第296話 アーグル商会の方から来ました
View of アレクス=ヒンギア 商協連盟執行部 プルコッセ王国代表 ヒンギア商会会長
私は送られて来た書状の封を切り、素早く目を通す。
……またか。
書かれていた内容にため息をつき、怒りのままに書状を握りつぶしてしまう。
これでもう六人目……一体何がどうなっているというのだ?
今私が握りつぶした書状に書かれていたのは、私との面会を断るといった内容のものだ。
私との面会を断る書状はこれで六通目……私が出した書状は全部で十だからこれで半数以上が断って来たという事になる。
ありえない。
私が送った書状は、ただの面会希望ではない。
商協連盟の議決権をもつ執行役員として、同じく議決権を持つ役員にあてた書状だ。
後半月程に迫った執行役員会議……直前ではあるが、このタイミングでの面会が重要な物であることは相手も分かり切っている筈。
それにもかかわらずほぼ全ての役員が面会を断って来るという異常事態に、私は頭を抱えていた。
恐らく残りの役員達にも面会は断られるだろう……返事がまだ来ていないのは御大を始めとする、役員の中でも上位の権力を持つ方々だ。
皆示し合わせた様に面会を断って来るということは、確実に御大かそれに準ずる権力を持った方々による指示が出ていると見るべきだ。
しかし、何故?
今回の私の面会理由は、対エインヘリアにおける事前情報共有の申し込みだ。
けして商協連盟に害を齎す話ではないし、何かしらの利権が絡む話でもない。
何故それを邪魔しようとする必要がある?
エインヘリアへの対応が既に決まっているから?
いや、そうであるならば私の所に情報が来ないのはおかしい。
力が弱いとは言え、私も議決権を持つ執行役員。別に商協連盟に反旗を翻そうとしている訳でも無し、私を蚊帳の外にする理由が無い。
となればエインヘリア……もしくはアーグル商会による策略……?
それにしたって意図が不明過ぎる。
そもそも、私がやろうとしているのは情報共有であり、議会でエインヘリアに対してどうするという具体的な案を出せる程の物はない。
精々、彼らを警戒するべきだと提唱した上で、今後どういった対応をするのか、会議の前に方向性を決めるといった程度の代物……わざわざ妨害するようなことではないだろう。
だが……こうもただ話がしたいというだけで断られるのだ。
何処の誰かは知らないが、その者にとって私の動きが不都合という事は間違いない。
私がただ単に役員達から嫌われている……とかなら気が楽なんだがなぁ。
さて……ぼやいていても仕方がない。
相手の意図が読めないなら、読めないなりに考えねばならん。
今の状況でエインヘリアに対する情報共有を邪魔して得をするといえば……エインヘリアとの商談の独占か?
しかし、現状エインヘリアと取引が出来ていると思われるのはアーグル商会のみ。
アーグル商会であれば、些細な情報であってもエインヘリアに関する情報のやり取りは防ぎたいと考えるだろう。
最近ますます規模を拡大しているかの商会であれば……執行役員達に影響力を及ぼすことも不可能ではないかもしれない。
特に役員会の中ではあまり力を持たない私発の提案であれば、他の執行役員達も断りやすいだろうしな。
だが、私はアーグル商会の裏にはエインヘリアがいると見ている。
多少我々がエインヘリアについて情報を共有した所で、アーグル商会をだし抜ける筈もない……というか、出し抜くという行為そのものが無意味だ。
無論、私の予測が外れていて、アーグル商会とエインヘリアは商売上、手を組んでいるだけという線ももちろんある。
その場合は、他の商会がエインヘリアに近づくのをアーグル商会は全力で阻止しようとするだろうが……いや、やはりその関係性ではエインヘリアにとっては旨味が少なすぎるだろう。
アーグル商会が、商協連盟内におけるエインヘリアの意志の代弁者という強固なポジションでなければ、アーグル商会を商協連盟上層部に食い込ませる価値はない。
外様の商人程、信用できないものはないのだから。
……やはりどう考えてもアーグル商会は、エインヘリアの一組織だ。
となると、やはり今回の件は商売上の利権がどうだという話ではない。
エインヘリアによる謀略?
だが、現時点で情報共有を防ぐことに何の意味がある?
