第299話 商協連盟執行役員会議:開幕
View of バークス=アルバラッド 商協連盟執行役員 ビューイック商会商会長 通称御大
「「……」」
役員会議の開会は宣言された物の、何故かそのまま会議の進行役である議長が黙ってしまい会議場の中に一瞬の静寂が生まれる。
それを不審に思った傍聴席に座る一部の者達からざわめきが生じるが、執行役員達は一様に口を閉ざし動きを見せない。
そしてそれは儂も同じこと。
本来、議決権を持つ執行役員の為に円卓に用意された席は十一席……しかし今円卓に座る人数は十二……言わずもがな、十二席目に座っているのはとても商人には見えない雰囲気を漂わせた女。
ただ微笑みながら一言発しただけだが……完全にこの場を支配している女。
「折角の会議なのですし~色々お話しませんか~?」
にこにこと邪気の無い笑みを浮かべながら口を開いたその女がどう動くのか。
もはや、私の未来は彼女が何を語るか、そして語られた言葉に私が何を返すか……すべてはそれ次第だった。
View of イアスラ=レキュル 娼婦組合代表
私はイアスラ。
元々商協連盟西部にあるレガル王国の寒村で暮らす、農民の娘だった。
始まりはなんてことはない何処にでもある話……凶作の年、とても子供達を育てていくことが出来なくなった両親に、口減らしのために家を出された。
運よく、というか……私の両親はとても善良な者達で、口減らしの為であっても私を奴隷商人に売る様な事はせず、自立を求められただけであった。
無論、学もなく金もなく身一つで家から追い出された張本人としては、その幸運に感謝する余裕なんて無かったけれど……。
そこからは、いくつかの幸運と多くの辛酸を舐めながら私は必死に生きた。
行商人の下働きをしながらそこそこ大きな街へと連れて行ってもらい、そこで娼館に自らを身売りをした。
まずは下働きとして、先輩娼婦達の仕事ぶりを全力で学んだ。
人気のある娼婦、人気のない娼婦……高級娼婦と普通の娼婦、何が違うのか、どうすれば人気が出るのか、上客を手に入れるにはどうすれば良いのか。
いつか自分が『仕事』をする時の為、私は必死に学んだ。
娼婦は消耗品……だけど、使い潰されるわけにはいかない。
そう考えた私は、身売りで得た金を全て自己投資に費やした。
先輩娼婦達から技術、話術を学ぶと同時に文字や計算を始め文学、芸術、政治……多くの教養を学び続け、より上流の客の相手を出来るようにひたすら学び続けた。
そして当然、美しさを磨き上げた。
武器は自分自身。
身を切り、そして切った以上に武器を身に着け、私は男たちの前で微笑み続けた。
けして自らを安売りせず、だからといって高慢とならない様に……男の油断を誘い、そこから多くを学ぶ。
そうやって必死に娼婦を続けていく内に多くの後輩の面倒を見るようになった私は、気付いたら娼婦たちのまとめ役になっていた。
そしてその頃には、私は男たちが閨で語る情報の価値に気付いていた。
私達は男の心を癒す。
欲望を受け止め、一時の夢を与え優しく癒す。
私達は男の自尊心を満たして口を軽くし、多くを語らせる。
人は話を聞いてくれる人を求めているのだから……。
そうやって得た情報を使い、私は娼婦として働けなくなった娘達の為にいくつかの商売を始めた。
勿論、娼婦である私達が大っぴらに商売をすれば、ありとあらゆる方面から妨害されるのは目に見えていた為、引退した娼婦達が食べて行ける程度の小さな商売を、私以外の名義で幾つも立ち上げたのだが……どうやったかは知らないけど、その行為が御大の目に留まったのだ。
無論それは歓迎すべき事だった。
商協連盟最大の商会、ビューイック商会の後ろ盾は、ただの娼婦に過ぎなかった私にとって何よりも心強いものであったし、引退した娼婦達の商売の幅も広げることが出来たのだから。
そして私は御大の命により、娼婦達を纏め上げる組合を作り娼婦達の集めた情報をビューイック商会へと届ける役割を得て……いつの間にか、こうして役員会に参加するまでになった。
勿論、傍聴という形でではあるけど……それでも数年前までただの娼婦であった私がここまで来られたのは、とんでもない成果だと言える。
娼婦に、そして商売に必要なのは自己研鑽と勤勉さ、愛嬌、狡猾さ、そして運。
努力を惜しまないのは当然、女である私がここまで上り詰めるには、女であることを最大限利用したからこそ……今日、その女を見るまでは考えていた。
「折角の会議なのですし~色々お話しませんか~?」
高級娼婦として多くの男と情を交わし、時に惑わせてきた私から見ても、その女の美しさは異常だった。
優し気な笑みや声は、男であれば簡単に騙されるだろう。
これ以上ない程に整った容姿は、まだ性に目覚めていない子供であっても惹きつけるだろう。
そして何よりあの豊かな双丘……娼婦の中でも胸の大きな娘は非常に人気はあったけど……あの女のそれは、その容姿も相まって凄まじい破壊力を持っている。
多くの男は間違いなくそこに目を奪われるのだろうけど……私は何よりもその女から滲み出る自信に目を奪われた。
「そうですね~私の事を知らない人も少なからずいるでしょうし~まずは自己紹介をしましょうか~。由緒あるこの場で~突然得体のしれない人物が現れたら不審でしょうし~」
そう言ってその女はゆっくりと立ち上がる。
……その一挙手一投足が人を強烈に惹きつける。
うちの娘達に見せたいわね……あれ、いえ、あの人の全てが勉強になるわ。
でも……あの喋り方はちょっと無しね。
「私は~エインヘリアにて内務大臣を任せられております~イルミットと申します~」
……は?
