第301話 商協連盟執行役員会議:閉会



View of バークス=アルバラッド 商協連盟執行役員 ビューイック商会商会長 通称御大






 静まり返った会議場の中、儂はいち早く正気を取り戻した。


 周りの様子を見ると……執行役員達も傍聴席に座る者達も皆一様に呼吸を止め、ただ会議場の出入り口を凝視している。


 無理もない事だというのは、儂自身よく理解している。


 ムドーラは商協連盟における裏の象徴。


 誰かをあのように怯えさせることはあっても、本人が幼子のように泣き叫ぶ姿なぞありえない。


 会議場に来る前の儂であれば、ムドーラがそのような姿を見せたと聞けば、情報を持ってきた者の正気を疑っただろう。


 ムドーラは己の面子を重視していた。


 もし、冗談であってもそんなことを言う者がいれば、確実に生かしてはおかないだろう。


 裏を牛耳るものとして舐められるわけにはいかない……というよりもアレは完全に本人の気質によるものだ。


 だが……恐らくムドーラはおろかムドーラ商会ももはや再起は不能であろう。


 それを確信させられるほど、あの一瞬の出来事は鮮烈であった。


「議長、そろそろ会議を再開するべきだろう」


「……はっ!そ、そうですね」


 儂が議長に話しかけると、肩を大きく震わせた議長が己の役割を思い出したように動き出す。


 呆ける気持ちはよく分かるが、そろそろ頭を働かせなくてはなるまい。


「それでは最初の議題ですが……あー、これは、その……」


 議長が今回の議題一覧に目を落とし、早速困ったように唸っている。


 まぁ、その気持ちは分かる。何故なら……。


「最初の議題は……その、エインヘリアについて、商協連盟としてどう対応していくか……ですが……」


 議長がその議題を読み上げた時、会議場の中にいる者達の反応は二つに分かれた。顔を顰める物と苦笑する者が半数ずつといったところか……。


「事ここに至って、商協連盟という枠組みは何の意味もない……とは言わんが、少なくとも従来のまま運営していくという事はあり得ない。我々が考えるべきは、対応というよりも身の振り方であろうな」


 儂の言葉に何人かが頷くが……執行役員達は考え込むようなそぶりを見せるだけで、あまり動きを見せない。


 なるほど……先程の女性……イルミット殿は事前に打診をしたと言っておったが、様子を見る限り、執行役員達は殆ど事前に何らかの話を受けているという事か。


 しかし……何故、儂の所は情報を封鎖するだけで会いに来なかったのだろうか?


 ……いや、あのイルミット殿の事だ、何かしらの理由があるのだろうが……正直気が気でないな。


「それを決めるためにも、まずはエインヘリアから事前に話を聞いている者達から語れる部分だけでも聞いておきたい所だな。ヒンギア商会の、どうだ?」


「……分かりました。ですが、私もこの会議の数日前に話を聞いただけなので、エインヘリアについてはあまり詳しくありませんよ?」


「それで構わん。多くの者……特に傍聴席にいる者達は、殆どエインヘリアについての情報をもっていないだろうしな」


「分かりました。では先程イルミット様が説明を省いた部分を中心に、話をさせていただきます」


 そういって、ヒンギア商会の会長がエインヘリアについて語る。


 ドワーフ製品や薬関係、それから今までにない効果を持った魔道具。


 それらの商品も実に魅力的な物ではあったが、儂としてはエインヘリアの行うという公共事業とやらが気になった。


 先程のイルミット殿の説明では、そこまで大きな内容という風には聞こえなかったが……ヒンギア商会のいう事が過大解釈でなければ、これは凄まじい経済効果のある事業と言える。


