第295話 どうする?



 俺の言葉に顔を青褪めさせるバンガゴンガとリュカーラサを見て、俺はすぐに言葉を続ける。


「心配しなくて良い。魔力収集装置の傍にいれば問題ないからな。それと首輪を外すと狂化するかもしれないというのはあくまで俺達の予想だ。あの建物の地下で手に入れたメモにはそこまでの事は書いていなかった」


「……何故、首輪を外すと狂化するという予想が出たんだ?」


「強制的に魔力を枯渇されたことで体がより多くの魔力を外から得ようとして、魔王の魔力ごと吸収する恐れがあるということらしい。首輪を外してすぐにという訳ではない様だが、油断は出来ないということだな。今後首輪をつけられている妖精族を見つけた場合は、魔力収集装置の傍で処置をする方が良いだろう」


「分かった。その情報は周知するのか?」


「あぁ、まだ俺達が把握できていない被害者がいないとも限らんからな」


 俺がそう言うとバンガゴンガは頷く。


 助けようとした相手が狂化する様な事になったりしたら、お互いに辛いことになるからな。


「リュカーラサ。バンガゴンガから既に聞いているとは思うが、狂化に関しては魔力収集装置の傍で生活する限りまず問題ない。だから安心してくれ。お前も、そしてお前の集落の者達も狂化することはない」


「は、はい!ありがとうございます!」


 安心した様子でリュカーラサが言うと、バンガゴンガも少し肩から力を抜いたようだ。


「首輪を作成した者の意図は分からん。ただ単に妖精族を抵抗できない状態にすることが目的だったのか、それともこちらの推測通り、狂化させることを狙っていたのか……」


「「……」」


「ただ一つ言えるのは、どんな目的があろうとこのような道具を強制的に他人につける様な輩は相当な外道ということ。そしてそんな奴等は明確に俺達の敵だ」


「強制的じゃなきゃいいのか?」


 俺の言葉に引っかかりを覚えたらしいバンガゴンガがそう尋ねて来る。


「この首輪を作った目的が分からないからな……もしかしたら、狂化した妖精族を押さえつける為に開発した道具という可能性もある。そうやって動けなくして狂化から戻す研究を進めたり……とかな?」


「なるほど……」


「それに、もしかしたら狂化した奴にこれを装着したら……狂化から戻る可能性もあるだろ?」


「!?」


 魔力を強制的に吸い上げるという特性上、可能性はゼロではない筈だ。


 魔力収集装置で狂化を防いだり治したりするのと同じことだと思うし……まぁ、エインヘリアの支配圏ではそれを試してみることは難しいけどね。


「この首輪を開発した者が、俺の言ったように狂化への対抗策としてこれを作った可能性は十分ある。勿論、リュカーラサ達に使われていたように、ただ妖精族を無力化するために作られた可能性もな。まぁ、制作者本人に聞いてみないと分からんが……何にせよ、道具は道具。どんな物でも使い方次第ということだ」


「罪は道具にではなく、それを使う者にあるということか?」


「その通りだ。料理を作るための包丁であっても人は殺せる、人を殺す毒であっても扱い方によっては人を癒す薬となる。知識と知恵と道具は創意工夫で益にも害にもなり得る」


「確かにその通りだな。まぁ、俺は専ら生み出された道具を使う側だが……」


「くくっ……開発者でも色々な奴がいるからな。無責任に危険な物を生み出す者、自分の生み出した道具がどんな使われ方をするのか、しっかりと考えてから世に送り出す者……まぁ、そうやってじっくり考えた奴に限って、想定外の使われ方をして慌てふためくのだがな。触れる者が多くなれば多くなるほど、多種多様な使われ方、多くの発展が生まれるものだ。そこに善悪の垣根はあまりない。だからこそ、作る側にも使う側にも理性という物が求められるということだな」


