第298話 そして今年も会議が始まる



View of バークス=アルバラッド 商協連盟執行役員 ビューイック商会商会長 通称御大






 強烈な違和感を覚えながら、儂は用意されている席へと腰を下ろす。


 何故カツラ……?


 何処かの商会の新製品か?いや、先日まで薄かったり無かったりした者達が一斉に増毛されている様は、不気味以外の何物でもないが……一人一人の頭を見ると、実に自然な仕上がりとなっている。


 ……うぅむ。


 しかし……突然増えたカツラは違和感の塊でしかないが、それ以外にもどこか役員達が緊張しているように見える。


 儂ほどでは無いにせよ、執行役員達は既に何度も役員会議を経験しており、今更参加するだけで緊張することはないだろう。


 つまり、何かしら大きな案件を抱えていると見るべきだ。


 ……落ち着くのだ。


 あまりの光景に色々と度肝を抜かれてしまったが、これも敵の手の一つだとすれば……狙いは全く分からないが、その手の広さだけは凄まじいものと言える。


 対象は執行役員だけでなく傍聴席にいる連中にまで及んでいる……そして、幾人か落ち着かない様子を見せる執行役員、そしてそれら全てを上回る異常な姿を見せるムドーラ商会の会長。


 小さな違和感すら見逃さないと会議場に入る前は考えていたが、違和感が多すぎて考えが纏まらない……情報部門を麻痺させたのと同じ戦略と言えるが、これはかなりきついぞ。


 そんなことを考えていると、はたと新しい違和感を覚える。


 ……なぜ会議が始まらない?


 確かに会議開始時刻までは、まだもう少し時間がある。


 だが、普段であれば儂が会議場に入った時点で役員達はすべて揃っており、すぐに議長が会議の開始を宣言するのだが……。


 違和感を覚えた儂が今回議長を担当する者へと視線を向けると、議長は何らかの書類に目を通している様子だが……どことなく儂の視線から逃げているようにも感じられた。


 会議が始まらない理由は、何かを待っていると言ったところだろうが……問題は議長がその意に従っているという事だ。


 まずいな……商会の情報管理部門が攻撃を受け始めたのは半年ほど前。


 管理部門が十全に働いている半年よりも前の段階で相手が何かを仕掛けて来ていれば、確実にそれを察知出来ただろう。ならば、敵は管理部門に機能不全を起こしてから役員達へ接触したと見るべきだが……それにしては動きが早すぎる。


 執行役員達はアポイントを取るだけでも簡単な相手ではない……それを半年足らずでこの人数相手に影響を及ぼすレベルで?


 いや、執行役員達や議長の態度を見るに、既にその影響力は儂以上……?


 馬鹿な!


 確かに情報管理部門が攻撃を受けている以上、なんらかの動きがある事は分かっていたが……展開が早すぎる!


 ビューイック商会への攻撃と同時に役員達への根回し……いや、これは根回しなどと言う協力を求めるような簡単な物ではない。儂以上の影響力……これはもはや支配と呼べる。


 そんなことが可能なのか……?


 元々各役員と繋がりのあったものであれば……いや、儂やムドーラ商会のように影響力を持つ者であればともかく、普通の役員達では到底……ムドーラ商会?


 そうか!ムドーラ商会!


 商協連盟内の裏を支配するムドーラ商会であれば……執行役員達の弱みの一つや二つ確実に持っている。


 そして、尋常ならざるムドーラの様子……あれは、ムドーラ商会が狙い撃ちにされたということではないか?


 私が目を失っている半年でムドーラ商会を……?いや、他の役員への対応も考えれば半年もかけずに、あのムドーラ商会を追い詰めた?


 だが……どうすればそんなことが可能なのだ?


 確かにムドーラ商会を手中に収めれば、他の商会を従わせることはさして難しい事ではないかもしれない。しかし、そもそもムドーラ商会はそんな柔な組織ではない。


 ビューイック商会には劣るものの、確かな資金力と兵力。それに英雄の存在……たとえ儂が本気でムドーラ商会を潰そうとしても、半年足らずという時間では絶対に不可能だと言える。


 一体何が……儂は何と戦おうとしているのだ?