アーグル商会が商協連盟内で発言力を持つにはまだ時間が……。
そう考えた瞬間、私は心臓が大きく跳ねたのを感じた。
待て……今、私は何に気付いた?
この胸中に広がった不安は……何を発端としている?
アーグル商会……エインヘリア……商協連盟……発言力……力……権力……。
そうだ……私は以前、アーグル商会が発言力を増してくるまで数年はかかると見ていた。
実際、今のアーグル商会は飛ぶ鳥を落とす勢いだが、だからと言ってそこまでの『格』があるかと言えばそれは否だ。
勢いや金だけで、商協連盟を上り詰める事は出来ない。
それは歴史を積むことで生まれた、横や縦の繋がり。
商圏、信用、信頼、権力、経済力……商人にとって最大の力は金だが、最大の武器は繋がりだ。
とても新興勢力であるアーグル商会が、一朝一夕で手に入れられるものではない……だが今、六名の議決権を持つ執行役員達がアーグル商会の意を汲んだと言えるわけで……。
私が考えていたよりも遥かにエインヘリアの動きが早い?
今であればまだ、エインヘリアが商協連盟に侵攻してくるのを防ぐことが出来ると私は考えていた。
しかし、私の予想が当たっているとすれば……もはやエインヘリアは、上層部にかなりの影響力を持っていると見るべきだ。
どうする……?
エインヘリアの戦力、手際の良さ、そして容赦のなさ……私の要請を断ったからといって、商協連盟上層部の半数以上がエインヘリアの言いなりになっているとは言い切れないが……少なくとも繋がりが既にある事は間違いないだろう。
……どうせなら、私の所に接触してくれれば、今後の動きを決めやすいというのに。
商協連盟を見限るという判断は別に大した問題ではない。
執行役員にまで上り詰めはしたが、私は所詮商人に過ぎない。
執行役員になったのはより大きな商売、より大きな商機を求めていたらこの地位に立っていたというだけだ。
エインヘリアに与することで今以上の商売ができるのであれば、私としては願ったり叶ったりというところ……いや、寧ろ政治だなんだと煩わしいことをしなくて良くなる分、商売に集中できる理想的な環境と言える。
……そうだな。
今の商協連盟は、既に出来上がってしまった市場とも言える。
富める者はより富み、貧するものは浮かび上がる事は出来ない……無論執行役員という立場である以上、私は傍から見れば十分富める者なのだろうが……。
「旦那様、宜しいでしょうか?」
私と、私の商会がどの道を選ぶべきか悩んでいると、部屋の外からノックと共に執事の声が聞こえて来る。
「なんだ?」
「失礼いたします。旦那様、面会を希望されているお客様が来られているのですが……」
いつも端的に報告をして来る執事が、珍しく言い淀む。
「客だと?約束は無かったはずだろう?」
「はい」
立場上、私に面会を求める者は多い、中には突然訪問してくるものもいるが……当然約束をしていない者を相手する暇はない。
それを十分理解している彼が、わざわざ私にそれを伝えに来るという事は……。
「面倒な相手か?」
「いえ、そうではありません。旦那様に面会を求めている者は……アーグル商会を名乗っております」
「なに……?アーグル商会?」
何というタイミングで……いや、今だからこそか?
「どうされますか?」
私がアーグル商会関係の事で悩んでいたことを知っているからこそ、こうして話を持ってきたのか……本当に助かる。
「会おう。応接室に通しておいてくれ」
「畏まりました」
このタイミングで私の元にも来るか……だとすれば、その内容は……いや、何にしてもこれはまたとないチャンスだ。
その内容次第では、商協連盟の根幹さえ揺るがす可能性もある……何が出て来たとしても動じず、何が一番我が商会の利益になるか、冷静に見極めなければならない。
私は客を案内した執事が戻って来るまでに想定できる会話のパターンを整理し、短い時間ながらも準備を整えた。
そして、戻って来た執事を共に私はアーグル商会の者が待つ応接室へと向かう。
「失礼する」
私が部屋に入ると、そこには椅子に座った一人の女性と護衛と思しき男性がいた。
「初めまして~ヒンギア商会の商会長さん~」
茶色い長い髪をふわりと揺らしながら、柔らかい笑みを浮かべながら女性は口開いた。
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