」


「ん?」


 チャンス……ってなんだ?なんかそんな事したっけ?


「公共事業の件や国営の孤児院や学校の件……これらは、今まで切っ掛けすら得られなかった者達が、這い上がるための大きな一助じゃ」


「……そんなことを考えていた訳じゃないが」


「それは分かっておる。じゃが、これらはどれも持たざる者達にとっては大きなチャンスじゃ。文字や計算を学ぶことは、お主の記憶の中では当たり前のことじゃし、その事に対するありがたみなぞ皆無じゃろうが……今この世界に生きる多くの者達にとっては違う。自らの存在を売ってでも得たい金であり知識なのじゃ」


「ふ、む……」


 俺としては経済活性と治安向上が主な目的だったんだけど……這い上がる為のチャンスか……。


「無論、その中でも落ちぶれる者は落ちぶれるじゃろうし、犯罪に走る者は後を絶たんじゃろう。じゃが、だからといって何も手を打たんというのは統治者として間違っておるし、為政者として無能に過ぎる」


「支配者的には……民は学が無い方が統治しやすいって感じじゃないのか?」


「それはそうじゃろうな。中途半端に賢しいものは害悪になりかねん。そういった者が幅を利かせるようになれば国は乱れる。それは国を運営する側としては面白い話ではないからのう」


「知った風な事を言って場を乱し、意味も中身も無い批判をする奴は多いからな。多くの者がそれなりの知識を得れば、そういった奴が湧いて出てくるのは目に見えている……か」


「口だけ達者な者は、どんな場所にも存在するからのう。そういう人物は得てして、責任というものを知らん……というのが統治者たちの言い分じゃな。じゃが結局のところ、統治者たちが恐れているのは、自分達の地位が脅かされること。まぁ、当然じゃな。数百の貴族に対し数百万の民……同じレベルの教育を受ければどちらがより優秀な者を輩出できるか、比べるまでも無いじゃろう」


「そりゃそうだな。分母が違い過ぎる。でも国としてはそういう優秀な奴が出て来て、それらを要職に就けることで発展して行くもんじゃないか?」


 国力を伸ばす為なら、寧ろ率先して民の能力を上げるように取り組んだ方がいいと思うんだけど。


「未来を思えばお主の言う通りじゃがな。じゃが、人というのは自らの不幸をまず恐れる生物じゃ。優秀な者が多く出てくれば、それだけ自分の地位が脅かされる……国の発展よりも個人の恐怖が優先される、そういうもんじゃ」


「……まぁ、確かに俺自身、この世界の人達に比べてぶっちぎった能力を持っているからこそ、こんな考え方をしているのかもしれんが……それだと先細りじゃないか?」


 俺の言葉に、何故かフィオは楽しそうに笑いながら応える。


「ふふっ、じゃから栄枯盛衰という言葉が生まれるのじゃ。生まれ、栄え、衰え、滅び、また生まれる。数百年、数千年に及ぶ歴史の果てに、お主の記憶にある様な世界に辿り着いたようにのう。そして恐らくお主の記憶にある世界も、これから先どんどん形を変え、より発展して、いずれは衰退していくのじゃろうて」


「壮大な話だが……ただの人の身ではその先を見ることは能わんからな」


 半世紀先は見ることが出来ても一世紀先を見ることが出来るのは、元の世界であってもほんの一握りの人達に過ぎない。


「普通はそうじゃな。まぁ、お主は普通の人族よりも長生きするじゃろうが」


「ん?」


「ん?」


 何の気もなしにといった様子で言ったフィオの台詞に俺が首をかしげると、何故かフィオも同じように首を傾げる。


「なんで俺が普通より長生きするんだ?」


「……そういえば話しておらなんだか。ほれ、かなり前の話じゃが、お主等が子孫を残せるかどうか調べておくと言ったじゃろ?」


「……なんかそんな話をしたような気もするが……何か分かったのか?」


「うむ。結論から言えば、お主等は普通に子を成せる。エインヘリアの者以外とでも問題はない……まぁ、妖精族とは無理じゃろうが、人族なら問題ないのじゃ」


「ふむ。それなら、うちの子達が結婚とかしても問題は無さそうだな」


 良かった良かった……恋愛はともかくとして、子が出来ると出来ないじゃ結婚後色々問題になるかもしれないからね。


「跡継ぎ等については安心して貰って大丈夫じゃ。まぁ、子供が出来やすい出来にくいは人それぞれあるじゃろうが……その辺りは何とも言えんのう。まぁ、それでの?その辺りを調べた時に分かったんじゃが、お主等の身体は私の行った儀式によって生み出された物じゃが、元となっておるのは数千年の間溜め続けた魔王の魔力じゃ。じゃからまぁ……どちらかというと、人族よりも魔族や魔王の魔力の影響をより濃く受けた魔神といった存在の方に近い感じじゃな」


「なるほど。そういえば魔神はちょっと寿命が他の種族よりも長いんだったか?」


「うむ。といっても二百年は無理じゃがな。だから恐らくお主等も百五十年くらいは軽く生きそうじゃ」


 百五十年……正直想像も出来ないくらいの長さだな。


 七十くらいまで生きられれば御の字かと思っていたんだけど……。


「想像していたよりも倍くらい長生きできそうってことか。まぁ、短いよりは断然いいな。調べてくれてありがとう、助かった」


「気にしなくて良いのじゃ。お主等を生み出したのは私の都合……これくらいはサポートの範囲内といったところじゃな」


 そう言ってお茶を飲むフィオは……どことなく得意気にも見える。


 しかしまぁ、子供を作れるという事と、大体の寿命が分かったのは助かるな。


 不滅の存在とかじゃなくてちょっと安心したが……キリクやイルミットが不滅の存在だったらエインヘリアは未来永劫安泰って感じだけど、流石にそういう訳にはいかなかったか。


 その辺り、残念でもあり安心でもあるといった複雑な気分だな。


 まぁ、何にしても次代の育成は大事ってことだ。


 しかし、人族よりも長い寿命と考えると、下手したら俺達の後継は今を生きる人たちの孫か曾孫……玄孫の世代という可能性もあるな。


 なんせ俺達、まだ一歳だからな……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る