 未だかつて感じた事のない悪寒を覚えつつ、儂はムドーラ商会の会長へと声をかけようとして……音を立てながら大きく開かれた会議場の扉へと視線を奪われた。


 次の瞬間、椅子に座っていた執行役員達の大半が立ち上がり、扉に向かい……いや、扉から入って来た人物に対し頭を下げる。


 そんな者達の中でも、一際異彩を放っていたのが……ムドーラ商会の商会長だった。


 彼は地面に這い蹲るように……入ってきた人物に対し五体投地の姿勢をとり平伏しているのだ。


 あの、傲岸不遜……商協連盟の闇の王とまで言われた男がだ。


「会議開始の時間はまだだと窺っていましたが~流石、商人の方々は仕事熱心ですね~」


 その声を聞き、姿を目にした瞬間……儂は背筋に冷たいものが流れ落ちるのを感じた。


 入って来たのは女性。


 間延びした口調と柔らかな笑みは、非常に優しげな印象を受けるが……多くの人物とその欲望を見て来た儂には分る。


 あれは化け物の類だ。


 仮に、彼女の目的がこの会議場にいる全ての者の抹殺だとすれば、眉一つ動かすこと無く……いや、恐らく今と同じように、優しく微笑みながらその命令を下すことが出来る人物だ。


 現に……優しげに周りへと話し掛けながらも、床に平伏しているムドーラに一切の視線を向けることがない。


 凡そ普通の精神の者であれば、ムドーラの今の姿を見れば、怒りなり侮蔑なり憐憫なり……何かしらの感情を見せるだろうが、彼女からムドーラへ向けられた感情は……無。


 負の感情、その欠片すらも感じ取ることが出来ない一切の無関心。


 傲慢な者……他国の貴族達は平民を見下し、あからさまに無視するような態度を見せることで自尊心を満足させるといった矮小な者達を見たことはあったが……彼女のそれは違う。


 まだ道端の石の方が関心を持たれるだろうといった様相のそれは、傲慢などと言う言葉が矮小に見える程の尊大さ。


 一体この人物は……?


 いくら情報管理部門が麻痺しているとはいえ、商協連盟内にこのような人物がいれば儂の目に留まらぬ筈がない。


 当然、仮想敵国である帝国も同様だ……だとすれば……。


「エインヘリア……」


 私は小さくその国の名を舌の上で転がす。


 情報管理部門が十全の状態であった頃から有益な情報が一切手に入れられなかった、謎の多い国。


 突如として商協連盟の横に現れた大国……儂は商売上直接被害を被ったことはないが、一部の商会はかなりの打撃を受けたと聞く。


 特にムドーラ商会は、ソラキル王国の貴族相手に多くの取引をしていた。


 そのダメージはかなりのもので、ムドーラ商会はエインヘリアへの報復を考えているという情報もあったのだが……あのムドーラの様子を見るに、返り討ちにあったということだろう。


 しかし……ついこの間まで帝国と戦っていたエインヘリアが、既に我々の方にまで手を伸ばしていたとはな。


 確かにエインヘリアであれば、儂の商会の情報管理部を麻痺させることも可能だろう……はっきり言って情報戦では完封されていたしな。


 しかし、相手の……エインヘリアの狙いは何だ?


 我々に対する攻撃……?


 それならば兵を向けて来ればいいだけ……いや、違うこれは明確な侵略だ。


 様子を見る限り、既に執行役員の過半数を支配下に置いているように見える……これは既に商協連盟という組織が掌握されているという事。


 だが、それを何故ここで明確にする必要がある?


 商協連盟において確かに一番影響力を持っているのは儂だが……それを上回る影響力を見せている以上、既に商協連盟はエインヘリアの意のままといっても良い状況だ。


 裏で好きなだけ操れる状況だというのに、それを表に出してくる意図は……?


 儂がそんな風に相手の動きの意図を掴みかねている間に、会議場へと入って来た女性は当然のように円卓へと進み椅子へと座る。


 いや、この際相手の意図はどうでも良い。


 どうすればここから……儂が一番利益を得られるか。


 大事なのはそれだけだ。


「さぁ皆さん~そろそろ今年の会議を始めましょう~時は金よりも尊しですよ~」


 笑顔でそんなことを平然と言う女性……そしてそれを守るように立つ一人の男。


 頭を下げていた面々は慌てて自らの席に戻って行く。


 そしてそれは、平伏していたムドーラも同じ……そこにはもはや、闇の王と呼ばれた面影はどこにもなく、よろよろとした足取りで自分の席へと戻って行く。


 それを確認した議長が、厳かに今年の商協連盟役員会議の開催を宣言した。


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