エインヘリアの、内務大臣……?
間延びした口調でイルミットと名乗ったその女性の肩書を聞いて、会議場内に小さなざわめきが生まれる。
いや、それも当然でしょうね……商協連盟における中枢部に、いきなり他国の重鎮が現れたのだから。
でも……動揺しているのは傍聴席にいる者達だけね。
御大を始めとした執行役員達には、動揺している様子が見られない……当然彼女がこの場に来ることを知っていたのでしょうけど……。
「今日この場に来たのは~皆さんにいくつかの提案を持ってきたからです~。勿論この提案を受け入れずとも構いませんが~出来れば話は最後まで聞いて頂けると嬉しいですね~」
のほほんとした口調ではあるけど、この場にいる誰一人として油断はしていない。
エインヘリア……突如として商協連盟の東側に現れた大国。
恐らくその軍事力は長年の仮想敵国であった大帝国をも上回る……そんな国の内務大臣が突如として現れて、警戒しない者はこの場には来られないだろう。
そして、多くの者が……今から発せられる彼女の言葉をどうすれば自分の利益と出来るか、その事に集中しているように見える。
「皆さんは~商協連盟の骨子~中心にして頭脳にして商協連盟そのものと言える方々です~。この貴族が権勢を誇る情勢の中~平民であった皆様が~これ程の力を持つようになるまで~並々ならぬ苦労があった事でしょう~」
まずは挨拶といったところみたいだけど……確か、エインヘリアでは貴族制を廃しているはず。
まぁ、貴族がいないだけで専制君主制である以上、他の国とあまり形態に違いは無いのかもしれないけど。
「皆さんの素晴らしいところは~貴族を廃することなく~既得権益をそっくりそのまま奪った事ですね~。これは途轍もない成果です~複数の国にまたがった~連盟という形であったからこそ成し得た偉業ですね~」
確かにイルミット殿の言葉は正しい。
商協連盟が発足する前、全ての権益は各国の王族ないし貴族の元にあった。
連盟はそれらをじわじわとはぎ取って行き、貴族達の有名無実化に成功した。
だからこそ連盟に参加していない各国は連盟を恐れる……いつか連盟の手が自分達の手に届き、自分達も全てを奪われるのではないかと。
「貴族達を飼い殺しにした手腕は見事です~。彼らの欲望を満たし~何もさせない~。それに各国を残したのも面白いですね~。商協連盟を一つに纏めて~国とすることも貴方達であれば可能だったはず~。それをせずに連盟という形のまま国を残したのは~貴族や王の力を纏めさせない為ですね~。形だけのものとはいえ~王のいない国というのは~今以上に各国を刺激しかねませんから~」
確かにそれは連盟を一つの国としなかった理由の一つではあるけど……。
「それに何より貴方達にとって大事だったのは~国という境目ですね~。自分達の中に敢えて国境を作ることで~融和ではなく競争を生んだといったところでしょうか~?一つ一つの取り組みが本当に面白いですね~」
そう、私達は商協連盟という一つの大きな枠組みの中に居ながら、更に各国に所属するという小さな枠組みに分かれている。
その帰属意識は競争心を生み、より上へ進むための原動力を生むために、敢えて残したものだと御大から以前聞いたことがある。
「ですが~、王族を名前だけのものに落としきったと考えるのは~早計でしたね~。お金も力も持っていなくとも~彼らは王族~。商人達の国であったとしても~王族は国の象徴として~民には認知されているのですよ~?」
「っ!?」
イルミット殿の言葉に御大が大きく反応する。
王族……?一体彼女は何を言って……?それに御大は何に気付いたの?
「ふふ~、この件はまだ発表していないので~知るのは皆さんが最初ですよ~?商協連盟に加盟している~ゾ・ロッシュ、バーラトリー王国、プルコッセ王国、レガル王国……他七国~。全ての国がエインヘリアへの恭順を示し~この度併合されることと相成りました~」
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