 バンガゴンガがむぅと唸りながら顎を撫でていると、隣に座るリュカーラサが目を真ん丸にしながらバンガゴンガを見ている。


「どうかしたか?」


 そんなリュカーラサの様子に気付いたバンガゴンガが首を傾げながら尋ねると、リュカーラサは恐る恐るといった様子で口を開く。


「ば……バン君が……なんか賢そう」


「おい」


 握り拳を固めながらバンガゴンガが睨みつけると、リュカーラサは空笑いをしながらバンガゴンガを抑えるように両手を上げる。


「くくっ……リュカーラサ。バンガゴンガは……見た目はあれだが、多方面で活躍する、かなり有能な人物だぞ?」


「おい、見た目はあれって……いや、まぁ……分からんでもないが……」


 俺に文句を言おうとして、自分でも否定出来ずに黙り込んでしまうバンガゴンガ。


「くくっ……友人としても公人としても頼りになる男だ。それも、身内だけじゃなく他国の要人からも一目を置かれるほどにな」


「……はぁ~。バン君……会わない間に遠い人になっちゃったんだねぇ」


 しみじみとリュカーラサが言うと、バンガゴンガはかぶりを振って見せる。


「俺がそう評価されているのは嬉しくはあるが……それはこのエインヘリアという国で、自分に出来ることをやってきた結果だ。俺自身が特別な訳ではないし、何か凄い事が出来る訳でもない」


 バンガゴンガの台詞に、リュカーラサはほぇーっとした顔をしている。


「でも……ゴブリンの人達が、こうして人族と一緒に暮らしてるってのは、凄いよね。私の知ってる人族はゴブリンの事を毛嫌いしている人達ばっかりだし、妖精族自体も嫌厭する人が多いと思うんだ」


「この辺りの人族は、国の方針でゴブリンを憎むように洗脳教育されているからな。だが、大陸の北方の方に行くと妖精族への偏見も薄れていく感じだな」


「エインヘリアは違うのですか?」


「エインヘリアでは民は全て平等だ。人族だ妖精族だとわざわざ分ける必要はない。必要はないが……残念ながら、差別意識を完全に払拭出来ている訳ではない」


 俺がそう言うと、うーんと唸りながら考え込むリュカーラサ。


「なんでわざわざ他の国では、その……洗脳教育……?ってのをするのかな?」


「国としては、民の向く方角を管理出来た方が楽だからな。ゴブリンという被差別対象を作る事で国民感情をコントロールしやすくしているんだ。人は自分と他人を比較して幸福を感じる生き物だ……自分達よりも下がいることに多くの人族は安心を覚え、為政者にとっては扱いやすくなるということだな」


「う、うーん?」


 リュカーラサが顔に疑問符を浮かべながら首を傾げる。


 まぁ、理解しがたいよねぇ……。


「勿論、皆が皆そうという訳ではないぞ?だが、国という大きな存在がその流れを作ると逆らえないのも人という生き物だ。少数の声は大多数の声にかき消される……そして、残念なことにそうやって作られた意識はな、国が変わり、そういう差別は止めようといってもなかなか消えない物なんだ」


「えぇ……だってさっきは……」


「あぁ、矛盾している……だが、長年に渡り染みついた考えというのはそう簡単には変えられないという事だ。特に、自分達よりも立場の弱かった者達を突然同格であると上から言われても、納得できない。ゴブリン達や妖精族への偏見は、百年単位の時間を積み重ねられた負の遺産、これを拭うには長い時間が必要だ」


