第297話 商協連盟執行役員会議:開始直前



View of バークス=アルバラッド 商協連盟執行役員 ビューイック商会商会長 通称御大






 儂にとって、三十回以上も繰り返し参加してきた商協連盟執行役員会議が、今年も始まる。


 この場が儂の管理下に納まって、既に数十年……始めの頃は儂を追い落とそうとする商会や、不満を抱いた者達によって派閥が作られたりすることもあったが、その悉くを儂は力でねじ伏せて来た。


 そうやって敵対勢力を潰している内に……いつの間にやら、執行役員会そのものが儂の意のまま動く手足となった。


 こうなってしまえば、役員会議なぞ茶飲み話のようなもの。


 当然、ここでの話は大多数の者達にとっては値千金のやりとりであるし、儂にとっても苦労なく利益を上げられる大切な場でもある。


 故に、毎年欠かさず開催し儂自ら参加しておるわけだが……今年の会議は、今だかつてない危機的状況の中で迎えてしまっている。


 我がビューイック商会は、商協連盟内の流通と情報を牛耳る商会。


 だが、この半年余り……情報の精度や早さ、質が今までとは比べ物にならないくらい落ちているのだ。


 何処かの商会が、儂等に情報戦を仕掛けて来ているとしか思えない状況。


 すぐに調査を命じたものの、遂には今日にいたるまで相手の影さえ掴むことが出来なかった。


 不思議な事に流通網には一切の抜かりが無い。


 流通網が機能しているというのに情報だけが得られないなぞ、意味不明にも程があると考えていたのだが……情報管理部門に直接行って、初めてその理由が分かった。


 得られる情報が、あまりにも多すぎるのだ。


 話によると収集される情報が半年ほど前からじわじわと増え続け、今では半年前の五倍では効かない量の情報が、情報管理部門の元まで届けられているのだ。


 あまりの情報の多さに真偽判定にも時間がかかり、更にその真偽判定の為の情報も途轍もない量が提出され……もはや管理部門としての体を成していない状態となっていた。


 急ぎ立て直しを図ろうと思ったものの、ただ人員を増やせば良いという様な、生易しい話ではない。


 かといって、上がってくる情報を制限するというのもおかしな話だ。


 現場レベルで真偽判定は必要ない……吸い上げられる情報を全て集め、その上で管理部門が分析を行い正しい情報を手にする。それがあるべき情報収集の形だ。


 現場判断で情報の取捨選択をしてしまえば、今以上の混乱が起こる事は確実。


 情報の全体像を把握できる管理部門だからこそ、正しい情報を拾い上げることが出来るのだ。


 しかし、今回の相手のやり方は違う。


 情報を封鎖するという方法でこちらに情報を与えないというやり方ならば、現場の人員を増やすなり質を上げるなりといった対策もとれるが、雲霞の如く押し寄せて来る大量の情報を捌くには、多くの優秀かつ信頼出来る人材が必要なのだ。万が一にも情報漏洩を許すわけにはいかない。


 情報戦と言えば……まずは、情報を集める手足を狙って攻防を繰り広げる。


 無論、流言飛語や偽情報を使い罠を仕掛けるといったやり方もあるが、それはあくまで情報を使った扇動や手足を潰す為の罠であり、今回のような頭を機能不全にしてしまうようなやり方をされたのは初めての事だ。


 はっきり言って、儂はこの手腕に感心してしまった。


 明確に儂に敵対しておきながら、その影さえも掴ませないこと。そして、泥臭い方法ながら実に鮮やかな一撃……たった一手でビューイック商会の二本柱、その一柱を機能不全にしてしまった見えない敵に、儂は感服し……この一手を打った人物を、是非とも欲しいと考えている。


 その人物が今日この場にいるのか……それともまだこの役員会という位置までは辿り着けてはいないのか。


 近年感じる事の無かった、胸の高鳴り。


 十数年以上ぶりに現れた強敵の影……年甲斐も無く、儂はワクワクしているのを自覚している。


 初手は完全に上をいかれた……だが、ビューイック商会は、この程度で立ち行かなくなるほど柔な商会ではない。


 持てる財力は商協連盟随一、小国の一つや二つ買い上げることなぞ容易いと言える程ある資金を蓄えて、商会員の数も末端まで入れれば万を超える程いる。


 情報部門の無力化は非常に頭の痛い問題ではあるが……それでも若い頃に何度も味わった、伸るか反るかといった勝負をまた味わえるかもしれないというのは、実に魅力的な話だ。


 そういう意味でも、本日の会議はいつもと違った緊張感を味わえるだろう。


 私は知らずの内に浮かんでいた笑みを消しつつ、椅子から立ち上がり会議室へと向かう。


 会議の開始時間まで四半刻を切っている……このくらいの時間であれば役員達は既に全員揃っている筈だ。


 儂は会議室に入る前に少しだけ扉の前で耳を澄ます。


 防音がしっかりされている大会議場からは声が聞こえてくることはないが、大勢の人の気配のようなものは感じ取れる。


 さて……行くとするか。


 この扉の向こうにいるのは、海千山千の商人達……その中でもトップクラスの者達だ。


 今日まで従順な者達ばかりだと思っていたが……面従腹背……いや、牙を研ぎ続けていた者がいたのかもしれない。久しく現れなかった敵となるものが混ざっている可能性がある。


 実に楽しみじゃないか……。


 無論、ここまで影さえ掴ませなかった相手が面と面向かってぼろを出すとは思えないが……少しの違和感でも感じ取ることが出来れば御の字だ。


 儂はゆっくりと扉を開いていく。


 手ごわい相手と戦うのが面白いのは……最後に儂が勝つからだ。


 久しぶりに緊張感のある戦いだ。相手がどんな手を打ってきたとしても、その全てを飲み込んでくれる。どのような小さな違和感もけして見逃しはしない。


 そんな風に意思を固めつつ会議場へと入った儂は……目の前に広がる光景に強烈な違和感を覚える。


 違和感だらけ……だと?


 まさかここでも飽和戦術を……?


 儂は目の前に広がる光景に、吐き気を催さんばかりに違和感を感じる。


 大会議場の真ん中には、十一人の議決権を持つ執行役員の為の円卓が置かれており、その周りには発言権を有する執行役員が机についている。


 そしてそれをさらに囲むように、少し離れた位置に傍聴者達。


 そんないつもと変わらぬ配置の会議場の中、まず目を引いたのは……いや、右も左も正面も、違和感だらけで何処から突っ込めば……。


 ひとまず……円卓に座り燃え尽きたように放心している人物、アレはムドーラ商会の商会長であるエルパー=ムドーラ。


 商会長というよりも裏社会のボスといった風体だが、事実裏社会の権力者なのでなにも間違ってはいない。普段は隠しきれない威圧感を滲ませる人物なのだが……今日は魂が抜けた様に真っ白になっている。


 普段であれば、彼に何があったか情報を得られているのだが……情報が無いまま人と相対するというのは、裸で戦場に立つと同義だな。


 ムドーラの件は本人に確認すれば良い……次の強烈な違和感は……なんというか、個人から感じる物ではなく……会場全体から感じるものだ。


 何故……何故彼らは、皆……カツラを被っているのだ?


 いや、一人二人なら分かる。だが、右も左も正面も……会議場にいる六割以上の者達の髪が、何故か不自然に増えているのだ。


 こういう違和感は……予想外過ぎる!


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