 下手をすると社会構造そのものが変容しかねんな……特に、エインヘリアのやり方は社会的弱者への救済が手厚い。


 公共事業の多くは、手に職を持っていない者達にも出来るような作業を多く展開。更に孤児院を国営化。奴隷制度に関しても国の許可が必要で監査も入る。


 今までは、ただ強者から食い物にされるだけであった者達への手助け……それもただ安易に金を与えるのではなく、社会全体に寄与させる形で。


 それを可能とさせる圧倒的資金力……普通に考えれば、弱者を救う為強者の力を削るという形で反映されそうなものだが……それも違う。


 富裕層への締め付けも、特にこれと言ったものがない。


 いや、寧ろ今まで以上に緩々な締め付け……いや、締め付けと呼ぶのも烏滸がましい何かだ。


 そもそも税率がおかしい……税率が低すぎて、逆に国家運営は大丈夫なのかと心配になるくらいだ。


 いや、今もその版図を広げながら、公共事業として国から市場にがんがん金を落としている以上、問題は無いのだろうが……その財源は一体何処なのか非常に気になる。


 道の敷設に治水、水道整備、辺境開拓……どれも非常に人と物、そして何より金が動く。


 無論それは……材料や人の輸送にもだ。


 最初、飛行船という輸送手段を聞いた時は、我が商会の流通網も過去の遺物となってしまうのかと思ったが、どうやらそうではない。


 飛行船は大都市間での移動や輸送をメインとしているようなので、各大都市から小都市、或いは地方への輸送等は、依然として我等の領分となるようだ。


 長距離の輸送は、儂等ビューイック商会であっても危険は少なくないし、コストも嵩む。


 それならば、大都市に作っている各拠点を物資の集積基地に変えて、飛行船を使った輸送と連携をとり馬車を使った短距離輸送用の流通網へと構築し直せば……。


 それには、飛行船の運行がどの程度のものになるかも確認せねばならん。


 一日一回は各都市に来るのか、それとも三日に一回なのか、はたまた十日に一回なのか……積載量は?輸送料は?夜を徹しての航行は可能なのか?


 通行税や関税はどうなる?


 関税には各地域の産業を守るという役割があるが……商協連盟であったころと違い、今はエインヘリアという一国に納まってしまった以上、その辺りはどうなる?


 ……ふむ。先程、イルミット殿が会議場から出ていくのを止めなかったのは失敗だったな。


 確認したい事、確認しなければならない事が多すぎる。


 いや、恐らくは冷静になる時間を与えられたという事なのだろうが……一度落ち着いてしまえば質問したいことが山積みだ。


 公布を待てという事かもしれないが……商人としてそれを大人しく待つというのもありえない。


 実際ヒンギア商会のように、既にエインヘリアから話を聞いている者達がいるのだ。


 現時点で既に何歩も出遅れている以上、急ぎ行動を起こさねば……それに情報管理部の件もある。


 十中八九エインヘリアによる攻撃だろうあれを今後も続けられては、いくら儂等であっても早晩干からびてしまう。


 早急に攻撃を止めてもらわねば……。


 ふっ……会議が始まる前に感じていた高揚とは、明らかに違う熱が胸に灯っているのを感じる。


 どんな事態が起ころうとも、儂は商人だ。


 その事さえ間違えなければ、進むべき道は無数にある。


 周りを見れば、誰もが目をギラギラと輝かせているが、恐らく儂の目も同じ色をしているに違いない。


 数十年に渡り続いて来た、商協連盟という一大勢力は……今日、終わりを迎えるだろう。


 無論、商人達の繋がりがこれで切れるというわけではない。恐らく、名と形を変えて、今後も我等は同志として、或いは敵として商売を続けていく。


 エインヘリアという大きな波にのまれた我等の船だが、その波は我等を大破するどころか、寧ろ新たな新天地へと誘う導きだったようだ。


 無論……ここにいる全ての者が、新天地へと辿り着けるわけではない。


 先程のムドーラの件……アレをただの見せしめと思えない連中は、この場にも少なからずいる。そういった連中は……生きた心地はしていないだろうが、大半の者にとってこれは福音だろう。


 優しさと厳しさを高い位置で同居させているエインヘリア。


 盤外から全てを飲み干してみせたそのやり口は、恐ろしくもあるが、同時に非常に頼もしくもあった。


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