 少なくともエインヘリア上層部には種族がどうとかいう偏見はないが……代官レベルまで行くと完全に偏見が無いとは言い難い。


 当然民達まで行けばもっと厳しい……勿論ゴブリン達への迫害を止めるように下達しているが、一朝一夕とは行かない問題だ。


「ややこしい……結局、どういうことなの?」


「ゴブリン達、そして妖精族への偏見は簡単には拭えない。時間をかけてそれを解消していく必要がある。エインヘリアではそれを率先して取り組んでいる……そういうことだ」


「なるほどー。でも、王様がそうやって命令してるってことは……いつかはそうなるってことだよね?って、あ!じゃなくって……ですよね?」


「くくっ……あまり気にしなくてもいいぞ?」


 どうやらオーバーヒートしていた頭が冷静になったらしく、敬語が戻って来たリュカーラサに隣にいるバンガゴンガも苦笑している。


「話が脱線してしまったが、首輪について現状分かっていることは以上だ。そして最後……あの港に集められた妖精族の送り先だが……東の魔法大国だ」


「魔法大国!?大陸の反対側じゃないか……」


 バンガゴンガが目を丸くしながら驚く。


「あぁ。どうやら船を使って南回りで向こうまで運ぶ手はずだったようだ。現時点ではまだ取引相手が誰なのかは分かっていないが……まぁ、それもすぐに判明するだろう」


「ってことは……あの首輪も魔法大国で作られたものってことか?」


「その可能性は高いが、まだ確定ではないな」


 バンガゴンガはあの首輪について結構思う所があるみたいだな……さっきの俺の話には納得していたみたいだけど、それはそれとして気に入らないんだろうな。


 まぁ、リュカーラサの……あの衰弱しきった姿を見ていればそうなるのも仕方ないか。


「なんで魔法大国が妖精族を……?」


「さてな。魔法大国の方を調べればその辺りも分かるだろうが……あの国を調べるのは、まだ少し時間がかかるだろうな」


 東の大国である魔法大国……エインヘリアからではかなり距離があるし、情報を得る優先度はまだそんなに高くなかったからな。


 キリクかイルミットだったらある程度魔法大国の情報を得ているだろうけど、今回の件に関してはまだ分からないってことだったし……妖精族を集める理由か……今まで全く関係なかった国だが、中々キナ臭い感じがするね。


「妖精族がいるのはエインヘリア領内だけではないからな。引き続きこの件に関しては調査を進めるつもりだ」


「……すまない、フェルズ。恩を返していきたいといったばかりだが……迷惑をかける」


 生真面目に頭を下げて来るバンガゴンガに肩をすくめてみせる。


「気にするな、俺がやりたくてやっていることだからな。さて、現時点で分かっている事は以上だが、何か質問はあるか?」


 俺の問いかけに二人は首を横に振る。


「ならば今日の所はこのくらいにするか。ところでリュカーラサは、ハーピーの集落からエインヘリアに居を移すと聞いたのだが……」


 なんかハーピーの代表として城下町で過ごすとかなんとか……。


 いや、ハーピーじゃなくってエルフじゃね?って思うけど、まぁ集落的にはハーピーの集落の出だからな。


「あ、はい。集落の皆は平地では過ごしにくいので、私が代表として……お手伝いをさせて貰えたらと」


「手伝い……となるとバンガゴンガの手伝いになるだろうが、バンガゴンガ、構わないか?」


「あぁ、勿論だ。とりあえず農業関係からだな。建築は、流石にいきなりは無理だろうしな」


「農業……ってのもやったことないんだけど」


 ハーピーは狩猟民族だったみたいだし、そもそもあの翼じゃ農作業は難しいだろうしね。


「大丈夫だ。エインヘリアの農業はある一点を除いて、初心者に優しいからな」


 バンガゴンガが爽やかに凶悪な笑みを浮かべる。


 そこはかとなく不安を煽るのは、バンガゴンガにしては珍しい気もするが……やはり幼馴染という事で多少悪戯心が湧いているって感じか?


「ある一点……?」


「気にするな。すぐに慣れる。大事なのはそういう物だと受け入れる心だ」


「??」


 当然ながら、全く理解出来ないといった様子のリュカーラサを見ながらバンガゴンガが楽しげにしている。


 凄く珍しい光景だな……普段は率先して人を遠ざけるんだが……やはりバンガゴンガにとってリュカーラサは特別みたいだな。


 普段とは違うバンガゴンガの様子に、若干にやにやしていると、俺の表情に気付いたバンガゴンガが咳払いをしながら目線を逸らす。


 ついでだから家の件も聞いておくか。


「ところで住む家はどうするんだ?バンガゴンガと同居か?」


「なんでだ!」


「なんでよ!」


「……随分と仲が良いみたいだからな。違うのか?」


「いや、一緒に住むのはおかしいだろ?」


「そ、そうよ!ですよ!」


 もうリュカーラサの敬語はぐちゃぐちゃだな……。


「だが、なるべく近くにいた方がいいんじゃないか?リュカーラサはエインヘリアに慣れていない訳だし、流石にバンガゴンガの家の傍には新しく家を建てられないだろ?」


 バンガゴンガは城下町に住んでいるけど、流石に初期の住民だからな。既に家の周りの土地は埋まっているし、当然人が住んでいる。


 現在城下町にはゴブリンやドワーフ、それに人族も結構居を構え始めているので新しく家を建てるとなると、バンガゴンガの家からはかなり遠くなるだろう。


「いや、確かにそうだが……」


「リュカーラサも、すぐ近くに知人がいないのは不安だろう?良い案だと思ったんだが……」


「「……」」


「まぁ、二人で相談して決めれば良い。二人がやりやすい方法が一番だからな」


「あ、あぁ、そうだな」


「……」


 バンガゴンガが若干居心地悪そうに頷き、リュカーラサは何か言いたげだが最終的に頬を赤らめつつ俯いてしまった。


 あれ?なんか俺がセクハラしたみたいな感じになったか?


 そんな微妙な空気を漂わせつつ二人との話は終わった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る